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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第13章 白銀の翼
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13-4 緑の津波

「明ァァアアアッ!! 死ぬなッ!!」


 小林は主砲を乱射した。

 トリロバイトⅡが大破した今、G-REXとして動くよりも、分離して単機で動いた方が機動力は上がる。大型戦車であるガーゴイロサウルスは、それだけでも巨獣と互角に戦える性能を持っていた。

 辛うじてつながったブルー・バンガードからの情報を元に、小林達は明治神宮を目指していた。

 コクピットに守里はいない。紀久子を助け出すと言って、一人コクピットから降りたのである。

 万に一つも生きているはずはない。

 しかも、たった一人で昆虫型擬巨獣の無数に蠢く廃墟に降り立つなど、死にに行くようなものだ。そう小林は思いながらも、どうしても止めることは出来なかった。

 おそらく守里も、すべて覚悟の上に違いないのだ。


「ちくしょうッ!! ちくしょうッ!! この虫どもがッ!!」


 放つ砲弾は、ろくに狙いもつけなかったが、異常なほどの密度で飛び交う昆虫型擬巨獣に次々に命中していく。自動照準フルオートで撃ちっ放しの重機銃も、トンボやハチに似た擬巨獣を何体も撃ち落としていた。

 視界に入るものはすべて敵であった。

 斃しても斃しても、黒雲のように湧き出てくる昆虫が擬巨獣群を形作り、襲いかかってくる。半端なサイズの小型擬巨獣や、昆虫装甲を纏ったバシリスクやバイポラス、ヴァラヌスと思しきもの、小さいながらGに擬態したアリグモの擬巨獣、ミルマラクネも見受けられた。


「失せやがれ!! ここはおまえ達の住みかじゃねえんだ!! 東京は昆虫ランドじゃねえッ!!」


『落ち着――な!! もう少し弾を温存す――だよ!! こんなところで弾切れになったら、あんたも――じまう!!』


 アスカから、厳しい声で通信が入る。

 アスカのフェイロングスは上空を旋回しつつ、小型火器で昆虫群を撃ち落とし続けていた。

 しかし、これほどの至近距離でありながら、雑音ノイズがひどい。電波障害は、クェルクスの中心部、明治神宮に近づくにつれてひどくなっているようであった。

 それにしても、たしかにこのまま撃ち続けていてはあと何分も弾は保たないだろう。


“小林さん!! 新堂少尉!! 十一時の方向に明さんがいます!!”


 その時、広藤の声が頭の中に聞こえてきた。生体電磁波だ。


「距離は!?」


“十二㎞くらい。今の速度なら一分以内で追いつくと思うよ!! でも、小林さんはもう少しスピード落として!! サンとカイが追いつけない!!”


 広藤と珠夢の意思を、ステュクスが伝えることで、視界もなく、電波もレーダーも効かない状況でも、小林達は方向を見失わずに進めているのだ。

 ステュクスの発するフェロモンのおかげで、フェイロングスもガーゴイロサウルスも、吸気口を塞がれずに済んでもいた。

 昆虫の群れが荒れ狂い、視界を奪う中、ステュクスに乗った二人の指示と、フェロモンによるサポートが無ければ、何も出来ずに立ちつくすしかなかっただろう。


『珠夢ちゃ――言う通りだよ!! 突出する――――い!! ――固まって一点突破で行くんだ!! ――と、やられちまう!!』


「ちっ!! 了解!!」


 ステュクスの振りまくフェロモンの有効範囲の外は、昆虫の嵐である。気持ちは焦るが、小林も素直に従うしかない。

 このままフェロモンに守られつつ、なんとか全員でGに追いつく。そして、協力して明治神宮のクェルクス中枢を破壊するのだ。それ以外に勝ちの目はないと思われた。


「見えた!! あれがそうか!!」


 突然、視界を覆っていた黒い嵐が破られ、姿を見せたのは、緑の壁だった。高さにして二百m超。樹木同士が融合し合い、その枝葉や蔓が複雑に絡み合った巨大な壁は、これまで観測された、どのような植物よりも巨大であった。

