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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第14章 哀しみの樹
114/184

14ー4 融合

(明君……起きて明君……)


 倒れ伏したまま動かないGに覆い被さった王龍。その意識を今支配しているのは、主に五代まどかの意志だった。王龍に吸収されたすべての意識と融け合いながらも、明への強い思いが、まどかの意志を全面に押し出していたのだ。

 しかし、その切ない呼び掛けの思念波にも、Gは何も答えない。

 Gが全身に負った深い傷は、生命を司る循環器、呼吸器にまで及び、生命力バイタルは極端に低下したままだ。そして回復するどころか、その傷口からは体液がどんどん失われつつあった。


(いけない……このままじゃ……)


 悲しみに暮れるまどかの意識を、紀久子の意識がそっと抱くようにして入れ替わる。そして柔らかく、しかし決然と王龍の生体能力を支配下に置いた。王龍になら出来る。王龍の能力ならGを救えるはずだ。死んだはずの自分たちも、こうして王龍の中で生きているのだから。


(がんばって明君……まだ……何も終わってない。ううん、何も始まってすらいないんだもの……)


 紀久子は、Gの上に折り重なったまま、王龍の能力と生物体バイオマスを使って、Gその細胞組織を賦活しようとし始めた。

 自身を構成しているヒュドラを群体状態から解放し、さらにそれぞれの細胞構造を変化させる。それは、変幻自在のシュライン細胞に冒された紀久子を体内に取り込んだからこそ、出来ることだったのかも知れない。

 ヒュドラ群体である王龍には、もともと決まった姿はない。

 竜伝説を信じる獲猿たちの意識によって、王龍は形作られていた。

 しかし、まどかと紀久子の意識が強く支配する今、そのGと一つになり、新しい姿を得ることは難しくないはずだった。


 太陽に溶ける雪のように、白銀の鱗が融け崩れていく。

 個々の高速回転を止めたヒュドラが光の反射を無くし、真の姿に変わるのだ。群体としてのつながりがいったん解除され、あの限りなく透明な姿のまま、さらにゲル状となってGの全身を覆っていく。そして、深く抉られていた傷口を補填したその透明な細胞組織は、再び王龍としての性質を取り戻し、白銀の鱗を再構成していった。

 その様子は、王龍がGを呑み込んでいるようにも、Gが王龍を吸収しているようにも見えた。Gの背びれが王龍の背中で融け崩れ、王龍の二股の尾がGの尾に宿り、白銀の翼は体内へと吸収されていく。

 今、いくつもの意志を宿す二つの巨大な生命体が、ひとつの力を得つつあった。

 変貌したGの体に、強い生気が漲る。

 ふいに、Gが爆発したかのように、光が発せられた。

 横たわるGの背中から放たれたその二本の光の束は、遠く取り囲むように滞留していた昆虫群を薙ぎ払った。そして強い光が薄らいでいくと共に、次第に形を成し、薄く広い二枚の翼に変わっていく。

 Gのサンゴ状の背びれは、より鋭角な強靱さを伴って復活し、深いコバルトブルーに輝くヒレの先端は、メタリックな輝きを放ち始めた。全身を覆い尽くしたヒュドラの細胞は、融け固まった溶岩のようだったGの皮膚を包み込み、尖った鱗で全身を鎧う。

 金属光沢を放つ鱗が、G本来の体色を透かして黒銀色ガンメタリックに輝く。

 ゆっくりと立ち上がった、Gであったもの。

 すでに、体の傷はどこにも見当たらない。

 三本の首は、肩の上で一つに収斂され、Gの頭部と重なった。

 首が僅かに伸び、手足も長く伸びている。その顔立ちはGと王龍の中間くらいとなって、それは何故か、西洋のドラゴンを彷彿とさせた。

 喉から腹部にかけて、大きな鱗の腹板が規則的に並んでいる。

 力強い二本の腕。

 Gとは違い、猛禽のそれのようにカーブした足の爪。

 捻れた二本の角。

 長く突き出た牙。

 額には、エメラルド色に輝く宝玉がある。

 ゆっくりと開いた瞼の奥には、王龍と同じコバルトブルーの瞳。


(俺は……(私は……(明君……よかった……)))


 融け合いきれない三人の意識が、同時に発せられた。


(松尾さん? Gの中にいるんですか? まどかさんも? どうして……(Gと一つになったんだ……明君、すぐに行かなきゃ。みんなが待ってる(無理しないで。まだ私達は……完全じゃない)))


(行くって……どこへ? 僕たちはどうなったんです?(あの声、聞こえないの?……北北西へ三十二キロ(そう。これで、私もあなたと同じ)))


(聞こえます。あれがクェルクスの声? でもいけない。あなたたちを戦わせるなんて(行きましょう。あの声を止めてあげなきゃ……(これでいいの。こうなってようやく、あなたの気持ちが分かった気がする)))


(ダメです。僕なんかと同じになっちゃいけない。あなた達は……(なんて哀しい声……きっと、あの声を止められるのは私達だけ……(私は誇らしいの。こうして誰かの力になれることが。運命に立ち向かう力を持っていられることが)))


