15-5 Gドラゴニック
さらに一年後。
G幹細胞を用いた機動兵器の完成披露式典が、つくば市のサイエンス・ラボで開かれた。
金属骨格と超兵器を、G細胞によって繋ぎ合わせた巨獣サイボーグ。進化の帰結として最強になったGとは違う、生まれながらにして、戦いと破壊を義務づけられた存在。
「Gドラゴニック。それが、この機動兵器の名称です」
講壇から各国の代表に紹介したのは、昨年、総司令の座に着いた樋潟幸四郎であった。
暗転したステージ上、その大画面には、Gと巨獣の事件を記した年表とその事件の記録画像が目まぐるしい速度で入れ替わり、次第に現在へと近づいていく。
そして最後に、クェルクスを焼き尽くして虚空に崩れ去るGの姿がCGで描かれ、その灰の山から立ち上がる、禍々しいシルエットを持った、巨大な竜の影。
次の瞬間、さっとスクリーンが消え、画面のあった場所には、巨大なガラスののぞき窓が現れた。会場そのものが、巨大な格納施設と隣接していたのだ。
各国代表が食い入るように見つめる中、樋潟の合図でサーチライトが点灯され、そこに立つシルエットを浮かび上がらせた。始めは暗く、そしてゆっくりと光が強まるにつれ、暗銀色の巨大な姿が鮮明に姿を見せた。
その全身像は、あの最終決戦の時、Gと王龍が融合したもの……登録名称『G=王龍』にそっくりだった。
ねじくれた二本の角と、それを支えるように並んだ鋭い突起。
口元からのぞく長い牙。
サンゴ状の背びれ。
背中には翼は見えず、その代わりに骨のような突起が数本突き出ている。
各所に銀色の機械部分が見えるが、体表をすべて覆っているわけではなかった。
機械に覆われていない部分は、巨獣王のそれと酷似した、融け固まった溶岩のような皮膚である。あの、リニアキャノンすら跳ね返し、傷つこうとも皮下の体液が大気に触れると固化して、生体装甲となるGの皮膚だ。
だが、頭部から上半身の一部にかけて黄金の鱗に覆われ、喉元には大きな鱗板が整然と並んでいるのは、王龍に似ている。
まさに第二次巨獣大戦時、人類を滅亡から救った竜戦士と同じ、いや、それ以上の威容であった。
「お分かりになりますでしょうか。これが、我々MCMOが独自開発した人類の守護者。機械とG細胞の完全なる融合体・Gドラゴニックです」
貴賓席からどよめきが上がった。
半分は感嘆、残り半分はこの強力すぎる兵器に対する、明らかに批判的な声である。なるべくもったいぶった演出をしろとは言ったが、少々演出過剰だったかも知れない。
だが、ここまでさせたのは彼等自身なのだ。
MCMOの開発した機動兵器を、人間同士の争いに持ち込み、勢力図を書き換えようとする輩が、今更何を言おうというのか。樋潟は、微かに皮肉な笑いを浮かべた。
「このGドラゴニックのサイバネティクス技術が画期的なのは、金属製の機械構造部分に対して、生体構造による自己再生能力、および環境適応能力が付加されている点です。
この技術は、Gの表皮再生機構の研究を元に再現されたもので、ある程度のダメージであれば、戦闘中にも生体に置き換わって再生します。また、同修復箇所は前回の攻撃ダメージを受けにくい構造へと変化する。これらもまた多くの巨獣に見られた環境適応能力を、G幹細胞によって再現したものです。
また、過去に造られたすべての機動兵器と兵装の互換性を持ち、それらをオプションとして装備することも可能となっています」
会場全体から上がったどよめきは、今度は批判的なものが多数を占めていた。
G幹細胞にそれほどの能力があることは、報道関係はもちろん、各国首脳にすら知らされていなかったのだ。
「それでは、修理やメンテナンスは不要、ということかね!? 戦い続け、強くなり続ければ、最終的にはどうなるのだ!?」
アメリカ合衆国事務次官の席から、厳しい声が上がる。
「ほう……いったい何をご心配なさっておられるのですかな?」
樋潟の表情からは、先ほどまでの笑みが消えている。
「すべての機械部分が失われた時……巨獣王が復活しないと言い切れるのかね!? MCMOは、人類の敵を造ってしまったのではないのか!?」
