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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第12章 七千万年の孤独
102/184

12-5 G-REXvsデルモケリス

 超大型戦車、ガーゴイロサウルスの前部が持ち上がり始めた。

 ガストニア同様、走行用履帯クローラは左右一対ではなく、幾つかのパーツに別れているが、その履帯はガストニアと比較すると驚くほど大きく、数が多い。機体下面だけでなく、側面までもほぼ完全に履帯で覆い尽くされている。

その履帯内の遊動輪アイドラが移動して、機体全体を持ち上げていくのだ。

 背部中央から後方へ伸びていくのは、バランスをとるための長い尾だ。

 下面履帯は立ち上がると同時に左右に分かれ、作業用マニピュレータを軸として腕のような形状になる。後部履帯が両側に折りたたまれ、両足になるための準備が終わった。

 上面にあった主砲は、スライドして前方をカバーし、コクピットは完全に隠れた。もはや、機体表面はほとんど履帯と言っていい。

 近接支援用と思われる機銃口すらも、履帯の隙間から伸びている有様だ。

 だが、これこそがガーゴイロサウルスの本来の設計思想であった。各々独立した駆動系を持つ履帯は機体がどう転んでも接地して起き上がることができる。また、部分的に破壊されたとしても常に機動力を確保できることを意味していた。

 また、履帯そのものも分厚く強靱な特殊鋼であり、そのまま装甲の役目も果たす。

 超機動兵器G-REXの胴体部分の完成である。


 垂直離着陸機フェイロングスは、その背部から重なっていった。

 フェイロングスの巨大な翼が背部の突起状に折りたたまれ、二機のジェネレータが接続し、連動し始めた。巨大な背部スラスターとなったフェイロングスによって、機体全部が一瞬ふわりと浮いた。

 ホバー移動が可能となったのだ。厳重な装甲と駆動力だけではなく、巨獣の敏捷性に対応するために付加された高出力推進装置であった。

 そして、遠距離支援兵器、トリロバイトⅡ・Uフレーム。

 Lフレームごとオルキヌスに奪われ、荷電粒子砲こそ付いていないが、リニアキャノンは健在である。

 上部に接続された本体両脇に、そのリニアキャノンが配置され、背中にそって前方を狙う。

 コクピット部分は周囲から立ち上がった装甲に囲まれ、大型の頭部となった。

 関節部を伸ばしながら背部すべてを覆っていく、長い三葉虫の尾部は、ガーゴイロサウルスから伸びた履帯上部を補強して真っ直ぐ後方へと伸びた。

 最後に、両側の履帯が強靱な後足を駆動させるモーターを兼ねて立ち上がる。

『REX』の名の通り、白亜紀後期に生息した地上最大の肉食恐竜によく似た、真っ直ぐな尻尾を持つ前屈みのシルエット。全長二百m強の超機動兵器が姿を現した。


『合体完了。初めてにしちゃあ、うまくいったよな俺達』


『小林君……バリオニクスと違ってG-REXの合体シークエンスは、ほとんどオートなんだ。私達の操縦技術のおかげじゃない。気を抜いちゃダメだよ』


『ちぇっ分かったよ』


 アスカにたしなめられ、小林は舌打ちをした。

 言われずとも分かってはいた。アスカ以外はは全員素人。小林にいたっては補助シートの守里のフォローがあって、ようやく合体できたようなものなのである。


『各員、戦闘準備。各機の役割は決定されている。駆動系を担当する主導機はトリロバイトⅡ、松尾紀久子。火気管制と攻撃判断はガーゴイロサウルスの小林泰志、高千穂守里。私がフェイロングスで情報処理と全体統制を担当する』


 アスカがしゃべっている間にも、次々とパイロット達の目の前に画面やパネルが立ち上がり、それぞれの機体コンディションや兵装がオートチェックされていく。


『すげえ……主砲だけじゃない。リニアキャノンも重機銃も……全部ここから撃てるってのか? ライジングブラスター、ワイヤーキャノン、クラッシュアンカー……見たこともない武器だらけだ』


