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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第7章

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「隠しきれない」

 


 神話というものは、姿を見せた瞬間から危険になる。


 それまでは、まだごまかしが利く。

 噂で済ませることもできる。

 伝承として棚に上げておくこともできる。

 古い記録の誇張だと笑い飛ばすことだって、不可能ではない。


 だが、実際に見えてしまったものは違う。


 見えた以上、人はそれをどう扱うかを決めなければならない。

 放っておくこともできなくなるし、曖昧なまま脇へ避けることも難しくなる。

 そしてたいていの場合、人は「どう扱うか」を決めようとした瞬間に、余計なことまで始める。

 名前を置く。

 意味を固定する。

 自分の理屈へ引き寄せる。

 都合のいい形に削る。


 そうして、本来はまだ静かに受け取るべきものを、自分たちの手で壊してしまう。


 白睡の静王ルシエルの輪郭が現れ、終王クロウと向き合ったという事実は、まさにそういう危うさを持っていた。


 門前でそれを見た者たちは、皆その重さを知っている。

 だからこそ、その日の引き際はこれまでになく静かだった。


 静かだった。

 だが、ただ静かなだけではない。


 各国とも**「もう前と同じ前提では立てない」**という理解だけを、それぞれ胸の奥へ抱えたまま持ち帰っていた。


 ---


 竜嶺帝国ザルカディアの北方前進拠点では、夕刻の軍議がいつもよりずっと少人数で開かれていた。


 集められたのは、レオンハルト、エルマ、そして境界線維持の実務を担う将軍が二名。

 それだけだった。


 人数を絞ったのは、情報漏洩を恐れたからだけではない。

 今日門前で見たものは、まだ大勢の前で扱うには早すぎた。

 いや、正確には、早すぎるというより危うすぎた。


 白の王が現れた。

 終王と向き合った。

 しかも、そのやり取りは単なる怪異との接触ではなく、王同士の対話に近いものだった。


 こんな話を兵へそのまま流せばどうなるか。

 武断派は「今こそ押すべきだ」と騒ぐかもしれない。

 神話を恐れる者は動揺する。

 逆に神話へ酔う者も出るだろう。

 どれも、門前にとっては余計な揺れだ。


「確認する」


 レオンハルトが言う。


「本日、白の王と終王の間で対話が成立した」


 誰も異論を挟まない。

 挟める段階ではなかった。


「完全接見には至っていない」


「はい」


 エルマが頷く。


「ですが、もはや“応答が返った”の域は越えております」


「そうだ」


 レオンハルトは腕を組んだまま、卓上の地図へ視線を落とした。


「問題は、ここから帝国が何を知ったかではない」


「何を隠し、何を保つかだ」


 それが、帝国らしい現実感覚だった。


 真実は重要だ。

 だが、重要だからといって即座に全員へ共有していいわけではない。

 真実は時に、その重さに耐えられる場所でしか扱えない。


「境界線はそのまま維持する」


 レオンハルトが言う。


「接見配置に余計な動揺を通すな」


「殿下」


 実務将軍の一人が低く問う。


「帝都への報告は」


「私からする」


 即答だった。


「内容は絞る。白の王の輪郭確認、終王との対話継続、七柱案件の再整理必要。そこまでだ」


 将軍は黙って頷いた。

 それ以上を求めないのは、彼もまた帝国軍人だからだろう。


 知らぬ方がよい真実がある。

 少なくとも、段階を踏まなければ扱えぬ真実は確かにある。


 会議が終わったあと、エルマが少し遅れてレオンハルトのもとへ歩み寄った。


「殿下は、あのお二人をどう見ましたか」


「どう、か」


 レオンハルトは窓の外の暗がりを見る。

 そこに白は見えない。

 だが白の奥に王がいることを、もう否定する気にはなれなかった。


「似ていない」


「はい」


「だが、同じ側だ」


 その一言に、エルマは静かに頷いた。


「私もそう思います」


「だから厄介だ」


「ええ」


 似ているなら、まだ分かりやすい。

 鏡写しなら、なおさら理解しやすい。


 だが終王と静王は違う。

 終わらせる王と、まだ終わらせない王。

 正反対の役割なのに、対立せず、むしろ噛み合っている。


 その関係は、帝国の軍略書には載っていない種類の厄介さだった。


「席を外すな」


 レオンハルトは低く言う。


「はい」


「いまはそれだけでいい」


 帝国がここで先走れば、たぶん全部を誤る。

 なら当面の正しさは、必要な席であり続けることだ。


 ---


 魔導王国エルグレイスでは、その夜、中央記録院の最奥で灯りが消えなかった。


 オルフェンもリセリアも、普段よりさらに低い声で話している。

 記録の量はそれほど増えていない。

 だが、一行一行が重かった。


