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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第17章 終焉の序曲
138/184

17-3 陥穽


「お母さん、どうしたの? なんか今日は元気ないみたいだよ?」


 咲良が、怪訝そうな顔で紀久子に問う。

 珍しく早い時間に帰宅した紀久子は、ぼうっとした表情のまま、何度もため息をついているのだ。

 学校のことやバンドのこと、食事のことなど何を言っても上の空である。


「心配事があるなら言ってよ。あたしたち、親子でしょ?」


 ついにそう口にした咲良を、紀久子は驚いたように顔を上げて見つめた。その目が、まるで他人を見るように冷たく思え、咲良は思わず目を逸らして席を立った。

 いったいどうしてしまったのか。昨日までとは、まるで別人のような紀久子の態度に、胸を押しつぶされそうになりながら、咲良はスマートデバイスを立ち上げた。

 こういう時には、仲間と話すに限る。

 咲良たちのバンド『セブンエンジェルズ』の武道館ライブは、もう再来週に迫っているのだ。その日に向けての準備や、練習の調整など、話すことはいくらでもあった。

 チャット式のアプリを使い、リアルタイムで会話しながら、咲良の気持ちが少しずつほぐれてきた頃、突然、液晶画面がゆらいだ。


「何……? あ? ティギエル様?」


 例のアプリ、エンジェルブリーダーが自動で立ち上がったのだ。

 それ自体は、特に珍しいことではない。

 向こうから話しかけてくることも。だが、その内容がいつもと違っていた。


『サクラ、あなたの力を借りたいの。私とひとつになって』


「え? あたしの力?」


 咲良は、ディスプレイの天使を見つめて目を丸くした。


『詳しい説明は、融合してからするわ。デバイスを頭上にかざして』


「え? こう?」


 よく分からないまま、スマートデバイスを頭上に差し上げた途端、金色の光があふれ出し、咲良の体を包み込んだ。


「な……何コレ!?」


『心配いらない。すべて私に任せて』


 光に包まれて何も見えない。深いトンネルの中のように反響するティギエルの声だけが、いつまでも咲良の周囲をぐるぐると回っていた。



***    ***    ***



 紀久子は暗い部屋で黙り込んでいた。

 遠く救急車のサイレンが響いている。また、近くの国道で事故でもあったのだろうか。


「咲良が…………複製人間コピー……」


 小さくつぶやく。

 全く実感など湧きはしない。だが、東宮の言葉を総合すれば、どうしてもその結論にたどり着くしかない。咲良があの時、湾岸のライブハウスに居たこと、東宮や他の救助者たちとともに、スタジアムで発見されたこと。

 そのことを、羽田や樋潟は知らない。広藤は知っているはずだが、何故か曖昧な態度で話題を避けた。

 唯一人相談に乗ってくれた東宮は、コピーといえども遺伝子的にも全く同じはずで、意識も記憶も引き継いでいる以上、本物と変わりないと言ってくれた。だが、そう簡単に割り切れるわけもなかった。

 今の咲良は、これまで自分が、いや守里が慈しみ育てた娘では無いのだ。

 本物の咲良は、天使とGの戦闘に巻き込まれ、死んだ。

 そう思うと、どうしてもこれまで通り接することなど出来なかった。

 部屋に閉じこもった咲良に、声を掛ける気にもなれない。


「守里さん……ごめんなさい…………」


 守里は、娘の咲良を誰よりも、いや何よりも愛していた。

 海外でのフィールドワークが多く、家にいる時間が多いとは言えない夫だった。しかし、国内にいる時は、どんなに遠くても、どんなに時間が無くとも、出来る限り帰宅して咲良との時間を作っていた。

 研究所への泊まり込みが多く、家を空けがちな紀久子とは対照的であった。

 そんな守里に、咲良は懐いていた。

 奔放で行動的な性格も、音楽を始めたことも、紀久子から見れば少し甘やかし過ぎとすら思える守里とのコミュニケーションの中で育まれたものだろうと思う。

 その咲良を死なせてしまったのだ。

 戦闘の跡地は、ガラスやコンクリートまで変質していた。それほどのエネルギーが放出された証拠だ。遺体どころかおそらく、戦闘の高熱で骨すらも残さずに蒸発してしまったのであろう。

