14-1 チーム・ビースト
均衡は破られようとしていた。
傷つき、疲労しきったGの放射熱線は、次第にとぎれがちになりつつあり、王龍の電撃だけでは、大型擬巨獣は防ぎきれない。王龍の胸の生体レーザーは、射角に制限があって一度に多方向から襲われては、どうしようもなかった。
ついに放射熱線を放てなくなったGが、一歩前に出て、両腕でそれぞれ二体のカマキリ型擬巨獣を叩き伏せた。
その両側からさらに襲いかかってきたクモ型の擬巨獣をサンとカイが鉄骨を振り回して、霧散させた。
周囲を圧し包む昆虫の黒雲は、時を追うごとに密度を増しつつあった。
(ダメか……でもこうなっちまっちゃあ、撤退も出来ないね……)
裡で呟きながら、アスカは頭を巡らせていた。
なんとか、Gと王龍だけでもここから逃がさなくてはならない。思うことはそれだった。
たとえここで自分たちが力尽きようとも、この二体さえいれば……体制を立て直し万全の状態で挑めるならば、クェルクスと昆虫群を殲滅できるかも知れない。
現状では、人類にこれ以上の戦力は存在しないのだ。
そうでなければ人類は滅ぶ。植物と昆虫に呑み込まれて。そんな事を許すわけにはいかなかった。
アスカは、目の前のコンソール上にある、赤いボタンに目をやった。
自爆装置。
透明な樹脂にカバーされたスイッチの名だ。メインジェネレーターを、数秒で暴走させる最終手段。フェイロングスにはそれがあった。
全員に撤退を指示し、自分は突っ込む。出来る限り昆虫群を引き付け、自爆するのだ。
もう、出来ることはそれしかないとアスカが心を決めたその時。
突然。
周囲に火柱が立った。
容赦ない爆発の連続が、迫ってきていた擬巨獣群を吹き飛ばしていく。だが、爆撃はアスカ達ののいる場所だけは正確に避けていた。
援軍だ。だが、上空にあるはずの機影は、昆虫群に遮られて見えない。
爆撃はかなりの高空から行われているようだった。アスカはほっと胸をなで下ろした。
(また……死に損なっちゃったか)
そう思った時。通信機からカイに乗るマイカの声が流れた。
『新堂少尉……これ……この絨毯爆撃……覚えがあります。まさか……グリフォン?』
『トート少尉。それ……どういう――』
『危ねえところだったな!!』
アスカの声を遮るようにして、響いたのは若い男の声だった。つづけて昆虫の雲を割って着陸したのは、首の長い四つ足獣型の機動兵器。
その後を追うようにして、巨大な重爆撃機が着陸する。
『自動操縦の機体に武器と燃料を満載してきた!! サンとカイを使って、そっちの機動兵器に弾を装填させろ!!』
「オットー!! あんた……無事だったの!? なんで!? なんで連絡しないのよ!!」
『超高空核爆発(HANE)に直近で巻き込まれたんだぜ? 通信装置はパアさ。ライヒ隊長には連絡できたんだけど、それ以上どうしようもなかった。太平洋上で米艦隊に拾ってもらって、戦力を整えているうちに、また通信不能になっちまうしさ。こんな近くに来ないと通信できないって、何があったんだよ? まあ、様子は衛星で見れてたし、間に合ったんだからいいんだけどな』
「何もいいことないわよ!! どんだけ心配したと思ってんの!!……あんたなんか……あんたなんか……」
相変わらず調子のいいオットーに、マイカは切れた。
しかし、怒りのあまりかオットーの無事を知ってほっとしたせいか、次の言葉が出ず、ネコのように唸るのみだ。
『おいおい周り見ろ。怒ってる場合じゃないだろ? 今、隊長も来るんだぜ』
オットーが言い終わらないうちに、レーザーの光条が周囲を飛び交う昆虫群を貫く。
昆虫群を切り裂くようにして姿を現したそれは、真紅の戦闘機。
だが、普通の戦闘機よりも機体がかなり分厚い。その特に分厚い機体下部が空中で展開すると、人の手足の形状をしたマニピュレータが現れ、両手に携えた重機銃が火を噴いた。
それは、戦闘機の形状をした機動兵器だったのだ。
『遅れてすまない。マイカ、オットー、横須賀の米軍からこいつを借りて来たんで時間が掛かっちまった。だが、ようやくチーム・ビースト復活だな』
「その機体は……?」
米軍製だというその機体に、マイカは全く見覚えがなかった。
『米海軍の次世代制式採用機・ハルピュイアだ。飛行巨獣との空戦を想定して設計されている。ドイツ人の俺が最初に実戦運用することに、連中、最後まで渋ってやがったが……クェルクスが基地まで押し寄せてきて、全員逃げ出しちまったんで助かった』
『隊長……まさかそれ、米軍から盗んできたんじゃ……』
『細かいことを言うな。放置されていたのを拾ってきただけだ』