『そうよ。だから気をつけて。あんた達の失敗は、G-REXの敗北だ。そのことを忘れるんじゃないよ?』


 小林の呟きを耳ざとく聞き取ったアスカが言う。


『大丈夫。その為に俺がここにいるんです』


『頼むよ』


 守里の声に思わずアスカは微笑んだ。小林も緊張しているのか、混ぜっ返すような反論はしない。


『レーダーを見てください!! 巨獣です!!』


 紀久子が叫んだ。

 数キロ先。レーダー上に現れた光点が、見る見るうちに迫り、目前数キロに停止したのだ。千葉港入り口付近に巨大な水飛沫が上がり、踞ったような丸く黒い影が立ち上がった。

 それは肉眼でも確認できるほど巨大であった。甲羅を背負い、やや前屈みに二足で直立した異形は、ほぼGと同じ、身長百mクラスの大型巨獣と思われた。

 前脚はヒレ状に扁平しているものの、その先端には鋭く長い爪が並び、異形の頭部には、ウミガメには有り得ないヒレ状の突起や、牙らしきモノまで見える。

 甲羅部分以外のゴツゴツした体表面は、巨獣王・Gのそれに酷似していた。

 ウミガメを核として複数種の海洋生物を吸収し、擬巨獣化したものと推定される怪物。

 その姿を視界に捉えた瞬間、紀久子は、抗しがたい恐怖が蘇るのを感じていた。

 手が震え、足がすくむ。だが、干田を騙してまでここに来たのは、恐怖に脅えるためではない。紀久子は腹に力を込め直すと、その禍々しい黒い影を敢えて真っ直ぐ見つめた。


『荷電粒子砲の到着までに、露払いでもしておこうってつもりか。それとも海までGをおびき出すつもりか……』


 守里の呟きが聞こえる。

 おそらくはその両方なのだろう。今のシュラインの目的はGの抹殺のみのはず。だが、荷電粒子砲でなくてはそれは実行できない。そのためには邪魔なG-REXを始末し、荷電粒子砲で狙える位置まで、Gを連れてくるものがいなくてはならないのだ。

 それがあの、ウミガメ型の巨獣、ということなのであろう。

 ウミガメの巨獣は、右腕に抱え込んでいた巨大な白い塊を、海上に投げ捨てた。

 海上に浮かんだそれには、真っ赤な血痕が染み、周囲にふわふわと羽毛が舞い散る。

 小林が怒りの声を上げた。


『ガルスガルスッ!? 野郎!! りやがったのか!?』


 アルテミスに続き、人間に味方してくれた巨獣がまた一体、斃れたことになる。小林には、元々ガルスガルスへの思い入れがあったわけではない。思い出といえば、耳をつんざくような声で眠れなかった記憶だけだ。

 だが、人間のために命を投げ出した巨獣の姿に、高空で散華したアルテミスが重なり、怒りに目の前が赤く染まる。

 思わず主砲のトリガーを立ち上げ、照準を合わせた小林の肩を、守里がつかんだ。


「待て。落ち着け小林君。まだ攻撃許可は出ていない」


『いえ。攻撃を許可します。どちらにせよ戦闘は避けて通れない。やるなら先制よ。小林君!! 主砲発射!!』


「さすが新堂少尉。くらえバケモノ!! 主砲発射!!」


 G-REXの背中の砲身が火を噴いた。

 だが、発射とほぼ同時にくるりと背を向けたウミガメ型巨獣は、その巨大な甲羅で砲弾を受け止めた。火花を散らした質量弾は、周囲の海面に巨大な水飛沫を上げたが、肝心の甲羅には傷一つ付いてはいない。


