第二話
「お母さん鶏の卵、取ってくるね」
「ありがとうね」
「うん」
よし。また褒められたぞ。とニヤニヤしながらルカ・ロジャーは鶏小屋に向かった。
ルカは鶏小屋に毎日朝になったら行っている。ルカの家は温泉街にあり、近くの銭湯に鶏小屋で採れた新鮮な卵をだしているからだ。
卵を取りに行く朝の時間は、ルカにとって決して変わりのない当たり前の日課だった。
普通、手伝いと言えば嫌がる場合や消極的な場合が多いがルカは違った。ルカは母親に褒められるのが好きだ。だから進んで母親の手伝いをするし、言うことも聞く。
はぁ、今日もいい天気だなぁ。そう空を見上げながらルカは思った。
手を伸ばしスウッーと息を吸いこむ。そして息を吐いて目を瞑れば少しルカの心が軽くなった気がした。すると突然、雲に隠れていた太陽が顔を出してルカの体全体が明るく照らされた。
一気に暑苦しくなったルカは目を開けて近いけど遠く離れて見える鶏小屋をじっと見つめた。金網の隙間から見える鶏小屋の様子を伺えばいつものように鶏たちがコケコッコーと甲高い声で鳴いている。そして何よりこちらを見た一匹の鶏がルカを睨んでいる気がしてルカは一瞬畏縮した。
しばらくして気を取り直したルカは鶏小屋へカチコチしているロボットみたいな動きをしながら大股で歩いた。
少しして鶏小屋へと到着するとルカは深く深呼吸をした。よし、大丈夫だ——目を開きドアノブへと手を上げる。
ルカは少し鶏が苦手だ。とはいっても少しだから怖いという訳ではない。
だが次の瞬間だ。ルカがそっと鶏たちに気づかれないよう鶏小屋のドアを開けるといつものように勢いよく鶏たちが暴れだした。
「うわぁっ。や、やめろよっ。この鶏たちめ!」
そう言いながらルカはこのために鶏小屋に置いている新聞を取り鶏をブンブン追い払う。
「コケッー!コケッー!」
しかしながら鶏たちはもっと暴れだした。
「ふぅぅー、こ、怖いけどこれもお母さんのためだ。そうだ。お母さんとご飯のおかずと――」
「わっ」
「うわぁぁっ」
ルカは驚きのあまりに足をつまずかせて後ろに尻もちをついてしまった。今の声は誰だ?ルカがキョロキョロするとニヤニヤしながらルカを見ている小さい頃の親友エナ・ラッセルが視界に入った。三つ編みの髪型をしていて目はクリっとしているまん丸だ。母親が日本人で父親がイギリス人のハーフ。そして何より頬にかかったそばかすが可愛らしい。エナは小さい笑いをしながらじっとルカを見つめている。
「何だ、エナかよ。驚かせるなよ!」
「あははっ。ルカってばビビり」
「ふん」
見られていたんだ。ぷっとルカは顔を赤くしてそっぽを向いた。そして少しの間黙り込んだ。
だか沈黙は破ることになる。何でエナは来たんだ??——と一つの疑問がルカの頭の中に浮かんだのだ。
「ところでエナはどうして来たんだ?」
「ルカのビビりなところを見たくて来ただけ。おかげでいいのが見れたよ」
再びルカは顔を赤くさせた。今回はさっきのと違う。恥ずかしさじゃなくて怒りだった。
「もうエナ、知らないからな!!」
ルカは顔を赤くしながらどすどすと足を動かして鶏小屋を出た。何でいつもエナは僕をからかうんだ!そう思いながらルカはまたロボットみたいな動きをして大股で歩く。
「ルカ!!卵はいいのー??」
ルカはエナの声を聞いてそうだったと我に返った。
卵を取らないといけなかった。だが正直に言うとルカはもう鶏小屋に戻りたくないし入りたくもなかった。鶏は暴れるしエナにはからかわれる。けれども卵を取らないとお母さんに褒められないし役に立たない。ルカはそれだけは嫌だった。
一日だけ。ルカはそうやって逃げることをしたくなかった。
ルカは嫌な顔をしながらゆっくりと回れ右をして鶏小屋へと再び戻った。
