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巨獣黙示録 G  作者: はくたく
第12章 七千万年の孤独
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12-4 紀久子 出撃

「ガーゴイロサウルスがジェネレータを始動させたようです!! 機体に搭載されたカメラからの映像が来ました!!」


 女性オペレータが叫ぶ。

 ブルー・バンガードのデッキである。

 小林の操るガーゴイロサウルスのカメラアイから送られてきた映像を、樋潟たちは信じられない思いで見た。

 かつてMCMOの臨時本部であった場所は、絡みつかれた薄緑色の触手のようなものによって、すでに完全に覆い尽くされてしまっている。崩れ落ち、植物の葉や枝のようなものが生え出した建造物は、もはやちょっとした丘のようにしか見えなかった。

 それ以外に方法がなかったとはいえ、そのような状態から地下の機動兵器・ガーゴイロサウルスを脱出させた小林の勇気には、感服せざるを得ない。

 そしてその横には半壊したドーム状の植物体が見え、その中に眠るGの姿も僅かに見て取れる。ガーゴイロサウルスは、どうやら緑の丘となった臨時本部の外郭から映像を送ってきているらしい。白と黒の鎧を身につけた、サルの巨獣・サンとカイが凄まじい勢いで瓦礫を撤去しているのが見えた。


「ひどい状況だな。避難した職員達……いや、市民は無事なのか?」


「あの植物型巨獣・クェルクスそのものに、殺傷能力はほとんどなかったようです。疑似フェロモンを使い、擬巨獣を操ったとの報告でしたが、今は姿が見えない。小林君や新堂少尉、雨野少尉が上手くやってくれたのだと思います」


 八幡がメインモニターから目を離さないまま答えた。

 このまま、なんとか地下にある機動兵器・フェイロングスを掘り出せたとしても、シュラインに乗っ取られた特装艦オルキヌスとウミガメ型の巨獣を相手に、どれだけ戦えるかは分からない。


「そろそろ出撃します。松尾さん、トリロバイトⅡの個人コードの書き換えを……」


 そう言って歩き出した干田は、急に胸を押さえて踞った。


「隊長!! 干田隊長!? 大丈夫ですか?」


 数歩よろめき、床に膝をついた干田に、紀久子が肩を貸してシートに座らせる。


「大丈夫か干田君? そんな状態で戦えるのか?」


 樋潟が心配そうな目を向ける。


「……大丈夫です。少し、疲れただけですよ」


 答える干田の声は、しかし弱々しく、か細かった。


「ドラゴンの核融合ジェネレータを起動させた状態で、あれほどの戦闘を繰り広げたのだ。パイロットには相当の負荷が掛かっているはずだ。現に、カインも石瀬君も、まだ起き上がれない状態だ。干田君だけが無事なわけはないと思っていたが……」


