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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第17章 終焉の序曲
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17-6 着ぐるみ


 国連緊急特別会の内容が報道された直後は、意外にも人々の反応は鈍かった。

 それがあまりにも現実離れしすぎていたせいで、タロット大統領の普段の言動から信用するに足りないと判断した人が多かったのであろう、と後に政治評論家は言っている。

 しかし、それがタチの悪い冗談ジョークではなく、実際に地球外知的生命体からのメッセージであることが報道され始めると、人々の間には徐々にパニックが広がっていった。

 世界各国にいる数万人の複製人間たち――自分たちはそうとは知らないが――は、当然のように米大統領の言葉を支持した。

 そして、そのころには数億人に達していたアプリ・エンジェルブリーダーのユーザーもまた、そのほとんどが天使の救済を信じたのだ。

 天使の見せた映像ヴィジョンによれば、進化の袋小路に入ってしまった人類は、このままでは滅びの道を歩むしかないことになる。

 経済も、文化も、環境問題も、ほとんどの国で行き詰まり、閉塞感をもたらしていたその時代、多くの人にとって滅びを否定する根拠の方が希薄に思えたのも事実であったろう。

 なによりも、タロット大統領が証明して見せた不死の姿が、今更のように強い説得力で世論を誘導した。不老不死。そうなれるものなら、そうなりたいと願う者も多かった。

 総会から一週間。世論に動かされた国々は、一国、また一国と天使支持を表明し始めていた。



「羽田君……元気かね?」


 樋潟は、穴の空いた強化プラスチックの向こうの羽田に声を掛けた。

 東京の外れにある拘置所である。

 軍に準ずる体制を持つMCMOは、国際組織でもあり、独自の法を持っている。つまり日本の法律で裁かれることはないのだが、今回のような重大な事件を起こしたメンバーを収容するのは、赴任先の国の施設となる。


「……何のご用ですか?」


 よそよそしく、冷たい口調であった。

 明かりが暗い。斜め向こうを向いて項垂れた、その表情は窺えない。

 力なく丸めた背中は、あの精気に満ちた司令官、羽田慎也と同じ人間とはとても思えなかった。

 樋潟は深いため息をついてから、口を開いた。


「聴取でなく面会とさせてもらったのは、君ともう一度話がしたかったからだ……どうしてあんな真似をした?」


 しかし、いくら返事を待っても羽田は無言のままであった。


「裁判の証拠になることを恐れているのか? だったら心配するな。監視カメラは切ってある。記録装置も持ってはいない」


「スマートデバイスは?」


「デバイス? ああ、入り口で刑務官に預けたよ」


「そう……ですか。なら、少しはお話ししてもいい。総司令の仰る『あんな真似』とは、天使に盾突いてデフコン2を発令したことでしょうか? それとも勝手に出撃した機動兵器群を抑えられなかったことでしょうか?」


 羽田は姿勢を変えないまま、呟くように言った。顔の向きもそのまま、樋潟と目を合わせようともしない。


「勝手に、だと? あれは君が命令したことだろう? しかもあの時君は通信で、あれほどハッキリと叛意を伝えたじゃないか」


「その通信……自分はしていない。と申し上げても信用されないのでしょうね……」


「アレは君じゃなかった、とでも言い出すつもりか? バカな。すべての電子媒体に記録が残っているんだ。君があの時司令室にいたことは、多くの人々からの証言もあるんだ!!」