『効いてねえ!? 高千穂さん!! リニアキャノン照準!! 』


『了解……発射!!』


 すでにコンデンサは、限界まで充電されていた。

 守里は照準とほぼ同時に引き金を引いた。軽い反動音と共に、リニアキャノンが発射される。たった数キロの距離である。まどかほどの狙撃の腕前はなくとも、あれほど巨大な的は外しようがない。発射とほぼ同時に、今度はウミガメ型巨獣の肩の辺りに火花が散った。


『命中!……次弾装填!! 』


『こっちももう一回いくぜ!! 主砲発射!!』


 小林が吼え、両側二門の主砲が再び質量弾を吐き出した。

 だが、そのすべてを受けならがら、つややかな背甲は、傷一つ付いたようには見えない。


『く……っ!! ダメだ!! カメの甲は本来、あらゆる角度からの攻撃を逸らすように進化してきているんだ。質量弾じゃあ分が悪すぎる。あの甲羅を破れるのは、荷電粒子砲のような特殊兵器しかない』


『じゃあライジングブラスターっての、撃つぜ!!』


『いやダメだ。ヤツは水中にいる。熱線砲ブラスターじゃ、充分な熱量を与える前に冷やされちまう』


『だったら、接近してむき出しの頭と手足に攻撃を掛けるしかないね!! 使えるのは遠距離兵器だけじゃないんだ!! 行けるね!? 松尾さん!!』


『全速前進……しますっ!!』


 アスカの指示で、紀久子は前進レバーをいっぱいに押し出した。ジェネレータの回転が限界を越え、G-REXの後部スラスターが吼える。

 短時間とはいえ機体を浮かせるほどの出力が、機械駆動の両脚のパワーを強力にアシストする。

 岸壁の倉庫街へと至るのに、数十秒。

 そのまま大きくジャンプしたG-REXは、海上で背中を向けたままのウミガメ型巨獣にドロップキックを食らわせた。

 反動で宙を回転したG-REXは、倉庫街を踏みつぶしながら、陸に立つ。

 ウミガメ型巨獣は前のめりに倒れ、凄まじい水飛沫を上げながらも、何の痛痒も感じないかのように水中でくるりと回転して、腹ばいのままこちらを向いた。


“なかなかやるね。でも、リニアキャノンが効かないこのデルモケリスの甲羅が、キック程度でダメージを受けるとでも思ったかい?”


 シュラインの思考波が全員の脳に響く。


『くッ……生体電磁波か!?』


 守里が耳を押さえた。だが、脳へ直接語りかける生体電磁波は、耳を塞いでもそのまま伝わってくる。


“そんなオモチャでどうしようっていうんだい? たかが機械がいくらGのマネをしたって、僕は怖くも何ともないよ?”


『恐れるな。コクピットは電磁シールドされている。せいぜい声を聞かせる程度。大したことは出来ないはずだ!!』


“そうかもね。でも、まさか君達は僕の武器が、生体電磁波とこのデルモケリスだけだとでも、思っているのかい?”


 シュラインの思考波が終わらないうちに、海面を裂いて何かが次々と飛び出した。

 その物体は、G-REX目がけて突っ込んでくると、触れた瞬間に大爆発を起こしていく。その衝撃に機体は大きく傾ぎ、コクピット内に火花が散り、モニターの幾つかが瞬間的にブラックアウトした。

 小林はシートから転げ落ちそうになって叫んだ。


『な……何だ!? ミサイル!?』


『違う!! これはイカだよ!! イカの体液をニトロ系の生体爆薬に変え、突っ込ませてきているんだ!!』


 アスカが素早く記録画像をチェックして言う。


『避けるしか……ないですね!!』


 さらに飛来し続ける巨大なイカの生体ミサイルを、紀久子が機体を操って避けていく。その操縦技術は、初めてとは思えないほど見事であったが、無数のイカが空中で微妙に軌道を変え、弧を描いて飛んで来るのを完全に避けるのは不可能に近い。

 避けきれなかった何体かを右半身に食らい、右マニピュレータの作動不良ランプが点灯する。


“紛い物はさっさと沈め!! 機械など、巨獣の素晴らしい生体メカニズムに比べれば、ゴミも同然なんだよ!!”


