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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第16章 救済の天使
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16-3 シーザーとキング


「わおん!!」


 何台か停めてあった中から、キーに合う車を見つけ出したのはシーザーであった。


「でかした」


 ボンネットに飛び乗り、こちらに向かって吠える茶色い頭を豊川は当たり前のように撫でた。

 助手席に押し込まれた咲良は、豊川を不思議そうな顔で見つめた。


「おじさん……シーザーの言ってること、分かるの?」


「おじさんはもうよせ。これでも二十代前半……ってあれ? そういや変だな。けど、今はそんなことより、コイツでヤツの目を照らしてくれ。眩しがってこちらへ向かってくるはずだ」


「あ……うん」


 咲良は手渡されたサーチライトをGの眼に向けた。闇夜の空へ一筋の光線が伸び、Gの右眼を照らし出す。

 薄い光の中で鳶色の眼球が、ぐるりと回転した。

 血走った白目が妙に鮮やかに見え、こちらを向いたことを示すように、瞳孔が光を赤く反射する。コンサートホールを踏みつぶす寸前だったGは、次の一歩をこちらに向けて踏み出した。


「き……来たよっ!?」


「来るように誘ったんだ。上出来だぜ。光をヤツの眼からなるべく外すなよ!!」


 豊川は、警備会社のマークが付いた四駆を、海の方へ向けて走らせ始めた。


「追ってくるよッ!? どど……どうしてもっとスピード出さないの!?」


「追って来させてんだろうが。引き離しすぎると、粒子熱線を撃って来かねないからな。そんなことより、ライトを眼から外すな」


「そんなこと言ったってっ!!」


 激しく方向を変える車の窓から、一点にライトを当て続けるのは至難の業だ。

 目標は巨大なGであっても狙いはピンポイントなのだ。それでも奇跡的に、ライトはGの眼を捉え続けていた。


「……ようやく来やがった」


 その時。豊川は何かに気付いたように海の方を見やった。


「何がよ!?」


「あの機動音……MCMOの機動兵器だ!! ライトを消せ!! もう充分だ!! 逃げるぞ!!」


「機動兵器!? そんな音聞こえないよ!?」


 だが、咲良が言い終えるか終えないかのうちに、空を切り裂いて黄金色の光条が伸びてきた。重くたれ込めた雲が一瞬その輪郭を際立たせ、周囲も明るく照らし出す。光条はGの右胸に命中し、散った火花の熱で海から湯気が立ち上った。


雷撃砲サンダーブラスターかよ。こんな距離で撃ったって、大したダメージは与えらんねえだろうによ」


 豊川の言葉通り、命中したはずのGの右胸には、焦げ跡すらついてはいない。だが、威嚇の効果はあったようで、Gは歩行をやめて水平線をじっと睨み据えた。

 港湾区域を脱出した豊川達の乗る警備車輌は、元のライブハウスの前まで戻ってきていた。

安全圏とはとても言えないが、ここには咲良の仲間達が取り残されている。

それに、橋の向こうに見える国道は、動けない車のヘッドライトが溢れている。あの中に混ざったところで逃げ道を無くすだけだ。

その時になってようやく、咲良の耳にもかすかな音が届き始めた。最初は風の音と混じって分かりにくかったが、そのうちそれは高く乾いた独特の機動音へと変化していく。

それは、二年ほど前に標準化された核融合ジェネレータの音であった。


「ホントに機動兵器…………なんで分かったの?」


 音が急に大きくなったかと思うと、雲を割って真っ白な航空機が姿を見せた。高空を飛翔し、目的地に急降下してきたということらしい。

全体が三角形をした大型戦闘機は、姿を見せると同時に変形を始めていた。鋭角なその翼に赤い光の筋が幾何学模様を描き出し、そこから節足動物の関節のように折り曲げられていく。

翼の下に腕が、後部エンジンの下に脚が現れ、その脇に携えた巨大な砲塔から先ほどGの胸に炸裂した黄色い閃光が発射される。

 四つ足獣型の機動兵器・インダラだ。

仁王立ちで構えるGと等距離を右回りに移動しつつ、隙あり、と見たのかインダラは両肩から何かを発射した。巨大な矢尻の形をした金属片は、空中を滑るように飛び、Gの腹部に突き刺さる。そして次の瞬間、Gは何か見えない衝撃を受けたように仰け反った。