(そうか……今戦えるのは、僕たちだけ……(そう。だから、もう行かなくちゃ(今は、共に戦わせてください)))


(行こう(行きます(行きましょう。戦いに)))


 体だけでなく、その意志もまた一つになった時、生まれ変わったG=黒銀ガンメタリックドラゴンは、大きく羽ばたいて宙に舞った。その周囲を取り巻くように守り続けているのは、シュラインが遣わした昆虫の群れだ。

 クェルクスの意志を受けた昆虫群と拮抗しながら、球状の空間を維持し続けている。


(来い(来なさい(来て)))


 G=黒銀竜が、空中で両手を伸ばすと、昆虫群は球状の空間を解き、その腕と足、胸部にわだかまり始めた。

 包み込まれた部分に、流れるようなラインの昆虫装甲が形成されていく。

 籠手と胸当て、脛当てに酷似した昆虫装甲は、黒っぽい下地がメタリックグリーンの輝きを帯び、そこに赤いラインが入っている。

 そこから形成された、長い剣状の突起が、ふいに襲いかかってきた大型擬巨獣を両断した。


(急ごう(急ぎましょう(早く)))


 昆虫の黒雲を切り裂いて、G=黒銀竜が空を疾走はしった。



***    ***    ***    ***



『クソッ!! なんで止まらねんだよ!!』


 小林が悪態をつき、周囲に重機銃の弾丸を撒き散らす。

 黄色い体液と、薄緑色のはらわた飛沫しぶかせて、無数の小型擬巨獣が撃墜されていくものの、数が減ったとは思えない。


『ダメだよ!! いくら弾を補充したからって、無駄遣いしてちゃすぐに無くなる!!』


 苛立ちに任せて武器を操る小林に、アスカが叱責を飛ばす。


『だがよ!! 少しでも手を緩めたらやられちまう!! 東宮とかってアイツが消えてから、もう十分以上は経つぜ!! いい加減変化があってもいいんじゃねえか!? それに、八幡教授たち!! まだアイツの言葉を解読できないのか!?』


『小林君、すまない。どうやらこの超超音波もまた、本当の声の残像のようなものだという事が分かったくらいだ。それでも、もう少し時間が貰えれば解読してみせるが……』


 八幡の声は悔しげだ。どうやらそう簡単にはクェルクスの言葉は解読できそうもないらしい。

 バハムートを必死で操りながら、オットーも叫んだ。


『いくらなんでもおかしいんじゃねえか!? さっきも言ったが、シュライン!! てめえ、まだ世界征服の夢を捨てきれてなくて、こんな茶番を演じてるんじゃあるまいな!?』


 オットーは、既に弾を打ち尽くしたのか、四肢にあたる部分のマニピュレータの高周波ナイフで、擬巨獣を切り裂いている。


“そんなつもりなら、こんな回りくどいマネはしやしないよ。それに僕の世界征服なら、もう終わっている”


『終わった!?』


“僕の欲しかった世界は、独りぼっちじゃない世界。たった一人でいい、僕を理解し、肯定してくれる人のいる世界だ。それが見つかった以上、もう――”


『ふざけんな。フツーに生きてりゃ誰だって、そんな人の一人や二人――――』


 小林が言いかけた時、彼等を囲むクェルクスの増殖がピタリと止まった。

 だが、それも部分的なものでしかない。距離を置いた位置にある大半の植物群は、今までと変わらず増殖し続け、壁を更に分厚く、枝葉を増やし、上へ上へと伸びていく。

 クェルクスの壁は、内部で何かせめぎ合ってでもいるかのようにねじくれ、不自然に途切れていく。核へ至る道筋は、どうやらそのせめぎ合う壁同士で作り出された道筋の先にあるようだった。


『これ……東宮がやってんのか!? なあ!! シュラインさんよ!?』


“そのようだね。だけど、僕はクェルクスの主導権を握るように指示したはず……おそらく、何らかの理由でそれができなかったんだ”


『どうする!?』


“行くしかない。直接核を叩くしか……”


 シュライン=デルモケリスは、超超音波の苦痛に耐えながら、一歩踏み出した。


“待って!! 何か、来る!!”


“何だって!?”