『小林君!! 高千穂さん!! 何でもいいから撃ってください!! 生体電磁波は一定の集中を必要とします!! 本体に攻撃を受ければ、途切れるはず!!』


『よ……よし!!』


 紀久子の声に小林は、デルモケリスの頭部へ向けて重機銃を乱射し始めた。

 すると、すぐにイカミサイルの飛来頻度が下がり、命中率も格段に落ちていく。重機銃が命中した手足や頭部からは、濁った緑色の体液が迸り、初めてデルモケリスの咆哮が響き渡った。


“ふん……野蛮な連中だな。だが、このままやられるわけが……ないだろうッ!!”


 デルモケリスが手足を引っ込め、水面上で回転を始めた。

 長楕円形だった甲羅が、ほぼ円形に見えるような回転速度。こうなると、どこに何を命中させても弾き返してしまう。


『くそッ!! あの状態でいくら攻撃を掛けても、甲羅に弾かれるだけだ!! どうする!?』


『動きを止めて!! 立ち上がらせるしか……ないでしょ!!』


 突然。マイカの声が通信機から流れた。

 そして突如、ウミガメ型の巨獣=デルモケリスの回転が止まった。そして前半部分が何者かに持ち上げられる。

 カイがいつの間にか海中に潜み、デルモケリスに近づいていたのだ。手にはガントリークレーンの巨大な支柱が抱えられている。それを回転するデルモケリスに当てて、回転を止めたのだろう。


『人間舐めんじゃないわよ!!』


 続けて、いずもの叫びが全員の耳朶を打つ。

 G-REXの背後。ビル影から飛び出した白いアーマーのサン。その手に握られていたのは、どこから見つけ出したのか高圧液体窒素(PLN)弾頭であった。


『コレでもくらいな!!』


 いずもらしからぬ蓮っ葉なセリフと同時に、デルモケリスの足元に炸裂した高圧液体窒素弾頭は、一瞬にして周囲の水面を凍らせた。

 その時には既にカイはクレーンの支柱を使い、棒高跳びの要領で水面を蹴って、中空に舞っている。


『ご自慢の甲羅も背中だけでしょうが!! 観念してもらうよ!!』


 マイカの叫びと同時に、カイの両腕からワイヤー付きのアンカーが発射され、デルモケリスの前脚に突き刺さった。

 デルモケリスの背後に降り立ったカイは、ワイヤーを残っているガントリークレーンに結びつけた。


『G-REX!! とどめだ!! 腹甲を狙え!! 今なら、避けられない!!』


『了解!!』


『うおおおおお!!』


 守里と小林が、同時に叫ぶ。

 主砲が腹甲を爆砕し、そこへリニアキャノンが突き刺さる。飛び散る肉片を重機銃が粉々に打ち砕いていく。


『勝てる!! 勝てるぜ!!』


『これならッ!!』


“……まったく……愚か者はこれだから度し難い……”


 しかし、全員の脳に流れ込んできたのは、この期に及んでまだ嘲るようなシュラインの思考波であった。


『おしゃべりのヒマがあるのかよ!!』


 小林が叫ぶと同時に、マニピュレータ先端に配備されたクラッシュアンカーを撃ち込んだ。

 ショックアンカーの数倍の高電圧が、瞬時に送り込まれ、デルモケリスは硬直した。


“…………やってくれたね。そろそろ、本気を出してあげようかな?”


