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配下からの信頼が重すぎる  作者: きなこもち
第8章

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「流れを売るか、それとも守るか」

 


 蒼海商盟ルヴァンディアは、たいていのものを商品にできる。


 穀物。

 鉄。

 塩。

 香料。

 船。

 傭兵。

 戦争の勝ち筋。

 停戦の口実。

 王の機嫌ですら、角度を変えれば取り引き材料になる。


 だからこの国にとって、本当に厄介な案件とは、値が付けられないものではない。

 むしろ逆だ。


 **値が見えすぎるからこそ、まだ売ってはいけないもの**


 いま、北方の門前で起きていることがまさにそれだった。


 白き王ルシエルの視認。

 終王クロウ・レイヴンハートとの対話。

 さらに七柱の真実の一端まで返ったという事実。


 どれも単体で見れば、それだけで国を動かせる情報だ。

 それが一つの流れの中で繋がってしまった。


 商品として見れば、あまりにも高い。

 だが高いからこそ、雑に売った瞬間に価値そのものが壊れる。


 商盟が最も嫌うのは、損ではない。

 **自分たちで値を潰すこと**だ。


 ---


 商盟本営の北方連絡区画は、いつもならもう少し騒がしい。


 帳簿を抱えた実務官が走り、連絡札が飛び、誰かが誰かと口論している。

 値が動けば人も動く。

 人が動けばまた値が変わる。

 そうやって絶えず空気がざわめいているのが、金の国の日常だった。


 だが今日は違った。


 静かだ。

 静かすぎる。

 静かすぎて逆に落ち着かない。


 誰もが声を落としている。

 歩く音まで妙に小さい。

 紙をめくる手つきさえ、どこか慎重だった。


 大きな案件の前に、商人たちは本来もっと騒ぐ。

 先に動きたがる。

 早く嗅ぎつけた者ほど高く売れると知っているからだ。


 それなのに、今日は誰も急いでいない。

 いや、急げないのだ。


 最上階の執務室で、メリゼアは長卓の端に寄りかかりながら窓の外を眺めていた。


 もちろん、ここから白霜外界は見えない。

 見えないが、見えないものに値段が付く時の嫌な気配は、商人には分かる。


 まだ形になっていない。

 けれど確実に高い。

 そのくせ、触る順番を間違えたら全部が崩れる。

 そういう案件の匂いは、遠くからでも分かる。


「気持ち悪いくらい静かね」


 彼女が言うと、卓の向こうで整理札を並べていたカイルが苦笑した。


「短期派が口を閉じてますから」


「本当に?」


「少なくとも、表では」


 それがいちばん信用できない種類の静けさだった。


 短期派は欲深い。

 目の前の高値に飛びつくのが癖みたいな連中だ。

 だが、欲深い人間ほど“大きすぎる損”にも敏感だ。


 白き王が姿を見せ、終王と対話し、七柱の真実の一端まで返った。

 そこまで来た案件に雑な値札を貼れば、下手をすると市場そのものが門前から外される。


 ようやく、その程度のことは短期派にも分かり始めたらしい。


「で」


 メリゼアは窓から目を離さないまま問う。


「今の相場は」


 カイルは何枚かの整理札を見比べ、それから答えた。


「接見そのものは、まだ未市場化です」


「ええ」


「ただし、周辺価値は一段上がってます」


「言いなさい」


「流出の管理」


「観測ノイズの除去」


「門前による雑音の遮断」


「私設線の抑制」


「それに」


 カイルは少しだけ笑う。


「“早すぎる理解”の遅延ですね」


 メリゼアはそこで、ようやく口元をわずかに動かした。


「嫌な言い方」


「でも近いでしょう」


「ええ。そうね」


 早すぎる理解。

 つまり、七柱の真実を中途半端に嗅ぎつけた連中が、自分に都合のいい結論だけ先に持って走り出すことだ。


 商盟の世界では、そういう連中が一番厄介だ。

 何も知らない馬鹿より、半分だけ知った利口ぶりの方がはるかに始末が悪い。


 知識の半分は、無知より高くつく。

 しかもその損失は、数字になってからでは遅い。


 ---


 長卓には新しい整理表が広げられていた。


 門前均衡。

 接見配置。

 白王視認。

 七柱構造断片。

 対話継続。

 各国対応分岐。


 その下に、赤ではなく薄い灰色で小さく書かれた一文がある。


 **市場化要警戒**


 メリゼアはその文字を指先で軽く叩いた。


「誰が書いたの」


「私です」


 カイルが答える。


「珍しく正しいことを書くじゃない」


「珍しく、は余計です」


 軽口は交わしている。

 だが、空気そのものは軽くない。


「王国は?」