 ウィリアム教授の表情は険しい。

 核融合ジェネレータのパワーは、それ程までに桁違いだった。自衛官として訓練を受けた干田であっても、ダメージは計り知れないものがある。


「大丈夫です。これが本当の最終決戦になるはず……寝てなんかいられません」


 そう言って腕に力を込め、無理矢理立ち上がった干田は、背筋をピンと伸ばして微笑んだ。

 だが、その笑みが虚勢であることは、誰の目にも明かであった。


「……干田隊長、まだ、時間はあります。もうしばらく休んでいてください」


 紀久子がドリンクの入ったチューブを手渡し、干田をリクライニングされた補助シートに座らせた。


「私は、トリロバイトⅡの個人コードの解除をしてきます。それまで、ここで休んでいてください」


「あ……ああ、すみません」


 呟くように言った干田は、ドリンクに口を付けると、シートに体を預けて目を閉じた。

 その時、女性オペレータが振り向いて叫んだ。


「チーム・キャタピラーの小林隊長から通信です!! フェイロングス、発掘に成功!! これより新堂少尉が起動シークエンスを開始するとのことです!!」


「現在のオルキヌスの位置は!?」


「当艦の前方、約十五キロ!! 臨時本部より約十二キロ地点を西進中!! 到達予想時間まで、あと十五分!!」


 樋潟はほっと胸をなで下ろした。


「間に合ったようだな!! これで十分な体制で迎え撃てる。あのウミガメ型巨獣の動向は分からないか!?」


「オルキヌスの周辺海域で、巨獣同士の戦闘によるものと思われる衝撃波を確認!! GPSからの情報だけでは詳しく分かりませんが、ガルスガルスとウミガメ型巨獣と思われます!!」


「ガルスガルスが戦ってくれているのか……」


 思わず呟いた八幡の言葉に、手元の通信機からの声が答えた。


『……きっと、まどかさんの……五代少尉の生体電磁波を感じ取って戦っているんだと思います』


「通信? 松尾君!? 君はどこにいるんだね!? 何をしている!?」


 通信が通じているということは、紀久子はトリロバイトⅡを起動させたということのようだ。だが、個人登録を解除するだけであれば、メインジェネレータを始動させる必要はない。


『トリロバイトⅡのコクピットです……すみません、干田さん、この機体には私が乗ります』


「バカな!! トリロバイトⅡはG-REXの主導機だぞ!? アレはこれまでの機動兵器の機能を統合した最新鋭機だ。戦闘の素人がなんとかできるものじゃない!!」


 機動兵器の開発担当でもあるウィリアム艦長が、思わず大声を張り上げた。


『やれます…………だって、みんな頑張っているんです。明君だって頑張っている。Gの中できっと、ものすごく頑張っているはずだから。今度は、私の番。私が彼を助ける番なんです』


「ダメだ!! 発進は許可できない!! 戻るんだ!! これは人類の命運を賭けた最終決戦なんだぞ!? 訓練も受けていない君に任せることは出来ん。干田隊長と交替したまえ!!」


『樋潟司令……干田隊長は、脊椎を損傷しておられます』


「なんだって!?」


 司令デッキの空気が凍り付いた。当の干田だけが俯き、悔しげに顔を歪めている。

 それでも激痛のため、立ち上がることすらもう出来ない様子だ。


『先ほどの反応から見て、間違いありません。もし、今の状態のまま出撃すれば、隊長の命が危ういだけでなく、まともに操縦できるかどうかも分からない。なら……少なくとも、確実に操縦だけは出来る私の方が適任だと思います』


