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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第13章 白銀の翼
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13-6 白銀の巨獣

「新堂少尉!! 行かせてくれ!! このままじゃGが!! 明が死んじまうだろうがッ!!」


 なかば無理矢理フェイロングスに合体され、主導権を奪われた小林は、歯がみしながら叫んでいた。

 擬巨獣と昆虫装甲の小型巨獣、そして昆虫の群れに覆い尽くされ、Gの姿は完全に見えなくなっている。そこに見えるのは、黒く蠢く山だけだった。

 その黒い山の中で何が起きているのか、想像するまでもなかった。時折、真っ赤な血と薄緑色の体液が噴き出すのだ。皮膚も、肉も、食い千切る凶暴な虫の群れの中にあって、それでもGは身動きすらしない。いや、出来ないのか。

 このままであれば、いくらも経たずにGは骨だけにされてしまう。いや、もしかすると骨すら残らないかも知れない。


「落ち着きな!! このバカ野郎!! そんなことしたら、あんたまで死ぬことになるってのが……何? あの白いの……?」


 猛る小林を静めようと怒鳴っていたアスカは、視界の端に不思議なものを捉えて思わず空を振り仰いだ。

 電波異常によってレーダーは使えず、外部モニターも調子が悪い。

 肉眼で外を確認するため、防御隔壁を開け放っていたコクピット。強化ガラスのはめ込まれたウィンドウの片隅に、それは小さな影を落としていた。

 相当の速度なのだろう。ほんの数秒でその小さな点は、ハッキリとした形を取り始めた。

 動きは、明らかに航空機や機動兵器とは違う。

 ゆっくり羽ばたく二枚の翼と、その白さから一瞬、アルテミスかガルスガルスではないかとアスカは思った。だが、そんなはずはない。二体ともこの世から姿を消したはずだ。

 それに、白いといっても、あの二体とはまるで違う。

 陽光を反射して複雑に煌めく体表は、金属質のようにも見える。白というよりも、銀の鳥といった方が正しい。しかし、鳥にしては突き出ている部分が多すぎる。

 アスカは首を捻った。

 あれはおそらく巨獣だ。やって来る方向は、自分たちの来た方向。千葉方面からだとすれば、海から何かが現れたのであろうか? 

 比較対象のない空ではよく分からないが、どうやら大きさも相当のものらしい。


『何だ?……巨獣……なのか?』


 小林が呆けた様子で口にするのが聞こえた。

 その白銀の巨獣は、明らかにここを目指していた。近づくにつれて急に速度と高度を落とし、三つ叉に別れた首を打ち振って羽ばたいた。

 長い尾が二股に分かれているのも見て取れる。


『新堂少尉!! 聞――えるか!? そちらに巨獣――――が向かった――だ』


『樋潟司令!? もう、来てます。コイツは、いったい何なんです!?』


『――――王龍……らしい』


 途切れ途切れのレーザー通信。

 しかし、その名称だけは明瞭だった。

 言われるまでもなく、アスカ達の視界を塞ぐほどの巨大さで姿を見せたその三ツ首の竜は、色こそ違っていたが、たしかに記録映像でも見たことがある、王龍そのものであった。


「万事……休すか」


 小林は呻いた。これが王龍であるなら、上海を壊滅させ、日本の地方都市を自衛隊基地もろとも破壊し尽くした巨獣である。

 何をしに来たかは不明だが、自分たちもGも、攻撃対象となるに違いない。そう思った。


「明!! 危ない!!」


 小林が叫ぶ。

 降り立った王龍の口から、突然雷撃が放たれたのだ。

 雷撃は、黒く蠢く昆虫の山に直撃し、悉く弾き飛ばした。

 黒焦げになって転がる無数の虫ども。Gに群がっていた昆虫型擬巨獣群は、突然現れた新しい敵に向かって進軍を開始した。

 スズメバチ型擬巨獣・ベスパ十数匹が、牙を噛み鳴らす威嚇音を発して、体ごと王龍にぶつかっていった。毒針が触れると見えた瞬間、ベスパ達は大きく反対側に飛ばされる。宙を回転しながら火を発し、燃え上がったまま緑の壁や他の擬巨獣に激突して四散した。