「ルカさっきはごめん。私も言い過ぎた」
「もういいよ」
「だから私が卵を取るよ。その代わり許してくれる??」
エナはまだルカが怒っているんじゃないかと不安になってルカのほうを見つめた。 だがルカの反応は予想外なものだった。
「本当に取ってくれるのか!?」
「まあね。ルカが許してくれるならだけど……」
「許すよ!!」
ついさっきまで怒っていたルカは嬉しさのあまりににこりと満面な笑顔でエナを見た。エナはそんなルカを見て何だか恥ずかしくなりルカから目をそらした。
「じゃあ取るね」
そう言ってエナは怖がりも見せず鶏小屋に入る。ルカはそんなエナを見て不安な気持ちと尊敬な気持ちでいっぱいだった。
「よいしょ。よし」
エナは卵をすんなりかごの中に入れて鶏小屋を出る。不思議とエナが鶏小屋に入ったら鶏たちは暴れないし甲高い、うるさい声で鳴かない。ルカは急にエナに対して嫉妬心が沸いた。——何でエナの時は暴れないんだ、鶏たちめ。
「いいよな。エナの時は鶏たち暴れないんだから」
するとエナはクスッと笑って
「ルカが怖がらせるから鶏たちも暴れるんだよ」
とルカに教えてあげた。
ルカは少し考えて「確かに。そうかもしれない」と開き直りさっきまでの嫉妬心が消えさった。そして次からはできるだけ鶏たちを怖がらせなうようにしようと固く決心した。
「じゃあそろそろ行くね」
「あぁ。分かった」
エナの家はルカの家の隣の隣にあってエナはルカの小さいころからの幼馴染だった。家族ぐるみで仲が良くよく一緒に出掛けたりする。
「ばいばい、あ、ルカ!後でまたこの前の続きのアニメ見よ!じゃあ、またね!バイバイ!」
そう言って去っていくエナの後姿を見てルカは家の中に入った。
「お母さん、卵取ったよ」
いつものように台所で料理をしている母親にルカは報告をした。
「本当にいつもありがとね。ルカがいて本当によかったわ」
よし、褒められた。料理をしながら言う母親を見てルカは心の底から嬉しくなった。ルカの鼻にかすかにいい匂いな普段とは違う朝ごはんの香りがした。甘いような感じのお腹を空かせるにおい。
「まさか」
「そうよ。今日はルカが好きなフレンチトーストにしてみたの」
「よしっ!!」ルカはそう小さく叫んでからガッツポーズをして母親の横に行く。そして作っている最中のフレンチトーストをじっと覗いた。
「美味しそう!!」
「でしょ?お母さんの作るフレンチトーストはいつも好評なのよ」
ルカはお母さんの作ったフレンチトーストを食べたことがあるのは自分しかいないと思っている。だから一瞬思考が停止した。
しばらくしてルカは
「もしかして亡くなったお父さん!?」
と目を輝かせてルカは母親に訊ねた。
ルカのお父さんはヨーロッパ系アメリカ人で軍隊だった。若くして戦死したとルカはお母さんから聞いていた。だからルカはお父さんのことを知らないし、写真もお母さんは辛くなるだけだからとすべて燃やしたらしい。だが昔の話によるとルカの青い目も高い鼻も顔が外国人なところも父親譲りだった。ルカの母親はアジア系の日本人で父親とはアメリカに留学しているときに出会った。日本に住んでるからルカはよく外国人とからかわれる。
「えぇ。そうよ。お父さんは私の作ったフレンチトーストをいつも美味しいって食べてくれたのよ。ルカみたいにね」
「お父さんは僕に似ているの!?」
母親は一瞬戸惑った顔をしたが直ぐに元の表情に戻って「えぇ。そうよ」とだけ答えた。 ルカは再び目を輝かせて上を見上げた。会いたいなあ——。
ルカは叶わない願いだと知っているが心の底から一度でいいから父親の顔を見てみたいと願った。そして顔も知らない父親の姿を想像した。




