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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第18章 最後の女神
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18-3 荒野より



「た……珠夢…………っさん。なんでここに!?」


 広藤は思いも掛けなかった人物の登場に、目を剥いて凝固した。

 彼らの後方百メートルほどに停車した、ダークグリーンの装甲車。

 その上部ハッチから半身をのぞかせ、肘をついて微笑んでいる戦闘服姿の女性は、広藤の妻、珠夢だったのだ。

 第二次巨獣大戦時、中学生だった加賀谷珠夢は、その後、防衛大学に進学し、陸上自衛隊に入隊した。そして広藤と結婚した後、対巨獣部隊の大隊長をつとめるまでになっていたのだ。


『忘れたの? 私の所属は横浜基地よ。ここからすぐ近く』


 そう言ってヘルメットを脱いだ珠夢は、栗色の豊かな髪を掻き上げる。

 分厚い戦闘服を押し上げている豊かな胸。色気のない戦闘服姿にも関わらず、珠夢の仕草は艶っぽく、男を魅了するに充分であった。


「広藤さん……誰ッスか? あの美人」


 呆然として呟いた豊川の声を、珠夢は聞き逃さなかった。


「あら、ほめてくれてありがと。弥美也さん、いい部下を持ってるじゃない。せっかくだから自己紹介したいとこだけれど、ここは少し騒がしいわね。まずは全員コレに乗って。少し定員オーバーになるけど、自分で走るよりはずっといいわよ」



 装甲車内には、珠夢とその部下、四名が乗っていた。

 そこに広藤と豊川、二人の咲良と二人のヨッコ、ゆり、悠の八名が乗り込む。定員は十一名とのことだったが、スシ詰め状態ながらもなんとか落ち着くことができた。


「だ……大地と明日菜は?」


 広藤は、席に着くなり妻に聞いた。自分たちの子供の名である。

 小学校六年と四年。普通であれば学校にいる時間帯だが、この事態ではそうもいかないだろう。


「心配しないで。横浜基地のシェルターに収容したわ。あそこは特別製だからね。恐竜程度なら、ハッチに傷も付けられないと思う」


「そ……そうか。よかった……」


 それを聞いて、ホッとした様子の夫に、珠夢は鋭い視線を投げた。


「にしても、何やってくれてんのよ。つくばに出張だと思ってたら横浜に現れて、小型巨獣を操って恐竜相手に大立ち回り? 呆れて物も言えないわ」


「なッ!? ど……どうしてそんなことを君が知ってるんだ?」


 広藤は驚きを隠せなかった。

 それまで、まだ自分たちの動きは把握されていないと思っていたのである。


「二十分ほど前から、全世界にストリーミング配信されてるっての。勘違いしないでよね? あたしは、身内の恥さらしだから任務にかこつけて追ってきただけで、あんたたちの手助けに来たわけじゃないんだから」


「くそ…………俺達、いつの間にか天使に補足されてたんだな」


 正確には、キングとシーザーは広藤が操っていたわけではないが、たしかに端から見れば、ハッチバック車に乗った広藤達の為に、二体の犬型巨獣が奮闘しているようにも見えただろう。


「ねえ主任……珠夢さんは、広藤主任の奥さんなんでしょ!? 手を貸してもらえないんスか!?」


 口を尖らせて言う豊川を制して、広藤は妻に疑問を投げつけた。


「まあ待て豊川……そんなことより珠夢さん、ヤツらどこから撮影してるってんだ? 俺達はスマートデバイスは持ってないし……カメラだってどこにも……」


「見ててよ。今、撃ち落とさせるから」


 そう言うと、珠夢は部下の一人に命じて、機銃の銃口を空に向けさせた。

 軽い銃声が連続して響くと、数十メートル上空から何かの破片がバラバラと落ちてきた。

 その中に、樹脂製のプロペラやモーターらしきものを見つけて、広藤は息を呑む。


「ドッ……ドローンか!?」


「そう。それも自衛隊所属のね。今、世界中のあちこちで軍用ドローンがジャックされてるの。そして、日本、中国、ドイツのサイバネティクスG格納庫近くの惨状が、ネット配信されてる。犯行声明は出てないけど、たぶん天使の仕業でしょ。あなた達は、あれだけ目立ってたんだもの。注目されても仕方ないわね」


