表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第18章 最後の女神
152/184

18-7 歌をあなたに



 紀久子の指が素早くコンソール上を走ると、Gドラゴニックの四肢からミサイルポッドが展開した。そしてすべての弾倉から、大小のミサイルが飛び立つ。白い煙の尾を引いて、水平線に向かうミサイル群。

 だが、人影のうち四体までが、着弾前にその場から消えていた。

 ゆらっと揺らめいたように見えた直後にはもう、Gドラゴニックの左右に二体の天使が立っている。

 白いドレスを身にまとったコスモエルと、真紅の衣に銀の軽鎧ライトメイルを身につけたマクスェルだ。空間転移か、超スピードかは分からないが、十数キロはあった距離を一瞬で詰められた。

 警報アラート、確認、そしてGドラゴニックが自律反応で防御の姿勢をとるのに、コンマ数秒もかからない。

 だが、それよりも天使の動きは更に速かった。

 コスモエルが両手を閃かせると、銀の閃光が走り、Gドラゴニックの生体部分にいくつもの短剣状の武器が突き刺さる。

 先制の一撃は、天使側に軍配が上がったようである。

 だが、ダメージは大きくないと判断した紀久子は、アラートを敢えて無視してマクスェルのいる右側を向いた。

 マクスェルの武器は片刃の黒剣である。威力は映像でしか見ていないが、ドイツに現れたコルディラスを、一刀両断している。凄まじい切れ味であった。

 Gドラゴニックにとって、ただの傷ならば怖くはない。G幹細胞は、どれほど深い傷でも、戦闘中に再生できる。だが、失った器官を再生するのは難しい。

 つまり、腕や足、首などを斬り落とされれば、欠損部分の回復はできないということだ。

 紀久子は今、最も剣呑なのは、この片刃剣と判断したのである。マクスェルの振りかざした剣を、二の腕の装甲から飛び出した突起で受け止める。

 その瞬間、恐ろしく耳障りな高い振動音が、周囲数キロに渡って鳴り響いた。

 それは、マクスェルの剣もGドラゴニックの突起も高周波振動していることを示していた。剣を受け止めた姿勢のまま、Gドラゴニックは間髪入れずに口から粒子熱線を放つ。

 正面から熱線の不意打ちを食らって、大きく飛びすさるマクスェル。

 熱線発射と同時に骨翼が眩しく輝き、背後から襲いかかってきていたコスモエルも吹き飛んだ。

 敵との距離が空いたその隙に、上空へ逃げるGドラゴニック。しかし、そこへ激しい衝撃が襲ってきた。数キロ沖の水面に立ち、優雅に腕を振るっているのは、緑の長い髪をなびかせたゼリエルであった。

 ゼリエルは風を操る天使との触れ込みだったが、この衝撃は風圧などという生やさしいものではない。


「圧縮空気……それもなんて衝撃!?」


 空気を超圧縮して放ってきているのだ。肉眼でも、あらゆるセンサーでも捉えられない空気弾を、正体不明の力場で作り出しているようだ。それを、対象物の至近に達した瞬間に解放している。

 解放の反動によって生じた力は、衝撃波となって無差別に周囲を襲う。Gドラゴニックはおろか、至近距離にいれば仲間の天使であろうとも、もろともに吹き飛ばすほどの威力だ。


「重力震反応……まさか……」


 紀久子は戦慄した。

 Gドラゴニックの解析機能は、ゼリエルの操る『力場』の正体を、重力波であると回答していた。たしかに、天使達の動きは重力を無視したものであるが、まさかここまでやれるとは思わなかった。

 今の人類の科学力では、こうまで自在に重力を操ることはできない。

 もし、天使ゼリエルがその気になれば、重力波そのものをぶつけてくることも出来るかも知れない。今それをしないのは、地球自体を破壊しないためであろう。

 どういう理由かは分からないが、天使は回りくどく、人類の意識をすべて取り込んだ上で、地上の生命を根絶やしにする気なのだ。

 その時になって、やっと水平線に閃光が走った。さっき放ったミサイルがようやく到達したようだ。

 一体だけ立ち尽くしていた天使、ガイエルの周囲で球形の爆炎がいくつも膨らんでいく。


「…………そういうこと」


 紀久子は呟いた。

 ガイエルの体からハリネズミのように武器が突き出している。

 背に負った巨大な武器は威力がありすぎる、ということなのだろうか、発射されてはいなかった。手足や胴体から突き出した小さな砲塔から、いくつもの光条を放っている。

 光条に貫かれたミサイルは、次々に誘爆を起こしていた。

 撃ち落とすのではなく、わざと爆発させているのであろう。ギリギリまで引きつけたのは、ピンポイントで命中しやすくするために違いなかった。

 すべてのミサイルが消滅し、霧のように白く濃い煙が漂う水上を、蒼いレオタード姿の天使がこちらへ向けて滑るように移動してくる。


「か……はっ!?」


 ガイエルの動きに気をとられていた紀久子は、またも襲ってきた衝撃に呻いた。

 Gドラゴニックのコクピットを襲った衝撃は、これまでのものとは比べものにならない。

 相手は、五体目の天使ダイニエルである。

 オレンジ色のボールのような巨大な丸い生物に跨がっているダイニエルは、そいつを使って攻撃してきた。丸い生物は、口から炎のようなものを吐き出していた。

 紅蓮の炎は、奔流となってGドラゴニックに殺到してくる。その勢いに押し流され、空中に踏みとどまることが出来なかったGドラゴニックは、湘南の市街地の真ん中にその巨体を叩きつけられた。


