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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第2章 海底ラボ・シートピア
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2-10 シュラインvsサラマンダー

「カイン? 聞こえるか」


『OK』


 カインからの返事が通信装置から流れる。

 ハンガーには各機の足下に外部ハッチに直結する通路へ繋がるシューターが付いていた。 対巨獣用の戦闘強化服パワードスーツ・サラマンダーを着込んだカインは外部ハッチに到達し、深海へと進み出そうとしていた。


「通信ケーブルを引っかけないように気をつけてくれ。命綱を兼ねたケプラー繊維で被覆してあるんだ。スーツに絡んだら切ろうにも切れないぞ」


 ウィリアム教授がカインに声をかける。


『ラジャー。もちろん、分かっていますよ』


「君がシュラインにPLN弾を命中させ、完全に動けなくしてからシーサーペントが出る。そうしたら、すぐにシーサーペントの護衛に回って欲しい」


『OK。簡単な作業ダ』


 サラマンダーの海中での移動は、バックパックに付いているノズルを使う。

 取り込んだ海水を、高圧で噴き出し推進力を得るのだ。比重を調節してあるため、ほぼ無重力空間での作業に近い。

 カインは慎重にノズルの方向を調節し、進路を圧壊した第二ブロックへと向けた。


『ナンダ、これは、また変形しているノカ?』


 深海の暗闇に包まれた外部カメラの視界は狭い。サラマンダーの強力な投光器によって浮かび上がったのは、白い肉塊であった。つるんとした表面は、まるでつきたての餅を思わせる。


「攻撃前に、全体像を見なくてはいけない。エコーロケーションシステムをONにしてくれ」


 ウィリアム教授が、通信で呼びかける。

 エコーロケーションシステムは、超音波を全方位に発し、反響をコンピュータ解析してそのまま画面上に画像として映し出す。暗闇であっても、真昼のように周囲の状況を画像として見ることが可能であった。


『ラジャー』


 エコーロケーションシステムがONになると、シュラインの全貌がモニターにハッキリ浮かび上がった。

 外部モニターで見た時よりもさらに巨大化している。直径5~6メートルはあるだろう。

 数は減ったとはいえ、シュラインの周囲には深海生物が群がっている。身動きもしないのは、死んでしまったのかとも思えるが、先ほども観測できた体表面のエラ穴らしきものの動きは規則正しくなり、すでに水中呼吸を開始しているように見えた。もはや一刻の猶予もない。


『急いでPLN弾ヲ撃ち込ム』


「近すぎると、氷結に巻き込まれるおそれがある。距離は10メートル以上とるんだ」


『分かってイル』


 カインは、シュラインの周囲を一定の距離を保って移動しながら、次々にPLN弾を発射していった。

 スーツの肩部ランチャーから発射される自噴式のPLN弾は、小型の魚雷といったところだ。断熱材に覆われているため、一発に内蔵されている液体窒素の量はさほどではない。だが最初の一発で、シュラインの体表の半分近くが、周囲の海水ごと凍り付いた。

 カインは三発のPLN弾で、シュラインの周囲すべてを凍らせる事に成功した。


「す、すごい。圧壊した第二ブロックごと凍っていく。これならヤツも身動きできんだろう」


 八幡は唸った。


「思いがけず、作動試験ができてありがたい。予想以上の効果だ」


 初めて実戦で効果を確認できたウィリアム教授は、得意げな表情を隠そうともしない。


『では、発進します』


 状況をモニターしていたのだろう。通信機から紀久子の堅い声が聞こえた。


「うむ、気をつけて行ってきてくれ。くれぐれも無理はしないでくれよ」


『大丈夫です』


 外部ハッチを出たシーサーペントは、いったん沈みかけてから、スクリューの回転数を上げて進み始めた。後方部分には、通信ケーブル兼用の命綱がつながったままだ。ウィリアム教授が自慢するだけあって、かなりの加速能力である。発進直後というのに三ノット以上は出ているだろう。