モニターの中で、ライヒはにやりと微笑んだ。
ジェット戦闘機の機動性を保ちつつ、滑走路も何もない廃墟で自由に着地しては昆虫群を撃ち落としていくハルピュイア。見る見るうちに昆虫の雲が晴れていく。
どうやら、このような戦局で一層の運用効果を上げる機体のようだ。
『アレに乗れよマイカ。久しぶりに俺達三人の力、見せてやろうぜ!!』
「……うん!!」
マイカはカイをグリフォンの近くに誘導し、乗り移った。
コクピットに座ったマイカは、真新しい計器類を見て、目を丸くした。
「違う……これ、元のグリフォンじゃないよ?」
『おうよ!! そいつは新型機……ってほどでもねえけどよ。グリフォンを改修した機体。名付けてマンティコアだ。大急ぎだったから塗装は前のまんまだが……エンジンもコクピットも換装してある。前より強いぜ!!』
言いながら、オットーは四つ足獣型の機動兵器の両肩から、数機のミサイルを発射した。
ミサイルは上空で幾つかに分かれ、そこからさらに無数の火球を吐き出して、虫の群れを消し去っていく。
『こいつの名はバハムート。やっぱり米軍の戦力だけどよ。ベヒーモスと同じ語源だなんてバカにすんなよ。攻撃力は数段上なんだからな!!』
チーム・ビーストの三人が、見事な連携で周囲の昆虫群を殲滅していく。
その間に、グリフォン=マンティコアから降ろされた弾薬を、サンとカイが、ガーゴイロサウルスとフェイロングスに、それぞれ装填していく。
彼等の知能は高い。一度グリフォンからの取り出し作業を経験していることもあって、作業はスムーズに進んだ。
重機作業になるはずの装填が、数分で終了した。
さすがにライジングブラスターやクラッシュアンカー、ワイヤーキャノンなどの特殊兵装までは補給できなかったが、主砲、重機銃、リニアキャノンは完全に補充された。
『主砲が撃てればこっちのモンだぜ!! このままクェルクスの中枢へ一気に突撃だ!!』
たしかに戦局は一気に有利になった。
緑の壁も至る所で炎上し、きりがないかに見えた昆虫群も少しずつ数を減らし始めた。
戦線が拡大し、植物型巨獣・クェルクスの占有領域がじりじりと後退し始める。
だが、クェルクス中枢となる明治神宮までは、あと約三十㎞。
このペースで押し続けていては、また遠からず弾切れになってしまうに違いない。
アスカはGと王龍、二体の巨獣の様子を見た。
王龍はいくらか力を取り戻したのか、雷撃を発射しているが、Gの放射熱線は復活していない。何より、これまでに受けた傷の状態が、どんどんひどくなっているのが問題だった。
特に左半身はボロボロだ。擬巨獣の牙があちこちに刺さり、動きもぎこちない。左腕などは、もはやほとんど皮一枚でつながっているように見える。今動いているのが奇跡的なほどの重傷なのだ。
なんとかしなくては……そうアスカが思った途端、Gは何の前触れもなく倒れた。
膝も手もつかず、何の防備もない体勢で、棒のように。
ついにぴくりとも動かなくなったGの体の上に、王龍が庇うように覆い被さった。身動きの取れない二体に、無数の昆虫群が襲いかかっていく。
「まずいよ!! Gがもう……ダメだ!!」
アスカは通信機に向かって叫んだ。
*** *** *** *** ***
「よし。これで発進できるはずだ」
アンハングエラのジェネレータが、低く振動を開始した。
守里は大きく安堵のため息をついた。シュラインが呼び集めた大型の羽アリの群れは、あっという間に自分の仲間達の屍体をエアインテークから掻き出した。
あとは行くだけだ。紀久子のいるという戦場に。
「東宮、補助席を出せ。単座機とはいえ、そのくらいこの機体にも付いて――――」
アンハングエラのコクピット内。素人でも出来る応急処置を追え、守里が額の汗を拭いながら振り向いた瞬間。左顎に強烈な一撃を食らって、守里は膝をついた。
「東宮……貴様……何を?」
「腹に一撃で気絶させるってのは、アレは現実には無理らしいな。オレ、格闘技の心得はないんだけどよ。顎先に一撃でノックダウンってのは見たことあるからさ――――」
自分を見下ろす東宮の不敵な笑いを見ながら、守里の意識は遠のいていった。
*** *** *** ***
「む……う?」
守里は大きく頭を振って、目を覚ました。
ひどい頭痛だ。立とうとして初めて、手足ががっちりと縛られていることに気付く。
「もう気付いたのか。やっぱ、素人の当て身じゃその程度かな」
目の前で、機体に積んであったパイロットスーツに着替えているのは、東宮だ。
気絶していた時間はさほど長くないようだ。
だが自分を縛り上げてどうする気なのか?
