コスモス 1
「先生、ここのコスモスってすごくおっきいですよね」
「そうだね。その一本なんかは夏に咲いたヒマワリより大きいんじゃないかな。みんな同じなのによくここまで伸びたもんだ」
ぼくも大きくなりたい。強くなりたい。でも、いやだ。
「これだけ葉っぱがちょっとしかないし、くきも木の枝みたい」
ちょっと前におじいちゃんから教わった。木はみきが、花はくきが、葉っぱや花を支えてるって。だけど、このコスモスのくきは苦しそうな斜め。
大きくなりたい。強くなりたい。けどこのコスモスのようになりたくない。
「先生。ぼく、剣道やめたくないです」
毎週この道場にきて慣れてきたけれど、どうしても慣れないこと。ずっと先生に注意されてきた。どうしても直せないけど、強くなりたいから。やめたくない。
「ん。じゃ、これからは相手をしっかり痛めつけなさい」
「やめたくないけど、打つのもいやです」
強くなりないけど、強くなりたくない。いつもそこで迷って、すっごく考える。
それでいつも頭が痛くなって、途中で考えるのを止めちゃう。
「ワガママだな。君が道場に通う理由だろうが。同じクラスの子と喧嘩したいんだろ?」
あれ? 先生に話したことあったけ? でもアイツとケンカしたいなんて考えたことない。
「ケンカはきらいです。痛いし、こわいからやだ」
アイツのやってること止めたくて、なんとかしたくて。でも友達がぶたれても、怖くて止めに行けなくて。
すごくどうしようもない自分がきらい。強くなって、アイツがすること止めたい。
でもなぐるのいやだ。痛いって分かるから。
「もしかして、一方的に攻撃することを喧嘩って思ってるか?」
「? 人をなぐったり、けったりってケンカじゃないんですか?」
「う~ん。そっか、今の子たちって上品なんだな。十数年くらい前の、先生の小学時代は掴み合いとか取っ組みあいとか、よくしたけど」
女の子だって男の子相手に、組み合ってたのになあ。髪の毛引っ掴んだり。噛みついたり、股間狙ったり。
なんだか小さい声で聞きにくかったけど、すごいこと聞いた。
「先生もかみのけ引っぱったの?」
「先生はしなかった。相手の手が上にあるってことは、隙だらけの所は他にたくさんできるから。喧嘩をするときは剣道と同じ。相手に隙を見せちゃいけないぞ」
ケンカって、すごく怖い。
「話が脱線したな。まあそういう風に、殴りあうとか、蹴りあうとか、引っ張り合う、掴みあうって、相手とやりあうのが喧嘩ってもんだよ。一方的に相手を殴るってのはただの暴力という」
暴力。あいつのやってることは、わるいことなんだ。
やっぱり止めてやらなくちゃ。でも、どうすればいい。
頭の中でいつものようにグルグル回りそうになってると、先生が「フム」ってうなった。
「そのガキ大将もつまらないんじゃないか? 拮抗する相手がいないって、本当に退屈なことだから」
先生は大きなコスモスを見た。ぼくも見る。
一番大きなコスモスが、仲間外れになったのが悲しくて、頭を垂れているように見えた。大きいけど、そのせいでのけ者にされて。
「先生も喧嘩相手が消えたとき、相当暴れたもんだよ。族入りなんかはしなかったけど」
ゾクイリって何? って先生に聞こうとして振り返ると、ニコッてきれいに笑った。
「今はそのかわりに、君のような生徒をしごくのさ。ということで、そのガキ大将と相手取れるくらい強くしてやる。これからは週二じゃなく、毎日来い。より鍛えてやろう」
「い、いやです。先生のけいこ、きびしいんだもん!」
急に先生が楽しそうに笑ったと思ったら!
先生と打つのみんなと違ってすっごく怖いし痛い。先生は師範の一つ下の師範代で、教えてくれる先生の中で一番若くて強くてきびしい。ぼう具つけてるのに、打たれたところが青くなったり、はれたりして。う~、いや。ぜったい、いや!
「打つのが嫌って言う割に、先生が相手だと少しは打ってくるのはなぜだろうな?」
それは打たないとあとで先生が・・・・・・あうあう。
「防具をつけて竹刀を構えあう。お互いに打ち合うというのを覚悟しているのだから、逃げる一方、防ぐ一方というのは、かなり失礼なことだって何回も言っていることだろうが。防御に徹するだけじゃ、いつまでも喧嘩できないし、ガキ大将は打ちとれないぞ! ほら、休憩と説教はこれで終わり。とっとと道場へ戻って、素振りしてこい。あとで稽古付けてやる」
うわ~ん。道場通うのやっぱりやめようかな。でもそれだとこんどはここに入れてくれた、いとこのお姉ちゃんに怒られるかも。あううう、せめてお姉ちゃんには毎日通いってことばれませんように。