「いや、それでも戻るんだ松尾君。この戦闘は命の危険がある。それに、機動兵器での実戦経験がほとんど無い君が――――」


『仰ることは分かります。でも、もうひとつ、どうしても私でなければ……私がやらなければいけないことがあるんです』


 紀久子の声は堅く、揺るぎがない。よほどの決心をしている、と樋潟は感じていた。


「君でなければダメな理由? 何だねそれは?」


『申し上げても分かっていただけないと思います。すみません。出撃します』


「オペレータ!! ハッチを開けるな!! 俺が行く!!」


 干田がよろけながらなんとか立ち上がる。だが、モニターに映る左舷格納庫のハッチは、既にゆっくりと開き始めていた。


「ダメです!! 現場優先に切り替えられました!! あとはもう、手動操作で止めるしか……」


「……分かった。出撃を許可しよう。ただし松尾君、急造のG-REX隊のリーダーは新堂少尉とする。戦闘中は彼女の指示に従いたまえ」


『樋潟司令。感謝します。トリロバイトⅡ・Uフレーム。発進します!!』


 トリロバイトⅡ・Uフレーム、すなわち荷電粒子砲ユニットを持たない、三葉虫の尾部のみが、蒼空へと舞い上がった。



***    ***    ***    ***    ***



「……来た」


 アスカは、レーダーを見つめて呟いた。

 先程からオルキヌスを表す光点が、少しずつ近づいてきている。数分後には荷電粒子砲の有効射程圏内に入るであろう。だが、来たと言ったのは、そのことではない。

 光点を高速で追い抜き、さらに加速してくる機動兵器の影。

 紀久子の乗るトリロバイトⅡが今、彼等と合流しようとしているのだ。


 アスカの乗る機体はSK225-H・フェイロングス。

 そのなめらかな流線型の外観には傷一つ無く、瓦礫の下に、完全に埋もれていたとは思えないほどである。

 フェイロングスは、垂直離着陸可能な戦闘飛行機をベースに開発された機動兵器であった。無論、アンハングエラがそうであったように、ベース機と似通っているのはそのシルエットだけであり、機能や構造は完全に別物と言って良かった。

 アスカ一人での操縦が可能となり、様々な兵器を装備しているだけでなく、単体で変形して人型になることも出来た。

 サンとカイの作業が如何に迅速であったとはいえ、オルキヌス到達までの僅かな時間に地下から掘り出せたのは、フェイロングスそのものの機動力のおかげでもあったのだ。

 アンハングエラの系譜を継ぐこの機体には、近接距離でのヒットアンドアウェイを想定した重機銃や小型ミサイル、中距離支援用のレーザーカノンが装備されている。

 ジェネレータのパワーゲージもアンハングエラの倍近くあり、装備、機動力ともにあらゆる局面に対応できる、現時点で最高の技術力の結晶と言えた。

 だが、これほどの戦力でも、G並みの大型巨獣や昆虫装甲インセクトアーマー化した巨獣とは、到底戦えるものでないことをアスカは理解していた。

 Gが動けないこの状況で、ウミガメ型の巨獣を斃し、オルキヌスを制圧して捕らわれたまどかを救い出す。それができるのは、ガーゴイロサウルスとトリロバイトⅡの二機とドッキングして完成する機動兵器、G-REXのみであるはずだ。


「松尾さん。聞こえる?」


 アスカの声には、責めるような響きがあった。

 通信を受け、事の次第は聞いていた。だが、果たして紀久子に機動兵器での戦闘がつとまるのであろうか? 何より、土壇場でこのようなスタンドプレーをするような人間と、自分は組めるのか? その危惧がアスカの態度を頑なにしていた。


『はい。聞こえます……無理を通してしまって、すみません』


「司令に聞いているよね? 戦闘中はあたしの命令に従ってもらう」


『分かりました』


『紀久子……どうしてこんな危険なことを……君には、避難して欲しかった』


 その声は、ガーゴイロサウルスの補助席に搭乗した高千穂守里であった。


『高千穂さん……ごめんなさい。でも、自分がやらなきゃいけないことを放り出して逃げるのは、私にとっては死ぬより辛いことだから』


(……そういう女性ひとなんだね。分かる気がするよ……)


 アスカが裡で呟く。

 気持ちが分かった、ということではない。命令と規則を絶対と位置づけられた兵士にとって、紀久子の行動は許容しがたいものである。だが、そのとった行動の重みが分からないほど、紀久子が愚かではないことも、アスカには分かっていた。

 何をするつもりかは分からないが、おそらく明に対してなんらかの責任を果たそうとしているのであろう。そしてそういう女性だからこそ伏見明は、命がけで紀久子を守ろうとしたに違いない。そのことだけは理解できるような気がした。


「もう時間がない。合体するよ!! ぶっつけ本番だ」


『はい!!』


『了解!!』


『いつでもどうぞ!!』


 アスカの声に各人が答える。

 口元に皮肉な笑みが浮かんでしまう。まさか、自分以外全員素人というチーム編成で、最終決戦に望むことになるとは思わなかった。 

だが、この戦いも負けるわけにはいかない。任務のため、人類のため、というよりむしろ、オルキヌスに囚われた大切な友、まどかのために。


(待ってなまどか。すぐにそこから助け出してやるからね)


 アスカの指がコンソールを走り、フェイロングスはドッキングシークエンスを開始した。


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