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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第17章 終焉の序曲
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17-1 戦闘準備


 極東本部司令室に戻った羽田は、何事も無かったかのように席に着いた。

 すでに樋潟はいない。専用ジェットで、慌ただしく帰って行ったのだ。

 帰りの車内では、ほとんど会話らしいものはなかった。それほどまでに、東宮の証言は奇妙、かつ重大であった。

 羽田たちには、やるべきことが無数にあった。

 まずは、MCMO関係者で「天使に救出された人間」=「複製人間」が何人いるか、誰なのか、その識別と把握が最優先であった。

 だが、全世界で数万人という規模の「複製人間」は、すでに普通人と混じり合ってしまっている。緊急事態だったがゆえに、名簿もない。全く同じに複製された人間を、それと見分けるのは困難であろう。

 そのためにも東宮をあらゆる角度から分析し、普通の人間と違っているところを探し出すことが必要だ。

 また、顕現した六体の天使のデザインが、『天使アプリ』とまったく同じであったのも偶然とは思えない。アプリの配給元や作成者も、洗い出してみるべきであろう。


(東宮君の証言が事実なら……『救出者』は、自身でもそれと知らずに複製人間にされていることになる。しかももし、その行動や思考が常に天使側にモニターされているとなると、こちらの動きも奴らに察知されているはずだ……)


 東宮は、自分自身が『複製コピー』であると語った。そして、自分の意識が常に何者かの監視下にあるとも告げていた。

 それは、普通の人間には分からない感覚だという。

 一度シュライン細胞に侵されて生体電磁波能力を持ち、植物型巨獣・クェルクスと同調し、自身の意識を情報単位にまで変えるという経験をした東宮だからこそ、天使の裏が見えたようなのだ。

 東宮は、天使が全員に見せたというヴィジョンが、純粋な経験ではなく『それを見たという記憶を持った状態で複製された』ものだということさえ、見抜いていた。


(問題は……『救出者』のオリジナルはおそらく、一人ももうこの世にいないことだな。彼らが複製人間だということを、彼ら自身も、その家族も認めようとはすまい……)


 たった一人でもいい。オリジナルが生きていてくれれば、それを証拠として複製人間の存在を主張できるのだが。そう考えた時。


“無駄なことはおやめになった方が良いかと思います”


 唐突に、羽田の頭の中に言葉が滑り込んできた。


「なんだ!? これは……生体電磁波? 何者だ!?」


 経験がなければ、もっと驚いただろう。

 だが、シュラインや巨獣たちのそれを、羽田は戦いの場で何度も受けていた。これは脳内の神経電流に干渉して意識を伝える生体電磁波に近い。

 この思考波が生体電磁波と違うところは、きわめて明瞭で分かりやすいことくらいであろう。そう。シュラインや巨獣には、激しい感情の起伏を感じさせるノイズが常に含まれていた。

 それがこの思考波こえには全く無いのだ。


“そのように敵意を露わになさらないでください。私は主たる神の代弁者。各地に顕現した六大天使は、全能なる主の御心に従って、地球人類を救済するためにこの星を訪れたのです”


「『この星』だと……貴様、まさか……」


 ふいに虚空に向かってぼそぼそとしゃべり出した羽田を、周囲のオペレータたちが振り向いて、妙な目で見つめた。

 だが、羽田は何でもないというふうに軽く手を上げると、耳元のインカムを指し示して司令室を出た。

 これで彼らは、どこかから秘密の回線を使って連絡があっただけだと思うだろう。

 自分の執務室に向かって歩きながら、羽田はインカムに向かってしゃべる振りを続けた。


「……宇宙人だ、とでも言うつもりか?」


“あなたたちの概念でいえば、そうなります。元は、と言うべきかも知れませんが……”


「……? 意味がよく理解できない。元、宇宙人であるなら、今は何なんだ?」


“我々は、すでに肉体のくびきから解き放たれました。主たる神に救われ、あなたたちとコンタクトする能力を付加された存在です”


