18-2 歌姫
二筋の閃光が、混乱の街を駆け抜けていく。
閃光が通り過ぎた後には、恐竜たちの羽毛と血飛沫が舞った。人間達が呆気にとられた表情で目を上げた時には、閃光は影も形も無い。
追い詰められていた人間達は、ホッとすると同時に、残された凄惨な恐竜の死体に息を呑んだ。
駆け抜ける閃光は黒と茶。
名をキングとシーザーといった。
背には、四人の少女が乗っている。いや、乗っているというよりは、しがみついていると言うべきであろう。
オリジナルの咲良とヨッコはキングに。コピーの咲良とヨッコはシーザーに。
二頭の雑種犬の姿は大きく変貌し、今やかろうじて犬であると分かる程度になっていた。
キングの黒い毛並みからは、半透明の平たいツノの他に、ヨロイトカゲの巨獣・コルディラスのそれと同じ剣呑な棘も突き出し、まるで角龍のような堅固な盾となって、背中に乗る二人の少女を守っている。
シーザーの茶白の毛並みは、巻き毛の剛毛に変わり、テントのように広がって、やはり背中の少女達を守っているようであった。
二頭の顔は厳つい西洋のドラゴンと犬を混ぜたようになっている。ジャックナイフのように伸びた爪は、ヴァラヌスなどの爬虫類型巨獣と同じ形だ。その爪が一閃するたびに、襲い来る肉食恐竜が仰け反って斃れていく。
「キング!! キング!! ダメだよ!! ちょっと速すぎる!! 豊川先輩と広藤さん、ついてこれてないじゃん!!」
オリジナルの咲良がペしペしと背中を叩くと、キングは急停止し、すまなそうな表情で背中に首を回して鼻を鳴らした。
その横にシーザーが並び、やはりすまなそうに鼻を鳴らす。
「でも、これからどうすんの!? 街は想像以上にひどい有様だよ!? ホントにみんな無事なのかな!?」
シーザーの背中から声を張り上げたのは、コピーの咲良だ。
「でもやるしかないよ!! 天使たちに作戦がバレないように、セブンエンジェルズが集合するには、直接会いに行くしかないもの!!」
その時、路地裏から古いガンメタリックのハッチバック車がタイヤを鳴らして現れ、キングのすぐ脇でブレーキ音を立てた。
「おい!! どういうことだよ!? ルートが全然違うだろ!!」
運転席の窓から顔を出して怒鳴ったのは豊川だ。
助手席から広藤も声を張り上げる。
「どうしたんだ咲良ちゃん!! TV局に行って、豊川の考えた作戦を使って、複製の人たちに端末やデバイスを放棄させるんじゃなかったのか!?」
「二人とも何言ってるの!? 街中がこんな状況なんだよ!? TVなんかで何を言ったって誰も聞いてない。仮に聞いてたとしたって、重要な情報源のデバイスや端末を、絶対手放したりしないよ!!」
キングの背中から叫び返したのは、オリジナルの咲良だ。
「それでもいいんだよッ!! やれば天使どもが食いついてくる!! 俺達を捕まえようと手を打ってくる!! それが松尾所長と東宮さんがGドラゴニックを起動させるまでの、陽動になるんだからッ!!」
むっとした表情で怒鳴り声を返した豊川に、コピーの咲良が声を張り上げた。
「あの時!! ティギエルの中に取り込まれた時!! あたしは自分の意思で動いてると思ってた!! だけど、違ったの!! 取り込まれた全員が、自分で動いてると思ってたの!! 意思は操られていたんだよ!! そうでなけりゃ、機動兵器を鎮めるとか、そのための光線を出すとか、出来るわけないもん!! でも確実に意識はあったの!! 意識は保てるんだよ!!」
「おい……おまえら……何が言いたいんだ?」
豊川が、急に不安そうな顔になる。
「お母さんが、Gドラゴニックを起動できたとしても、もしナノマシンを駆逐できたとしても、六大天使に勝てるとは限らないよ。でも……もし、天使を操れたら……一体でも天使が味方なら、きっと勝てる!! ティギエルを構成する二万人の人たちが、同じ気持ちでいたら……同じ意思を持って逆らったら……天使を乗っ取れると思わない?」
「そんなの無理に決まってるだろ!!」
豊川は言下に否定した。