「真実を守る側に回りました」


「ええ」


「連邦は」


「保留。ですが、内部対立が強まっています」


「帝国は」


「席の維持優先。剣は抜かない方へ」


 そこまではいい。

 むしろ、思った以上に各国とも理性を保っている。


 問題は、国の表が理性を選んだ時ほど、その裏で別の利害が動き出すことだ。


「地下は」


 メリゼアが問う。


 カイルは一拍だけ間を置いた。


「連邦強硬派が動いています」


「ええ」


「王国の急進研究派も、封鎖記録の気配を嗅いでいる」


「帝国武断派は?」


「表立っては動いていません。でも、静観を不満と見る空気はあります」


 やはりそうなる。


 各国の表が“壊さない方”を選ぶほど、地下では“今のうちに決めてしまえ”が育つ。


 真実を受け入れる前に、真実を利用できる形へ変えたがる。

 王に対する恐れも、知識欲も、信仰も、結局はそこへ流れやすい。


「人って本当に分かりやすいわね」


 メリゼアが言う。


「大きい真実ほど、ちゃんと理解する前に支配したがる」


「商人も人ですよ」


「知ってる」


 だから嫌なのだ。


 商盟もまた、その誘惑から完全に自由ではない。

 高い価値を前にして、手を出したくならない商人はいない。

 ただ、ここで手を出せば安くなると知っているだけだ。


 ---


 昼前、商盟内部の選別会議が開かれた。


 顔ぶれは少ない。

 総代メリゼア。

 情報商カイル。

 海軍提督ロドウェル。

 保険組合の代表。

 海路管理局の長。

 それに、短期派の代表として一人だけ若い商会主が呼ばれていた。


 わざわざ入れたのは、外で勝手に高騰されるより中で牽制した方がいいからだ。


「始めるわ」


 メリゼアは卓の上に肘もつかずに言った。


「議題は一つ。七柱案件を売るか、流れを守るか」


 若い商会主がすぐに口を開いた。


「総代、私は前者を提案します」


 早い。

 そして、あまりにも短期派らしい。


「理由は」


「いま情報価値が最大だからです」


「白き王の視認、終王との対話、七柱災厄説の修正可能性。この三つが揃った時点で、北方案件は歴史的転換点です」


「なら、最速で押さえた者が勝ちます」


 その理屈そのものは、商人として間違っていない。

 むしろ平時なら、かなり筋がいい。


 だが今回は、それだけでは足りない。


「“押さえた者が勝つ”のは、何の話?」


 メリゼアが問う。


「情報流通です」


「狭いわね」


 若い商会主が少しだけ顔をしかめる。


「狭い、とは」


「今回高いのは情報そのものじゃない」


 メリゼアは一枚の整理札を持ち上げる。


「門前が、まだ静かなまま接見を継続できていること」


「その流れ自体よ」


 会議卓の空気が少しだけ変わる。


「ここで白き王と七柱の真実を、市場の話題としてばら撒いたらどうなる?」


 誰もすぐには答えない。

 答えは分かっているが、口にすると自分の提案の浅さも見えてしまうからだ。


「連邦強硬派が焚きつく」


「王国急進派が食いつく」


「帝国の武断派も口実を得る」


「そして門前の静けさが死ぬ」


 メリゼアは整理札を卓に戻した。


「それで誰が得するの?」


 若い商会主は口を閉ざした。


 利益が出ないとは言わない。

 短期なら出るだろう。

 だが、その後に門前そのものが市場と商盟を遠ざけたら、回収できない。


「今回の高値は“接見そのもの”じゃない」


 メリゼアは続ける。


「接見まで壊さず持っていく流れよ」


 カイルがそこで補足した。


「つまり、雑音を減らすこと自体に値がある」


「売るならそっちです」


「門前の私設線を絞る」


「余計な観測欲を切る」


「流出の速度を落とす」


「無関係な傭兵と学者の接近を防ぐ」


 ロドウェルが腕を組んだまま低く言う。


「海軍も協力できる」


「北航路の私的便をさらに制限すれば、変な連中の流入は抑えられる」


「助かるわ」


 メリゼアは頷く。


 話がようやくまともな方向へ向かい始めた。


 ---


「ですが」


 若い商会主がなお食い下がる。


「総代、守る側に回るばかりでは商盟の旨味が薄くなりませんか」


 悪くない問いだ。

 短期派らしいが、愚かというほどでもない。


「短期の旨味は薄いわね」


 メリゼアはあっさり認めた。


「でも中長期は逆」


「どういうことでしょう」


「各国がこれから割れるからよ」


 その一言で、会議室の空気がまた変わる。


「帝国は席を守る方へ寄った。王国は真実を守る方へ回った。連邦は保留を選んで、いずれ内輪が裂ける。商盟も今ここで流れを守る方へ賭ける」


「つまり次に高くなるのは何?」


 誰も答えない。

 メリゼアが自分で言う。