 他の昆虫群も擬巨獣も、一定の距離以上には王龍に近づけない。

 イオノクラフト効果で飛ぶ王龍の周囲には、電磁バリアに似たものが張り巡らされているらしかった。

 王龍の攻撃は終わらない。周囲の緑の壁にも、そこから現れる虫の群れにも、次々に雷撃が叩き込まれていった。

 燃え上がる緑の壁。そして、苦しげに悶えながら黒こげになっていく昆虫群。

 突然の攻撃に狼狽え、撤退し始めた昆虫群を睥睨するように仁王立ちになると、王龍は黄金の光を放ち始めた。

 その光は波打つようにして、胸の一点に集中していく。

 数秒間、輝きを蓄えたその光は、前方へ向けて一気に解き放たれた。

 光は一条の光線となって、真っ直ぐに緑の壁に吸い込まれると、そのまま触れる物をすべて消し去り、燃え上がらせていく。

 一瞬の後、そこには緑の壁を穿つ、巨大な通路ができあがっていた。


「す……すげえ……Gの放射熱線よりすげえかも知れねえ」


 それは、鬼王のギガクラスターと同じ、生体レーザー発振器による攻撃であった。

 核融合こそ起こしていないが、これほどの高出力レーザーは、人間の技術では実用化されてはいない。

 機動兵器とは、攻撃力のケタが違った。

 あれには、主砲どころかリニアキャノンでも、荷電粒子砲でさえも敵わないかも知れない。小林はそれを肌で実感していた。

 昆虫群から解放されたGは、ぐったりと地面に倒れ伏している。

 ゆっくりと、その傍らに歩を進めた王龍は、慈しむかのように真ん中の首をGの顔に寄せた。

 その間も、残り二つの首が雷撃を放ち、周囲から迫ろうとする擬巨獣達を退けていく。


「な……なんで?」


 小林は自分の目を疑った。


「アイツは上海を壊滅させた巨獣なんだろう!? 日本にも上陸してGに倒された……」


『そうだけど……そのはずだけど……今は、Gを守ってるよ。間違いなく、守ってる!!』


 アスカも半信半疑ながら認めざるを得なかった。


『でも……なんで?』


 その時、ステュクスの生体電磁波が、加賀谷珠夢の意識を伝えた。


“新堂少尉!! 小林さん!! その銀色の巨獣は……松尾さんと……五代少尉です!!”


『何だって!?』


 小林とアスカの声が重なった。



***    ***    ***    ***    ***



 珠夢の叫びが、生体電磁波に乗って届いてくる。

 王龍=紀久子=まどかは、ほっとしていた。上空を舞うステュクスには、どうやら自分たちのことが分かってもらえたようだ。

 今、王龍の中にあるすべての意識は融け合い、ほとんど一つの人格となっていた。

 そうなって初めて、もともと王龍の中にあったネモの意識も、いくつもの人格が一つに融け合ったものだったことが理解できた。

 その中には、不慮の事故でヒュドラに同化された、自己中心的で邪悪な男の心も、仲間を守るため自ら泉に身を沈め、王龍になることを選んだ勇気ある者の心もあった。

 獲猿と呼ばれる一族の男達の心も、もちろん、鬼王に乗って散った、イーウェン達三人の意識もある。

 だが、今は紀久子とまどか、二人の意思が王龍の行動を決めていた。

 自分たちも彼等と同じように、時間が経つにつれて自我が薄れ、おそらくヒュドラ群体に吸収されてしまうのだろう。やり残したことのある者、比較的強い意志を持つ者だけが、一種の電磁パルスに姿を変え残っていく、そういうことのようだった。

 それでもいい。消滅する前に明=Gを助けに来られた。それだけで王龍となった紀久子=まどかの意識は満足していた。

 倒れていたGが、ゆっくりと身を起こした。

 朦朧とした様子で顔を上げ、王龍を見つめる。明の意識は感知できない。昆虫群の攻撃を受けて、生体電磁波までも衰えてしまっているのだろうか。

 