「松尾君、もう少し速度を落としたまえ。慎重にいくんだ」


『いえ……低速航行しているつもりなんですが……サンプリングロボットと違ってスロットル調整が、すごくタイトで……』


「Miss.松尾。シーサーペントには低速航行用のスクリューが別にあるんだ。説明不足で申し訳ない。メインレバーの右下に赤いボタンがあるだろう? それが切り替えスイッチだ」


『あ、これですね? 分かりました』


『ウィリアム教授、干田です。その他の特殊な操作はありませんね?』


「大丈夫だ。あとは、サンプリングロボットと変わらない。それより、もう第一ブロックの外壁に着くぞ。外部ハッチの場所を特定してくれ」


 紀久子の隣に搭乗した干田が識別信号の発光スイッチを押すと、シーサーペントの船首にある発光ダイオードが一定のリズムで点滅し始めた。


『見つけました』


 第一ブロックの外壁の一部に、シーサーペントと同じリズムで点滅を始めた光が見えた。

 対水圧性の向上のため、同じ曲面で構成された壁面には出っ張りも何もなく、そこが外部ハッチになっていることは一見して分からない。

 外部ハッチの脇には小さな回転式つまみがあり、それをマニピュレータで回すと壁面にしか見えなかった構造がゆっくりとスライドしてドッキングポートが開いた。

 しかし、機械工学研究室の大きな外部ハッチと違って、第一ブロックのポートは狭い。小型潜水艇からブロック内に乗り移るためには、その狭いポートに正確にシーサーペントの船首部分の接続口を合わせなくてはならない。