「選んだ側同士を繋ぐこと」


「受け入れる側、守る側、保留を誠実に扱う側。その間の流れが、次に一番高くなる」


 それは商盟にしか見えない種類の未来だった。


 真実そのものではない。

 真実を前にどう立つかを決めた者たちの間にできる、新しい流通。


「だからいまは売らない」


「流れを守る」


「その方が最終的に高い」


 短期派の商会主は渋い顔をしたままだった。

 だが、理屈は理解したのだろう。

 もう反論はしない。


 ---


 会議が終わったあと、メリゼアとカイルは二人だけ執務室へ戻った。


 窓の外は相変わらず曇っている。

 北方の海は見えないが、潮の匂いだけは薄く届く。


「通りましたね」


 カイルが言う。


「ええ」


「でも、完全には静まりません」


「当然よ」


 メリゼアは椅子へ深く腰を下ろした。


「短期派は目先の利を捨てるのが苦手だもの」


「じゃあ、どうします」


「締めるわ」


 即答だった。


「情報線を?」


「そう。特に王国方面」


 カイルが少しだけ眉を上げる。


「急進派対策ですか」


「ええ。連中、絶対に封鎖記録の中身を嗅ぎに行く」


「王国は守りますよ」


「守るでしょうね。でも、守ってるってこと自体が今は価値情報になる」


 たしかにそうだ。

 王国が何をどれだけ厳重に封鎖しているか。

 それ自体が、急進派には餌になる。


「なら商盟がやることは」


「簡単よ」


 メリゼアは指を二本立てた。


「一つ。流出管理」


「二つ。早すぎる接続の妨害」


 カイルは小さく笑った。


「本当に、商人らしくない案件ですね」


「逆よ」


 彼女も薄く笑う。


「商人だからできるの。“いま繋いだら安くなる”って感覚は」


 それは、門前に立っている学者や軍人や祈る人間より、よほど商盟らしい強さだった。


 ---


 夕刻、商盟から黒翼庭へ正式通達が送られた。


 **七柱案件の市場化は引き続き保留。代わりに流出速度と接近線の管理を強化する。商盟は門前の静けさを損なう商行為を良しとしない**


 それを読んだクロウは、小会議室で少しだけ眉を上げた。


「ここまで言うか」


 ヴェルミリアが静かに答える。


「はい」


「商盟は、かなり明確に立ち位置を選び始めています」


「流れを守る側、か」


「ええ」


「少なくとも現状は」


 クロウは記録板を卓へ戻した。


 帝国は剣を抜かずに席を守った。

 王国は真実を守る側に回った。

 連邦は名を置けなくなって保留を選んだ。

 そして商盟は、流れを守る方へ賭けた。


 世界は少しずつ、しかし確実に割れていく。

 ただし、まだ完全に敵味方の線ではない。

 “どう扱うか”の線だ。


(来てるな)

(かなり)

(いよいよ、各国がそれぞれに選び始めた)

(面倒だな)

(本当に面倒だ)

(でも、ここで流れを守る方へ来るのはありがたいか)


「助かるな」


 思わず言う。


「はい」


 ヴェルミリアが頷いた。


「商盟が流れを売らず守る側へ寄ったのは大きいかと」


「ただし、ずっと続くとは思わない」


「ええ」


「利の形が変われば、また揺れる」


「その通りです」


 商盟は善の国ではない。

 そこが逆にありがたい。


 利があるから守る。

 利が変われば揺れる。

 その分かりやすさは、神話に酔った正義よりずっと読みやすい。


 ---


 夜更け、メリゼアは一人で最後の整理札を見ていた。


 白王視認。

 七柱構造断片。

 各国分岐。

 流出管理強化。


 その下に、自分で書き足した一文がある。


 **次段階:誰が真実を商品に変えようとするか**


「…来るわね」


 小さく呟く。


 真実は高い。

 だから必ず誰かがそれを力へ変えようとする。


 しかも今度は、ただの金ではない。

 宗教、政治、軍事、研究、全部がそこへ絡む。


 その時、いちばん危ないのは露骨な敵ではない。

 真実に自分の都合のいい名札だけ貼って走り出す者だ。


「本当に、最悪」


 そう言いながら、口元は少しだけ上がっていた。


 最悪な案件は、商人にとって同時に最も目を離せない案件でもある。

 危うい。

 高い。

 そして、流れを間違えた者から落ちる。


 商盟は、流れを売るか守るかを選んだ。

 いまは守る。

 だが、それはこの先も静かなままで済むという意味ではない。


 むしろ流れを守ると決めたからこそ、次にその流れを壊そうとする者たちが、よりはっきり見えてくるのだった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

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