 だが、本来の広藤達の役割は陽動である。

 紀久子達から天使と世間の注意を逸らすことが出来たならば、ある意味、作戦成功と言えた。


「まあ、当初の予定通りっていやそうなんだが、気づかないうちに見られてたってのは腹が立つな……で? 君が手伝ってくれないってのはどういうことだよ?」


「分かんないの? 日本政府は、もう天使に白旗を揚げたのよ。あなたたちの行動は国に対する反逆でもあるの。陸自が国家反逆者に荷担して天使に刃向かうなんてこと、出来るわけないでしょ?」


 ため息をつきながら軽く両手を広げた珠夢に、操縦席から声が掛かった。


「広藤大隊長!! スピノサウルスに気づかれたようです!! こちらに向かってきますが、応戦しますか?」


「ダメだ。後退しろ!! 市民を救出するのはいいが、恐竜に危害を加えるな。天使に弓引く行為と見なされる!! 一次防衛線まで撤退!! 引き返すぞ!!」


 途端に珠夢の口調は自衛隊モードに切り替わり、きびきびと指示を飛ばす。


「ま……待ってくれ。恐竜は倒さなくていい。だけど、この子達を富士が丘中学校地下のシェルターまで届けるのだけ手伝ってくれないか!? その後は、撤収してくれて構わないから……」


「気は確かなの? この車両はあくまで人員搬送用で、戦闘には向いてない。二十メートルクラスの肉食恐竜相手に応戦一切無しで、火の海を突破して、子供をシェルターに届けるなんてマネ、出来るわけないでしょ?」


「大丈夫ッス、あいつらが……キングとシーザーがいれば、出来るッスよ」


 珠夢にまくし立てられて言葉に詰まった広藤の代わりに答えたのは、豊川である。


「キングとシーザー……あの、二体の哺乳類型の小型巨獣のこと? 彼らにも政府から抹殺指令が出てるって言ったら……どうする?」


「ま……抹殺指令ッスか!?」


「当然でしょ。彼らは恐竜を斃して、天使の機嫌を損ねてる。日本政府としては、天使におもねるためにも彼らを生かしておけないって判断したわけ。ま、もともと出自不明の巨獣だし、排除に理由なんか要らないけどね」


 その時、操縦席からふたたび切羽詰まった声が上がった。


「大型恐竜との距離、千五百にまで縮まりました!! 大隊長ッ!! 早くご指示を!!」


「さっきも言ったはずだ!! 後退!! 一次防衛線まで撤退しろ!!」


「ま……待って!!…………待ってください!!」


 強い口調で命令する珠夢にすがりついたのは、オリジナルの咲良だった。


「珠夢さん……私たち、天使を乗っ取る計画なんです。お願いします。私たちの学校……富士が丘中学まで、乗せていってください!!」


 複製の咲良も、同じように珠夢に頼み込む。


「お願いです!! 私……私たち複製人間は、天使が顕現するときの材料なんだそうです……でも、私はそんなの認めたくない。私は、自分の意思で生きたいから……だから、やらせてください」


 涙声の二人の咲良の肩を慰めるように叩いて、広藤が珠夢に向き直った。


「珠夢さん。理解してくれないか。この子達、同じ顔しちゃいるが双子じゃないんだ。片方は天使に作られた複製人間だ。だけど、それを知る者はほとんどいない。この子らは偶然、オリジナルが生き延びたけど、その他の人のオリジナルは遺体も残さず消されたからだ。つまり、もうすでに、二万人近くの市民が天使に殺されたってことだ!!」


「そうッスよ!! だいたい、こうしてリアルな人間が複製できるってんなら、ネット上のタロットなんて、いくらでも作れるっしょ!? あんなのニセモノっすよ!! それとも日本が……地球全部が何もいない荒野になっても、人格さえ生きていればいいって、本気で政府はそう考えてるんスか!?」


 そう言って、責めるような目で睨み付けた豊川を無視するように、珠夢は腕を組んで考え込んだ。


「複製…………やっぱりそうだったのか。ヤツら、人類を抹殺するつもりなのね……」


「やっぱり? やっぱりって!? どういうことだよ!?」


 豊川が、思わず珠夢に怒りの声を上げた。

 それが分かっていて、何故天使に盾突く行為を避けようとするのか、豊川には理解できなかったのだ。


「その可能性を誰も考えなかったと思う? でも、現在の人類の兵器は彼らには通じないのよ。天使の言うことを聞く以外にどうしようもないの。現在、北米大陸の人類はほぼ消滅してるわ。人類だけじゃない。植物も動物もいない荒野が広がる大地。それが今の北米よ」