 左右を見渡しても、その端は見えない。

 ただの壁と違うのは、それが地鳴りを上げてこちらへ向かってきていることだ。

 生成と木化を繰り返しながら、空間を浸食してくるそれは、壁というよりもはや植物の津波といった方が正確かも知れない。

 明=Gは、その緑の津波の真正面で、黒い嵐に包まれながら戦っていた。

 その全身にまとわりついているのは、どうやらクワガタやカミキリムシの形状をした擬巨獣らしい。大小数体の擬巨獣に全身を傷つけられながらも、間断なく緑の津波に放射熱線を浴びせ続けている。しかし、熱線を浴びて炎上している緑の津波は、その部分だけだ。全体の増殖速度に変化は見られない。


「バカ野郎ッ!! なんて無茶しやがる!!」


 小林は呻いた。Gの最強武器・放射熱線といえど無限ではないはずだ。

 体内の重粒子が切れればそれまでだし、ここに来るまでの疲労もあるはず。

 何より、まるで無防備なまま、ただひたすら前に出ようとする姿。あれではまるで、殺してくださいとでも言わんばかりだ。

 

『各機、支援砲撃!! Gの周囲――――獣を殲滅!!』


 アスカの指示が聞こえるまでもなく、既に小林は主砲を発射していた。Gに襲いかかろうとしていた、巨大な牙を持つ甲虫型の擬巨獣の腹部に数弾が命中し、弾け飛ぶ。

 前翅に赤と黒のまだら模様が入った、ハンミョウに似たその擬巨獣は、力尽きて霧散しながらも、Gの頸部に食い込ませた牙だけは消えない。

 Gの上半身を覆っていた銀の装甲は既に無く、全身から噴き出した血と体液が、Gの体表を緑と赤のまだら模様に染め上げていた。

 フェイロングスの重機銃も、カミキリムシ型の擬巨獣を捉えた。

 腹部から白い液体を噴き出して転がるカミキリムシに、とどめのナパーム弾が着弾した。数が多い分、一体一体は脆いようだ。だが、殺しても殺しても、擬巨獣は枝葉を押しのけて次から次へと現れる。

 緑の壁はまさに無限の泉のように、虫を生み出し続けていく。


「キェゴゴゴゴォォン」


 悲鳴ともとれるような声でGが叫ぶ。

 黒光りをした、足の細長い甲虫型の擬巨獣が壁から現れ、尾部から噴出させた液体がGの頭部を捉えたのだ。

 強酸性なのだろう、白く煙を発する頭部を抱えてうずくまるGに、地面を割って現れた十数体の擬巨獣がしがみつき、口吻を突き刺した。

 短い手足にトゲのような爪。膨らんだ腹部。その赤茶色の擬巨獣は一見、クモのようだが、目も模様も触覚もない。サイズは十数mクラスと大きくはないが、その分どうやら打たれ強いらしく、Gが地面に体をぶつけても、一向に剥がれ落ちる様子はない。

 次々に地中から湧き出し、Gの動きを止めたそれは、ダニの能力と形状を持った、擬巨獣であった。


「明ッ!!」


 小林は躊躇した。距離がありすぎるのだ。

 援護射撃しようにも、あれほど密着されていてはGにも当たってしまう。重機銃程度で、Gにダメージがあるとは思えないが、Gに向かって引き金を引きたくはない。

 次の瞬間。仁王立ちになったGの全身が蒼く光り輝いた。

 放射熱線を発する時のあの輝きと同じ色。しかし、光の強さはその数倍はある。

 僅かな間を置いて、ガーゴイロサウルスのコクピットにも衝撃波の振動が襲ってきた。

 Gにしがみついていたダニ型擬巨獣は、一匹残らず吹き飛ばされていた。さらに、その光自体が圧力を持ったかのように、周囲の瓦礫も崩れ去り、地割れが広がっていく。

 Gの体から稲妻のような光が走ると、黒雲のように辺りを覆い尽くしていた昆虫群までもが、火を噴いて次々に落下し始めた。

 ほんの十数秒。

 荒れ狂う蒼白い光が消え失せた時。周囲一キロ四方のすべて……擬巨獣も、昆虫群も、植物壁もすべてが火を噴いて死滅していた。もはや瓦礫すらも、形を成していない。

 小林達は、辛うじてその凄まじいエネルギー放射の影響範囲外にいた。

 