 その思考波が終わるか終わらないかのうちに、窓際の空間の一部がゆらめいた。そこにストーブか何かでもあるように、景色が揺れる。視界そのものが歪んだような奇妙な感覚を覚え、樋潟は呻いた。

 だが、それもそこに白い姿が浮かび上がるまでの、一瞬のことであった。


「これは……いったい……」


 美しい白い肌に、金色の髪。その顔立ちは、地球上のどの人種とも似ていない。

 だが、恐ろしいまでに均整のとれた体とその皮膚には、わずかな疵も歪みも見当たらない。女性とも男性ともつかないその顔は、溜息が出るほどの美しさであった。

 背中には真っ白な翼を抱き、その後背からは、まばゆい光の束を迸らせている。

 それは、羽田の持つ宇宙人の概念とはまるで違っていた。形容するならば、まさに天使としか言い様がなかったのだ。


『大いなる主は、宇宙のすべての生命を救い、次なる段階ステージへの進化を促そうとしています。地球人類も、我々と同じように主の救いの手にすがるべきです。あなたたちのやろうとしていることは、神に弓引く行為……おやめなさい』


「……俺の思考をモニターしていた、ということか? なるほど、東宮君が情報を漏らした相手としてマークしたってところだな……」


『もっと素直に受け取ってもらえませんか? 彼は特殊すぎる存在です。人間でない遺伝情報を一度ならず受け入れ、体細胞全体が変質してしまっています。それがゆえに思考も視点も普通人とは違う。我々の行為をねじ曲げて解釈しているだけなのです。誤った認識で誤った対応をとることになれば、人類は滅亡を回避するチャンスを失うことになりかねない……』


 愁いを帯びた表情で、鈴の音にも似た清らかな思考波を放つその天使に、羽田は躊躇ためらうことなく拳銃を向けた。


「ちょうどいい。聞きたいことがある。貴様たちの言う、『生命の力によらない進化』というのは、具体的にはどういう状態を指す?」


 鋭い語気。敵意を強くはらんだ羽田の言葉を受け流すかのように、天使は艶然と微笑んだ。


『我々と同じように、純粋に意識だけの存在となってもらうことです』


「…………つまり肉体を捨てろ、と?」


『物わかりがよくて助かります』


 またも柔らかく微笑む天使に黒い拳銃を向けたまま、羽田はゆっくりと撃鉄を起こした。


「東宮君に聞いていたからな。お前たちが複製人間を作る手順を……」


 人間の意識そのものを情報化し、それをコピーして新しい肉体にダウンロードするのだという。意識が情報化できるのならば、保存も複製も思いのままだ。

 つまり、すべての現生人類の情報化を企んでいるのだろう。それが何のためであるのかまでは分からないが。


『複製? 複製ではありません。彼らは神の祝福を受けただけです。彼らは不滅となりました。たとえ今の肉体を失っても、私たちと同じように永遠に生き続けることが出来るのです』


「お前たちの価値観を押しつけるな。人間はたとえ限りある命でも、生命を宿す肉体を持っていてこそ人間だ。情報だけの存在になって、それを生きているとは言わない」


『記憶も感情も、途切れることなく続いているのですよ? それでも?』


「それでも……だ」


『あなたこそ、あなたの価値観を人類全体に押しつけようとしているのではないですか? 少なくとも……これまで我々とコンタクトした人類の多くは、それならばいいと言われましたよ?』


 羽田は、無言で天使を睨み付けた。

 どうやらこの天使は、すでに複製人間以外に対しても姿を見せているらしい。それはおそらく各国の要人のたぐいであろうということは、すぐに予想がついた。

 彼らに了承を得られれば、人類全体を『情報データ化』するのも、スムーズにいくとでも考えているのかも知れない。

 だが、天使の言っているのは詭弁だ。羽田には、東宮照晃からの情報という前知識がある。戦女神ティギエルの本質が無機質な情報体であり、不完全な複製である彼自身が、自分をオリジナルと違うものだと認識しているということを知っている。