『その有様で今更何が出来る!? とどめだ!!』


『待ってください!!』


 守里の声に被せるように、紀久子の叫びが通信機から響いた。


『私に、彼と話をさせてください』


『彼……? 彼って……誰のこと?』


『シュラインです』


『正気か? ヤツは生体電磁波で君を洗脳し、操っていたんだぞ!? 危険だ!! もし、ふたたびヤツに操られるようなことになったら!!』


 守里は強く反対した。あの時、紀久子をシュラインに奪われたのは自分のせいだと感じていた。そしてどれほど紀久子が傷ついたか、あんなことがなければ、今頃二人は結ばれていたはず。それを思うといたたまれないのだ。


『シュラインに洗脳されていた間の記憶が、バシノームスを見てから急速に戻って来つつあります。私はシュラインに、深く意識を操作されていた。私が何をしたか、その結果何が起きたか……それは許されることではない、何をしても償えない……と思います』


『何を言うんだ紀久子!! 何度も言うが君の責任じゃないんだ。まさか君は……死ぬつもりじゃないだろうな?』


『いいえ。心配しないで高千穂さん。でも、たとえ罪は償いきれなくても、私にはやるべきコトがある……私がシュラインを説得しなくちゃいけないんです』


『説得!? この期に及んで何を言い出すんだよ!? あんなバケモノに話が通じるわけがないだろ!!』


 小林の言葉に、モニターの中で紀久子は寂しげに眉を寄せた。


『明君にも……その言葉、言える?』


『そッ……それは…………ッ』


 小林は言葉を詰まらせた。

 恥ずかしさに顔が熱くなる。たしかに紀久子の言う通りだ。シュラインがバケモノだというなら、明もまた、今や不死身のバケモノなのだ。

 明が元の姿に戻れないことを、紀久子が知っているのだろうか?

 いや、知るはずはない。だが、同じことだ。明=Gである以上、巨獣をバケモノと呼ぶこと自体が、明を傷つける。

 そして、今のシュラインを対等の人間として話そうとしている紀久子なら……もしかすると……人間でなくなった明を受け入れてくれるのではないか? そうも思えた。


『私は、意識の深い部分まで操作されていたせいで、逆にシュラインの心の中が垣間見えたことが何度もあります。彼は……深い悲しみと孤独を抱えていました。今ならまだ、止められるかも知れない』


『……どうやるって言うんだい?』


『ハッチを開けて、語りかけます。シュラインは生体電磁波を読むことが出来る。むき出しの状態で自分に向けた思考波なら、真意を理解してくれるはず』


『ダメだね。危険すぎるよ』


 アスカはにべもない。

 彼我の距離はたった数キロ。

 ガルスガルスを屠ったウミガメの巨獣が、どんな攻撃力を持つか不明なのだ。そうでなくとも、そのすぐ後ろには特装艦オルキヌスが控えている。ハッチを開けた状態で砲撃を食らえばひとたまりもない。


『あんたが死ぬ分にはしょうがないさ。自分の判断だ。でも、この機体を失うことになれば、人類全体が滅びるかも知れないんだよ? そんなこと、許すわけにはいかない』


『新堂少尉……やらせてあげてくれねえかな?』


『小林君? なんで?』


『俺は松尾さんのことをよくは知らないさ。でも、明はよく知っている。アイツはいいヤツなんだ。その明が好きになった人だ。間違いねえッて思う。それに……言いたかねえが、ここにいる高千穂サンもよ……大した男だぜ。これだけの男達が愛した女性のすることだ。たとえ失敗したって、俺に悔いはねえ』


 小林はサブモニターの中で頭を下げた。


『何より……さっきの言葉、すまなかった。俺は明の味方のつもりでいたけど、それだけじゃダメなんだな。あんたならきっと、シュラインの心に響く言葉をかけられる』


『ありがとう。小林さん』


 紀久子の柔らかな微笑みを、小林は眩しく見つめた。

 今更ながら、明の気持ちが分かる。傍にいて、多かれ少なかれ、この女性に好意を抱かない男は一人もいないだろう。そう思った。

 その時、外部通信が入り、樋潟の声が聞こえてきた。


『新堂少尉、聞こえるか? 私からも頼む。松尾君にやらせてやってくれ』


『樋潟司令!? どういうことです!?』


『シュラインを力でねじ伏せても、おそらく、問題は解決しない』


『どういうことです!?』


『すでにシュライン細胞は、日本中にばらまかれてしまっている。それらの影響を消し去るためには、キャリアとなった生物をすべて集めて処分する以外にない。それはかなり困難だ。不可能と言ってもいい。だが、シュライン自身の協力があれば、話は別だ』