 **白の王、輪郭確認**

 **対話継続**

 **七柱構造、一部開示**

 **終王・静王、役割差確認**

 **災厄王伝承、重大修正の可能性**


「これ、もう“可能性”って書くのが苦しくないですか」


 リセリアが言った。


 筆を止めたまま、記録紙を見つめている。

 そこに並ぶ文字は冷たい。

 けれど、その向こうにある事実はあまりにも生々しかった。


「苦しいですね」


 オルフェンも否定しない。


「ですが、断定しすぎるのもまた違います」


「分かっています。でも…」


 リセリアは少しだけ口元を引き結んだ。


「もう十分すぎるほど見た気がするんです」


 それは、学者として自然な苦しさだった。


 十分な証拠がある。

 しかも現場で見た。

 感じた。

 他国の認識とも重なっている。


 それでも、それを断定した瞬間に政治も宗教も全部揺らぐ。

 だから記録としては慎重でなければならない。


「筆頭賢者」


 彼女がぽつりと問う。


「これ、世界の前提が違っていたってことですよね」


「ええ」


「七柱は災厄じゃなかった」


「少なくとも、それだけではなかった」


「なら、私たちが今まで読んできた神話資料は…」


「人の時代が整理しやすい形に削ったのでしょう」


 オルフェンの言葉は静かだった。


「恐れる形へ」


「扱いやすい形へ」


「理解しなくても済む形へ」


 リセリアは黙って記録紙の上へ目を落とす。


 王たちはいた。

 役割があった。

 世界はその上で保たれていた。

 そして人の時代は、その都合の悪い部分を落として“災厄王”という分かりやすい恐怖へ変えた。


「ひどいですね」


「ええ」


「でも、すごく人らしい」


 その言葉に、オルフェンはわずかに目を細めた。


 王国は知の国だ。

 だからこそ、人が真実を都合よく削る時のやり方にも見覚えがある。


「公開は」


 リセリアが問う。


「しません」


 オルフェンは即答した。


「少なくとも今は」


「ええ」


「真実には違いない。ですが、真実だからといって、そのまま外へ出してよいとは限りません」


 彼は一度だけ目を閉じた。


「王国の役目は、知ることではなくなりました」


「…守ることですか」


「ええ」


「真実を」


 その言葉に、リセリアは小さく息を吐いた。


 記録院の役目が、記録することから守ることへ少しだけ変わる。

 それはこの段階で、王国が得るべき変化だった。


 ---


 聖冠連邦アルディウスでは、夜半の法王庁がひどく静かだった。


 法王ユリオス十三世の執務室にいるのは、法王本人とアシュレイ、リュミエラだけ。

 さすがに今日の内容を大勢へ広げるわけにはいかない。


 卓の上の報告は簡素だった。


 **白の王、視認**

 **対話、継続**

 **七柱、災厄像の修正要**

 **教義対応、保留**


「…保留」


 法王がその一語をゆっくり繰り返した。


「今日ほど、この言葉に救われる日もありませんな」


 アシュレイが腕を組んだまま答える。


「断じるには早い、ですから」


「ええ」


「ですが、もう誤魔化せもしません」


 法王は頷く。


 まったくその通りだった。


 連邦にとって一番困るのは、白き王が単なる敵なら話が早かったということだ。

 神敵、異端、災厄。

 どれかの名を置けば済む。


 だが今日、リュミエラが感じたものも、アシュレイが見たものも、それを許さない。


「聖女」


 法王が問う。


「はい」


「白き王に、何を感じましたか」


 リュミエラは少しだけ目を伏せ、それから答えた。


「優しい、とは思いませんでした」


「ええ」


「でも、残酷とも思いません」


「では」


「…保っていたんだと思います」


 法王もアシュレイも、黙って続きを待つ。


「まだ終えてはいけないものを」


「眠らせることで」


 それは、彼女の感覚としてはかなり明確だったのだろう。


「だから怖いんです」


 リュミエラは続ける。


「ただ救うだけじゃないから。必要なら、長く留めることも選ぶ王だから」


 その言い方に、法王は長く息を吐いた。


「なるほど」


 静王。

 留める王。

 それは連邦にとって、かなり扱いづらい聖性だ。


 救済のようでいて、安易な救済ではない。

 慈悲のようでいて、苦しみを短く終わらせるとは限らない。


「グラウスは」


 アシュレイが低く言う。


「今日の報告を聞けば、なおさら強く断じたがるでしょう」


「ええ」


 法王は頷いた。


「だからこそ今は、断じるな」


「はい」


「聖女も、勇者も、見たものを守りなさい」


 それが今の連邦にできる最善だった。


 すぐに教義を変えることはできない。

 国全体の祈りの向きも、そう簡単には変わらない。

 だが少なくとも、この三人の間ではもう一つだけ確かなことがある。


 白き王は、討てば済む存在ではない。


 その理解だけで、連邦の未来は少し変わる。


 ---


 蒼海商盟ルヴァンディアでは、珍しく夜の会合が長引いた。


 とはいえ参加者は少ない。

 メリゼア、カイル、海運統括の老人が一人、保険組合の代表が一人。

