表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者の遺産と、6人の見知らぬ相続者  作者: 水乃ろか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/6

第4話 言葉



「では一人ずつ、話していこう」


 グレイ爺の幻像は、そう言った。


「順番は問わない。ただ――お前たちがわしと出会ったとき、本当は何が起きていたか、わしは全て知っている。そのことを正直に言う。聞きたくない者は、耳を塞いでいてもいい。しかし、聞いた方がいいと思う」


 全員が沈黙した。


 どこかで風が鳴っている。

 辺境の荒野を渡る夜風が、石造りの塔の壁を叩いている。


 吟遊詩人ルークが、静かに立ち上がった。


「じゃあ、俺からいいですか?」詩人は穏やかに言った。「昨夜、俺の話をしましたよね。五年前に道に迷って、塔に来たって。三日置いてもらって、帰るときに『詩人に向いているから続けろ』と言われた――と」


「ああ、そうだな」グレイ爺の幻像が答えた。


「全部、本当のことですけど」吟遊詩人ルークは続けた。「しかし、一つだけ言わなかったことがあります」


 全員が、ルークを見た。


「あの夜、道に迷って塔に来た――正確には、道に迷ったんじゃなくて、倒れていたんです。俺は」


「倒れて?」薬師エナが訊いた。


「ええ、崖から落ちたんです」吟遊詩人ルークはあっさり言った。「旅の途中で足を滑らせて。それなりの高さから」


「それは……」薬師エナが絶句した。「怪我は平気だったんですか?」


「それが――何もなかったんです」


 詩人は自分の手を眺めた。長い指の、きれいな手だ。


「気がついたら、塔の前まで歩いてて。体のどこも痛くなくて、傷一つなくて。不思議に思いながら扉を叩いたら、グレイ爺が出てきた。そのときグレイ爺は俺を見て――こう言ったんです。『お前、怪我をしたのか』と」


「ああ、わしが言ったな」グレイ爺の幻像が静かに言った。「見て分かった。術の効果が発動したのだとな」


「術?」貴族フィンが眉を上げた。


「フェリの術だ」老人は続けた。「彼女の術――命を移す、という術は、実は少し違う。命を守る、という方が正確だ。死ぬはずだった命を、引き留める。その人間の命が尽きる寸前に、術が発動する」


「自動的に?」元騎士マルクが訊いた。


「ああ、そうだ。フェリの術を広い範囲に、見えない網のように張った。その網の中で命が尽きかけた人間を――術が引き留める」


 その言葉を理解しようと、皆が沈黙する。


「ええっと、ということは……」薬師エナがゆっくりと言った。「ルークさんは……崖から落ちて、本来なら……」


「死んでいた」吟遊詩人ルークは静かに言った。「たぶん、そういうことだと思います。グレイ爺と三日一緒にいて、薄々そんな気はしていましたが」


「なぜ、今まで言わなかったんですか!?」薬師エナが言った。


「言っても信じてもらえないと思ったんで」ルークは苦笑した。「俺は崖から落ちて死んだんです、でも生き返ったんです、なんて言って信じて貰えるような気がしないので」


「今も半分信じられないですけど……」薬師エナは、正直に言った。


「ええ、そうだと思います」


 元騎士マルクは腕を組んだ。

 頭の中で何かが繋がっていく感覚があった。


「グレイ爺」元騎士マルクは幻像に向かって言った。「その術は、どの範囲まで張られているんだ?」


「灰岩山地一帯、この塔から半日の距離の範囲だ」


「それは……かなり広いな」貴族フィンが言った。


「フェリは丁寧な女だったからな」グレイ爺は言った。「やるなら広く、と言って笑っていた」


「ではルークが崖から落ちた場所は?」


「その範囲の内側だ。ルークが道に迷った経緯からして――おそらく術に引き寄せられたのだろう。死にかけた命を、術が塔の近くまで引き寄せた」


「引き寄せた?」ルークが少し驚いた顔をした。「俺、自分で道を選んでいたつもりでしたが」


「人間は自分で選んでいるつもりでも、何かに引かれていることがある」グレイ爺は静かに言った。「悪い意味じゃない。ただ、命というのはしぶといものでな――消えまいとする力がある、ということだ」