『しっかりしろ明!! 松尾さんが来てくれたんだぞ!!』


 小林が通信機に向かって叫ぶ。

 むろん、Gに通信がつながるはずはないが、通信波も生体電磁波も基本は同じはず。そう信じて叫ぶ以外になかったのだ。

 よろめくGを王龍の翼が支える。

 両者の間に言葉が交わされた気配はないが、見る限りGが王龍を攻撃することは無さそうだ。

 小林はほっとしてアスカに言った。


「新堂少尉。いったん撤退しないか。Gは傷つきすぎてる。俺達にも武器がない」


『そうだね……少なくとも、援軍か補給無しでは、これ以上の戦闘は難しい……』


『ちょっと待ってください!! アレ!! 壁にヒビが!!』


 その時、サンに乗っているいずもが叫んだ。

 見ると、たしかに黒こげの緑の壁に、大きなヒビが入っている。

 しかもそのヒビは、見る見るうちに広がり、内側から押し広げられでもするかのようにめくれ上がり始めた。


「ヤバイ。あいつ等……死んでなかったんだ!!」


 緑の壁はあっという間に決壊し、中から無数の昆虫型擬巨獣があふれ出してきた。

 先ほどの王龍の攻撃で、半径数キロ以内のクェルクスも昆虫群も、ほとんど消滅していたはずだ。だが、緑の津波の勢いそのものは止まっていなかった。

黒こげになった自分の体を乗り越えて押し寄せ、その内部から昆虫群を吐き出し続けていたのだ。


『うわあッ!! 助けてくれッ!!』


 思わず小林は叫んでいた。

 あふれだした擬巨獣群は、奇怪な歩脚や長大な顎を振りかざしつつ、囲い込むように襲いかかってきた。王龍とGの後ろに守られるように控えていた小林達に、その容赦ない牙が迫る。

 発射できる武器はもう無い。

 逃げようにも、間に合わない。先頭を走るオオゲジによく似た擬巨獣の歩脚がガーゴイロサウルスに掛かろうとした刹那。

 朦朧とした様子のまま、Gは体を捻るようにして、扇状に昆虫群に放射熱線を浴びせかけた。

 オオゲジの擬巨獣は、強い風に吹き飛ばされでもしたかのように弾かれ、空中で四散していく。

 緑の壁から押し寄せてきた黒い津波を、蒼い光の波が押し返し始めた。

 傍らに立つ王龍も、雷撃と生体レーザーが発射し、次々と昆虫群を消し去っていく。だが、そのパワーは最初ほどではなく、昆虫群の勢いは衰えない。昆虫群と二体の巨獣。破壊と再生の巨大な力は、ついに拮抗した。

 ほぼ武器を使い果たしたガーゴイロサウルスとフェイロングス、サンとカイは、為す術もなく立ちつくすしかなかった。



***    ***    ***    ***    ***



「紀久子ぉおおお!! どこだぁああああ!! 返事しろぉぉおおおおお!!」


 高千穂守里は、瓦礫に包まれた海岸線を、紀久子を探して歩いていた。

 喉も涸れよと叫び続けているが、どこからも返事はない。

 時折、俯せになって海面に浮かぶ屍体を見つけはっとなるが、そのほとんどは海岸にあった工場の作業員の服装をしていた。

 紀久子だけではないのだ。

 多くの人が死んだ。

 海に動くものは何一つ無い。小魚の影すら見当たらない。

 それでも守里は、紀久子を探して歩き続けていた。

 防波堤を越え、小さな砂浜に至った時。海の中に白っぽいものが動くのを見て、守里は心臓を鷲掴みにされたように感じた。

 生きている。

 誰かは分からないが、あの動きは確かに人間だ。

 守里は、紀久子であってくれと願いながら、必死で駆け寄った。

 小さい。子供のようだ。紀久子ではないと分かってがっかりしたが、それでも生きていた者がいたことに、守里はほっとしていた。

 だが、どうやらこの抜けるような白い肌、日本人では無さそうだ。

 それに泥で汚れているが、この髪の色はブロンドである。


「I came to help you!! No injuries?」


 守里は英語で話しかけた。


「…………高千穂……守里か」


 顔を上げた少年を見て、守里は言葉を失った。


「まさか……おまえ、シュライン!?」


「そうだ。僕はシュライン……そう身構えないでよ。もう、君達をどうこうしようなんて気はないんだから」


 シュラインはそう言うと、砂浜に腰を下ろし、がっくりと肩を落とした。


「何故、俺の名を知っている?」


「僕に分からない事なんて無いさ。紀久子の記憶で、その顔も見せて貰ったしね……」


「そうだ……貴様!! どうして紀久子を撃った!!」


「撃ったのは……もう一人の僕だ。僕は……紀久子を守りたかった方だ……」


「同じことだ。貴様のせいで紀久子はッ!! そもそも、こんなとこで何をしていたんだッ!?」


「紀久子を……探していた……デルモケリスを構成していた海生生物をすべて分離して、オルキヌスにいた連中も吸収して……動員できる海生生物すべてで……僕のできる力を総動員して探したんだ……でも、いない。肉片すらも見つからない……」