「プラズマ化した火炎流……でも、この威力は……」


 その高熱の奔流は、まさしく炎そのものだったが、熱量と圧力が桁違いであった。

 それは太陽のプロミネンスのような、核融合によるエネルギーの奔流と予想された。ダイニエルの乗る丸い生きものは、漫画チックなゆるい表情のマスコットであったが、その正体は核融合炉を体内に持つ、ロボットであると思われた。

 このまま市街地にいては、巻き添えで被害が拡大する。

 そう思って、Gドラゴニックを立ち上がらせようとした紀久子は、右半身の一部から信号が途絶えていることに気づいた。


「やってくれたわね……さっきの短剣……ただの武器じゃないってわけだ」


 コスモエルの短剣の突き刺さった場所から、生体部分が凍り付き始めている。

 この武器は、どういう原理か、刺さった相手を凍らせる、極超低温武器と見てよいようだった。

 突き刺さった短剣を粒子熱線で吹き飛ばすと、生体増殖による補修が開始されたことを示すシグナルが明滅する。


(もう…………本当に手加減できない)


 紀久子は裡で呟いた。

 手加減しない、などと口にしたものの、実際には全力を出し切れていないのだ。

 咲良が組み込まれているから、戦い方を変えるわけではない、と言ったのは事実だ。逆に言えばすなわち、咲良が組み込まれていなくても、罪無き人々の命を組み込んだ天使に、必殺の攻撃を放つことは出来ないのが、紀久子だった。

 たとえ全力で戦っても、そして一対一であっても、抗しきれるかどうか分からない天使が五体。一分の隙も無い連携で、Gドラゴニックを追い詰めてくる。

 また強い衝撃がコクピットを揺らす。真っ赤なアラートが内部を照らし、新たな作動不良箇所が明滅し始めた。紀久子が死を覚悟したその時。

 海を金色の光が切り裂いた。



***    ***    ***    ***



“――どうなってんのコレ……あたし達どうなったの――????”


“――歌うどころじゃないよ……助けて咲良――”


“――ダメ……気持ちがどんどん萎えてく……あたしなんて全然ダメじゃん――”


“――どこにいるのみんな……何も感じないよ……怖い――”


“――そっか。戦わなきゃ……巨獣と。コイツは人類の敵。Gなんだ――”


“――ヨッコ……何も聞こえないよ……歌詞が分からない――”


“――あたしのギターは?……ここはどこ??――”


“――体が自由に動かない……苦しいよ――”


“――怖いよ――”


 九人の少女、それぞれの思考が渦を巻き、ティギエルの中を無為に漂っていく。

 咲良たちが目論んでいたような、取り込まれた人々の心を一つにすることなど、まったく出来なかった。

 そもそもティギエルの中に取り込まれている約二万人もの人間は、それぞれ意識はあってもお互いを感じることはできない状態だったのだ。

 彼らは主に、ティギエルの体内の情報伝達機構に使用されていた。

 それは人間で言うところの神経細胞のネットワークであり、一人一人のバラバラな思考などというものは、ティギエルを動かす強大な電気信号にかき消される、ただのノイズに過ぎなかった。

 もし、仮に咲良たち数人の思考がまとまったところで、数千分の一の影響力しかない。

 ティギエルを操る巨大な意思の波に飲み込まれ、咲良たちの思考はノイズにすらならない、ただの揺らぎであった。


“――ああ……そうだ……戦わなきゃ――”


 ぼんやりとした思考のまま、コピーの咲良が手にした剣を見つめる。

 先ほど、Gドラゴニックに斬りかかった剣だ。あの禍々しい巨竜を斃すのが、神から与えられた自分の使命であったはずだ。


“――ダメ……もう戦っちゃ……あの竜は……――”


 オリジナルの咲良が、その意思に逆らおうとする。だが、押し寄せる強大な意思の波には、何の影響も与えられない。


“――来て……そして、私を救って。告死天使アズラエル……――”


 取り込まれた瑚夏の思考が呼んだのは、あの羽根のない戦闘機様の武器である。

 だが、それも一人の思考に過ぎない。黄金の光彩を放つ飛翔体は、海底に沈んだまま動く気配もなかった。虹の光彩を放っていたコクピット状の部分は、暗い色に変化し、埋め込まれた水晶の透明度は失われたままだ。


“――何これ? あたしたちどうなってるの? 怖いよ――”