 しかし何の前知識も無くして、この神々しい姿を見せられ、柔らかな言葉と表情で、進化と永遠の命という餌をぶら下げられれば、多くの人がこの天使に膝を屈するのは目に見えていた。


「俺は……クリスチャンじゃないんでね。そいつらとは気が合わないようだ」


『残念です。出来ればあなた方にもご納得いただいて、平和裏に人類を進化させたかったのですが……では、実力を行使いたします』


 そうつぶやいた天使は、現れた時と同じように、何の前触れも無く姿を消した。

 羽田は、天使の消えた場所へと駆け寄った。

 だが、何の痕跡も見当たらない。今、何が起こったか、羽田はある程度理解していた。あのようにいきなり現れ、そして消えることが可能だとして、周囲に何の痕跡も残さないなどということはあり得ない。

 何より、天使自身がそう言っていたではないか。『肉体のくびきから解き放たれた存在だ』と。つまり今の天使は、羽田の脳に直接投影された幻影に過ぎないのだろう。

 問題は、それがいったいどこから発信されていたか、だ。しかも、天使は羽田の思考をモニターしていた。ならばそのモノは、羽田のすぐ近くになければならない。


「まさか……」


 羽田が何かに気づいて踵を返した途端、足音が聞こえてきた。見ると、こちらへ駆けてくるのは司令室にいた女性オペレータのうちの一人である。


「司令!! 大変です!!」


「いったいどうしたんだ?!」


「樋潟総司令の乗った専用機が、太平洋上で消息を絶った模様です!!」


「なんだと!?」


「金色の翼を持つ巨大な龍と遭遇した、というのが最後の通信でした!!」


 やられた。羽田はそう思った。

 こうなる可能性を考えておくべきだった。人類の情報化に反対する者、その中でも影響力の強い者は、さっさと殺して複製体に取り替えてしまえばいい。手を下したのはおそらく王龍であろう。専用機の武装は無いに等しい。空中で王龍に襲われて、無事である可能性はゼロに近かった。つまり、樋潟は死んだのだ。

 その理由は、羽田と同じように、天使に対して刃向かったからに違いなかった。

 樋潟はまず間違いなくどこかに複製されて存在しているであろう。そして、もはやその樋潟は別人……敵と考えた方がいいことも、羽田は一瞬で理解していた。

 そして、次の狙いはこの自分であることも。


「至急、臨戦態勢をとれ。デフコン2、発令!!」


「は? はいっ!!」


 いきなり緊急命令を下した羽田に、訃報を伝えに来た女性オペレータは目を丸くしたが、そのただならぬ表情を見て、それが冗談でも何でもないことを悟ったようだ。すぐに敬礼すると、くるりと向きを変えて走り出した。


(この本部にいる俺を始末する気なら、おおっぴらに襲ってくるしかない。となると、相手は巨獣だろう。巨獣ならば勝手が分かっている。天使よりは戦いやすい)


 もしも天使がMCMOを襲うようなことがあれば、さすがに人々も天使を疑い出す。そうしてくれた方がむしろありがたいくらいだが、Gの放射熱線すら跳ね返す天使に通じる可能性のある兵器は、今の極東本部には数えるほどしか無い。


(問題は……いつまでこの戦闘準備態勢を続けるか……だな。何にせよ、このままでは済まさん。樋潟総司令の仇討ちだ)


 それでも、見えなかった敵の姿が、急にハッキリした形になりはじめたのは事実だ。

 羽田は、高鳴る鼓動を抑えきれないでいる自分に気づいて苦笑した。自分の心に久しく失われていた、激しい闘争心がわき起こってくるのを感じたのだ。

 天使事件からずっと鬱積していた、イヤな気分が消えていく。根っからの兵士なのだと自覚したその口元に、不敵な笑みが浮かぶのを抑えられない。

 羽田は自分の席に着くと、仁王立ちになって全隊へ檄を飛ばした。


「全機動兵器は、出撃態勢をとれ!! 敵は必ず近いうちに襲ってくる。諸君の健闘を期待する!!」



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