「消滅ッ!? 例の黒い塵になったってことか? どうして政府はそんなヤツらの言うこと聞くんだよ!?」


 豊川の口調はかなり乱暴なものになっているが、それを気にする様子は珠夢にもない。


「だから、対抗しようがないのよ!! しかもネット上に姿を現したタロット大統領が、その後も世界に対して天使に帰順するよう演説を続けてるのよ!! 肉体を捨てて進化しようってね!!」


「大隊長!! 大型恐竜との距離、五百です!!」


 操縦席から再び緊迫した声が上がる。

 スピノサウルスはゆっくりと、しかし、確実に近づいてきているようだ。珠夢は諦めたように大きくため息をつくと、腕組みをしたまま命令を出した。


「ダミーバルーンを出せ!! バルーン発射と同時に二時の方向へ進路変え!! 前方の廃墟を盾にして回り込み、スピノサウルスの注意をダミーに引きつけつつ、富士が丘中学校方面へ向かう!!」


「珠夢さん!!」


「ありがとう!!」


 感謝の言葉を口にした広藤たちに、珠夢は腕組みを解かないまま言った。


「まだ何も決断したわけじゃない。今は、あなたたちをシェルターに届けるだけ……キングとシーザーだっけ? あの二体にも手伝ってもらわないと、それも厳しいけど」


「でも、どうやって指示したら……」


 二人の咲良が顔を見合わせる。

 彼らの背中に乗らずに、意志を伝えられるかどうか不安なのだろう。


「この車両の外部スピーカを使いなさい。いえ、そんなことしなくても、考えるだけでいいかも知れないけどね」


「そうか。生体電磁波」


 珠夢の言葉に、広藤が手を叩いた。

 たしかに、小型巨獣にはもともと生体電磁波を受信する能力があった。音声を介さなくとも咲良の意志は伝わる可能性が高い。


「そのことに弥美也さんが気づかないってのも、不思議だけどね。まさか、あなたも複製人間だったりして?」


 珠夢はそう言ってクスクスと笑った。



***    ***    ***    ***



「私たち……いつまでここにこうしてればいいのかな?」


 一人の少女が、薄暗がりの中で心細そうに呟いた。咲良たちのバンド、セブンエンジェルズのベースをつとめる長月メイである。


「そんなの恐竜がいなくなるまででしょ? 決まってんじゃない」


 メイの隣で膝を抱えていた少女が、少しイラッとした様子で言い返す。この来海瑚夏もセブンエンジェルズのメンバーで、ドラムスだ。


「まーまー。落ち着いてよ瑚夏ちゃん。こんな狭いとこでイラついても仕方ないよー。ホラ、他の人たちだっているんだし、仲良く、仲良く」


 そう言って肩をポンポンと叩いた小柄な少女は、ツインギターのうちの一人、山畑灯里であった。

 三人は、自分の家族と一緒に富士が丘中学校地下のシェルターに逃げ込んでいた。

 電力の節約のため、非常灯しかついていないシェルター内は、遠くを見渡すことは出来ないが、おおむね二千人前後の住民が収容されているようである。

 シェルターは核攻撃にも対応できる仕様であり、完全に外界とは隔離されている。電波の届かないスマートデバイスの電源は節約のために落としていたし、TVやラジオの放送はさっきから眠くなるようなBGMと、災害時のテロップしか流していなかった。

 かなり遠くから、地響きや恐竜の咆吼らしき音が聞こえるようだが、それ以外に外界の様子を伝えるものは何も無かったのだ。


「ねえ。クラスの子達、全員いた?」


 メイが暗闇の一点を凝視しながら、またボソッと呟いた。


「ふう……全員なんているわけないでしょ。半分くらいは見つけたけどね。だいたい、セブンエンジェルズだって半分じゃん。ゆりと悠はシェルターに入りそこなったみたいだし、咲良とヨッコは、一昨日の夜から連絡無いし」


