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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第13章 白銀の翼
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13-5 聖竜顕現

「な……なんだこれは!? 津波か!?」


 樋潟は手近なシートの背もたれを掴み、ようやく倒れずに済んだ。

 多少の波ではびくともしないはずのブルー・バンガードが、大きく揺らぎ、立っていられない。艦橋ブリッジにいた他のメンバーも、一様に座り込んだり、驚きの声を上げている。


「しょ……正面前方、約五百メートルで、海面が異常に盛り上がっています!!」


 オペレータの報告を聞くまでもなかった。ブルー・バンガードのほんの目の前。五百mほど先の海面が、まるで水を何か見えない力で持ち上げているように、どんどん隆起していく。

 経験したことのない事態に、女性オペレータの声は悲鳴に近い。


「何か出てくるというのか!? ……いや?」


 ウィリアム艦長は首を傾げた。

 蒼く透明な水塊を通して、海底を見透かそうと目を凝らしても、そこには何の影も浮かんではこなかったからだ。


「海中には何もありません!! ……これは……水だけだ!! 水が盛り上がっている!?」


 アクティブソナーで水中を探っていた男性士官が振り向いて叫んだ。

 艦橋に立つメンバーが呆然と見上げる中、蒼く澄んだ空を背景バックに、透明な水塊が盛り上がっていく。

 すでに日は傾き掛けていた。

 だが、濃い空の蒼さをそのまま映したような水塊は、夕日を反射することもなく、陽炎のように揺らめきながら、どこまでも透明であった。


「海面がどんどん盛り上がっていきます!! 高さ約二百メートル!!」


「なんにしても異常だ!! 地震は観測されていないが、津波かも知れん!! 場合によっては緊急潜行する!! 総員配置に!! 司令達も席についてください!!」


 ウィリアム艦長は叫んだが、巨大な水塊は崩れ落ちてくる様子はなかった。

 それどころか、見上げるような高さまで真っ直ぐに伸びたあと、複雑な形をとりつつあった。

 先端が三つに分かれ、細長く裂けていく。

 全体の高さの中程まで割れると、その裂け目の辺りから薄く平たい布を広げるかのように二枚の大きな扇状の突起が生えていく。


「なんだ……いったいこれは!?」


「…………これは……水じゃない。ヒュドラの……群体だ」


 機器を操作し、独自に画像解析をしていた八幡が呟いた。


「ヒュドラ?…………あの、鬼王を構成していた有機ユニット?」


「そうだ。限りなく透明に近い腔腸動物……クラゲの仲間だ。鬼王はそれで作られていた……」


「クラゲだと!? 骨格さえ持たない海洋生物……それがどうして、ああやって重力を無視したような芸当が出来る!?」


 思わず叫んだ樋潟に、八幡が呆然としたままの表情で答えた。


「各個体が高速で自転することで……ジャイロ効果で全体が自立しているのではないでしょうか。

 互いの……個体同士の隙間は粘度の高い体液で補完している。だから、たぶん鬼王が形をとっていられる時間には限りがあった……」


「だが、それを制御していた鬼核は、もう存在しないはずだ。なのにヒュドラはああして群体を形成しようとしている……どういうことだ?」


 鍵倉教授もまた、すべてを理解しきれないまま、目の前の現象をただ呆然と見つめていた。


「分かりません。ですが……鬼王の中枢は機械部分ではなく、『ネモ』と呼ばれる知性体だとイーウェン隊長が言っていた……。鬼核は破壊されても『ネモ』は生きていて……海と同化して、ここまでシュラインを追って来ていたということではないしょうか……」


 ウィリアム艦長の目も、澄んだクリスタルガラスよりも更に透明な、三ツ首の巨獣に釘付けになっていた。


「新たな敵……なのか?」


 樋潟が誰に言うともなく呟いた。



***    ***    ***    ***



「そうか……そういうことだったのか……」


 モニターを見ていた羽田が、呆然とした表情でつぶやいた。

 羽田は都心部で自衛隊の救援を受け、何とか動けるようにしたガストニアで横須賀まで撤退していた。電波状況は良くないとはいえ、有線通信で横須賀とブルー・バンガードはつながっている。ガストニアのモニターは、なんとか映像を拾えていたのだ。

 十五年前。

 あの地方都市と自衛隊駐屯地を襲った王龍は、空中からいきなり現れたように見えた。


「そうじゃなかったんだ。あの朝の、あの澄んだ海。あれがヒュドラで、王龍そのものだったんだ……」


 モニターの中で変化が起きた。ゆらゆらと形をとっていた水晶クリスタルのドラゴン。

 それが突然、光を放ちながら色づいていく。

 水面下から上方へ。

 その色は金属と同じ光沢を見せながら、鱗のように全身を覆ってゆく。すべての鱗に色が付くと、全身がもう一度強く光り輝き、それは電子音と小鳥の囀りの、中間のような甲高い声を発した。

 皮膜のある翼を広げた、三ツ首の空飛ぶ竜。

 その姿を羽田は知っていた。

 