『…………ドッキング……しました』


 数十秒の沈黙の後、通信機から流れた紀久子の声に八幡たちは歓声を上げた。


「よし……あとは、第1ブロック内の人達を治療して、このブロックから全員脱出するだけだ……」


『SHIT!! こいつ……そういうツモリだったノカ!!』


 八幡がほっとしたように言った瞬間、通信機から切羽詰まったようなカインの声が流れてきた。


「どうしたんだね!? カイン?」


 ウィリアムが、八幡からひったくるように通信マイクを奪って話しかけた。


『丸くなっていたのは……完全に凍らされないためと……コレは……chrysalis!!』


「chrysalis? サナギだって?」


「うわぁ!! なんだコレ!?」


 サラマンダーから送られてきた、エコーロケーションモニターを見た東宮が、大声を上げた。


「ウミヘビ? いや、ウナギか?」


 そこには、凍り付いた丸いシュラインの下部から、まるで寄生虫でも這い出してくるかのように、うねうねと細長く白いものが生み出されてくる映像が映し出されていた。


『何かあったんですか!?』


 こちらの異変を察知した紀久子の声が通信機から流れる。


「いいんだ松尾君、こちらはこちらで何とかする。君たちは、第一ブロックの人々の救助に全力を尽くしたまえ」


 八幡はそう言ったものの、次に打つ手が見つからずにいた。この状況に対応するには、経験も知識も不足している。いや、このような状況を誰も予想できるはずもなかった。


『聞こえるカ!? PLN弾の残弾は、あと7発ダ。ナンとかヤツの全身を凍らセテみる!!』


 カインは自己判断で攻撃を再開するようだ。様子が完全につかめず、的確な指示が出せない八幡はもどかしさに唇を噛んだ。


「頼む。万が一にもシュラインを逃がすわけにはいかないんだ」


『OK、プロフェッサー八幡……』


 しかし、その返事が終わらないうちに、カインの声は悲鳴に変わった。


『U…wow!! What!! コノ、Daemon!!』


 その動揺は、モニターを見ていた者全員にも伝わった。


「うわあ!!」


「ひゃあ!」


「Oh! GOD!!」


 室内に様々な悲鳴が入り乱れる。

 モニターには、シュラインの顔……巻き毛の美少年の顔が大写しになっていた。

 真っ白いヘビのような、グロテスクな細長い体の先端に、端正な少年の顔。

 それが、不気味な微笑みをたたえて、こちらへ迫ってくるのだ。


『SHIT!! コイツでも、食ラエ!!』


「STOP!! やめるんだ! カイン!!」


 カインがPLN弾を発射するのと、ウィリアムが叫んだのは、ほとんど同時だった。


『ク……FUCK!!』


 それから数秒も経たずに、カインの悔しそうな声が、聞こえてきた。

 シュラインの顔は、凍り付かせることが出来た。しかし、サラマンダーもまた、凍った海水に固められ、身動きが取れない状態になっていた。

 それに対してサラマンダーの固まった氷ごと、顔の部分をあっさりと切り捨てたシュラインは、深海中をのびのびと泳ぎ始めた。


『モンスターめ!!』


 カインの目の前には、あざ笑うような表情のまま、凍り付いて張り付いたシュラインの顔がある。シュラインの顔は本体ではなかった。この状況を作り出すための擬態だったのだろう。至近距離に近づけられた顔に怯え、PLN弾を撃ってしまったのは明らかなミスだった。


「……リュウグウノツカイにそっくりだ」


 いつの間にかDNAを取り込んだのかも知れない。ウィリアム教授が、今のシュラインに酷似した、深海魚の種名をつぶやいた。

 その時。


“………ぇるかね?諸君”


「な……なんだこれは!?」


 白山の声が響く。だが、耳を押さえて訝っているのは、そこにいた全員だ。


“聞こえるかね?諸君”


 その声は、全員の耳に届いていた。海中にいるカインにも、第一ブロックに乗り移った干田達にも……


「シュ……シュラインの声?」


 いずもが、驚きの声を上げる。


“これでチェックメイトだ。私は深海に適応した。君たちにはもう、打つ手がない”


「どういうことだ? 何故、ヤツの声が聞こえる!?」


「……おそらく…生体電磁波だ。我々の聴覚神経に、直接電気刺激を与えて、まるで声が聞こえているようにしているわけだ」


 呆然としながらも、八幡が分析した。


“正解だ。八幡教授、もしかすると君なら、これが何を意味するか分かるかも知れないな?”


「脳の働きはすべて電気信号……聴覚同様に、視覚、嗅覚、触覚、味覚…つまり我々の五感のすべてを、操ることも可能というワケか……」


“エクセレント!! さすがは、シートピアを代表する権威だ。つまり、わざわざ細胞を植え付けなくとも、君たちを操ることなど造作もないということだ。だが、細胞を植え付けた場合と違って自意識があると苦しいぞ? 全員、あきらめて私の一部となることをお勧めするよ”


「違います!!」


 紀久子の声が響いた。


「コイツの口車に乗ってはダメです!! そんなことが出来るなら、どうしていきなり私たちを操らないんですか!? 複雑な脳の電気信号を、そこまで細かく操るなんて、出来るわけがありません。きっと………声を聞かせるくらいが限界なんです」


“生意気な小娘が。邪魔を……するな!!”


 苛立ったようなシュラインの声が響き渡った次の瞬間、全員の脳に直接、ごうっと暴風のような悪意のイメージが吹き付けてきた。


「いや……あああああ!!」


 紀久子の悲鳴があがった。


“どうだね? 私は生体電磁波に、意味や指向性を持たせることも可能だ。軽く恐怖のイメージをぶつけただけで、人間など簡単に狂う。これでも、生意気な口がきけるかな?”


