14-6 バトセラ×ベスパ×ステュクス
『そこをどけえええ!!』
重戦車・ガーゴイロサウルスの主砲が吼え、大気を衝撃波が走る。巨大なシロスジカミキリ・バトセラが垂直にとまっている、廃墟の壁は微塵に砕けた。
重力を無視したかのようなその芸当も、巨大な廃墟の壁を打ち砕いてしまえばそれまでだ。カミキリムシの脚の先端は、ファンデルワールス力でどんなものにも吸い付くことが出来るが、動き自体は意外に鈍い。
地表に転がったバトセラの隙をアスカの操るフェイロングスの機銃が狙う。しかし、着弾した腹部には、ほとんど傷も残らなかった。
『キシキシキシキシキシッ!!』
首の部分を動かしてカミキリムシ特有の威嚇音を発する。多少は効いているのだろうか、だがこんな攻撃をいくら繰り返しても、バトセラを斃すことは出来まい。アスカは唇を噛んだ。
『なんて固さなんだい!! コイツの口径は七十ミリなんだよ!?』
『くそッ!! 広藤!! 珠夢!! ステュクスにフェロモン出させてんのかよ!? 擬巨獣なら分解できるはずだろ!?』
“ダメだよ小林さん!! コイツら擬巨獣じゃない!!”
『なんだと!?』
“たぶん、クェルクスの根の中で培養した、巨大昆虫なんですよ!! これまでのヤツらと形は似ていても、性質はまるで違うみたいです!!”
“忌避フェロモン耐性も出来てるみたい……ほとんど効いてない!!”
珠夢と広藤の絶望的な思念波が響く。
転がっていたバトセラは、こちらの攻撃が効かないと見るや、思わぬ素早さで地を這いガーゴイロサウルスにのしかかってきた。
『やられるか…………よッ!!』
小林は前部マニピュレータを展開して、バトセラの胴体を引き剥がそうとするが、カミキリムシの脚はまるで吸い付いたように離れない。ツルツルした機動兵器の外板に、六本の脚でしがみつき、黒い牙を噛み鳴らしながら思い切り首を伸ばして、頭だけをコクピットに近づけてくる。
『小林!! ダメだ!! そのまんまじゃやられる!!』
バトセラの黒い牙が、触れた主砲の砲身をいとも容易く切り落とすのを見て、アスカは戦慄した。装甲以上に強靱に作られているはずの砲身が、まるで粘土細工のようだ。
あの牙に掛かれば、引き裂けないものなど無いに違いない。だが援護しようにもバトセラの位置が悪い。このまま攻撃してはコクピットの小林に当たる。
『もう少し引き離すんだ!! ソイツの位置を変えないと撃てないよッ!!』
『心配……いらねえッ!! こんだけ首伸ばしゃあよッ!!』
その瞬間。ガーゴイロサウルスの左側面に位置する、小型機銃が吼えた。
小型とはいっても口径は十二.七ミリ。通常の機関砲並みか、それ以上の破壊力を持つ。バトセラの伸ばした頭部と胸部の継ぎ目にその銃弾が吸い込まれた。白く柔らかそうなその部分は、昆虫の急所でもある。脊椎生物のように脳組織のない昆虫にとって、その部分にあって三連結している神経束こそが、脳と同じ役割を果たしているのだ。
『バカな!! コレでもダメなのかよ!?』
小林は呻いた。たしかに銃弾は当たっている。しかし、ゴム以上に強靱でしなやかなその継ぎ目の表皮が、衝撃を吸収してしまっているのだ。
勢いを一瞬で殺された銃弾が、ぼろぼろと落ちてくる。
『いや、狙いは悪くないよ!! そこならコイツでッ!!』
アスカの操るフェイロングスが、超低空飛行でバトセラの背部をかすめた直後、白い粉が飛び散った。
『な……何をしたんだ!?』
『いいからもう一回撃ちな!!』
ガーゴイロサウルスの機銃は、今度は継ぎ目の組織をあっさりと砕いた。周囲に白い破片が飛び散り、バトセラの動きが急に鈍くなる。
『なるほど!! 液体窒素弾か』
『ゴムだって何だって、冷やしちまえば脆くなるってもんさ!!』
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「広藤君!! でも、あたしたちはどうすんのよ!!」
「ううむ……フェロモンも効かない。速度も旋回性能も向こうが上……か……」
「のんびり考え込んでる場合じゃないよ!! 追いつかれるッ!!」
戦場の遙か上空、数千mの場所をステュクスは必死で逃げていた。
後方から迫ってくるのは、巨大なスズメバチ・ベスパだ。その背中の上、頭部と胸部の間に出来たくぼみに体を落ち着け、広藤は必死で頭を回転させていた。