 いずもの思考波に、シュラインが空を見上げると、上空の昆虫群集が大きく渦を巻き始めていた。たしかにその動きは、やって来る何かを押しとどめようと壁を作っているようだ。

 その黒雲を突き破って姿を顕したのは、誰もが予想もしない一体の巨獣だった。


『竜……?』


 アスカの声が僅かに漏れる。たしかにその姿は、竜のように見えた。黒銀ガンメタリックの巨大な竜は、地響きを立てて大地に降り立った。


『あの背びれ……Gなのかよ……? でも、あの姿……あの翼は、王龍……?』


 小林の言う通り、その巨体の背中には特徴的な背びれが並んでいる。色こそ違えど、それはGのものとそっくりであった。


“……小林さん”


『この思念波こえは明!? やっぱりそうなのか? その姿、いったいどうしたんだよ!?』


“Gは瀕死でした。松尾さんと、まどかさんに、助けてもらったんです。今、Gと王龍はひとつになっています”


 ひとつになる。その意味をよく理解できないまま、小林は唾をごくりと飲み込んで聞き返した。


『クェルクスを……斃すのか?』


 その問いに答えたのは、明の声ではなかった。


“いいえ。斃すんじゃない。クェルクスの中から、呼んでいる声がします。泣いています。それを、止めてあげなくちゃいけないんです”


『まどか!? やっぱりそうなんだね? あんたもその中にいるんだよね!?』


 入れ替わるように聞こえてきたまどかの思念波こえに、アスカが涙声で呼び掛ける。


『だけど、攻撃しちゃダメよ!! クェルクスの中には東宮さんがいるの!! 増殖を止めるんだって、一人で……』


“分かってる。いずもちゃん、そんな心配しないで。今、クェルクスの周囲にある悪意を一掃するから”


 今度は紀久子の思念波こえが聞こえてくる。どうやら、三人の意識がこの黒銀の竜を支配しているようだ。


『悪意だって? ヤツも人間の意思を持ってるってのか?』


 聞き返したのは、チーム・ビーストの隊長、ミヴィーノ=ライヒだ。


“クェルクスの核の中身は、苦しんでいる一人の人格です。でも、それを封じ込めているのは、巨大な悪意……いえ、クェルクスという生物の凶暴な『増殖意志』なんです”


 ライヒ隊長の疑問に答えたのは、三人の思念波こえだ。思念波は同時に重なって聞こえ、三つの意思がひとつになりつつあることを思わせた。


“なるほど……要するに、植物体そのものの生きる本能みたいなものが、人間の意識を包み込んで暴走しているって事だね?”


“はい”


 シュラインの言葉に、三人の肯定の意思が返る。

 気がつけば無数の昆虫たちも、擬巨獣たちも、遠巻きになりつつあった。どうやら、黒銀竜となったGには、彼等といえども容易に近づけないらしい。

 黒銀竜の発しているのは、生体電磁波、フェロモン、超音波である。機動兵器群にも、またシュライン、サン、カイ、上空のステュクスにはほとんど影響を与えていないようだが、昆虫群には相当のストレスとなっているらしく、そこに仁王立ちになっているだけで、周囲から昆虫群の姿は消えていく。

 だが、何もいなくなったその領域エリアに、ゆっくりと立ち上がる巨大な影があった。


『あれは……!!』


『……ダイナスティス!!』


 それは、たしかにダイナスティスと呼ばれた、カブトムシ型の擬巨獣であった。しかし、紀久子が核にされたダイナスティスより、二回りも大きく、そして全身が黒く光り、角状突起の数も多い。


“コイツがクェルクスの意志の代弁者……相手はGがやります。これを斃さなくては、東宮さんも身動きが取れないはずですから”


 一歩前に進み出たG=黒銀竜。

 しかし不気味な地鳴りと共に地面から植物体の根が数カ所盛り上がり、それを切り裂いて、更に五体の昆虫型巨獣が姿を現した。ダイナスティスを守るように立ったのは、Gそっくりに擬態したあのアリグモ・ミルマラクネ、シロスジカミキリの姿をしたバトセラ、黄色と黒の危険な縞模様を持つスズメバチ=ベスパ、高周波の角を振りかざしたミヤマクワガタのルカヌス。そして、黒く輝く硬質の体を持つオオクワガタ、ビノドゥロサスであった。


『護衛がいるって寸法か。Gだけで……ってワケにはいかなそうだぜ? カミキリムシ野郎は俺と新堂少尉で斃す』


 小林がガーゴイロサウルスを、Gの右隣まで進めた。


『おう。トゲトゲしたクワガタムシは俺達、チーム・ビーストが引き受ける。Gは一番でかいのを斃してくれ』


 左側にずい、と機首を突き出したのは四つ足獣型の機動メカ。オットーの乗るバハムートだ。


“各チーム、一体ずつの割り振りだよ。僕はあの黒いクワガタをやる。でもこのゲーム、後がない。一チームでも負けたら僕達の負けだからね”


 更に横に並んだのは、シュライン=デルモケリス。


『私達は、もう一回あのクモ野郎を斃します』


 そう言ったのは、サンに乗るいずもだ。


“ええッ!? 僕たちに、スズメバチを倒せっていうんですか!? 天敵ですよ!?”


 驚いたような思念波こえが空から降ってくる。ステュクスに乗る広藤だ。


“何言ってんのよ。みんな頑張ってんじゃない。あたし達もいいとこ見せよ!!”


 これまでずっとサポートだった珠夢は、相当張り切っている様子だ。その思念波に乗って、ステュクスの闘志までが伝わってきた。


『行くぜ!!』


 小林の叫びと共に、ガーゴイロサウルスの主砲が火を噴き、開戦を告げた。


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