「そのことについて説明してもよろしいが……また総司令が殺されることになるだけでしょうからね……」


 横を向いたままの羽田の口元は、皮肉に歪んでいる。

 こんな表情をする男だっただろうか? 樋潟は不快そうに眉を顰めると、少し声を荒げて問いかけた。


「無礼だぞ!! こちらを向きたまえ!! 私が殺される? また? それは何の冗談だ!?」


 羽田はゆっくりと顔をこちらに向けた。

 樋潟にとって意外なことに、その目に浮かんでいたのは涙だった。


「あなたが、樋潟幸四郎だと……記憶以外には改竄を受けていない、本物の樋潟司令だと信じ、ひとつだけ申し上げます……」


「……何だね?」


「電子機器……ネット環境に通信可能なあらゆる電子機器を、信用してはいけない。個人用端末も、組織や施設の大型コンピュータも、家庭用電化製品も、すべて、です」


 それだけ言うと、羽田はのっそりと立ち上がった。


「待ちたまえ!! 話はまだ――」


 だが、羽田は刑務官を促し、もう面会室のドアをくぐっていた。



***    ***    ***



 咲良は、闇の中から急に意識を引き上げられた気がした。

 何者かが、自分に声を掛けているのだ。

 どうやら自分は意識を失っていたらしい。だが、目を開けても周囲はほとんど闇といっていい状況だった。

 どこかの山の中……というのが咲良の率直な印象である。


「おい。おい、咲良しっかりしろ。俺のこと、誰だか分かるか?」


「あ……おじさん……コンサートホールの控え室に来てた人……?」


 自分自身を親指で指すその軽薄そうな茶髪の男に、咲良は見覚えがあった。

 いったい、何があったのだろう。

 夕方までは自分の部屋にいたはずだった。母に冷たい態度を取られ、傷ついた気持ちを癒やそうとスマートデバイスをいじっていたのだ。

 そうだ。あの時たしか、エンジェルブリーダーが起動して、天使ティギエルからのメッセージが表示され、自分は光に包まれて……


「なるほど、俺と一緒にGをおびき寄せるおとりになったことまでは、覚えてねえか」


 豊川は難しい顔で頷いた。


「おそらく、咲良ちゃんはその前にデバイスの電源を切ったんだろうな」


 東宮が、自販機で買ったペットボトル飲料を勧めながら言う。


「ヨッコちゃんの方は、もっと後まで記憶があるみたいだね」


 既に目覚めているヨッコを介抱しながらこちらを向いたのは広藤だ。


「あたし達……どうしたんですか? ここは……」


「あー、その……あのな、まず、ここはつくば市だ。君らは天使になってた記憶はあるのか?」


「天使に……なってた……?……ああッ!?」


 突然、悲鳴のような声を上げて、咲良が仰け反った。

 脳裏に強烈なイメージがフラッシュバックしたのだ。

 経験したことの無いスピードで空を駆ける自分。

 発見した目標……街を破壊する機動兵器に向かって、滑るように動いた。

 手から放たれる光の束。それを受けて火花を散らして機能を停止した機動兵器。


「あれは……あれって夢じゃなかった……あたしが天使……あたしがティギエル……?」


「え……? 違うよ? ティギエルはあたしだよ?」


 体を起こして、怒ったような声を上げたのはヨッコであった。


「塾に行く途中で、突然デバイスが光り出して……あたし、光になって飛んだんだよ? ティギエルになって、手から光線出して……」


「でも、あたしだって飛んだよ!? 何か意識はぼんやりしてたけど、あたしはティギエルだった。自分の意思で戦ったんだもん!!」


 口を尖らせて言い合い始めた二人の少女の間に、豊川が割って入った。


「まあ待てよ。そりゃあたぶんさ、どっちも本当だよ。どっちもティギエルだったんじゃないか? 客観的に見てさ」


「『客観的に見て』って何!? いい加減なこと言わないでよ!! ていうか、おじさん誰よ!?」


「そうよ!! 何にも知らないくせに!!」


 今度は豊川に矛先を変え、かなりの剣幕で食ってかかる咲良たちに、豊川はたじたじとなった。


「な……なあ? こりゃあ収まりそうに無いぜ? もう言っていいんじゃね?」


「ふう……いーんじゃない? どーせいずれは理解してもらわなきゃなんないんだろうし……」


 くぐもった声。

 後ろを振り向いて、その声を発したモノを見た咲良とヨッコはそろって首をかしげた。

 それは、赤と白のラインの入るピッタリしたスーツに身を包み、突起物のついたヘルメットをかぶった、いわゆる特撮ヒーローであったからだ。


「うん……あたしもこれ以上、自分が変なことで言い争ってる姿、見たくない」


 ヒーローの横の闇から、別の声が上がった。

 そこにも何か異様なモノがいるのだ。

 闇に溶ける焦げ茶色の体をしたそれは、地面に座り込み、がっくりと項垂れている。

 それが大きな頭をした着ぐるみ……ふくろうの姿をした所謂『ゆるキャラ』であることに、咲良もヨッコもようやく気づいた。


「ん……まあ、じゃ、顔、見せてやんなよ」


 東宮と広藤に手伝ってもらい、外した頭部から現れた顔を見て、咲良とヨッコは目を剥いた。


「あ……あたし?」


「これ……何の冗談よ?」


 それきり二人は絶句した。

 げっそりした表情の、着ぐるみの二人は、額に赤いQRコードのようなものを描いた、咲良とヨッコであったのだ。


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