珠夢はその隣でステュクスに指示を送りつつ、この期に及んでも落ち着いた風情の広藤にやきもきしている。
「こんなのどうやって戦うっていうの……ひゃ――――」
突然羽ばたきをやめて自由落下を始めたステュクスの動きについて行けず、珠夢は悲鳴を呑み込んだ。なんとか両手で背中の体毛にしがみついてはいるものの、体は宙に浮いている。
「だから僕みたいに体を固定しておきなって言ったのに……」
広藤は手を伸ばして珠夢の体を引き寄せると、ステュクスの体毛を寄り合わせて作ったロープで、珠夢の肩から腰を固定した。
先程から何度も追いつかれそうになるたび、ステュクスはその動きを読んで羽を畳み、落下するのだ。繰り返される落下と加速にフラフラになっていく珠夢と対照的に、何故か広藤はどんどん冷静になっていく。
「戦いは勝てる土俵でやんなくちゃいけない……かといって、空中でも地上でもスズメバチのパワーと機動力に対抗するのは難しい……厄介なのは毒針と牙だな。一度でもつかまったら終わりだ。バシリスクをやっつけた口吻でもあの体表を貫けるかというと難しいし……蛾がハチに勝てる事って……あ!!」
「ど……どどどうしたの!?」
「ステュクスがあいつに勝てるのは……重さだ」
「今更何言ってんのッ!!」
珠夢は呆れて叫んだ。たしかに、ベスパは巨大といっても本体の大きさはステュクスの半分程度にしか見えない。だが一生懸命考えていたかと思えば、あまりに単純な結論。しかも、それが勝利につながるとはとても思えない。
「いいから。今度追いつかれそうになったら、急ブレーキを掛けてアイツに接触するんだ」
「ええッ!? そんなことしてどうするの? ステュクス、アイツに食べられちゃうよ!?」
「すぐには食われない。スズメバチは空中で獲物を殺すけど、肉団子にするのは着陸してからだ」
「で……でも、毒針や牙で攻撃されたら……きゃあッ!! 来たッ!!」
「珠夢ちゃん!! 言った通りに!!」
「うん!! ステュクス!! お願い!!」
二人の体に、強烈なGが掛かった。
一気に羽を広げたステュクスは、音速に近かった速度を半分以下にまで落とした。勢い余って追い抜いたベスパは、見失ったステュクスを探して急降下していく。
「今だッ!! ベスパの背中にしがみつくんだ!!」
広藤の声が聞こえたのか、ステュクスは珠夢の指示を待つまでもなく、ベスパの背後にしがみついた。そして、羽ばたきをやめる。
「どど……どうすんの!! 落ちるッ!!」
「いいんだ!!」
ベスパは必死で羽ばたいているが、自重の倍近いステュクスを背負って飛び上がる力はない。しかも背中に乗られて効率よく羽ばたけない。たれ込めた雲を突き抜け、夕闇の迫る地上が見えた時、珠夢は声を上げた。
「う……海!?」
超高速で戦ううち、すでに彼等は海上に出ていたのだ。
着水、というよりは墜落に近かった。
すさまじい衝撃。だが、まるで極上の羽布団のようなステュクスの体毛が、その衝撃を殆ど吸収し、広藤と珠夢は無傷だった。
巨大な水柱を上げて海面に叩き付けられた二体の昆虫型巨獣は、寸時海面でもみ合うと、そのまま離れた。
「ステュクス!! すぐに離水しろ!!」
広藤の声を受けて、ステュクスが飛び上がる。
だが、ベスパは透明な羽だけを水面に漂わせ、海面下でもがき苦しむだけだ。
「ハチと蛾の違いは……鱗粉だ。水を弾く鱗粉があったから、ステュクスは水につかまらずに飛べた……それに、ハチよりも翼面積が大きいから、すぐに飛べる」
「だだ……だって、ハチだってフツー、水がかかったくらいじゃ死なないよ!?」
珠夢は目の前で起きたことが信じられないといった様子で、広藤を見つめた。
「それは、普通サイズの小さなハチだからさ。水の表面張力で弾かれるんだ。でも、アイツはでかすぎた。表面張力なんか期待できない上に、羽まで水に濡れた。水中に沈んだら、もうダメだ。ましてやここは海の真ん中。つかまれる物は何もない……」
巨大スズメバチ・ベスパは数分と経たずにもがくのをやめ、海面を漂い始めた。
「死んだの?」
「ああ。もし擬巨獣だったら、小さく分離して離脱できたかも知れないけれどね。巨大化があだになったんだ。戻ろう。ステュクスのフェロモンでみんなを支援するんだ」
「うん」
ステュクスは黒褐色の翼を力強く羽ばたかせ、戦場へと戻っていった。