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第四章:凍れる半年の刻と、交錯する密偵

博多の空に、六度目の月が満ちようとしていた。 かぐや一行が平清秀によって「北の離れ」へ幽閉されてから、半年という月日が流れたのである。


幽閉の半年:研鑽と焦燥

竹林の結界に閉ざされた半年間、かぐやたちは死に物狂いの鍛錬を続けていた。 かぐやは月白の指導のもと、瀕死の重傷を負ったあの日を境に、自らの内なる潜在能力を「ねじ伏せる」のではなく「共鳴させる」術を学びつつあった。銀色の気は以前よりも鋭く、そして静かに彼女の周囲を漂っている。


真澄は蓮との果てしない打ち合いの中で、大陸流の変幻自在な歩法を自身の剛剣へと組み込み、雪野は月白から授かった医療符術を、華は静から叩き込まれた短刀術を、それぞれ一定の佳境へと押し上げていた。


しかし、それでも「全て」を学べたわけではない。月白が数十年かけて築き上げた陰陽道の深淵、そして平家親衛隊が命を懸けて研ぎ澄ませてきた戦陣の理。それらは、わずか半年の突貫工事で完全に習得できるほど甘いものではなかった。


時間は、無情にも限界を告げようとしていた。


忍び寄る「源」の影

「……状況が変わった。これ以上、悠長に稽古をつけている暇はない」


ある朝、蓮が重い表情で離れに現れた。彼の報告によれば、博多の城下町に異変が起きているという。阿倍御主人が放った道摩の暗殺者たちとは別に、明らかに訓練された武士の気配――源頼真が放った密偵たちが、博多の各所に潜伏し始めたのだ。


「源将軍は、貴殿らがスパイとして失敗し平家に囚われたか、あるいは既に始末されたと踏んでいる。その安否を確かめるため、あるいは『救助』の名目で城内に斬り込む隙を狙っているようだ」


かぐやたちは顔を見合わせた。自分たちが源氏のスパイとして送り出された事実が、今や自分たちの首を絞める鎖となっていた。


「真実を知るためには、あの密偵たちに接触しなければ……」 かぐやが決然と言った。平清秀が語る「皇太后の粛清」や「大陸の謀略」が真実なのか。それとも、やはり清秀こそが、かぐやを盾に源氏を揺さぶろうとしている逆賊なのか。その真相を確かめるためには、外部の、特に源氏側の人間と対話する必要があった。


結界の境界、親衛隊の真骨頂

その夜、一行は月白の結界が最も薄くなる刻限を見計らい、竹林を抜けて城下へ向かおうとした。 しかし、彼らの目論見はあまりにも容易く瓦解する。


竹林の出口、結界の境界線。そこに、音もなく蓮と静の二人が立ちはだかっていた。


「どこへ行く、かぐや殿。将軍の許可なくこの地を離れることは、死を意味すると教えたはずだ」


蓮の声は冷徹だった。静は短刀を抜きもせず、ただそこに佇んでいるだけで、周囲の空間が凍りつくような圧迫感を放っている。 「どいてください!」 真澄が木刀を構え、一歩前に出る。半年間の修行で培った自信が、彼を突き動かした。


だが、次の瞬間。 真澄の動きが、物理的に停止した。


蓮と静から放たれたのは、これまでかぐやたちが一度も感じたことのない、濃密で、逃げ場のない**「絶対的な殺意」と「武の闘気」**であった。


「勘違いするな」 静の冷たい声が、かぐやの鼓膜を刺す。 「私たちが半年の間、貴女たちに教えてきたのは『手解き』に過ぎない。本物の戦場、本物の殺し合いを、貴女たちは何一つ知らない。この一歩を越えたなら、私は迷わず貴女たちの喉を裂く。将軍の禁忌を外へ漏らすくらいなら、ここで肉塊に変える方がマシだからだ」


その殺気は、道摩の不気味な呪力とは異なり、研ぎ澄まされた鋼のような純粋な暴力であった。かぐやたちは、自分たちの半年間の成長が、この怪物たちから見れば児戯に等しいことを、全身の震えとして理解させられた。


勝ち目など、万に一つもない。 かぐやたちは、屈辱と絶望に唇を噛み締めながら、しぶしぶと北の離れへと引き返した。


平清秀の博打:密偵との交渉

一方その頃、博多城の地下牢では、平清秀が自ら捕らえた源氏の密偵と対峙していた。


「……殺せ。何も吐かぬ」 密偵の武士は、拷問を受けてもなお不敵に笑う。しかし清秀は、拷問具ではなく、一通の文を机に置いた。


「貴殿を殺すつもりはない。ただ、一つ尋ねたい。源頼真は、かぐやという娘を本気で案じているのか。それとも、駒が一つ消えた程度にしか思っていないのか」


清秀は、あえてかぐやの安否を隠さず伝えた。彼女が博多で生きていること、修行に励んでいること。その率直な物言いに、密偵は一瞬、戸惑いの表情を見せた。


「……将軍(頼真)は、かぐや殿を案じておられる。あれは、竹取の里の大事な預かりものだ。彼女の安否を確認し、無事ならば連れ戻す。それが我らの任務だ」


清秀はその言葉を聞くと、驚くべき行動に出た。密偵の縄を、自らの刀で切り裂いたのだ。


「……行け。頼真に伝えろ。かぐやは無事だ。だが、今は返せぬ。彼女はこの国を救うための『鍵』だ」


清秀は、密偵をわざと解き放った。源氏と平氏の間で、一定の認識を共有するためである。 清秀は理解していた。今、源氏と平氏が全面衝突をすれば、それこそが阿倍御主人や大陸の大国の思うツボである。共通の敵を見定めるまで、あえて情報を開示することで、頼真を一時的に沈静化させようとしたのだ。


しかし、その独断専行の裏で、清秀の心は削られていた。 かつて先帝が崩御の間際に清秀に託した言葉。「血を守れ。たとえ逆賊と呼ばれようとも、この清浄な芽を絶やしてはならぬ」。


清秀はその誓いを守るため、あらゆる手段を使ってきた。都を陥れるための謀略を巡らせ、時には源頼真の妹であるかぐや(厳密には、源氏に預けられていた月詠の血筋)さえも、保身と大義のための道具として幽閉した。 彼は、聖人ではない。手段を選ばぬ武将である。だが、そこまでして彼が背負っているのは、滅びゆく「神血」という重すぎる歴史であった。


「……許せとは言わぬ。だが、かぐや。貴女が真実を悟るまで、私はこの泥を被り続けよう」


博多の空は、嵐の予兆を孕んで重く沈んでいた。 源氏の密偵が都へ戻る頃、物語は「修行」という殻を破り、国家を揺るがす巨大な決戦へと、急速に加速していく。

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