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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第16章 救済の天使
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16-8 蘇った男

「天使は……また来てくれるのでしょうか……?」


 加賀谷が、遠い目をしてつぶやいた。

 同じ言葉を何度聞いただろうか。だが、最新の機動兵器が撃破された今、その天使に頼る以外に無いのが現状である。

 MCMO極東本部は、いまだ平静を取り戻してはいなかった。


「あんな得体の知れない存在を当てにはできません。いまだ、人類の敵とも味方とも分からないのですから……」


 半ば機械的に答えながら、羽田は内心で歯噛みしていた。

 天使の出現は、人々の心に期待感を植え付けてしまっている。機動兵器が手もなくひねられ、なすすべのなかった時に、颯爽と現れた天使。

 輝く姿の美しい女性が、禍々しく凶悪な姿の巨獣どもを粛清したことによって、人類は、再び始まるかに見えた巨獣との泥沼の戦いを避けることができた。

 あれから一週間。すでに多くの人々が、そう考えるようになっていた。


(それでも……おかしい)


 羽田は思っていた。

 こんな都合のいい話が、あるはずはないのだ。

 偶然、二十年も出現しなかった巨獣が世界中で一度に蘇り、偶然、すべての巨獣が最新鋭の機動兵器を凌ぐ力を身に着けており、偶然、ネット上に巣くっていた何者かが天使の姿を借りてそれを撃破したとでもいうのか。

 更に不思議なのは、その解決の鮮やかさだ。

 日本にはGドラゴニックがある。

 非公式ながら中国にはG鳳凰フェニックス、ドイツにはGファーブニル。

 もしあとほんの数分、天使の出現が遅ければ、これら三機はほぼ同時に出撃していたはずだ。

 百歩譲って、これらのすべてを偶然だと信じたとして、人間を無傷で救出し、彼らにヴィジョンを見せたことは何か裏に意図があるとしか思えない。


(この風潮は危険だ。もしも……巨獣の出現すらも、あの『天使』によって演出されていたのだとしたら……)


 ふと、羽田はあることを思い出して加賀谷の方を向いた。


「そういえば、あの東宮照晃の様子はどうなっていますか? たしか、松尾所長が遺伝子実験センターに収容したらしいですが……」


「いくつか大きな記憶の欠落があるようですが、それ以外の健康状態は良好だと報告を受けています。ただ、彼が見たヴィジョンは他の救助者とかなり違っているようなのです……」


「そういえば、そんなことも聞きましたね。資料を見せてくれませんか」


 そう言って羽田が立ち上がるのとほぼ同時に、通信担当のオペレータが振り向いて声を上げた。


「羽田司令!! 総本部から連絡です。樋潟総司令が、明日こちらに見えられるそうです!!」


「何!? ニューヨーク本部からか?」



***    ***    ***    ***



「で? Gの潜伏先は見つかったのか!?」


「いえ」


 樋潟の問いに、羽田が短く答えた。

 遺伝子実験センターはつくば市にある。千葉県のMCMO極東本部からは、車で二時間といったところだ。

 樋潟が日本に到着したのは、翌日の昼過ぎであった。二人は、再会を喜ぶのもそこそこに、車中でお互いの情報を交換し合っていたのだ。


 潜航艇や探査艦を総動員しての捜索にもかかわらず、深傷を負って海中に逃げたはずのGは見つかっていないこと。

 職員全員の疲労は、極に達していること。

 配備されている機動兵器の多くが、原因不明の不調を示し、万全ではないこと。

 中には、既に報告の上がっている事項もあったが、羽田は現状を細大漏らさず伝えた。


「再びGが現れたとき……天使もまた出現するのでしょうか? そしてそうなった場合、我々MCMOは、どう対応すべきなのでしょうか?」


 それは暗に、天使を敵として攻撃すべきか、と聞いているようであった。


「羽田司令……君は、天使を味方とは思っていないのか?」


「自分は、戦いにおいて一切の予断を排除しています」


「そうか。私もだ」


 羽田らしい答えだ。樋潟は少し口元を緩めた。

 しばし沈黙が流れる。車窓には松林が多くなり、つくば市内に入ったことを示していた。


「Gの行方も気になります。捜索範囲を伊豆大島近海まで広げていますが、何の反応もありません……」


 羽田の顔には苦悩が表れている。

 この二十年。あらゆる分野の科学を統合し、MCMOの対巨獣警戒網は二十年前とは比較にならないレベルとなっている。深海一万メートルから高山、ジャングル、火山の火口、大気圏外まで、あらゆる場所に監視の目がある。たとえ、どのような場所に隠れようと見つけ出せる。そのはずだった。


