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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第18章 最後の女神
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18-5 浅い眠り




 生命科学研究所の最上階には、銀色のオブジェがあった。

 生命の源である卵を模したとされる、その楕円形をしたオブジェの中は、紀久子によって格納庫に改造されていた。

 真ん中から二つに割れた巨大な卵から、小型のVTOLは発進した。


「紀久子……行ったか」


 見上げて呟いたのは、MCMOの特殊部隊と交戦していた東宮だ。

 戦闘開始から約四分。数十名の隊員はほとんどが地に伏すか蹲り、事実上、東宮の勝利と言って良い状況であった。その手には、隊員の手から奪った無線通信機が握られている。


「コイツも通信機器である以上、天使の侵食を受けているはずだが……」


 その言葉が終わらないうちに通信機は黄金の輝きを放ち始め、東宮は満足げに微笑んだ。


『貴様!! 次は何をしようというんだ!!』


 遠巻きにした盾の向こうから、その場の長とおぼしき隊員が叫ぶ。


「心配するな。俺はこれ以上何もしない。もうじき消えるさ……そうだな。お前らの上司……新堂アスカに伝言を頼めるか」


 東宮は落ち着いた声でそう言うと、軽く微笑んだ。


『少佐に……? な……何だ!?』


「旧機動部隊の兵器……ナノマシンシステムと遠隔操縦装置を装備していない機体以外は、信用するな……ってな」


『ど……どういう意味だ!?』


 だが、東宮はその問いに答えようとはしないまま、更に輝きを増した黄金の光の中に吸い込まれるようにして姿を消した。



 紀久子の乗るGブレイナーは、進路を北北東、MCMOのつくば研究所にとった。

 つくばには、各種機動兵器のドックが並ぶ、広大な基地がある、その南端。

 海岸に面した四角いプールの上に来ると、Gブレイナーはスラスターを下に向け、ホバリングを開始した。


『Gドラゴニック!! ゲートオープン!!』


 外部スピーカーが、紀久子の声を響かせる。

 通信波は発しない。天使の妨害を防ぐため、音声入力式に改造してあるのだ。

 紀久子の声に応えて、プールの水が二つに割れた。まるでモーゼの十戒のように、断ち割られた分厚い水の塊は、その下の空間へと滝となって吸い込まれていく。

 なだれ込んだその液体に反応して、地下のあちこちから刺激性の白い煙が上がり始めた。

 屋外にあって、あり得ないほどの透明度を持つそのプールの水は、強アルカリ性の液体だった。その下に隠されたGドラゴニックを護り、またいざという時には、それを滅することもできる毒の液体。だが、今その液体はどちらの役目も果たさずに、地下の研究施設そのものを消し去りつつあった。

 そして、綺麗に真っ二つに断ち割られたプールの底からせり上がってきたのは、固まった溶岩の皮膚と白銀の装甲を持ち、背中には、金色の骨状突起を四方に突き出した、直立する巨大な竜。Gドラゴニックであった。

 浅い眠りに包まれているかのように、その目は薄く開かれており、その穏やかな表情は仏像を思わせた。


「明君……あなたの力を借りるわ。最初で最後だから……お願いね……」


 紀久子が寂しげに呟いた。

 こんなことに使うはずではなかった。G幹細胞は、Gの器の材料にするつもりだったのだ。明とまどかの魂を解放するために……。

 だが、今は悲しんではいられない。


『Gブレイナー!! オン!!』


 紀久子の声で、Gドラゴニックの後頭部の装甲がずれて、そこに黒い穴が現れる。

 Gブレイナーが穴に収まると、コクピット内部はいったん停止状態を示す赤いLEDのみとなった。

 せり上がってきたパネルに手を置くと、紀久子の掌紋を読み取り、Gドラゴニック本体の起動シークエンスが開始された。

 目の前の操縦機器に、見る見る光が灯っていく。

 紀久子の周囲が、様々な色のLEDと、立ち上がった透明パネルの発する光に満たされた。


『Gドラゴニック!! 出撃します!!』


 その声を受けて、背中から放射状に突き出した黄金の骨組が、虹の光彩を放つ。

 薄開きだった両眼に強い光が宿り、針の先のようだった鳶色の瞳孔が急激に広がる。

 初めてこの世に生を受けたかのように、数万トンの巨体が赤子のように身じろぎし、ゆっくりと宙に浮かんだ。

 Gドラゴニックの飛行は、王龍のそれをヒントに作られた独自のシステムである。粒子熱線のために、背中を通る重粒子の奔流。そのほんの一部を、骨状の突起の中を通すことによって、王龍が使うものと同様のイオノクラフト効果を生じるという原理だ。