 たしかに樋潟の言う通りだ。だが、アスカにはシュラインがそう簡単に説得に応じるとはどうしても思えない。


『説得が失敗したら、どうするのですか?』


 だが、樋潟の答えはシンプルだった。


『その時は、最後まで戦う以外にないだろう。シュラインを斃し、可能な限り細胞の影響を消し去る努力をするだけだ』


 アスカはため息をついた。

 最悪のケースはいくらでも考えられる。分の良い賭けではない。だが、今は紀久子に賭けてみるしかない状況のようであった。


『…………分かりました。松尾さん、やってみて』


『はい』


 紀久子は、コクピットのハッチを開けた。

 轟ッと風が吹き付けた。だが、思わず目を閉じてしまったのは、風のせいだけではなかった。生の空気がシュラインの気配を運び、紀久子の心に更なる恐怖を呼び覚ましたのだ。

 だが、ここで負けるわけにはいかない。

 紀久子は大きく深呼吸すると、逸らしそうになる目を無理矢理開き、正面からウミガメの巨獣を見つめて、マイクも通信機も使わずに話し始めた。


「シュライン……聞こえますよね? もう、やめてください。バシノームスが斃れた時点で、あなたの負けのはずです。これ以上G-REXと戦えば、無事では済まない事くらいは分かるでしょう? あなたがその野望さえ諦めるなら、私達は共存できるかも知れない……」


“紀久子……実に愚かだね。そんなむき出しの姿で僕の前に現れて……もう一度操ってやろうか?”


「それは不可能です。明君が……Gが私を元に戻してくれたから。もう私の中にはあなたの影響はない。だから、あなたの思い通りにはならない」


“ほう……たしかに……出来ないようだ”


 デルモケリスの目が細められ、シュラインの嘲るような思考波が届く。


“だが、忘れたのかい? べつに細胞に感染していなくても、生体電磁波で君を苦しめるくらいのことは出来るんだよ?”


「今、そんなことをする意味がないことくらい、あなたは知ってるはず……だって、これならいつでも私を殺せるでしょ?」


“確かにそうだ。このデルモケリスはね。体内電流を操作して、空中に球電現象を起こすことが出来るんだ。この程度の距離なら、一瞬で君を蒸発させられる……”


「まだ答えを聞いていません。降伏する気はあるの? ないの?」


“敗北もしていないのに、降伏? ナンセンスだね。僕は、すべての生命の王たる存在なんだよ? 下等な人間どもにひれ伏すワケがないだろう?”


「あなたは、いつもそうやって人間を蔑むけど、あなただって人間じゃない!!」


“人間!? この姿のどこが人間だ!? 巨獣や動物と融合し、次々に意識を移し、今や元の僕の細胞は一片も残っちゃいない!! 僕は人間どころか、すべての生命を越えた存在なんだ!!”


「そんなの関係ない!! それでも人間の言葉で、こうやって話している!! 人間という生き物をどうすべきか、それを真剣に考えているんでしょ!? それは、あなたが人間の価値観と心を持っているからじゃないの!?」


“僕はすべての生命の意思を代弁しているだけだ。だから、君とも話が出来る。あくまで君のレベルまで降りていっているだけさ。Gを籠絡するための道具だったメス個体の分際で、僕に説教でもするつもりかい?”


「他者を操るとか、支配するとか、そうなってしまったのは……そんな考えになってしまったのは、子供の頃のあなたがひとりぼっちだったから。近くに信じ合える家族や友人がいなかったから。でも……仲間なら、これからでも作れるよ。あなたが心を開きさえすれば……きっと」


“くだらん。何を言い出すかと思えば……時間の無駄だ。周りの廃墟を見渡してみるがいい。僕は人間どものことなんか、これっぽっちも配慮してやるつもりはない。巨獣どもの餌にし、クェルクスで町を破壊し、巨獣を操って、人間の尊厳を踏みにじった。これでも僕が人間の心を持っていると言えるか?”