「あくまでGドラゴニックは、人類守護の為のものです。攻撃対象は人類の敵のみ。なにより、巨獣イコール敵ではありません。多くの機動兵器を、巨獣排除の名目で国境線や駐屯地に実戦配備している方々の目には……どう映るか分かりませんがね」
「MCMOは、我々を人類の敵と見なす……とでも言うつもりか!?」
「いえ。MCMOは、これよりこの力をもって、人類の平和を守るというだけです。核兵器が抑止力として完全ではなくなった現在、各国の主要軍事力となった機動兵器は、もともとMCMOが開発し、巨獣との戦闘によって発達した技術です。我々は国家間の争いに積極的に介入する気はありませんが、もし、機動兵器を戦争手段として用いようと考えた場合、まずこのGドラゴニック……すなわち伝説の巨獣王・Gを相手にすることになる、とお考えください」
厳しい口調で続ける樋潟の顔に、冷たい笑みが戻ってきた。
「私は、出来るならこれを起動させたくはありません。だが、国連安保理からの指令があれば、出動せざるを得ない。そうならないよう……今後、絶対的な戦争抑止力となることを、切に望みます」
*** *** ***
「バカげている」
モニターを見ていたウィリアム教授は、吐き捨てるように言った。
自分も製造に荷担しておきながら、矛盾している、とは思う。だが、殺戮兵器を造るために、自分は機動兵器の研究に人生を捧げてきたわけではないはずだ。
MCMOは、どこで間違ってしまったのか。あれでは、あの時昆虫型群体巨獣とGを操り、世界に宣戦布告しようとしたベン=シャンモンと同じではないか、そう思った。
「そうかも知れまセン……力に力で対抗するなラ、相手を滅ぼさない限り勝利はナイ。樋潟司令は、そんな基本的なことも忘れてシマッタのでしょうか……?」
相対するソファに座り大きくため息をついて言ったのは、カイン=ティーケンだ。
現在は、機械工学の権威として、日本の大学で教授となっている。すでに退官し、故郷のユタ州で名誉職に就いていたウィリアム教授とともに、Gドラゴニックの人工骨格
と兵装関係のアドバイザーとして、このプロジェクトに招聘されていたのだ。
「そうだな。これでは、機動兵器が軍事力として拡散してしまった時の二の舞になるだけだ……」
ウィリアム教授は、遠い目をして言った。
決して、意図したことではなかった。だが人智を越えた生命力を持つ巨獣と、互角の戦いを繰り広げた兵器群を、その巨獣がいなくなった時に、各国が新戦力として迎え入れてしまったのは、自然な流れであった。
「だが、樋潟君の焦りも分からんでもない。ナノマシンシステム……君も聞いたことがあるだろう?」
「Yes……今度の第三世代の機動兵器……モビルビーストには組み込まれているらしいデスね」
それは本来、画期的な外科治療を行うシステムであった。
細胞の隙間に潜り込めるほどの極微少な機械を体内に注入する。それに、一定の命令を与えておけば、患者の体内で細胞同士を繋ぎ合わせたり、悪性細胞のみを選択して攻撃したりする。
それは生体に使用するだけでなく、様々な機械類を維持管理する目的でも使われ始めていた。
「そうだ。簡単なものならホラ、このスマートデバイスにも仕込まれている」
ウィリアム教授は、自分の携帯端末をヒラヒラと振って見せた。
今後生産される機動兵器には、オイル配管がさながら毛細血管のように張り巡らされ、その中を自己修復機能を持ったナノマシンが循環することになる。
「つまり、劣化も損傷も自動で修復してしまう兵器だ。そういう意味では、生体サイボーグと何ら変わらん。いや、むしろ制御可能という意味では上かも知れん」
「Why……何故……このGドラゴニックにはそれを組み込まなかったのデスか?」
「完成を急いだせいだ。同じ機能を持つ二系統を組み込む必要もない、と判断したからでもある……」
「しかし……」
そこまで言って、カインは言葉を飲み込んだ。