 シュラインは座り込み、両膝の間に顔を埋めた。


「……ッ!! この……バカ野郎がッ!!」


 仇だと思っていたのだ。まさか紀久子のためにシュラインが悲しむなどとは思ってもいなかった。

 守里は固めた拳を振り下ろすに振り下ろせず、無防備にうずくまるシュラインを見下ろした。


「おーい!! 高千穂ぉぉおおお!!」


 その時、瓦礫の向こうから人影が見え、こちらに向かって駆けてきた。


「東宮!? おまえ……無事だったのか!?」


 それは、とっくに避難したはずの東宮だったのだ。


「新堂少尉に、アンハングエラの中で通信やれって言われたからな……それに、こっちにシュライン……様の反応があったから来たんだ」


「『様』だと? 東宮、おまえまだ!?」


「仕方ないだろ。オレの中にはシュライン細胞があるんだ。細胞レベルで絶対服従を強いられちまってんだよ。こんだけ近くにいると、このブレーカーも効かないらしい」


 持ち上げた両手には、シュラインの意思を遮断するブレスレット型の装置が光っている。


「そんなことより、二人とも、紀久子を探しているんだろ? こんなとこにいても無駄だぜ。途切れ途切れだけど、通信を傍受したんだ。さっき空を飛んでいった三ッ首の竜。あれが……紀久子らしい」


「な……なんだって!?」


 守里は目を丸くした。

 シュラインも顔を上げ、呆然とした様子で東宮の顔を見つめている。


「なんでそんなことになったんだ!? そもそもアレはいったい何なんだ!?」


「そんなこと、オレには分からないよ」


 守里に肩をつかんで揺すぶられ、東宮は目を白黒させている。


「た……ただ……Gも機動兵器部隊も……紀久子も苦戦しているらしい。クェルクスが暴走状態なんだ。昆虫群の数もものすごいらしくて……巨獣の一体や二体駆けつけたところで、どうなるものでもないみたいだな」


「どうしてそうなるんだ!? 僕は何の命令も出していない!! クェルクスの中枢だった東宮もここにいる!! 一体何の意思が働いてるんだ!!」


 シュラインは立ち上がり、守里を押しのけて東宮の胸ぐらを掴んだ。


「分かりません。シュライン様、あなたの力で抑えられないのですか?」


「無理だ。クェルクスの中枢の位置くらいは分かる。でも、連絡は出来ない。ここまで巨大化してしまっていては……中枢へ行って呼び掛ける以外にないだろう」


「呼び掛けるだって? 再融合すればいいんじゃないか? あれもお前が作った巨獣だ。自分自身じゃないのかよ?」


 守里は怒ったようにシュラインに言ったが、シュラインは哀しげに首を振った。


「植物細胞と僕の細胞は、融合できない。性質がかけ離れすぎているのか……出来なかったんだ。東宮も融合したワケじゃなかっただろう? 動物由来の毒素で細胞を変質させて、そこから電磁パルスを送る以外に制御方法はないんだ」


「それが、東宮の隠れていたあの木の実か。つまりアレは『虫瘤』みたいなモンだったって事だな?」


「そうだ。だが、どうやって中枢まで……」


「アンハングエラを飛ばそう」


「東宮!? おまえ、操縦できるのかよ?」


「やったことはないさ。だが、さっき通信のため一通りの操作は聞いたし、個人コードも教えて貰ってある。羽アリで詰まったエアインテークさえ掃除すれば、飛べるはずだ」


「ヘリのエアインテークなんて……どうやって掃除するんだよ!?」


「僕がやる。いや。やらせよう。この辺の陸生生物なら生体電磁波で操れる。小型生物なら、細かいところまで掃除できるはずだ」


「シュライン……おまえ、本当に信用していいのか?」


「信用なんかしなくていい。許せなけりゃ、後ろから撃つもいいだろう。だけど僕は……紀久子を助けたいんだ。どんな姿でいようと。勘違いするな。自分のものにしたいんじゃない。彼女は……僕に自分の心のすべてを晒してくれた。裸の心で、僕の存在を肯定してくれた唯一の人だ。だから、助ける。それだけだ」


「分かった……行こう」


 守里達は、瓦礫を踏みしめ歩き出した。

 戦闘ヘリ・アンハングエラを修理し、それに乗って中枢部まで行き、シュラインに呼び掛けさせるのだ。

 成功するかどうかはわからない。その上、成功したとしてもこの事態が収拾するとは、正直思えなかった。が、万に一つでも可能性があるならやるしかない。

 それがここに残った自分の使命なのだと、守里は感じていた。


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