 加速飛行時には、骨組みの様々な箇所から重粒子を噴き出し、その反動が推進力になる。

 Gドラゴニックが東へ向けて飛行を開始した時、通信システムが起動し、メインモニターに一人の男の顔が浮かび上がった。

 MCMO総司令、樋潟幸四郎である。


『やっとつながったか、松尾所長……大変残念だ。君がこのような暴挙に及ぶとは……』


「総司令……勝手なマネをしてすみません」


 苦い表情の樋潟に、紀久子は少しすまなそうに頭を下げた。


『考え直したまえ。もう、ほとんどの国家が白旗を揚げているんだ。今や人類には、天使を信ずる以外の道は残されていない。醜く足掻いて死ぬよりも、天使に従って生き延びるべきじゃないのか?』


「いいえ。それは人類の存続……地球生命の存続を意味しません。肉体を失い、意識だけの存在になったものなど、もう生命ではないのですから。私は、たとえ醜くても足掻いて戦う道を選びます。生命は、誰かに与えられるものじゃない。自分の意思で生きるものこそが生命だと……教わりましたから」


『教わった? 誰にだね?』


「Gに。そして伏見明君にです」


 きっぱりと言い切った紀久子に、樋潟は怒りの表情で答えた。


『バカな。君はGドラゴニックの力を信じているようだが、しょせん、たった一体の機動兵器でしかない。あの超常力を持つ天使たちと、どれだけ戦える? よしんばある程度抵抗できたとしても、勝てるとは思えない。それよりも、すべての戦力を放棄して人類全体が永遠の命を得る方が――』


 しゃべり続ける樋潟に、紀久子はふいに冷たい目を向けた。


「そうだったの。あなた、ニセモノなのね。マジメに相手して損しちゃった」


 モニター上で、樋潟の表情が凍った。

 両眼が大きく見開かれ、見たこともない酷薄な笑みがゆっくりとその底から立ち上がってくる。


『……何故、分かった?』


 樋潟が呟いた瞬間。画面は黄金に輝き、たった今まで樋潟の姿をしていたものは、金髪、碧眼の、あの美しい天使へと姿を変えていた。


「樋潟総司令という人を、あなたなんかよりよく知ってるっていうだけ。彼は相手が何ものであろうとも、決して戦いを投げ出したりしない人。組織や国家、そして人間の尊厳を守るためなら、どんな手段でもとるけれど、敵におもねるくらいならたとえ絶望の道しかなくても戦い抜く。そういう人。間違っても、ラクな滅びの道を選んだりはしない」


 紀久子の言葉を嘲るように、碧眼の天使は口元の笑みを濃くした。


『お前は何も分かっていない。MCMOも、世界各国の首脳も、我々を支持すると表明したのは事実なのだ。たしかに、これは我々の作りだした画像だが、同じことなのだよ。樋潟幸四郎は、すでに一度死んだ。今の樋潟は、こちらの都合で生かしてあるだけの複製にすぎないのだから』


「へえ。複製? だからいつでも操れる、とでもいうつもり?」


 紀久子は挑発的な口調で言った。


『そんな必要もない、と言っているのだよ。あの樋潟は、本物と寸分違わないが、それこそが、我々に逆らうことの無意味さを示しているとは思わないかね? お前達の世界など、いつでも何度でもやり直させることが出来るのだからな』


「それを聞いて安心した」


『ほう……そのバケモノから降りて、投降する気にでもなったのかね?』


「つまり、今の樋潟司令も、私の娘も、あんた達の手先じゃないってわけね。だってもしそうなら、こんなニセ画像で私を騙す必要なんてないもの。娘は二人に増えただけで、何の問題もないってことだよね」


 それを聞いた天使は、一瞬言葉に詰まった。


『誘導尋問で引っかけたつもりか?』


「さあ? あんたが勝手にしゃべってくれただけじゃない? あんたたち、ナメ過ぎなのよ。人類を」


『……問題はあるよ。地球人類を我々のデータに加える際に、バグがあっては困るからね。生き残ってしまった君の娘とその友人のオリジナル体は、第一級の抹殺対象だ」


 しかし、その脅しとも採れる言葉を紀久子は風と受け流し、笑みすら浮かべて言い放った。


「やれるもんならやってみなさいな。あの子には、ちゃんと護衛が付いてるから。私は心配なんかしない。もう行くわ。色々教えてくれてありがと」


『待て。何故私がこんな無駄な話をおまえにしたか、分からないのか』


「時間稼ぎ、でしょ? あの天使……ティギエルが起動するための」


『そうだ。理解しているだろうが、ティギエルの体には君の娘が材料として組み込まれている。戦えるなら、戦うがいい。その護衛とやらのついている自分の娘とな』


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