「それこそが、あなたがまだ人間だって証拠だと思う」


“なんだと?”


「人間の存在を意識し、尊厳があることを理解して、その上で必死でそれを掻き消そうとした。そういうことだよね? それを否定したかったのは、あなたが……お母さんに裏切られたって思ったからでしょ? でも、あなたのお母さんは、あなたを捨てたりしていない。何か理由があって来られなかったんだと思う。それに――」


“黙れ!! お前なんかに何が分かる!! お前なんかに!! 見知らぬ国で一人にされ、腐った怪物に呑み込まれ……来てくれたと思ったんだ。どんなに冷たくされても、僕のことを本当は愛していたんだと……そう思ったんだ!! だけどそうじゃなかった!! ”


「そうじゃないなんて!! どうして言えるの!? どうしてお母さんを信じてあげないの!?」


“人間は、自分さえ良ければそれでいいんだ!! それが分かったから!! すべてが『自分』になればいいと理解しただけだ!! お前もあらためて僕の一部にしてやる!! こんなふうにッ!!”


「痛っ!!」


 紀久子が首筋を押さえて踞った。

 その手元をすり抜けて、メクラアブが一匹、空へと消えていく。


“ははははは!! 油断したね紀久子? 僕の細胞を持った昆虫はまだいくらでもいるんだ!! おまえの体を乗っ取るのに、数分もあれば充分だよ。二度も他者の意識に支配される気分はどうだい?”


『紀久子!? シュラインめ……なんてことを……だから危険だと言ったのに!!』


『……ここまでだね。ハッチを閉じるよ。松尾さんが完全に操られちまう前に、主導機をトリロバイトⅡからフェイロングスに移す』


「……待ってください。操られたりは……しません」


『松尾さん!? 大丈夫なのか!?』


 小林がほっとしたような声を上げた。が、シュライン細胞を植え付けられてしまったことは事実だ。


“ほう……まだ、喋れるのか? 少しは耐性が出来ているのかな?”


「耐性……そうね。でも、それだけじゃない。これは作戦通りなの。シュライン。ここからが勝負よ!!」


“作戦……だと?……うがぁッッ!?”


 突然、シュラインの思考波が苦しげに呻いた。

 演技などではないことはすぐに分かった。言葉ではない、苦痛そのものがアスカ達の脳にも、直接伝わってきたからだ。感情がそのまま発せられる思考波では、苦痛の演技など出来ないのだと、肌で実感できた。

 ウミガメの巨獣=デルモケリスがよろめき、頭部を抱え込んで凍った海面に倒れ込んだ。


“な……なにをしている……紀久子……生体電磁波を限界まで……そんなことをすれば、おまえの脳が焼き切れるぞ?”


「……もとより承知よ……でも、これはどうしても私がやらなくちゃいけないこと……償いのために、明君のために、そしてあなたのために……」


“綺麗事だ!! おためごかしだ!! 自己犠牲など……だれが望む!?”


『松尾さん!? 何をしているんだ!? なんでヤツが苦しんでる!?』


「伝えているだけです……私の思いのすべてを……命への思い、人間への思い……みんなへの思いを……シュライン細胞で増幅して……わかってって」


“そうか……貴様……妙な能力を身につけていたと思ったら……こんなッ!!”


『おキクさん!! 私も手伝いますッ!!』


 サンに乗るいずもが叫んだ。


“貴様ッ!? 貴様までそんな力を!?”


『おキクさんの生体電磁波の流れに、私の力を少し乗せているだけ!! でも……無いよりマシでしょッ!?』


 紀久子からも、サンの胸部装甲が開けられ、ヘルメットとブレスレットを外したいずもが、祈るように両手を組んでいるのが見えた。


“ぐ……コイツも操ることができんとは……”


「お願いシュライン!! みんな一緒に生きましょう!! もう殺し合いはやめて!!」


“殺し合いに変えたのは貴様等だろう!! 素直に僕の支配下になっていれば、こんな悲劇は起こらなかった!!”