 吟遊詩人ルークは少し黙った。


「……三日、塔に置いてもらったとき」詩人はゆっくり言った。「グレイ爺は、ほとんど話しかけてこなかった。食事を出してくれて、本棚の本を読んでいいと言ってくれて、それだけで。最終日に、詩人を続けろと言われて。なんで詩人に向いていると思ったのか、そのときは聞けなかったんですが」


「お前が塔にいる間」グレイ爺は答えた。「よく本を読んでいたな」


「はい。本がたくさんあったので」


「詩集を、一番長く読んでいた。それを見ていた」


「ああ……」ルークは苦笑した。「もしかして……理由って、それだけですか?」


「十分な理由だろう」老人は言った。「好きなものがあるなら、続ければいい。それだけだ」


 吟遊詩人ルークはゆっくりと椅子に座り直した。


「それは……ありがとうございます」詩人は静かに言った。「今となっては生きていられて、良かったと……そう思っています」


「それを聞けて、良かった」グレイ爺の幻像がわずかに目を細めた。




 

「では、次は誰だ」老人は六人を見回した。


 少しの間、誰も手を上げなかった。


 元騎士マルクは木箱を見ていた。

 六つの指輪。一つ一つが、それぞれの命に繋がっている。


 薬師エナが、少し躊躇(ためら)ってから手を挙げた。


「……わたし、次いいですか?」


「ああ」グレイ爺は言った。


 薬師エナは、膝の上で手を組んだ。


「わたしがグレイ爺と会ったのは、四年前です。薬師見習いで、山の薬草を採りに行って――迷ったんですよ。山の中で」


「どこかで聞いた展開ですね」吟遊詩人ルークがつぶやいた。


「違います! ルークさんと違って、わたしは崖から落ちてないですから!」


「しかし、似た状況だ」グレイ爺の幻像は言った。「エナ、お前が山で迷ったとき――蜂に刺された」


 薬師エナがぴくりと止まった。


「……はい」


「何箇所だったかな?」


「……十七箇所」薬師エナはぽつりと言った。


「蜂に十七箇所も?」貴族フィンが眉をひそめた。


「巣を踏んだんです」薬師エナは少しうつむいた。「知らなくて。地面の巣を。そしたら、わっと出てきて、逃げようとしたんですけど――わたし、蜂毒がひどくて。一箇所刺されただけでも倒れるくらい。それを十七箇所なんて……」


 彼女はそこで、言葉を止めた。


「十七箇所も刺されてな」グレイ爺は静かに続けた。「お前はその場で倒れた。意識を失った。それから塔の前で目を覚ました。違うか?」


「……はい」薬師エナは小さく言った。「目が覚めたら、塔の前にいました。どうやってそこに着いたのか、全然分からなくて。グレイ爺が出てきて、お茶を飲ませてくれて。腫れも、少しマシになってて」