まさか、まだ何か企んでいるのか? 守里は戦慄した。シュラインとそれに操られている東宮。この二人を易々と信用してしまった事を後悔していた。
何を企んでいるのかは分からないが、こんな状態では阻止するために戦うことも出来ない。守里は身を捩って唸った。
「やめろ東宮……何をする気だ……?」
「言わなかったけ? このアンハングエラは完全一人乗りなんだよ。補助シートなんか無い。シュライン様はデルモケリスになって行く。でも、俺達はどちらかしか行けないんだ」
東宮は動けない守里を肩に担ぎ、軽々と地面に飛び降りた。
守里は思い出していた。シュライン細胞に冒された東宮の運動能力は、常人の数倍。
ならば、先ほどのパンチもかなり手加減してくれていたということなのだろう。
まさか、東宮は……
「じゃあ……俺が……行く」
「シュライン細胞も持たず、クェルクスを操れもしないおまえが行って何をする気だ? これは俺にしかできねえ俺の仕事だ。邪魔すんじゃねえ。紀久子にいいとこ見せるのは俺なんだよ」
「おまえまさか……死ぬ気か?」
「心配してくれてんのか? こんな事で死ぬつもりはねえさ。紀久子にほめて貰わずに死ねるか。大丈夫、シュライン様もフォローしてくれる」
そう言うと、東宮はブレスレット状の精神ブレーカーを外した。
シュラインが地面に落ちたそれを、軽々と踏み砕く。
「もう、これは必要ない。すべてが終わったら、僕の細胞はすべての生物から消滅させるからね……君は安心して寝ていてよ。ここは、こいつらに守らせておくから」
シュラインが示したのは、小型の……身長二mほどの、二足歩行型コルディラスとヴァラヌスだった。
「いいな。この男を絶対に守れ。紀久子の大切な人だ」
「そして……俺の友です。シュライン様」
「そうだったな」
『ゴルルルルル』『キシャアアッ』
二人の命令に二体の、小型巨獣は唸り声で答えた。
「行くぞ東宮」
「はい」
シュラインが海に向かって両手を広げると、海面がざわつき始めた。海中で様々な海生生物が集合し、再び群体巨獣に変じようとしているのだ。
波を割って姿を見せたのは、あのカメの姿をした擬巨獣・デルモケリスだった。
シュラインがデルモケリスと融合するのを見届けた東宮は、戦闘ヘリ・アンハングエラに乗り込むと、上昇を開始した。
守里は縛り上げられたまま、怒りと哀しみがない交ぜになったような複雑な表情で、それを見送っている。その顔をモニター越しにじっと見つめ、それから東宮は北西の空に目を向けた。
雲一つ無い晴天のはずだが、昆虫群に遮られて夕日は見えない。
あの真っ赤に焼け付く空も、夕焼けではないのだろう。
こうなってしまった責任は、少なからず自分にある。それを償わずに、これから先、自分にどんな未来もありはしないはずだ。それでも決して許しては貰えないとしても……
“聞こえるな東宮。クェルクスの中枢は明治神宮だ。そこに僕が到着したら、フェロモンで虫どもの動きを止める。そうしたらお前は、クェルクスと再融合し、暴走を止めろ”
“了解”
東宮は生体電磁波で返事を返した。
デルモケリスがメタリックグリーンの前翅を広げ、半透明の後翅を震わせて飛び立つ。
タイミングとしては、シュライン到着の数分後。
それより前ではフェロモンが効いていないし、それより後では昆虫群の密度が増えてしまう。植物体に触れて融合し、クェルクスの侵蝕を止めるのだ。
“…………行くぜ”
時間が来たのを確認し、東宮は機首を北西へと向けた。