 どんなに苦しかったことか。

 その恐怖を、痛みを、苦しみを思うと、とてもではないが複製人間の咲良がいるから、それで良いなどと思うことはできなかった。


「…………あ、もうこんな時間……」


 柱時計が、電子音楽を奏で始めた。

 午後八時を回ったというのに、夕食の支度も出来ていない。

 そういえば、咲良はどうしたのだろう。あれから部屋に閉じこもったきり、出てこようとしない。

 紀久子は、自分の頬を思い切り引っぱたいて立ち上がった。複製であったとしても、この咲良に罪があろうはずも無い。いつも通り接する努力をするしか無かった。

 のろのろと立ち上がり、食材を取り出そうと冷蔵庫に向かった時、紀久子はいきなり大きな揺れに足下をすくわれた。


「地震!? 違う!! 攻撃!!」


 サッシの向こう。遠く見える街の影が、真っ赤な炎でくっきりと浮かび上がる。そして次の瞬間、爆発の衝撃波がガラスをビリビリと震わせた。

 あの方角は横浜。ハッキリとは分からないが、米軍基地のあるあたりだ。


「咲良!! 戦闘が始まったみたい!! 巨獣かも知れないよ!! シェルターに避難しなくちゃ!!」


 呼びかけながらドアを開けた紀久子は立ちすくんだ。咲良の姿はどこにも無かったのだ。



***    ***    ***



 MCMO極東本部には、非常サイレンが響き渡っていた。

 戦闘員、事務官、オペレーターなどすべてのメンバーが事態を収拾しようと、駆け回り、司令である羽田も、声を枯らして指示を飛ばしている。


「何故だ!? どうして機動兵器を出撃させた!? すぐに呼び戻せ!! 遠隔操縦システムはどうなっている!?」


「分かりません!! 誰も命令を出していません!! 遠隔操縦システムからも操縦シグナルは出ていません!! しかしバサラ一、二号機、シンダラ一、二号機、クビラ一号機、インダラ二号機、これら制御系の不調でドック入りしていた六体が、すべて出撃しています!!」


「G-REXは!? 」


「無事です!! 第三世代以前の旧型機は、すべて問題なし!! Gドラゴニックにも変化ありません!!」


 その時、メインモニターを白い閃光が埋め尽くした。


「茨城県に到達したバサラ一号機、主砲を発射しました!! 着弾地点は……下妻の市街地!! 住宅街です!!」


「シンダラ二号機が爆撃を開始!! 目標は米軍の横須賀基地です!! 米軍からの応戦が始まりました!!」


 それを合図に、六体の機動兵器は次々と武器を発射し、街や施設を破壊し始めた。その様子は、巨獣の進撃と何ら変わるところはない。

 いや、むしろ相手が巨獣でないと油断していただけに、避難すら進んでいない状況では、巨獣よりも被害は大きいに違いなかった。


「くそっ!! なんてことだ!!」


 デスクを殴りつけた羽田の目の前のモニターに、通信が入ったことを示すシグナルが点灯した。これは、ニューヨーク総本部からのものだ。


『羽田司令……これはどういうことだ!?』


 モニターに現れたのは、樋潟であった。

 つい先ほど専用機が太平洋上で王龍に襲われ、消息を絶ったはずの樋潟。だが、まるで何事も無かったかのように、総本部にいる。

 まず、間違いなくこの樋潟は、天使の造り出した複製人間なのであろう。

 鋭い怒りの視線を向けてくる樋潟に、羽田は苦い思いを噛みしめながら話しかけた。


「総司令……やはり……生きておられたのですか。本日、私と日本で会った記憶はお持ちですか?」


『何か言い訳でもするつもりか!! 何故、機動兵器を出撃させた!? 何故、市街地を無差別に破壊しているんだ!!』


「違います!! 機動兵器は勝手に出撃したのです!! 調べていただければすぐに分かるはず!! これは天使の陰謀だ!! 奴らは我々のシステムを乗っ取って、機動兵器を動かしています!!」