「やはり……王龍…………鬼王は、王龍を改造したモノだったってことか。しかし違う……コイツは以前の王龍じゃ……ない」


 完全に姿を表した王龍の鱗は、羽田の知っている紅がかった金色ではなかった。

 眩しい白銀に輝くその姿は、モニター越しに見てすら美しい。よく見ると、首も尻尾もかなり長い。全体のフォルムまでもこれまでの王龍とは違って見えた。

 それが町を、自衛隊基地を全滅させ、先輩日出を殺した相手ではないことを、直感的に羽田は悟っていた。



***    ***    ***    ***   ***



 たった今まで何も無かったはずの空間に、その白い竜は姿を現している。

 そのことが、まるで夢の中の出来事のように樋潟には思えた。

 皆、同じ気持ちなのだろう。八幡も、鍵倉も、ウィリアム艦長も、その他の隊員もすべて、言葉を失って立ちつくしている。

 夕日を浴びてなお白銀に輝く全身は、僅かな汚れもキズもなく、均整の取れた美しさを持っていた。

 どこか仏像に似ている。

 そう樋潟は思った。それほどに近寄りがたく、また神々しく見えたのだ。

 海上に立つ白銀の王龍は、荒ぶらず、声を出すことも、首を打ち振ることもなく、ゆっくりと羽ばたきながら静かに佇んでいる。

 三つの頭部は東洋の竜に似ていた。二本の禍々しくねじれた角と、それを補完するように並んで生えた、複数の突起。背中に連なる三角の隆起。

 白く輝くたてがみも、牙も、ゆっくりと不規則にうねる首も、どう見ても剣呑な竜の姿でありながら、どうしても獰猛な巨獣には見えない。

 それは、蒼く輝く大きな瞳のせいだと、樋潟はふと気付いた。

 優しささえ感じさせるコバルトブルーの瞳は、吸い込まれそうに深く、しかし寂しげで、どこか懐かしささえ感じさせる。

 そう……確かにどこかで会ったような……


「ヒュドラは……陸上生の腔腸動物……つまり空中を住処とする群体性のクラゲだったのか……それの完全型が……王龍なのだろう。おそらく、王龍の発していた落雷のような電撃、あれはそれぞれの個体の回転によって、蓄えられた電気エネルギーの放射なのだ」


 誰一人として。

 喋るどころか身じろぎすら出来ず、竜の姿を見つめる中、鍵倉博士がやっと声を発した。


「な、なるほど……回転を増すことにより光の透過性が薄れ、可視光線を反射してメタリックに輝く……重力を無視したような飛行は、つまり各個体の回転力によるジャイロ効果と起電力によるイオノクラフト効果だということか……」


 ウィリアム艦長が感に堪えない、といった風情で言った。

 樋潟はその説明に半ば納得しながら、彼等の言葉を不謹慎、とすら思っていた。

 この期に及んでも……これほどの美を目の前にしても、科学者というものは、それを科学的に分析しようとするのか。これは、そんな説明で、そんな理論で汚すべき存在ではない。そう思えた。

 白銀の王龍は、ふとその蒼い瞳を空に向けた。

 そこに何を見ているのか? あるいは聞いているのか? それを訝しく思う間もなく、一度、二度、と翼をはためかせ、ふわり、と空中に舞い上がった。

 艦橋にいた全員が息を呑んだ。

 その荘厳さに。そして、美しさに。

 

『キロロロロロロロロッ!!』


 電子音と小鳥の囀りを合わせたような高い声が、その場に張り詰めていた静寂を破る。

 物理的な事を言えば、どれほど巨大な翼だろうと、ほんの数回羽ばたかせただけで、これほどの巨体が軽々と宙に舞えるはずはない。

 ウィリアム艦長の言う通り、何らかの方法で重力制御しているのかも知れない。

 白銀の聖竜は、ブルー・バンガードの上空を一度だけ旋回すると、その進路を陸の方へ向けて飛び去っていく。

 早い。羽ばたいたとも見えぬのに、あっという間に加速し、視界から一瞬で消え失せた。

 時間にして十数秒。見つめていた全員が、何も言えずに立ちつくしていた。


「い……いったいどこへ向かったんだ!? 追跡できないのか!?」


 最初に放心状態から抜け出し、やっと口を開いたのは、樋潟であった。


「ダ……ダメです。電波障害継続中で……レーダーは効きません。しかしこれは……ッ!? Gです!! GPSによれば、あの方向にはGがいます!! 至近ででガーゴイロサウルスとフェイロングスが戦闘中!! うまくいけばレーザー回線つなげます!!」


「至急つないでくれ!! あんな巨獣が向かったとなれば、戦闘にどんな影響を与えるか分からん!! 対応は分からんが……情報だけでも流すんだ!!」


「了解!!」


 オペレータに指示を与えると、樋潟は大きくため息をついた。体の疲労は極に達している。だが、不思議と清々しい気持ちにあふれていた。

 果たして、あの白い王龍は敵なのだろうか? それとも味方だろうか?

 そう考えている自分に気付き、ふと樋潟は笑みを漏らした。巨獣が味方……そんな思考をしたことは、これまで一度もなかった。長いキャリアの中で一度もだ。

 ずっと、巨獣は殲滅すべき敵だったのだ。

 少なくとも、あの時、アルテミスとステュクスを連れた小林達に説得され、Gを味方だと認識する……させられるまでは。

 そう、たしかにあの時、樋潟自身が言ったのだ「Gは味方だ」と。


(あの輝き……そしてあの目……白銀の王龍もまた、味方だ。そう信じたい)


 どちらにしても、戦局は大きく動くだろう。

 だが、樋潟は確信していた。あの聖なる白き竜は、自分たちの力になってくれるであろうことを。

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