12-7 海に散る
「あ……あああああああ!!」
まどかは顔を覆って泣きくずれた。
止められなかった。
荷電粒子砲の発射を。そして、こともあろうにその攻撃が貫いたのは、明のもっとも大切な女性だったのだ。
『紀久子が死んだようだね。これでGの心の拠り所はなくなったってワケだ。僕の分身がなにかとちくるって向かってきているようだけど、どういうつもりかな……』
船内通信には、金髪碧眼の美少年に姿を変えた、オルキヌスのグレン艦長がにやにやと笑っている。
『荷電粒子砲。発射!!』
照準は、透明な羽根を広げて真っ直ぐ突撃してくるデルモケリス。
二撃目の荷電粒子砲を、シュラインは自分の分身に向けて放った。
その肩口から後部に掛けての甲羅が一瞬で消滅し、バランスを崩したデルモケリスは海面へ落下した。
『小型機動兵器とは違ってね。こうして連射できるのが、戦艦の強みかな。さて、いよいよ本命……Gを狙え』
船内通信を通じて、残酷な命令がまどかの耳に伝わった。
照準は呆然と佇むG。
かなり距離があるとはいえ、Gがこのまま動かなければ、おそらく荷電粒子砲はGの頭部を吹き飛ばすだろう。そうなれば、明は確実に死ぬ。
「どうしたら……」
だが、身動きもとれないまま、コクピットに閉じこめられた自分には、何も出来ない。
まどかは絶望の淵にいた。
その時。
かすかな意思が、まどかの心に差し込んできた。
(ガルスガルス!? 生きているの!?)
自分を救い出そうとして、デルモケリスに戦いを挑み、力及ばず散ったはずの巨獣、ガルスガルス。
遠くモニター越しに見える血汚れた白い塊が、わずかに身じろぎするのが見て取れた。
まどかを救い出すため、その身をもう一度戦いに捧げようとしている。その強い意志が生体電磁波となって感じられた。
追いすがってきたガルスガルスを、シュライン=デルモケリスは一蹴した。たしかに致命傷を受けて、海面に放り出されたはずなのに……
(でも……ダメよ。今飛び立てば、あなたは本当に死んでしまう……)
だが、ガルスガルスの意思は変わらないようだ。
何より、ガルスガルスの命の火は消えかかろうとしている。おそらく何もしなくても、助かりはしない。それがまどかにも分かった。
その最後の力を振り絞って駆けつけようとしてくれている彼を、これ以上押しとどめることなど、出来ようはずがない。
そして、たしかにもう、まどかにとっても、ガルスガルス以外に頼れるものはいないのだ。
(そうか……もう……これしか方法がないんだ)
まどかは静かに覚悟を決めた。
(ガルスガルス……私に、あなたの意識を任せてくれる?)
跳ね返ってきたのは、強い肯定の意思。
すべてを信頼し、委ねる。その思いだった。
(ありがとう……お願い……)
目を閉じ、先ほどの要領でガルスガルスの意識と自分の意識を重ねていく。
まどかに対して絶対的に従順なガルスガルスは、一切逆らうことなく、まどかの意識に自分の行動を預けた。
二つの意識が一つに溶け、ガルスガルスの感覚が流れ込んでくる。他者を完全に制御しながら、自分の意識もまたここにあるのは不思議な感じがした。
(痛い……こんなにも……ひどい怪我なのに……)
全身を貫く激痛。呼吸すらままならない。
こんな苦痛をも圧して、まどかを思い、そして信じ、戦ってくれていたのだ。
(ごめん。もっとつらいことをさせることになるけど……他に方法がないの)
痛みだけではない。
ガルスガルスの視覚。
ガルスガルスの聴覚。
ガルスガルスの触覚……ガルスガルスの感覚のすべてが自分のものになった時、まどかはガルスガルス自身となって飛び立った。
目指すはオルキヌス。
自分自身のいる、この場所。
荷電粒子砲の基部となっている、この位置を、嘴で貫くのだ。
それで荷電粒子砲は使えなくなるはず。
死への恐怖が体を貫く。唇が渇き、呼吸が荒くなる。いくら止めようとしても、体は勝手に震え、涙は後から後から頬を伝った。
これは罰なのだと思った。
私怨を晴らすためだけに人生を費やしたこと。
兵士となってMCMOに入り、暗い怨念と殺戮技術を磨くことだけに心を一杯にしたこと。
そしてそれなのに、その両親の敵であるはずのGを……明を愛してしまったこと。
荷電粒子砲の中枢にいながら、何も出来ずに発射させ、明にとって誰よりも大切な紀久子を死なせてしまったこと。
そして今、自分を慕い、自分のために命を掛けてくれたガルスガルスの命を勝手に使って、目的を遂げようとしていること。
それらすべての、自分の行いへの罰。
だから今、苦しいのは、怖いのは、命を投げ出すのは、当たり前なのだ。
(このくらいの恐怖……仕方ない。ごめんね。ガルスガルス……こんなことさせちゃって……)
ガルスガルスの視覚情報が伝わる。
鋭い嘴を突き出し、オルキヌスの艦橋を目指す。みるみる迫ってくる、重巡洋艦の姿。
打ち振るたびに軋む両の翼。
鮮血に染まった胸の痛み。
オルキヌス側面の重機銃が火を噴いたが、それを避ける力すら残っていない。
正面から砲撃を受け、左目の視界が消えた。
頭が半分吹き飛ばされたのだ。
激突する刹那。
陸をちら、と見ると、Gが片手を伸ばし、宙の何かを掴むようにこちらへ向かってきていた。
あなたまで死なないでくれ、その言葉にならない哀しみの生体電磁波が、ガルスガルスの脳で増幅されて、まどかの胸に響く。
(ああ……私のこと、心配してくれてるんだ)
幸せに胸が熱くなる。
(この一瞬だけでいい。あの人のことは忘れて、私だけを思って)
荷電粒子砲の砲座の中で、祈るように両手を組んだ自分の姿。
それが、最期にまどかの見たものだった。