『ふざけるな!! 彼らが侵略者だというなら、攻撃を向ける先が間違っている!! 君のやっていることは、あのベン=シャンモンと同じだということが分からないのか!?』


「総司令? 何を言っておられるのですか!? 機動兵器に命令を与えているのは、我々では無いと言っているのです!! ただ私は天使のたくらみを――」


『そうか。そういうつもりならば仕方ない。我々MCMOは、羽田慎也とその指揮下にある極東本部を、今より人類の敵と見なす!!』


 樋潟は羽田の言葉を途中で遮り、勝手に激昂して通信を切ってしまった。


「おかしい。まったく会話がかみ合わない。どうなってる!? まさか、樋潟司令は記憶だけでなく……」


 そこで羽田は言葉を飲み込んだ。

 『複製人間、』という概念は、まだMCMOのメンバーにも伏せてある。しかも、樋潟の複製は人格の改ざんまで行われている可能性もある。ここでうかつなことを言えば、パニックを招きかねない。

 それにしても、どう考えても樋潟の態度はおかしい。悪意を持って羽田の弁明に耳をふさいだようにしか思えなかった。

 その時、通信担当の女性オペレータが立ち上がってこちらを向いた。


「羽田司令!! ここからの通信波が改変されています!! サブモニターを見てください!!」


「なんだと!?」


「先ほどの総司令とのやりとり、おかしいと思って調べてみたんです!! 向こうにこちらの通信は届いていません!! 代わりにこんな映像が……ッ!!


 羽田は自分の目を疑った。

 映し出されたのは、邪悪な笑みを浮かべた羽田自身の姿だったからだ。


『……我々は、天使とそれに与する者を認めない。彼らは地球人類の主権を奪おうとする侵略者だ。それでも天使を支持するならば、全人類を粛正してでもこれを阻止します。これは、極東本部としての総意だ』


『ふざけるな!! 彼らが侵略者だというなら、攻撃を向ける先が間違っている!! 君のやっていることは、あのベン=シャンモンと同じだということが分からないのか!?』


『それがどうかしましたか? このまま天使の思惑通りに作り替えられてしまうなら、そんな世界は必要ない。逆らうというのなら、あなた方は天使側だ。宣戦布告するしかない!!』


『そうか。そういうつもりならば仕方ない。我々は、極東本部を今より人類の敵と見なす!!』


 羽田は、言葉を失った。

 画面の中の羽田ニセモノ……おそらくは、CGで造り出されたものだろう……のセリフを組み合わせれば、樋潟の反応はよく分かる。これではまるで、羽田が反乱を起こしたようではないか。


「でたらめだ!! なぜこんな映像が流れる!! それも、俺の画像でッ!!」


 しかし、この通信波を否定しようにも、方法が無い。証拠としての記録は残っているものの、現在の技術で造られたCGを、実写と識別するにはかなりの時間を要する。

 そんなことをしている時間は無かった。


「羽田司令……デフコン2発令の意図は何だったのですか……?」


 加賀谷が背後から、恐る恐る羽田に疑問を投げかけた。

 振り向いた羽田は驚愕した。その目が明らかに、羽田を疑っている目だったからだ。

 人間は弱い。たとえ事実が目の前で起きていても、それらしい情報を見せつけられれば、揺らいでしまう。

 精巧な、実写と見まごうほどの映像だった。だまされているのは樋潟でなく、自分たちの方ではないかと疑いの目を向けてしまうのも、無理はないのかも知れなかった。


「加賀谷博士……私を疑っておられるのですか?」


「……疑いたくはない。ですが、あなたはずっと天使に対して否定的な意見を持っておられた。天使を崇拝する人々に対しても……」


「それとこれとは別です!! 私にも、何を守るべきかくらい分かっている!! いくらなんでも、一般市民に攻撃を仕掛けるほど愚かではない!! では言いましょう!! 天使に救われたという人間は、彼らが造り出した複製コピーなのです!! そのことに気づいた樋潟総司令は事故に見せかけて殺された!! 私は、突然ここに出現した天使から宣戦布告されたのです!! ですから……」


 そう言いかけて、羽田ははっと気づいた。

 司令室にいる人間のほとんどが、目を丸くして羽田を見つめていたからだ。

 そのおびえた目は、明らかに羽田の精神状態を疑っている。

 それはそうだろう。複製人間など、どこにも証拠は無い。事故の件にしても、樋潟は本部からの通信に顔を見せている。極めつけは『天使からの宣戦布告』だ。そんなものを、この場の誰も見てはいない。客観的に見て、おかしいのは羽田の方である。