「す……すげえ……」


 小林は思わず驚嘆の声を上げた。


『たしかにね……でも、たぶん、最後の力よ。あんなパワー。長続きするとでも思う?』


 アスカの言うことは正しかった。

 エネルギー放射の後、立ち尽くしていたGが、ゆっくりと膝をついたのだ。

 そのまま蹲り、動き出す様子はない。


「広藤!! 珠夢!! ステュクスに指示を!! Gを……明を元気にするフェロモンを出してやってくれ!!」


“もうやってます!! はじめからずっと……これ以上はもう…………”


 何もない……すべて焼き尽くされた荒野に、ついに動きを止めた巨獣王。

 肩で大きく息をするGの足元から現れた巨大なツル植物が、何かの触手のように巻き付き、枝葉でGを覆い尽くしていく。


「―――――――――――ッ!!」


 Gが口を開け、声にならない叫びを上げた。口元から真っ赤な血泡が噴き出し、地面に滴る。動物のように動くことは出来ないが、蔓は異常な生長力で巻き付き、締め上げていくのだ。

 通常の植物の生長力でさえ、岩を割り、大木を絞め殺し、大地を穿つ。そんな力で締め上げられているのだ。いかにGといえども身動きは取れなかった。

 さらに飛翔型の昆虫型擬巨獣が次々に飛来した。スズメバチ型のベスパ、カマキリ型のハイメノパスだけではない。ハエ、アブ、トンボ、カゲロウなど……あらゆる形状の擬巨獣が飛来した。そして鋭く強化された翅や爪、角、顎で、動けないGの体を、すれ違いざまに切り刻む。

 何体目かのカマキリの爪が、Gの首筋から鮮血を噴き出させた時、Gはバランスを崩して、ついに地面に倒れ伏した。

 巻き付いていた蔓が折れ、地響きと土煙が立ち上る中で、Gは力なくもがいた。

 再び黒く視界を覆い始めた昆虫群。地上を這い来る、無数の擬巨獣達。禍々しく尖った歩脚が岩を砕き、腹部が地を擦る激しい音が谺する。

 小林の放った主砲が、先頭の擬巨獣を数体屠ったが、昆虫群は一瞬も怯まず、速度も落とさない。


「クソッ!! みんな!! 前進だ!! Gを助けるぜ!!」


 思わず、小林が叫んだその時。

 放射熱線で炭化していた緑の壁が弾け飛び、中から虫の波があふれ出した。まるで、ダムが決壊したように、虫の土石流となって、大小の擬巨獣がGに迫る。

 ついに主砲を撃ち尽くした小林が叫ぶ。


「もう弾がねえ!! フェイロングスも援護射撃してくれ!! 新堂少尉!! 何してんだよッ!?」


 しかし、フェイロングスは攻撃をやめ、ゆっくりとガーゴイロサウルスの後部に降り立ち、再びドッキングした。

 有線通信に切り替わり、ノイズの消えたアスカの声が響く。


『ダメだよ……あんな数を斃せるほど、もう弾は残っちゃいない……撤退するための戦力も必要だ』


「撤退だって!? バカ言ってんじゃねえよ!! 雨野少尉!! マイカさんも!! サンとカイで、Gを助けてやってくれよ!!」


 だがサンもカイも、動かない。

 いや、動けないのだ。すでに火器は弾切れとなり、肉弾で戦える数は限られている。

 それすら、ステュクスのフェロモンによる援護があって初めて出来ることであった。


『ここまでだよ。Gも……あたし達も……人類も……』


 絶望的な状況の中、小林達の目の前で、Gは異形の昆虫群に覆い尽くされていった。


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