「人間の考え方は、それぞれ皆違うんだ。それどころか複製人間の中には、天使を崇拝してる奴らだっている……いや、ほとんどがそうでもおかしくないんだぜ? 逆に天使に荷担するに決まってる!!」
「ううん。たった一つだけ、方法がある!! 皆の心を一つにする方法!!」
「なんだよそりゃあ!?」
「歌よ!!」
「歌ぁ!?」
「歌は、人の心を動かすよ!! 同じメロディー、同じ歌詞で歌う時……人の心は一つになれる!!」
「バカ言え!! 同じ歌でもそれぞれ思い入れは違う。その歌で想起される思い出も人それぞれだ!! そんなもんで心が一つになったなんてのは、幻想に過ぎない!!」
「だから!! それを一つに合わせるために!! 同じ境遇だってことを伝えて!! みんなが初めて聞く同じ歌を歌うの!! みんなで運命と戦おうっていう曲!! 二万人のみんなは、同じ経験、同じ境遇を持ってる!! だったら……」
「だからそんなのどうやって……まさか……ッ!?」
「そうだよ!! 二人のヨッコがさっき作った歌詞に、あたしたち二人が曲を付けた!! セブンエンジェルズを集めて、もう一回、エンジェルパーティをやるの!!」
「無茶だ!! なんの保証も無いんだぞ!? そのまま取り込まれて意識を消され、二度と帰って来られない可能性の方が高い!! だいいち、スマートデバイスは使えないってのに、どうやって二万人に歌を聴かせるんだよ!?」
「無茶は承知よ!! でも、あたし達に出来ることって他に無いんだよ!! Gドラゴニックを動かすことは、お母さんにとって辛いことなんでしょ!? それでも、人類の……ううん、あたし達の未来のために、戦うって決めてくれたんだ!! 娘のあたし達が、何もしないで隠れているだけなんて、絶対出来ない!!」
「でも……おまえ…………ええいッ!!……分かったよっ!! くそッ!! やっぱし松尾所長の方について行きたかったぜ!!」
とうとう説得を諦めた豊川は、車体を思い切り掌で叩いた。
助手席の広藤が、辛そうな表情で口を開く。
「咲良ちゃん達の言ってることは、確かに無謀だ。だけど、咲良ちゃん達が融合しなくても、そのほかの二万人を集めて、ティギエルは顕現するだろう。そうなれば、Gドラゴニックは苦戦を強いられることは間違いない……けどもし万に一つでも、そのティギエルを味方に出来れば……」
「……だけど広藤さん、もし操れなかったら……親子で戦うことになるかも知れないんですよ? その上……咲良たちは二度とッ……!!」
「……そうだな」
「そうだなって……平気なんすかッ!?」
「平気なんかじゃないさ。けどな、豊川。咲良ちゃん達の言う通りかも知れないと思うんだ。この国……いや、地球上……もうどこにも逃げ隠れする場所なんか残っちゃいない。だったら、もし戦う方法があるのなら、たとえ可能性が低くても、やってみるべきだと思う」
その時、シーザーの背中でオリジナルのヨッコが声を上げた。
「見て!! ゆりちゃんだ!! 悠もいる!! こっちに来るよ!!」
それは、恐竜に追われる避難民の一団だった。
燃えさかる住宅街からまろび出てきた人々は、顔を恐怖に引きつらせて駆けてくる。その数十人の中に、ヨッコは自分の仲間の姿を見つけたのであった。
背後から追ってくるのは、七、八メートルクラスの恐竜だ。その歩行法と姿勢から、中型の獣脚類だということは分かるが、体全体を覆う羽毛はパンダのような白黒模様で、種類は想像も付かない。
「行こう!!」
「うん!!」
うなずき合った四人が合図すると、二頭の犬は避難民の頭を飛び越え、一瞬で恐竜の前に出た。
恐竜は、自分より素早い二体の獣を警戒したのか、頭部を低くして構えている。その背中には羽毛はなく、ゴツゴツした鱗状の皮膚に覆われていた。どうやらこの恐竜独特の、防御の姿勢らしい。
シーザーは白黒の恐竜の眼前で軽くステップを刻み、その注意を引きつけはじめた。
するとキングが、飛び込んできたままの勢いでもう一度跳躍し、白黒恐竜の頭上を飛び越して、その後頭部に牙を立てた。