「羽田司令……MCMO科学顧問として、この司令室ナンバー2の権限で、あなたを拘束いたします!!」


 鋭く言った加賀谷の目配せで、周囲の警備兵がさっと羽田に近づき、その腕を後ろにねじり上げた。


「待て!! 私を拘束しても事態は変わらないぞ!! あの、制御できない機動兵器六体はどうするつもりだ!?」


「すでに、他支部から、遠隔操縦の十二神将制圧可能な電波妨害装置(ECM)を搭載した、ウィル・オ・ウィスプ隊が向かっています」


「バカな!! 六体はどこからも操縦波を受けずに動いているんだ。ECMが何の役に立つ!!」


「それはやってみなくては分からないでしょう?」


「…………くっ!!」


 羽田は体の力を抜いた。

 その時、オペレータ席から声が上がった。


「天使です!! ティギエルが……横浜に姿を現しました!!」


 その声には、隠しようもない歓喜の色があった。

 忽然と姿を現した天使ティギエルの力は圧倒的だった。

 それは、戦闘ですらなかったのだ。荒れ狂うように爆撃を続けていた、航空爆撃型機動兵器・シンダラ一号機は、ティギエルの放った光の帯に撃たれるといきなり制御を失い、落下に近い形で海に不時着した。

 ティギエルは満足そうに微笑むと、滑るように空を駆けた。次に向かったのは新都心に砲撃を加えているバサラ二号機のところであった。

 関東一円に散っていた六体の機動兵器が、黄金の天使の活躍で次々と行動不能になっていくのを、羽田たちは呆然と見ているしかなかった。

 ややあって、総本部の樋潟より再び通信が入った。


『天使のおかげで事態が終息したようで何よりだ。だが、すでに各国の基地からは日本に向けて、最新鋭の機動兵器隊が出撃している。引き返させられないものもある。加賀谷顧問、そちらで一時、引き受けて欲しい』


「了解しました」


『羽田君……大変残念だ。君ほどの男が、こんな暴挙に出るとは……』


 樋潟はそう言うと、哀しげな目を羽田に向けて通信を切った。


「羽田司令、あなたを連行します」


 警備兵は、手錠を掛けられた羽田を立たせた。


「もう抵抗はせん。自分で歩く」


 これで自分は手詰まりだ。反逆者の汚名を着せられ、MCMOの指揮権と社会的な発言権を失えば、天使の目的はほぼ達成であろう。

 いや、これだけの反逆の罪が認められれば極刑も適用されるケースだ。死人に口なし、ということか。


(やられた……こんな手で来るとはな……だが……このままでは終わらん)


 だが、会話をねつ造するなど、罠としては杜撰だ。ここで必死で弁解すれば、加賀谷だけでも説得できそうな気がしたが、あえて羽田は口を閉ざしていた。

 これだけのことをする連中なのだ。羽田の言を信用すれば、その者が標的になるだけのこと。

 加賀谷が羽田を信じれば、加賀谷が謀殺されるだろう。

 もし仮に、極東本部の人間すべてが羽田を信じたならば、世界中の機動兵器群、そして天使がここを攻撃していたに違いない。


(こんなもので……ッ!!)


 羽田は部屋から出る途中、よろけたふりをして、床に転がっていた自分専用の端末機を踏みつぶした。

 今はまだ推測に過ぎない。だが、おそらく間違いない。

 天使は羽田の思考を読み取り、幻覚で姿を見せた。そんなことが出来るのは、生体でなければ電子装置以外にない。

 現在の社会では、どんな個人も常時持っている携帯端末。

 スマートデバイスやそれに準ずる、通信と演算、情報収集能力を持つ精密機器。その中に奴らは潜み、情報を操り、人心を操り、思い通りに世界を動かそうとしている。

 いったい、どのようにこの世界を変えるつもりなのか。放っておけばどうなるのか。それはまだ分からない。だが目的が何であれ、自作自演で破壊を行い、殺した人々を自分たちの都合のいい複製にすり替えるなど、許されるわけがない。


(なんとか皆に知らせなければ……なんとか…………)


 羽田は唇を噛みしめた。



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