「地球上のどこにもそんな巨獣ものはいない。としか答えようがないのが、現状です……」


 細くした目を鋭く光らせた羽田に、樋潟は驚いたような表情を見せた。


「まさか……君はGも、あの夜出現した他の巨獣も、天使が『創り出した』可能性を考えているのか?」


「そう考えればつじつまが合います。少なくとも、あのGは明君ではないと考えています。それは、総司令にもお分かりなのでは? 私は最新鋭機・インダラの敗北、残った機動兵器の不調、それらすべてがそうではないか、と考えています」


 羽田の言う機動兵器の不調は、天使出現の夜から始まったものだ。

 深刻というほどではないが、不調の原因がつかめないことが問題だった。不思議なことに最新の機種ほど、正体不明のエラーやノイズが走る。

 例えば二十年前からの機体で、今秋にも退役の決まっているG-REXやディノニクスには、何の不調も現れていない。

 ただ一機エラーの出ていない最新鋭機は、あの『Gドラゴニック』だけであった。


「……先ほど申し上げたように、戦闘になれば予断は排除します。命令に従い、相手が何者であろうとも、戦う覚悟はある。しかし、自分の意見を言わせていただけるなら、天使は信用ならない。そう思います」


「……同感だ」


 樋潟は頷いた。

 遺伝子実験センターが見えてきていた。



***    ***    ***    ***



「樋潟総司令、ようこそ。ご無沙汰しています」


 樋潟達を出迎えたのは、広藤であった。


「松尾所長は?」


「東宮さんのところです。時々、錯乱して暴れるので……所長がいると落ち着くんですよ」


 樋潟と羽田は、広藤に案内されて東宮の収容されている個室へ向かった。

 一見、普通の病室のように見えるその部屋は、しかし、窓には太い金網がはめ込まれ、ドアも重い金属製であった。

 ベッドに起き上がった状態の東宮は、紀久子と何か話をしていたようだ。


「あ……樋潟司令……」


 紀久子が立ち上がって敬礼すると、東宮もおとなしく頭を下げた。


「私を覚えているかね?」


「覚えているもなにも、つい一週間前に会ったばかりじゃないですか?」


「一週間前?」


 怪訝そうな顔で聞き返した樋潟に、紀久子が答える。


「東宮先輩には、この二十年間の記憶がまったく無いんです。覚えているのは、アンハングエラを操縦して飛び立ったところまで。でもその記憶も断片的で……」


「断片的とは?」


「簡単に言えば、イヤな思い出だけが抜け落ちてしまっているんです。でも、体験の記憶は無いのに、その事実があったことは覚えている……まるで、イヤな体験だけをどこかに捨ててきてしまったみたいに……」


 紀久子はハッキリとは言わなかったが、抜け落ちているのは紀久子のニセモノを創り出し、明をだまし、守里をも殺そうとした記憶などであった。

 だが、その事実を『思い出した記憶』だけは残っている、という奇妙な状態なのだ。


「……僕は……自分のエゴのために、たしかにひどいことをしたらしい。でも、それがまるで他人のしたことを思い出しているような感じなんです……この紀久……松尾所長との学生時代の記憶もない」


「心療内科医にも診て貰いました。どうやら脳科学的には、あり得る記憶喪失の一種のようですが……」


 資料をめくりながら口を挟んだ広藤に、東宮が向き直った。


「広藤さん。僕はいったい、どうなってしまったんでしょうか? 松尾所長は昔のままの姿だ。ここが二十年後の世界だと言われても、まったく実感できない」


「ん……まあそれは……」


 質問された広藤は、言葉に詰まった。

 紀久子が年をとっていない理由は、王龍に取り込まれることで体細胞が再構成され、いったんリセットされたからだ。つまり、今の紀久子の肉体年齢は二十歳といえる。

 だが、おそらく東宮の姿が昔のままであることとは、根本から違う理由によるだろう。うかつな返事は出来ない。


「報告書を読ませてもらった。君の天使の記憶は、何故か他の人々と大きく食い違っているそうだが……」


「はい……僕の見たアレは、確かに見た目は天使と呼んでいいものかも知れませんが……その本質はまるで違う。中にあるのは、無機質なプログラム。それが透けて見えたんです」


「プログラムが……見えた?」


「不思議な感覚でしたが、僕には一度経験があるから分かった。自分自身が情報そのものになっている感覚です。その情報を彼らは複製し、もう一人の僕を作っていくんですが…………その情報が足りない為、何らかのエラーが出たんです」


「つまり……それは、君の記憶が完全でないことと、何か関係があるんだろうか?」


「分かりません。ただ、漠然とですが言えることもある。僕は、情報として不完全なだけでなく、あの時『複製コピー』された方の東宮照晃らしい、ということです」



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