これ以上、強力な兵器を造りだしてどうするのか。今のままでも、Gドラゴニックは充分に怪物なのだ。
「昔……際限なくエスカレートしていく軍事力の強化を『血を吐きながら続ける、悲しいマラソン』と表現した男がいたよ。巨獣が……Gがいなくなって、また人間はそのマラソンを始めてしまったのかも知れないな」
「Cyberneticsも同じことになるのでしょうね。各国が技術を持っていないわけじゃナイ。おそらくすぐに、Gドラゴニックに対抗できるもの、あるいは超えるものを作り出してくる……」
「……もうすでに、持っている……ようだ」
「What!?」
「裏の情報さ。少なくとも二体……ドイツと中国だ。コードネームはそれぞれ、GファーブニルとG鳳凰」
「なんでそんなものが……情報漏洩ですカ?」
「MCMOには、各国から軍事関係者も出向してきているからな。機密、なんていっても、そう完璧ってわけにはいかないってことさ」
「樋潟総司令は、それを知っておられるのですか?」
「知ってるだろう。いや、どうも知っていて、わざと情報を流出させたようなフシもある。もしかすると抑止力による均衡状態、ってのをつくり出したかったのかも知れんな」
「それで世界の平和が守れると……」
「思って、おられるんだろうな……政治ってヤツだ。我々、科学者には理解しがたい……」
そう言うと、またウィリアム教授はモニターのGドラゴニックに目を移した。
*** *** ***
Gドラゴニックのメインドック。
直立する巨大な黒銀の竜の前の空中通路に、紀久子の姿があった。騒然としたお披露目会は、なんとか無事に終わったようである。
鉄製の柵に手をついてGドラゴニックを見つめている紀久子の隣に、初老の白衣姿が並んだ。
「松尾博士、おめでとう。メカニックと生体コンピュータとの連結による結晶が、ついに日の目を見ることとなったな……」
祝いと労いの言葉とは裏腹に、その口調にはわずかだが、悲しげな響きが混じる。
「G幹細胞で作った神経伝達回路は、やはり、どんな生体素材とも容易に結合してくれましたね。八幡先生……」
「アンブロシアから抽出した、生体間親和成分も有効に働いてくれているようだ。おそらく、あの第二次巨獣大戦が無ければ……こんなものは開発できなかった……皮肉なものだな」
八幡の声が大きく反響している。その中には隠しようもない怒りの響きがあった。
Gドラゴニックは上下左右から金属のアームで支えられてはいるものの、きちんと自立し、薄暗い中、各所からLEDのものらしき光が漏れている。サイボーグは機械ではない。生きているのだ。
紀久子達の担当は、この機体の最重要部分となる生体部品であった。機械構造部分はウィリアム教授の持つ多足歩行システムと、その発展技術によって作り上げられたが、その制御系はすべて生体なのだ。
サイボーグ。人類初の生体と機械の完全な融合体は、機械の巨獣の姿で誕生したのだ。
だが、紀久子と同じように八幡もまた、心からこの兵器の完成を祝福してはいなかった。
「お披露目か……ていのいい脅しだったな。だが、ほとんどの国はこの機体の性能を知っても、それに恐れをなしたりなどせん。同じレベル……いや、それを超えるものを開発しようとするだけのこと……この世に絶対的な抑止となる戦力などあり得ないと、どうして軍人には分からんのだ」
小さな声で吐き捨てるように言った八幡に、紀久子は巨大なシルエットから目を逸らさず答えた。
「大丈夫です」
「え?」
「Gを……明君を、破壊兵器になんて、私がさせない。決して」
だが、八幡は悲しげに目を伏せた。個人の無力さは、充分すぎるほど知っている。どれだけ主張しようが、時代の大きな流れには勝てないのだ。
そもそも、生体部品を作り終えた彼等は、MCMOにとって既に用済みだ。早晩、この研究所からも退去させられるだろう。たとえどんな手段を使おうとも、この兵器の運用を阻止することは出来ないのだ。
それでも紀久子の瞳は希望を失ってはいなかった。真っ直ぐに巨大な龍を見据えるその目に宿った強い意思に、八幡は最後まで気付くことはなかった。