「キシャアアアアッ!!」
そのような攻撃は、予想もしなかったのであろう。
慌てて振り落とそうと首を振り、威嚇音を発する恐竜を、キングはこともなげに投げ飛ばすと、地面に横倒しになったその体を押さえつけ、一瞬で喉を噛み切った。
白黒恐竜は体を波打たせて暴れた。二、三度大きく尻尾を振り、その反動で立ち上がる体勢にまでなったが、そこまでが限界だったようで、急に脚から力が抜けたように横倒しになると、そのまま動かなくなったのであった。
「ゆりちゃん!! 悠!!」
「よかった!! ケガは無い!?」
そう叫んで駆け寄ってくる友人を、寄り添うように立つ二人の少女は、ホッとした表情で迎えたが、咲良とヨッコがそれぞれ二人ずついることに気づいて言葉を失った。
「ね……悠……あたし、怖すぎて頭おかしくなっちゃったみたい」
「ゆり、安心して。私もおかしくなったようだから」
手をつないだまま、少女達はへたり込むと、そのまま後方へと倒れていった。
「あっぶない!! 頭打ってケガしちゃうよ」
「ホント。二人とも思ったより神経細かいわねえ」
急いで駆け寄った二人の咲良が、二人の少女をそれぞれ抱き留める。
「どうする!?」
振り向くと、もうそこまで二人のヨッコが迫っていた。
「時間が無いよ。すぐ起こして!! そんで説明!! アンドあとの三人の居場所を知ってるか聞く!!」
「そうそう!!」
「ヨッコたち……なんか、キャラ変わってない?」
二人の咲良は、おとなしげだったヨッコたちの変化に目を丸くした。
「いいから!! 早く!!」
頬を引っぱたかれて目覚めたゆりと悠……沖夜ゆりと一悠は、二人ずつに増えた友人を見て、またパニックに陥りそうになった。
だが、辛抱強く事情と経緯を説明することで、ようやく咲良たちは二人を落ち着かせることが出来た。
「信じられないよ。本物のあたし達がもう死んでて、今のあたし達が複製人間だなんて……」
「でも、ホントなの。証拠はあたしたち。ホラ、ヨッコも二人いるでしょ?」
事情は理解できたものの、到底納得は出来ないのであろう。
ゆりも悠も、深いため息をついて落ち込んでいる。
「ね。教えて。あとの三人はどこ? 連絡、とったんでしょ?」
「……たしか三人とも、学校の地下にある対巨獣シェルターに入れたって……あたしたちは、そこへ行こうとしてたの……」
「学校!? でも、あっちは……」
オリジナルの咲良が、東の空を仰ぐ。
咲良たちの通う公立中学校のあるその方角は、おそらくもっとも破壊の進んでいる地区であった。暮れかかる空にオレンジの炎が照り返し、まるで夕焼けのようである。
「一番最初に、背びれのある大きな肉食恐竜が現れたんだって……そんで……その後、もっとたくさんの恐竜が群で襲ってきたらしくて……」
咲良の自宅のある地区では、そんなことは起きなかった。
どうやら恐竜は、人口密度の高い地域に集中的に出現したようだ。
遠くから雷のような咆吼が響いてきた。炎に照らされて、背びれを持つ巨大肉食恐竜、スピノサウルスのシルエットが浮かぶ。
「さっすがに、あのテの恐竜には、羽毛は無かったみてえだなあ」
ようやく追いついてきた豊川が、車から降りて屈伸しながら言う。
「豊川先輩……どうする気?」
「あっちは瓦礫の山だし、車じゃ行けねえからな。走って付いていくさ」
「でも……っ……車でも追いつけなかったのに、あんな火の海じゃ……」
「所長と約束したからな。お前を頼むって言われちまったし。それより、キングとシーザーは、あと一人ずつ乗せられるのか?」
豊川の問いに、二頭の巨獣犬は低い吠え声で答えた。
どうやら大丈夫、ということらしい。
「ま……待ってくれ。俺は、徒歩じゃとてもついて行けない。何か移動手段がないと――」
その時。突然、広藤の言葉を遮って、電子変換された女性の声が響いた。
『そうねー。じゃあ、こういう乗り物はどう? 陸上自衛隊17式装輪装甲車(改)。ちょっと旧型だけど、そっちのハッチバック車よりは、ずいぶんマシだと思うけど?』