コスモス 2
「アキちゃ~ん」
自主稽古を終えて自宅へ戻ろうと、道場から繋がる廊下を進むと前から小柄な女の子が小走りでかけてくる。女の子と言える年ではないのだが、とても自分と同じ二十代には見えない可愛らしさがある。彼女はそのまま抱きつこうとするが、まだ面以外の防具を外していないため、少し後ろに引いて痛くしないように抱きとめた。
「頼むから、防具付けてる時に突撃してくんな。怪我させたら悪いから」
「でもアキちゃんは男前で優しいから絶対受け止めてくれるじゃない。いつだってカッコいいよ~」
色々と訂正を入れたいが、面倒で流す。この可愛い彼女には武力以外で勝ったことがない。
少し前、生徒に暴れたことをもらしたが、その荒れていた自分を治めてくれたのが彼女だ。恩人でもある。
その恩人から自分の従弟の臆病を直してやってくれと、頼まれたのは半年ほど前のこと。
当の従弟は相手の動きがしっかり見えているのに、全く打っていかない。何というか、見ていてかなり苛立つ。 筋金入りの臆病者。絶対こいつに肝っ玉と度胸をつけさせてやると、彼女に約束した。
今日は午後から彼女と遊びに出かける予定だったが、昼前に来たということは昼ごはんが目当てか。
何にせよ自分もシャワーを浴びたいし、自宅のほうへ連れていく。
「従弟の稔は小三なのよ。稔だけじゃないけれど、道場では言葉づかい、気をつけたほうがいいよ」
いきなり彼女にそう言われて、彼女の従弟に対してマズイことを言ったか思い返す。だが思いつかずに首をひねっていると、彼女がむくれ顔になった。
「族入りって何? って聞かれたの。わかりやすく説明するの難しかったんだからね」
ああ、そういえばポロッと。というかしっかり説明したのか。
「んなこと言われても。これでも道場じゃ、かなり慎重に言葉を使ってるほうだぞ」
荒れていた時代がもちろん絶頂。元ヤンなめるな。いやヤンキーやった覚えはないけれど。
荒れ始めは周囲に泣かれた。だが自分にとって荒れる前の方が、思い出したくもない暗黒歴史だ。あの頃の自分は忘れさりたい。いや、忘れ去った。
彼女は自分のその思考を読み取ったのか、わざとらしい溜息をつく。
「今のカッコいいアキちゃんも大好きだけど、あの頃のアキちゃんも可愛かったよね~」
「そんな時代はない!」
「そうね。幼稚園の頃のアルバム、可愛かった」
そういえば彼女とは幼稚園から同じだった。彼女とは自分が大人しくなってきた高二くらいから親しくなったものだから、それ以前のことはすっかり忘れていた。
仕返しで彼女の従弟に言葉をイロイロと吹き込んでやろうかと考えながら、彼女を居間に放り込んで風呂場へ向かう。
口では負けるからと、逃げたわけではない。決して。
さっと汗を流し、部屋着に着替えて居間に戻る。既に母親が支度をしてくれたのか、ソウメンとお浸し、昨夜の残りものであるゴーヤチャンプルーが机に置いてあった。
彼女はウチのゴーヤ料理を気に入っているらしい。苦くて自分はあまり食べないけれど。
他の家族はまだ昼飯を食べないようで、彼女と二人で食べることにした。
「稔、どう? 少しは進歩してる?」
「やっぱ度胸がな~。それさえつきゃ、育つ可能性もでてくるんだが」
ソウメンをすすりながらの報告。あまりにもビクビクしている姿にイラついて、一体何でこのガキを道場に紹介したのか理由を聞いたのも、確か昼飯をしながらだったか。
「オレに対しては打つようになってきたから、あともうちょいかもしれんけど。活入れるために、今度から毎日来いって言っといた。少しの間、サボらないように見張ってくれ」
「そっか~、分かった。ビシバシしごいてやってね」
「ああ、勿論。イジメ甲斐があるから、楽しみだ」
「でも、あまりいじめすぎないであげてね。昔の自分に似てるからって」
ゴーヤをつまんだ箸の先を、こっちに向ける。ハシで人を指すなと教わらなかったのだろうか、このお嬢さん。
「・・・・・・常々思うんだが、その時代お前と関わりなかったのに、よく知ってんな」
荒れて道場に出入り禁止になるまでは、泣き虫だった。しかしそのくせ、あの頃は泣きながら喧嘩をふっかけてた。大概それは同じ相手で、それなりに力関係も拮抗していたから、奴とは喧嘩仲間ってところだったか。
奴が引っ越すまでは。
「企業ひ・み・つ」
ハートマークが浮かんでいそうな口調で言った。実際彼女の頭の中では飛び交っているんだろうな。
※※※※※※※※※※
美味しいお昼御飯を堪能させてもらい、アキちゃんが部屋着からまた着替えた後、並んで外に出た。
「さて、今日のお出かけはいかがいたしますか。お姫様」
「今日は服を見に行きましょう。私の騎士様」
たまにこうして姫騎士ごっこをする。もとは私がふざけてやり始めた事だけど、しばらくしてアキちゃんも慣れと諦めが混じって、大分ノリが良くなってくれた。
ふと悪戯心が芽生えて右手をアキちゃんの目の前に差し出すと、アキちゃんは苦笑しながらもその手の甲にキスを落とす真似をしてくれる。
「はあ~・・・・・・アキちゃんって本当に、そこらの男どもよりカッコいい」
自分で強要しておきながら、うっかり惚れてしまいそう。悦に入っていると、アキちゃんがちょっと退いた気配がした。
「道を踏み外すなよ?」
「アキちゃん、そこは『オレに惚れるなよ』って言って欲しかったな。大丈夫、何年の付き合いだって思ってるの。ヒラヒラで可憐な姿も知ってるもん」
「だから、何でつきあいのない期間の姿を・・・・・・」
大丈夫。今日のショッピングは、アキちゃんがメインなのだから。前々からアキちゃんの両親に、昔の可愛い秋華ちゃんに出来ないかと相談されていた。戻すのは無理だけれど、ほんの少し女の子にさせてみせましょう。
姿を消した喧嘩相手も見つけた。喧嘩相手が引っ越す前に言われたこと。それが秋華ちゃんの荒んだ原因という情報を掴んでから、探していた。私の情報網に穴はないんだから。あとはトラウマを乗り越えさせるなり、くっつけ・・・・・・ううん、あんな男に私の秋華ちゃんをあげない。乙女よね、当時好きだった相手の言葉で変わっちゃうなんて。純情ね、純粋ね。従弟の稔とそこが似てるのよね。自分で気付いてるかな?
まあそれは置いておいて。今日はたくさん秋華ちゃんを飾ってあげよう。
「秋華ちゃん。コスモスの花ことばって知ってる?」
「乙女のなんちゃらってだっけ。昔、オレの名前の由来だとかで何度も聞いたけど。そうならなくて至極残念無念てなもんさ」
大丈夫。私がその由来通りに仕立てあげるから。
お化粧の仕方も教えてあげる。
それから、「オレ」から「あたし」くらいには直させないとね、やっぱり。
課題はまだまだいっぱい。数年がかりの「秋華ちゃん大改造計画」開始よ。ふふふ。
~おわり