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第五章:結界の崩壊と、道摩の強襲

半年に及ぶ北の離れでの生活。それは、かぐやたちにとって「家族」に近い絆を育む時間でもあった。しかし、運命の時計の針は、前触れもなく、そして残酷にその平穏を粉砕した。


凍りつく夜:結界の霧散

その夜、竹林は異様な静寂に包まれていた。虫の声一つせず、ただ湿った風が笹の葉を鳴らす音だけが響く。かぐやは月白の隣で、翌日の修行に備えて符の調整を行っていた。


突如、月白の顔から血の気が引いた。 「……っ!?」 彼女が叫ぶよりも早く、離れ全体を包んでいた「目隠しの霧」が、まるでガラスが砕けるような音を立てて弾け飛んだ。半年間、一度として破られることのなかった、月白の類まれなる結界術が「無」に帰したのだ。


「月白様、何が……!」 「逃げなさい、かぐや様! すぐに!」


月白が叫ぶ中、邸宅の正面玄関が凄まじい衝撃と共に吹き飛んだ。土煙の向こうから現れたのは、漆黒の狩衣を纏った異形の男――**道摩どうま**であった。その背後には、闇に溶け込むような十数人の刺客たちが、鎌首をもたげる蛇のように控えている。


狂気の来訪者:道摩の蹂躙

「……くく、見つけたぞ。ようやくこの眼で拝める。皇太后様が、夜も眠れぬほどに焦がれた『死すべき命』たちを」


道摩の瞳は濁り、そこには人間らしい慈悲など微塵も存在しなかった。彼は月白を一瞥いちべつし、愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。 「ほう、貴女が博多に隠されていた姉君か。麗しい……その魂が恐怖に染まる様を、あの方に見せて差し上げたかった」


「道摩! 貴方という人は……!」 月白の周囲を護っていた数人の巫女たちが、月白を背後に庇い、一斉に符を構えた。彼女たちもまた、半年間かぐやたちと共に過ごし、月白を命懸けで守ってきた精鋭である。


「邪魔だ」


道摩が指を一つ、鳴らした。 次の瞬間、空間そのものが捩じ切れるような音が響き、巫女たちの身体が宙に浮いた。叫び声を上げる暇さえなかった。道摩が軽く右手を一振りすると、彼女たちの喉元から鮮血が噴き出し、糸の切れた人形のように石畳へと崩れ落ちた。


「……あ、ああ……」 かぐやの喉が恐怖で鳴る。半年間、共に笑い、食事を共にした彼女たちが、瞬き一つの間に「惨殺」されたのだ。道摩にとって、彼女たちの命は道端の石ころをどける程度の意味しかなかった。


狂人の視線

道摩の視線は、呆然と立ち尽くすかぐやへと向けられた。 「そして、貴様がかぐや。……阿倍様からは『特別な神血』と聞いているが、私にとっては、皇太后様が狙う『得物』であれば、誰でも構わん。理由などない。ただ、消えろと言われたから消す。それだけのことだ」


道摩は、かぐやを執拗に狙っているというよりは、目に入る「排除対象」を順に、機械的に殺戮していく狂信的な掃除人のようであった。彼にとって、かぐやの出生や苦悩など、路傍の塵と同じ。その圧倒的な「悪意の欠如」こそが、かぐやを心底から震え上がらせた。


「やめろ……やめろぉぉ!」 真澄が激昂し、木刀ではなく本差を抜き放って道摩に斬りかかった。修行で培った、大陸流の歩法を交えた渾身の一撃。


しかし、道摩の背後に控えていた刺客の一人が、音もなくその刃を素手で受け止めた。 「……!? 刃を、手で……?」 刺客の腕には、呪術によって硬質化された異様な刺青が浮かび上がっていた。真澄の全力の斬撃が、石を叩いたかのように弾き返される。


親衛隊参戦:絶望的な戦力差

「そこまでだ、賊軍!」


竹林を裂いて、蓮と静、そして十数人の平家親衛隊が雪崩れ込んできた。 「道摩、わが主・平清秀の所領でこれ以上の狼藉は許さぬ!」 蓮の槍が閃き、道摩の刺客の一人を突き飛ばす。静もまた、影のように道摩の背後に回り込み、短刀を突き立てようとした。


だが、道摩の笑みは消えなかった。 「平家の猟犬どもか。少々、牙を研ぎすぎたようだな。……消えよ」


道摩が懐から黒い符を数十枚散布した。符は空中でカラスのような形に変貌し、親衛隊員たちに襲いかかる。蓮が槍を振るってそれらを叩き落とすが、カラスの死骸からは紫色の毒霧が噴出し、屈強な親衛隊員たちが次々と膝をつき、血を吐いて倒れていく。


「な……なんだ、この強さは……!」 蓮は己の目を疑った。自分たちはこの半年の間、かぐやたちを「未熟」と断じ、圧倒的な実力を見せつけてきた。しかし、目の前にいる道摩とその手下たちは、その自分たちを遥かに凌駕する、常軌を逸した「暴力の塊」であった。


屈辱の撤退

「蓮! 防戦一方では全滅するぞ!」 静が叫ぶ。彼女の頬には、刺客の刃によってつけられた深い傷跡が刻まれていた。 道摩はもはや遊びの段階を終えようとしていた。彼の周囲の霊気が、真っ黒な巨大な渦となって膨れ上がり、離れの邸宅そのものを押し潰そうとしている。


「静、行け!」 蓮が槍を構え直し、道摩の正面に立ちふさがった。 「月白様とかぐや殿、そしてその連れを連れて、博多城の将軍のもとへ走れ! ここは我ら親衛隊が食い止める!」


「蓮……!?」 「命令だ、行けっ!」


静は一瞬、苦渋に満ちた表情を浮かべたが、即座に翻身し、腰の抜けたかぐやの腕を掴み上げた。 「月白様、かぐや様、来なさい! ここにいては死ぬだけです!」


「でも、蓮殿や巫女たちが……!」 かぐやの叫びは、静の冷徹な声にかき消された。 「私たちが死ねば、将軍の悲願は潰えるのです! 貴女の命は、もう貴女一人のものではない!」


雪野や華、真澄も、静に突き飛ばされるようにして走り出した。背後からは、蓮たちの咆哮と、道摩の不気味な笑い声、そして建物が崩壊する凄まじい音が響いてくる。


かぐやは、必死に走りながら、涙で見えない視界の端に、かつて月白と囲んだ穏やかな夕餉の幻を見た。 半年の修行。培った自信。それらすべてが、道摩という名の「真の闇」の前では、蝋燭の火のように儚く吹き消されてしまった。


為す術もなく、ただ守られて逃げるだけの自分。 背後に流れる親衛隊の血。 かぐやの胸に去来したのは、自らの無力さへの凄まじいまでの怒りと、博多の夜を支配する絶望的な恐怖であった。


博多城への逃走劇。それは、かぐやたちがこれまで目を逸らしてきた「神血を巡る殺戮」の、真の始まりを告げる号砲であった。

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