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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第13章 白銀の翼
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13-1 クェルクスふたたび

『まどかァァアアアアアッ!!』


 絶叫だった。これまで一度も聞いたことのない、甲高いアスカの叫び。

 小林はその声を通信で聞きながら、ただ呆然としていた。何があったのか理解するには、かなりの時間を要した。

 突然、首をもたげて飛び立ったガルスガルス。

 死んでいたはずのガルスガルスが突っ込んでいったのは、オルキヌス。

 不意を打たれたオルキヌスは、荷電粒子砲の照準を合わせるヒマもなく、巨大な嘴に貫かれていた。

 距離はあったが、ハッキリ見えていた。ガルスガルスの巨体に押し潰され、炎に包まれる艦橋。砕け散った荷電粒子砲。直後、巨大コンデンサがショートしたのだろう。見たこともない大爆発を起こし、オルキヌスの船影はガルスガルスもろとも完全に海上から消えた。


「……これで終わりだってのか? こんな……こんなんで……」


 やりきれない思いで下を向く。

 これでシュラインの脅威は去ったはずだ。海に落ちたデルモケリスは生きているかも知れないが、彼にもはや野望を継続しようという意志はないだろうと思えた。


「……紀久子を……紀久子を探してくれないか」


 同じように呆然としていた守里が、小林を振り向く。その顔には、何の表情もなかった。

 悲しもうにも実感すらない。涙も流れない。

 それほどまでに一瞬で、あっけない出来事だった。


「明……おまえはどうするんだ……これから」


 呆然と立ちつくす巨獣王の肩は落ち、いつもより小さく哀れに見えた。

 二度と人間の姿に戻れないまま。

 愛する人を目の前で失い、愛してくれている人も助けられなかった。

 そして、それでも、不死身のGは生き続けなくてはならないのだ。果たしてあの姿の明を、人類は受け入れてくれるのであろうか。

 その時。外部通信の呼び出し音が鳴った。


『新堂少尉!! 小林隊長!! 聞こえるか!!』


 通信機から流れてきたのは、ブルー・バンガードに乗る樋潟司令の声だった。


「……聞こえますよ……でも、もう俺達にできることは何も……」


 だが、樋潟の声は切迫していた。


『クェルクスが再び動き始めた。シュラインは!? 松尾君はどうしたんだ!? 説得できなかったのか!?』


「何ですって? 今更なんで……シュラインは……シュラインはもう戦う意志はないって言って……荷電粒子砲に撃ち落とされて……」


“小林さん!!”


 混乱する小林の意識を強烈に叩いたのは、広藤の意思を伝える生体電磁波だった。


「広藤? おまえ広藤か!? どこにいるんだ!? この意識……おまえまで巨獣になっちまったってんじゃないだろうな!?」


“ステュクスが中継してくれてるんです。今、珠夢ちゃんとステュクスに乗って空から見ているんです。首都圏がどんどん……植物に覆い尽くされ始めて……昆虫型擬巨獣も数え切れないくらい発生しています!!”


「いったいどうなって――」


「キュゴォォォオオオオオオンンンンンンンン――――」


 小林の声を、Gの咆哮が掻き消した。

 大型の弦楽器を、高い方から低い方へ、金属の棒で一気に弾き下ろしたようなイメージ。

 だが、その声は今までとは違い低く、高く、震えている。その微かな震えが、哀切の響きと底深い炎のような怒りを感じさせた。


 明=Gは感じていた。

 巨大な生命エネルギーを。その奥で、何かの意思が動き始めていることを。

 それが、クェルクスを活発化させ、擬巨獣群を操っている。それが手に取るように分かる。

 だが、そんなことはもう、自分にとって大した意味はなかった。そこに敵がいる。そのことだけで充分だった。

 遙か遠くに、まるで緑色の津波のように押し寄せつつある、巨大な壁。

 あれがクェルクス。その末端だ。

 明は一歩、踏み出した。

 最初はゆっくりと。

 次第に速度を上げ、体が前に倒れていく。歩幅が大きくなり、速度が上がっていく。

 ついに走り出した巨獣王の向かう先には、嵐のように増殖しつつ押し寄せる緑。そして、地に、空に、壁を守るように群がり、立ちはだかる無数の擬巨獣群。

 擬巨獣一体一体も剣呑な能力を持ち、巨獣に匹敵するパワーと、それを遙かに凌ぐスピードを持つだろう。また、クェルクスの放つ疑似フェロモンが戦闘力を奪い、黒雲のような昆虫群をも操る。

 いかに巨獣王といえど、勝てる見込みは万に一つもあるまい。

 だが、そんな事はどうでもよかった。すべてを失った今。もう、闘う以外に出来ることなど無いのだから。

 Gは止まるどころか、速度を落とす気配すらなく、緑の壁と、それを取り巻く嵐のような羽音のただ中に、そのまま突っ込んでいった。



***    ***    ***    ***



『司令!! クェルクスの侵蝕が加速しています!! 首都圏だけではなく、今や関東一円に異常植物と擬巨獣が現れ始めています!! MCMOの残存兵力も、自衛隊も、米軍も……対処しきれません!!』


 通信は、自衛隊横須賀基地に置かれたMCMOの支部からだった。

 モニターの背景には、騒然と動き回る隊員の姿が映し出され、想像を超えた植物の反乱に、必死で対抗しようとしているのが分かる。


「無理に戦わず撤退するんだ!! 今はクェルクスの弱点も不明だし、この侵蝕スピードでは、防衛線を築くことも出来ん!! とにかく、市民の避難と安全の確保を最優先!! 場合によっては、本州全域をクェルクスに明け渡すことも想定に入れて……」