 悠の怯えた思考が響く。


“――体勢! 立て直さなきゃ――”


 ヨッコの思考に応えるかのように。、中の翼が海底でわずかにはためいたが、ティギエルはその姿勢を変えることはできない。


“――あいつ、強い。どうやって戦ったらいいの――”


 灯里のとまどい。先ほど自分を海底に沈めたGドラゴニックが、巨大な黒い影となってのしかかってくるように思えた。


“――どうしよう。どうしよう。もう一度飛ばなきゃ――”


 おろおろと、ゆりが思考するが、やはりティギエルは浮上する様子は見せなかった。


“――なんとかあの怪物を斃さなきゃ、みんなのためにも――”


 メイが剣を握る手に力を入れる。


“――もう一度だ。もう一度、戦え――”


 その時。全員の意識に、直接何かの意思が響いた。

 その重々しく強制的な意識は、咲良たちだけでなく、他の二万人の意識をものみ込み、ティギエルの体を支配していく。

 海底で戦女神の眼が銀に輝き、周囲に細かな泡が浮きはじめる。

 その泡に包まれるようにして、ティギエルが浮上を開始した時。ふいに全員の耳に、強い声が届いた。


“――やめろ!! 戦う相手を間違えるな!!――”


 咲良の激しい意思が、その声に反駁する。


“――誰!? 邪魔しないで!! あたしは戦わなくちゃ!! 神の代理人として!!――”


“――気をしっかり持て!! やつらの意識プログラムに流されちゃいけない!! 君たちは、自分の歌を歌うんだろう!?――”


 語りかけてきたその声は、一気に咲良の感覚を現実へと引き戻した。急にしっかりと地面に立たされたように、意識のピントが合ったのだ。


“――……歌? そうだ。あたし、歌うんだった……歌でみんなの心を一つに……って――”


 何故、こんなふうになってしまったのだろう。

 咲良は意識で頭を振った。たしかに、自分のすべきことは戦いのはずだった。が、その相手は、Gドラゴニックではなかったはずだ。


“――君たちは……分断されていたんだ。すぐそばにいるのに、お互いを見えなくさせられていた。だが、俺には生体同士をつなぎ、電磁波で情報交換することができる能力が……シュライン様に与えられた力がある――”


 それは、東宮照晃の意思こえだった。

 オリジナルのヨッコと咲良の存在は、たしかに予定外のバグだった。しかし、ティギエルの動作不良を起こすまでには至らなかったのだ。

 だが、最大級のバグは天使達の気づかない場所で、すでにティギエルの内部に存在していた。それが、シュライン細胞の力を得た東宮だった。


“――ティギエルに取り込まれたすべての人々よ。聞け――”


 東宮の意思は力強く、ティギエルの内部に響いた。


“――俺達は、天使の部品にされたんだ。天使を信じるな。ヤツらは俺達を道具としてしか見ていない。このままでは、俺達は人類を滅ぼす道具として使われる。みんなが一つの意思で、ティギエルの制御を奪うしかない――”


 東宮の思考に感応して、ティギエルの中がざわつき始めた。少しずつ、人々の意識が目覚め始めたのだ。


“――そうだ。自分の意識を取り戻せ。しかし二万人もの人々が、全員でひとつの意思など持てはしない。だから今、俺が全員に感応して、あなたたちをつなぐ――”


 東宮は、その力を振り絞って、ティギエルの隅々にまで意思の光を届かせた。

 ティギエルの中から起こった無数のざわめきが、感情のうねりとなって咲良たちのもとにも届く。


“――すごい声……こんなにたくさんの人が同じ場所にいたなんて――”


“――この子達の姿が見えるだろう? この子達の歌を、聞いてやってくれ。そして覚えたら、いっしょに歌ってくれ。ただ、それだけでいい――”


 咲良は、いつの間にか自分が、薄暗いステージに立っているのに気づいた。周囲を見回すと、セブンエンジェルズのメンバーも全員が揃っている。もちろん、もう一人の自分とヨッコも。

 楽器もマイクも目の前にある。

 そして、広く暗い、ドーム状の観客席には、ざわざわとひしめく二万人の聴衆も。

 ステージ全体から声が聞こえる。東宮の声が。


“――さあ、歌うんだ咲良。俺たちがすべての人々をつなぐ。しかし、皆を一つにするのは君たちだ――”


“――あたしたちが――”


“――そうだ。他の誰にもできなくとも、君にならできる。君はあの、俺が心から……いや、君の父、高千穂守里が愛したあの、松尾紀久子の娘なのだから――”


 それは、東宮の生体電磁波能力が、ティギエルの中の仮想空間に創り上げた、巨大なコンサートホールであった。

 スポットライトが、九人の少女を照らし出した。


“――いくよ――”


 瑚夏が小さく言う。

 スティックがリズムを刻み、ギターが柔らかな主旋律を奏でる。

 二人の咲良の歌声が、仮想空間に静かに流れ始めた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