 瑚夏も、怒りは何の役にも立たないと気づいたのか、今度は声のトーンを落としている。


「そうよね……あたし達がティギエル様に変身したあの夜から……」


「すごかったよねー。こう、びゅわーっって空飛んで、びかーって手から光線出してさ!!」


 興奮した様子で相づちを打ったのは灯里である。だが、瑚夏はまた不機嫌そうな表情になった。


「だから、それをやったのはあたしだって言ってんじゃん」


「でもぉ……私も自分で動いていた気がしたんだけど……」


 おずおずと言うメイに向かって、瑚夏が口を尖らせた。


「じゃあなに? あたしがウソ言ってるっての?」


「そんなんじゃないけど……」


「でも、どうせなら今、ティギエルになりたいよねー。てか、どうしてなれないんだろ? やっぱ、デバイスが必要なのかな?」


 そう言ってデバイスの電源を入れ、いじり始めた灯里に、瑚夏とメイが不安そうな目を向けたその時、シェルターの天井にある出入り用のハッチから、規則的な金属音が聞こえてきた。瓦礫に埋もれた外部カメラのモニター画面は暗いままだが、ハッチの外に何者かが来て中と通信を試みているらしいことは分かる。

 棒で叩くようなその音の後、外部との通信用スピーカのスイッチが入り、そこから人の声が流れ始めた時、メイが反応した。

人声の中に、聞き覚えのある甲高い声を聞きつけたのだ。


「ね!! 瑚夏ちゃん!! これ、咲良の声だよ!! 咲良がハッチの向こうに来てる!! ゆりちゃん達もいるみたい!!」


「そーだよ!! コレ、絶対咲良だって!!」


 そう言ってハッチ下に這い寄った灯里が、内ロックに手を掛けようとするのを、そこにいた四十前後の男性が制した。


「待て。このシェルターには、これ以上の人数は入らない。君たちの友人であっても受け入れは出来ないぞ?」


「で……でも……」


 口籠もった灯里に向けて、モニター越しに咲良の声が話しかけた。


「灯里!? そこにいるの? あたしだよ。咲良!! ここを開けて!! 大事な話があるの!!」


 だが、その声に答えたのは灯里を制した先ほどの男性である。


「君たちの友人は無事だ。しかしここにはこれ以上、避難民を受け入れるスペースがない。他を当たってくれないか?」


「違うんです!! あたし達、シェルターに入りたいんじゃない!! 山畑灯里と来海瑚夏、あと長月メイはいますか!? 大事な話があるんです!! とにかく会わせてください!!」


「入りたいんじゃないんだな? じゃあ……面会は五分だけだぞ?」


 渋々といった様子で、男性はシェルターのロックを外した。

 ハッチが内部から開けられた時、焦げ臭い外の空気より先にシェルターに入ってきたのは、巨大な鼻面であった。

 半透明の平たいツノと、黄褐色のトゲに覆われた巨獣の顔に、入り口にいた男性は恐怖に目を見開き、尻餅をついた。ふんふんと中の臭いをかいでいるらしい巨大な鼻面に、シェルター内は軽いパニックに陥った。

 しかし、すぐに咲良の厳しい声が上がり、引っ込んだ鼻面の代わりに陸自の制服姿が数名入ってくると、ようやく安堵の声が上がった。

 自衛隊員に続いてようやく姿を見せた咲良は、両手を合わせて拝むようにしながら、友人達に謝る。


「ごめん。瑚夏ちゃん、メイ、灯里。あの子、中に危険が無いか、臭いで確認するつもりだったみたいで……びっくりした?」


「あ……あの子って咲良……あんた、巨獣を手懐けてんの??」


 目を剥いた表情のまま、咲良を問い詰める瑚夏の肩を、誰かが後ろから叩く。


「きょ……巨獣っていうか……みんなも知ってるでしょ? ウチの犬なんだよ。キングとシーザー。ちょっと見た目は変わっちゃったけどさ」


 振り向いた瑚夏は、そこにもう一人の咲良の顔を見つけて今度こそ本当のパニックになった。


「はぁ!? っていうか……あんたも咲良……っ!? 咲良がふっ二人ッ!?」


「見て瑚夏ちゃん!! ヨッコも二人いるよっ!!」


 ハッチから外を見た灯里も声を上げる。


「あんたたち!! ホントに咲良とヨッコ!? あたし達を騙してんじゃないでしょうね!?」


「違うよ!! あーもう、最初っから説明するとね――」


「ダメだ。もう時間が無い」


 説明しかけたオリジナルの咲良に待ったをかけたのは、豊川であった。


「時間? 時間って……どういうこと!?」


「分かんないのかよ? ここら一帯に蔓延してる強烈な電波が。たぶん、お前らを集めて、また天使が顕現しようとしてんだよ!!」


 豊川は眉間に皺を寄せて、虚空を睨み付けた。


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