 樋潟が指示を出す間に、モニターの画像は乱れ始めた。最初は何度かつながり直したものの、すぐにノイズだけを映し出し始めた。

 どうやら、再び電波状態が悪化し始めているらしい。


「くそッ!! また通信がダメになったのか!! これじゃあ、戦略も連携もない。各個撃破されてしまうぞ!!」


 どん、と壁を叩いて立ち上がった樋潟に、八幡が沈痛な表情で言う。

 

「今、打てる手は無いと思われます。あの植物型巨獣・クェルクスと、電波異常は無関係ではないでしょうから。当初、バイポラスや小型巨獣の群れが確認された段階までは、このような現象はなかった。しかし、シャンモン長官の擬巨獣部隊が原因不明の壊滅を喫し、クェルクス発生の報告があった時点から、急激に電波状態が悪化した……」


 その推測は正しいだろう。

 だが、樋潟は大きくかぶりを振って聞き返した。


「それでも、我々は人々を守らなくてはならないのです!! どうすれば……どうすればいい!?」


「先ほど僅かな時間でも通信がクリアになった……それは、銀色の小型バイポラスの核爆発と関係があると思われます。これはHANE、つまり成層圏での核爆発による電磁パルスの発射によって、妨害電波を発生させていたクェルクス中枢部が損傷を受けたせいだと思われます」


「私も同意見だ。おそらく、ヤツの発しているのは疑似フェロモンだけではないのだろう。中心核となるもののない昆虫群集を、擬巨獣として操っていた事を考えると、何か強力な電波をも発しているとみていい。それが通信を邪魔しているものの正体だろう」


 鍵倉教授の意見も同様のようだ。


「たしかに、それならこれまでの現象にも説明がつく。あの時、海上に出た途端に米軍基地との連絡が取れるようになったのもそのせいか……」


 樋潟が唸る。

 さすがに海上には、植物型巨獣・クェルクスによる侵蝕は見当たらない。

 だが、関東一円が電波異常となっている現状では、どのような作戦行動をとるにせよ、それぞれの判断で動くしかない、ということになる。


「待ってください。それが本当なら、海上なら今も通信は可能です。それに、GPS情報は入手できるということです。それで中心核となる部分を特定し、破壊できれば、クェルクスの増殖を止められるかも知れない」


「なるほど。衛星画像をもう一度出してみてくれ。クェルクスの繁茂状況を確認したい」


 モニターが首都圏の衛星画像映し出した。少しの休む間もなく侵蝕し続ける緑の悪魔の姿は、さながら日本を蝕むカビのように見える。

 数秒おきにコマ送りで送信されてくる画面では、すでに都心部は巨大な樹木群に覆われ、高層ビル群すら見えない。その版図は画像を見ている間にも広がり続けており、埼玉、千葉、神奈川へと河川や水路沿いに伸びていく様子がよく分かる。


「増殖状況をシミュレートして、逆回しに出来ないか?」


「逆回し……ですか?」


「発生の中心を見極めるんだ。残存戦力を集結して、そこを叩く」


 女性オペレータの手がコンソール上を走り、メインモニターの繁茂状況が逆回しされ、次第に緑の版図が狭まっていく。


「むう……どうやらこの発生の中心は新宿……いや、明治神宮のようだな」


 鍵倉教授の言う通り、時間とともに樹高、繁茂量ともに増しつつあるクェルクスだが、その最初の発生地点と思われるのは、明治神宮の森であった。


「明治神宮? では、あのダイナスティスと何か関係が?」


 最初に確認された、昆虫型擬巨獣ダイナスティス。紀久子を核とし、昆虫群集を操ってシュラインが作り出した群体型巨獣である。

 それが突然現れたのが、明治神宮であったはずだ。


「分かりませんが…………無関係だと考える方が不自然でしょう。シュラインがどういうつもりで、この状況を作り出したのかが分かりさえすれば、何とかなるかも知れませんが……」


 樋潟は苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。

 シュライン=デルモケリスが死んだとは思えないが、海に沈んだまま姿を見せない以上、直接問い詰めることも出来ない。

 クェルクスにこの指令を発しているのは、デルモケリスを操っているシュラインの意識なのか、それとも、それ以外に何者かの意識が介在しているのか、それすらも分からないのだ。

 手をこまねいているうちに、生物汚染は、着実に広がっている。巨獣だけでなく、昆虫、植物、そしてその他の生物たちへと。このまま、すべての生物にシュライン細胞が組み込まれるような事態に陥れば、シュライン自身の意思はどうあれ、結局、シュラインが当初描いたような世界となってしまう。


「今、できることをやるしかないでしょう……電波無線が使えなくとも、レーザー回線を通じての光通信なら大丈夫かも知れない。各基地に、中心核の位置を流し、底に戦力を集結させるよう指示します」


 そうは言ったものの、中心核を破壊、もしくは殲滅できれば勝てる、というだけの確証はどこにもない。背中に薄ら寒いものを感じながら、それでも樋潟は胸を張って指示を飛ばした。


「攻撃目標は敵中枢と目される明治神宮。拠点の分かる戦力には、有線通信でこの情報を流せ。自衛隊、在日米軍、各チームにも連絡がつき次第、攻撃を開始するよう指示してくれ!!」


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