「どうして? どうして支配することばかり考えるの!? 一緒に生きればいいだけでしょ!!」


“何度も言わせるな!! 同じ意思を持たないからママはパパから見捨てられた。僕を見捨てたんだ。みんな同じ意思なら、あんな思いはしなくて済んだんだ!! だから意思を一つにまとめる。その何がいけない!? お前達も僕に支配されて、幸福だったんじゃないのかッ!?”


『きゃあッ!?』


 いずもが気を失って倒れた。

 シュラインの思考の叫びと共に、一際強い思念波が叩き付けられたのだ。

 紀久子も、両手で自分自身を抱き締めるようにして座り込んだ。

 思念波のショックと同時に、シュラインの言葉で、強く想起された恐怖の経験。その時の歪んだ幸福感が紀久子の精神をも苛む。


「どこまで行ってもお前の勝手な理屈だってのが分かんねえのか!? そんなもんに世界を付き合わせるんじゃねえよ!!」


 紀久子の異常を見て取った小林がハッチを開け、肉声で叫んだ。

 たとえ相手にされずとも、一瞬でも紀久子の負担を引き受けるつもりなのだ。


“ハ! 分かっていないのは……悪はお前達の方だよ。見ろ、この空を!! 海を!! 僕が貴様等に宣戦布告して数週間。たったそれだけの間、人間の活動が抑えられただけで、生命は蘇りつつある!! すべて僕の功績だ!!”


 見渡せば、たしかに見たことのないほど空は澄み、海も信じられないほどのコバルトブルーに輝いている。それは毎日、数百万台もの車が排出するガス、冷暖房に使われる燃料、生活排水、工場排水、それらすべてが一時的にせよストップしたおかげなのは、事実だった。


「功績だと!? 人間の生活あってこその地球だろう!? 貴様は人間も含めてすべての生き物を一つにすると、そう言っていたんじゃないのか!? なのに、どうしてこんな殺戮を!?」


 守里の声に、シュラインの思考波はさらにからかうような響きを帯びていく。


“弱肉強食は自然界の掟だよ。君は生態学のセンセイらしいけど、そんなことも分からないのかい? これからは、そういう自然な世界になるだけのことさ。ソレの何がいけない?”


『……交渉決裂、ってわけだね?』


 アスカの声は怒りを湛え、限りなく冷たく響いた。


“さっさと最後の攻撃をしてきたまえよ。そんなガラクタで僕に……このデルモケリスに本当に勝てると思うんならさッ!!”


 次の瞬間。

 夥しい数の羽音と共にG-REXの周囲を、黒雲が覆い尽くした。その雲は意思を持つように渦を巻き、デルモケリスの表面に集中していく。


『しまった!! 昆虫装甲インセクト・アーマー!?』


 見る見るうちに形作られていく装甲は、グリーンメタリックに輝く。

 甲羅表面に甲虫のような羽根を作り出すと、その下に現れた半透明の翼が周囲の空気を強く叩き、その振動で凍り付いていた海が砕け散った。

 輝く昆虫装甲を身につけたデルモケリスが、宙へ躍り上がる。


“小賢しく意見してくれたね紀久子!? 望み通りあの世に送ってやるよ!!”


 虹色の装甲で巨大に膨れあがった右腕が、まだハッチを開けたまま立ちすくんでいる紀久子を叩きつぶそうとしたその刹那。

 青い閃光が視界を過ぎり、デルモケリスはもんどり打って倒れた。


『この光は……』


『放射……熱線?』


『明ぁ!!』


 紀久子は目を開け、ほっとしたように微笑むと、そのままシートに倒れ込んだ。

 戦場から数キロ後方。

 半壊した緑のドームを踏み壊し、仁王立ちした巨獣王は、蒼空を仰いで咆哮した。


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