 改良型のショックアンカーである。

これまで太いケーブルだった導線が、半透明の有機物質になっているのだ。一度の使用で焼き切れてしまうのが難点だが、射程と正確性は大幅に向上した。王龍の電撃攻撃を応用したこのシステムも、長年にわたる人類の巨獣研究の成果のひとつであった。

 動きを止めたGに向かって、ミサイル、レーザー、重機銃が続けざまに放たれる。おそらく、搭載されているすべての武器を叩き込んでいるのだろう。その嵐のような攻撃を、Gは身動きもせず受け止めていた。

 永遠に続くかと思われた連射攻撃が、ほんのわずか緩んだ、と見えたとき。Gの体がふっと沈んだ。


「ヤバイ!!」


 それまで戦闘を呆然と眺めていた豊川が、いきなり叫んで振り返った。壮絶なまでの攻撃に、やはり立ちすくんでいた咲良の体に手を回すと、そのままボンネットを滑って反対側になだれ落ちる。


「痛ッ!? なにすんの……」


「いいから伏せろ!!」


 起き上がろうとして、ふたたび地面に押しつけられた咲良は、豊川の背中越しに蒼白い閃光が空を走るのを見た。

そして次の瞬間。周囲が真昼のように明るくなり、視界の全てが真っ白に輝く。

 数拍遅れて届いた爆風は、咲良たちが盾にしている警備車輌をひっくり返さんばかりに揺らし、巻き上げられた粉塵で視界が遮られた。

 鼓膜をつんざくような破壊音と金属音が、永遠と思えるほどの時間続き、ようやく辺りは静まり始めた。

 立ち上がった咲良の目に飛び込んできたのは、炎上する国道だった。

 悲鳴とガラスの割れる音。あの爆風によって飛ばされてきた何かが、渋滞の列を直撃したのだ。見ると、ライブハウスの壁にもたくさんの金属片が突き刺さっている。


「こんな……こんなことって…………あの機動兵器は?」


 振り返ると、Gと対峙していたはずの、あの白い四つ足獣型の機動兵器の姿は、どこにもなかった。


「あいつらに礼を言うんだな」


「えっ!?」


 豊川の指す方を見て、咲良は息を呑んだ。

 そこには、茶白の雑種犬、シーザーが背を向けて立っていたのだ。

 まるで、咲良たちを守るように足を踏ん張って、Gの前に立ちふさがっている。

 その足元には、いくつもの破片が散らばっていたが、何故かシーザーの後ろには一片も落ちていない。その毛皮には、何カ所か血が滲んでいるのが見て取れた。


「なんで……? だって、シーザーにそんなこと出来るはず……そんなはず、ないよ!!」


「そんなはずなくったって、現に俺達を助けてくれた。もう一匹とで、な」


「もう一匹?」


 言われて初めて、咲良はシーザーの右前方に、見覚えのある犬が、もう一頭いることに気がついた。黒茶の大型犬。夜の闇に溶けて見えにくかったが、それはたしかに高千穂家の飼い犬、キングだった。


「キング!? どうして……」


 キングはシーザーより二回りも大きなその体を、埃まみれにして駆け寄ってきた。

 どうやらシーザーと同じく、飛んでくる瓦礫や金属片を弾き飛ばしていた、ということのようだが、いったいどうやったのかは、咲良はもちろん豊川にも分からなかった。


「気付かなかったのか? コイツも最初っからずっといたぜ。君に会った時から」


「どうして? どうして言ってくれなかったのよ!?」


「そりゃあ、コイツが君には言わないでくれって……あれ?」


 豊川は首を傾げた。

 そんなことを言われた覚えはない。というか、犬と会話した記憶もないのだが、いったいどういうことなのか。

 その時。巨獣王の咆哮が響き渡った。


「そういや、まだ終わってなかったんだ」


 考え込んでいた豊川は、腕組みをほどくと、先ほどと変わらず立つ巨獣王を仰ぎ見た。

 その姿は、機動兵器による攻撃を受ける前と何ら変わらない。

 咲良も二頭の犬の首を両脇に抱え、Gを見上げた。

 融け固まった溶岩の様な皮膚には、どこにも兵器によるダメージは見当たらない。額に輝く半透明の赤い宝石にも、キズ一つなかった。

 禍々しいほど鋭い牙が、燃える街の火に照らし出され、鳶色の眼が凶悪な光を帯びている。


「なんで今さら、アイツが暴れ出すのよ? 私達、どうなっちゃうの?」




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