「それも、術が運んだんだな?」元騎士マルクは言った。


「そうだ」グレイ爺は言った。「術はお前の命が尽きかける寸前に発動し、塔の前まで引き留めた。残った蜂毒はフェリが作った解毒薬が塔の中にあったから、それで処置した」


「じゃあ――わたしも」薬師エナは顔を上げた。「死にかけてたんですかね。あの時に」


「ああ、そうだ」


 薬師エナは少しの間、黙っていた。


「そっかぁ」彼女は静かに言った。「じゃあわたし、今ここにいれるのは……」


「フェリの術のおかげだ。それと――お前の身体が丈夫だったこともあり、解毒薬が効いた」


「えへへ。身体は丈夫だって言われるんですよ、よく」薬師エナは苦笑した。「はぁ……そういうことだったんだぁ」


「エナ、帰る時にグレイ爺に……」元騎士マルクが訊いた。「何か言われたのか? その、助言的なものを」


「えっと……」薬師エナは思い出すように目を上げた。「『薬師になれ。お前は向いている』って言われました」


「なぜ、向いていると思ったんだ?」貴族フィンがグレイ爺に訊いた。


「塔に一泊したときにな」老人は答えた。「夜中に起き出して、台所の薬草棚をずっと眺めていた。楽しそうな顔をしていたからな」


「……見てたんですか」薬師エナが少し赤い顔をした。


「塔は狭い。筒抜けだ」


「うっ」


 吟遊詩人ルークが、くっくっと笑った。


「まあ……」薬師エナは気を取り直した。「わたしも、今は良かったと思ってます。薬師になって。困ってる人を助けられると思うと、やりがいがあるし」


「それを聞けて、良かった」グレイ爺はまた、同じ言葉を言った。


 元騎士マルクは老人の幻像を見た。


 この老人は――一人ずつに、同じことを言う。

 それを聞けて、良かった、と。


 それはおそらく、本当にそう思っているのだ。

 救った命が、ちゃんと生きているかどうか。

 ちゃんと、生きていて良かったと思えているかどうか。


 それを確かめるために――この夜を用意した。


 元騎士マルクはそう理解した。





「次は……」グレイ爺は言った。「マルク、お前だ」


 元騎士マルクは腕を組んだまま、老人の幻像を見た。


「……俺から話すのは断る」


「なぜだ」


「恥ずかしいからだ」


 薬師エナが「えっ」と声を上げた。

 貴族フィンが珍しく口元を引きつらせた。

 吟遊詩人ルークが静かに笑った。


「マルクさんって、恥ずかしいって感覚があるんですか!?」薬師エナが食いついた。


「ある」元騎士マルクは言った。「話したくない」


「聞きたいです!」


「断る」


「グレイ爺! グレイ爺から話してください!」薬師エナはそっちに矛先を変えた。


 老人の幻像は少しの間、元騎士マルクを見ていた。


「マルクよ」グレイ爺は言った。「お前が若いころ、わしの塔に来たのは――自分の意志ではなかった。術に引き寄せられた。それは、分かっていたか?」


「……なんとなく、気づいてはいた」元騎士マルクは低く言った。


「マルクさんは、どうやって死にかけてたんですか?」薬師エナが訊いた。


 元騎士マルクは長い沈黙の後、深いため息をついた。


「……騎士団の任務で、山賊を討伐に出向いた。作戦が上手くいかなくてな、俺だけ取り残された。俺は腹に剣を受けていた。それで逃げていたんだがな、途中で倒れた。気がついたら塔の前だった」


「腹に剣を……」薬師エナが青ざめた。


「深くはなかった。しかし出血が止まらなくて、夜の野原で倒れていたら――まあ、死んでいたんだろう」


「そのとき、グレイ爺は何をしてくれたんですか?」


 元騎士マルクは少し間を置いた。


「傷を塞いでもらった。そして、三日寝かせてもらった。回復したら帰れと言われた」


「え……それだけ?」


「それだけだ」


「マルクさんは、グレイ爺から何か言われましたか?」


 元騎士マルクはまた沈黙した。


「……お前は騎士を続けるのか、と訊かれた」


「何と答えたんですか?」


「……その時は、続けると言った」マルクはゆっくりと言った。「しかし今は、引退している」


「え、なんで辞めたんですか?」


「色々あったからだ」


「色々って?」


「色々だ」


 薬師エナは「うー」と声を出した。


「マルクよ」グレイ爺の幻像が言った。「お前が騎士を辞めたのは、正しかったと思う」


 元騎士マルクはすこし目を細めた。


「なぜ、そう思う」


「塔に来たとき、お前は眠りながら、よく唸っていた。夢を見ていたんだろう。楽しそうな夢ではなかったようだがな。あの仕事は、お前に向いていなかった」


「向いていたかどうかの問題じゃない」元騎士マルクは静かに言った。「やらなければならない事というのがある」


「そうかもしれない。しかしお前は今、農村で暮らしているんだろう」グレイ爺は言った。「それで、農村の暮らしはどうだ」


「……悪くはない」元騎士マルクは少し間を置いて、言った。


「それを聞けて、良かった」老人はまた言った。


 元騎士マルクは何も言わなかった。

 しかしその言葉が、思いの外――胸に沁みた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