「あ……ああああ!?」


 八幡達の脳へのダメージはかなり静まってきたが、紀久子の悲鳴は収まらない。


“お前はこのまま……廃人にしてから、吸収してあげよう”


 モニターには、ドッキングポートに船体前部を固定していた状態のシーサーペントが映っている。ふわふわと優雅とも言える動きで、深海魚の姿をしたシュラインが近づいていくのが見えるが、こちらからでは、どうすることもできない。


「どう……したらいいんだっっ!!」


 目の前のデスクに両手を叩きつけ、八幡が悔しそうに叫んだその時、突然、モニターに映っているシュラインが、何かに引っ張られたかのように、引き戻された。


“な……何!!……”


 シュラインの声が響き渡ったかと思うと、まるで電話線が切られたかのように、聞こえなくなった。


「八幡君、ワイバーンが消えている……いったい誰が……」


 ウィリアム教授の慌てた声が響く。見ると一機残っていたはずの強化作業服パワードスーツのうち、青を基調にした方が無くなっている。何者かが着込んで、シューターを作動させたに違いなかった。


「いったい誰だ? あのスーツは未調整な上に、通信ケーブルも付いていないんじゃなかったのか?」


「明君……明君がいません!!」


 姿の見えない明に、いずもが気づいた。


「こ……これを見てください!」


 東宮の声に、再度モニターを見ると、細長い深海魚の姿をしたシュラインの一部を、つかんで引きずるようにしながら、シートピアから離れていく青いパワードスーツ、ワイバーンが映っている。

 スーツの数倍の大きさの暴れる生物を、引きずっていくとは、相当の推進力だ。


「な……なんだあの形状は!!」


 だが、モニターを見ている八幡が驚いたのは、スーツのパワーではなかった。なんと、シュラインが細長く見えたのは、一部しか映っていなかったためだったのだ。

 シュラインの全体像は、まるでクモヒトデのように丸い本体からいくつもの長い触手が生えているという奇妙な姿をしていた。だが、海中での遊泳力をほとんど持たないのか、ワイバーンの力に抗えず、うねるように暴れているだけだ。


「……そうか、我々は、明君に助けられたようだ。シュラインの作戦に気づきもしないとは……あまりに愚かだった」


 ウィリアム教授がつぶやいた。


「ど……どういうことなんです?」


 モニターの様子に釘付けになりながら、おずおずと、白山が尋ねた。


「簡単なことだ。海中を電磁波が伝わるわけがない」


 それを聞いて、八幡は自分の頭をひっぱたいた。


「そうか!! ヤツは本体を外部ハッチから侵入させて生体電磁波を発し、モニターには深海魚に擬態した細長い部分を、まるで本体のように見せて、どこに逃げてもヤツに操られてしまうような錯覚をさせていたんだ」


「じゃあ…………明君はそれに気づいて……」


 いずもがつぶやく


「八幡先生!! 明君を助けに行かなくては!!」


 紀久子がシーサーペントを、第一ブロックの外部ハッチからドッキングオフさせた。


「ダメだ!! 行くな!!」


 そこへ、干田の声が割り込む。


「干田君? 第一ブロックの管制室にたどり着いたのかね?」


「はい、こちらはひどい状況でしたが、死者はいません。今は、石瀬君がなんとか治療を行っているところです。松尾君、気持ちは分かるが、明君を助けに行ってはいけない」


「どうして!? どうして助けに行ってはいけないんですか!!」


 紀久子の声は、悲痛だ。


「よく考えたまえ! 兵器を持たないシーサーペントで彼等に追いついたところで、どうやってシュラインを倒すんだ? 戦闘に巻き込まれて破損したら、八幡先生達は、どうやって第一ブロックへ移動する? ……明君や君の命だけの問題じゃないんだ!!」


 干田の言うことは、たしかに正しい。


「……じゃあ、命がけで私たちを助けてくれた明君を、見殺しにしろって言うんですか!?」


「今……彼を助けに行くことは、彼の行為を……思いを、ムダにする結果になる。そう言っているんだ……」


「どうしても……? どうしようも……ないんですか……?」


 紀久子の声は、涙声に変わっていた。


「なんとか、明君がシュラインをふりほどいて、こちらに戻ってくることを祈ろう。君は、そのためにも、そのままの状態で彼を待ってくれ。私たちは、カイン君の回収と手当をする」


「……分かりました」


 八幡の言葉に、紀久子はふるえる声で小さく答えた。


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