 大勢を集めないのは、ここでも同じだ。


「結論から言うわ」


 メリゼアが言う。


「接見前段階は終わった」


「では接見段階へ?」


 カイルが問う。


「ええ。ただし、まだ市場化しない」


「そのままですか」


「当たり前でしょ」


 メリゼアは即答した。


「ここで“白の王と終王が対話した”なんて札を表へ出したら、今度こそ門前そのものが投機場になるわ」


 それは商盟にとっても避けたい。

 どんなに高い価値でも、値札をつけた瞬間に壊れる類のものはある。

 いまの門前は、まさにそれだった。


「でも、内々の整理は必要です」


 保険組合の代表が言う。


「ええ」


「“七柱災厄説の修正可能性”も入れるわ」


 老人二人の顔色が少しだけ変わる。

 それがどれだけ大きい話か、商人にも分かる。


「本当に、そこまで行きますか」


 海運統括が慎重に問う。


 メリゼアは少しだけ黙った。


「行くわね」


「少なくとも、そうとしか見えないところまで来た」


「終王も、白の王も、ただ壊すための王には見えなかった」


「なら、七柱全体も“災厄”で片づける方が雑になる」


 室内に沈黙が落ちる。


 商人は神話に酔わない。

 だが、見えた現実から目を逸らすほど馬鹿でもない。


「短期派には?」


 カイルが問う。


「伏せるわ」


 メリゼアは答えた。


「完全には隠せないでしょうけど、少なくとも“七柱は災厄ではない”なんて生半可に漏らしたら、逆に食いつく」


「利用しようとしますね」


「ええ。だから今はまだ、知らない方がましな人間もいる」


 それは商盟らしい現実感覚だった。


 真実は価値だ。

 だが、価値だからといって全員に売っていいわけではない。


「流れを守る」


 メリゼアは最後に言う。


「ここから先は、それ自体にもっと値がつく」


 商盟の立場も、もうかなり明確だった。


 ---


 そして黒鴉城ネヴァーグレイヴ。


 夜の小会議室には、やはりクロウが一人残っていた。


 記録板の上には、今日の整理と各国の簡易報告が並んでいる。


 **対話、継続**

 **七柱災厄像、重大修正**

 **各国対応、秘匿傾向**

 **門前案件、世界規模へ拡大の兆し**


 どれも乾いた言葉だ。

 だが、その乾きの下に、世界がじわじわと形を変え始めているのが見える。


 七柱の真実。

 それはまだ、門前にいた限られた者しか知らない。

 だが、一度知った者たちの判断を全部変えてしまうには十分だった。


 帝国は席を守ることの意味を変えた。

 王国は記録を守る国になり始めた。

 連邦は名を急がない苦さを知った。

 商盟は真実を売らない方が高いと理解した。


 そして自分は。


(同じ側の王、か)


 その言葉へ、また戻る。


 ルシエルは違う。

 似ていない。

 だが同じ側だ。


 それは戦力でも同盟でもない。

 もっと厄介で、もっと静かな種類の事実だった。


「…一人ではなかった」


 小さく、今度ははっきり声に出す。


 誰もいない部屋だからこそ、ようやく言えたのかもしれない。


 その言葉は甘くない。

 救い一色でもない。

 むしろ、それで責任が軽くなるわけではないと分かっているからこそ、少し苦い。


 それでも、言ってしまえばもう認めるしかなかった。


 扉が静かに叩かれる。


「陛下」


 ヴェルミリアの声だ。


「何だ」


「お休み前に、明日の簡易予定だけ」


「入れ」


 彼女が入ってきて、卓に一枚だけ置く。

 そこには簡潔に書かれていた。


 **接見継続**

 **ただし、各国上層の整理開始**


「…来るな」


 クロウが言うと、ヴェルミリアは頷いた。


「はい」


「門前だけでは済まなくなります」


「だろうな」


「次は、世界の方が選ばされます」


 その言い方は、あまりにも正確だった。


 白の向こうにある真実を知った以上、各国は立場を決めなければならない。

 受け入れるのか。

 拒絶するのか。

 利用しようとするのか。

 守るのか。


 そこで初めて、門前の静かな接見は世界の争いへ繋がる。


「面倒だな」


 クロウが言う。


「はい」


 ヴェルミリアは答える。


「ですが、陛下」


「何だ」


「本日は、その“面倒”のお顔が、昨日までより少しだけ柔らかく見えます」


 クロウは一瞬だけ言葉に詰まり、それから小さく息を吐いた。


「…そうかもな」


 否定はしなかった。


 責任は重い。

 この先、絶対に楽にはならない。

 むしろいよいよ面倒は増える。

 世界も揺れる。


 それでも。


 一人ではなかった。


 その事実が、たしかに今の自分の中で何かを少しだけ変えている。


 同じ側の王。

 その存在は、これから世界を揺らす真実の一つであると同時に、クロウの孤独の輪郭そのものを静かに書き換え始めていた。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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