第72話 家族
「ふふ……
皆様、お揃いでございますか」
控えめなノックが扉を叩いた直後
静かに開いたレイチェルの部屋の入口に
時也が柔らかな微笑みを湛えて立っていた。
黒褐色の髪は品よく束ねられ
一筋の乱れもないまま肩へと流れ落ちる。
整った面差しには
家族がひとところに集う喜びが
淡い光となって宿り
以前よりも深く人を包む穏やかさに満ちていた。
鳶色の瞳は深く澄み
幾多の試練を越えた者だけが宿す
揺るぎない強さを秘めている。
その眼差しは、見る者の胸を温かく満たした。
「青龍。
そろそろ、よければ降りてきませんか?」
声音はいつもの穏やかさを保ちながら
どこか、懐かしさを含む響きを帯びる。
「彼女たちも……
お前と話したいでしょうからね」
その一言に、青龍は小さく息を吞んだ。
顔を上げた銀白の睫毛がふるりと揺れる。
再び、主の声を聞けた──
その歓びと安堵とが、胸を包んでいた。
「……時也様」
幼子の姿に宿る式神本来の厳かさが
その声の奥底から滲む。
青龍は椅子から静かに立ち上がり
深く、丁寧に一礼を捧げた。
「かしこまりました」
背筋は真っ直ぐに伸び
そこには式神としての矜恃と
長き年月を支え続けてきた者の誇りと覚悟が
その細やかな動作の全てに滲んでいた。
時也と青龍は並んで部屋を後にする。
進むその歩調は静かで
廊下に差す柔らかな灯りが
二つの影をゆるやかに重ねて揺らす。
言葉こそ交わさずとも
二人の間には揺るがぬ信頼が流れていた。
それは、主従にして家族──
数百年を越えてなお
繋がり続けた絆そのものであった。
──その瞬間であった。
「青龍!
おかげで、お母様とお父様と
ゆっくりお話できましたわ!」
リビングの方から
澄みわたる鈴の音のような声が響いた。
その声音には、晴れやかな喜びが溢れ
聞く者の胸まで明るく照らす力があった。
「次は青龍にも
私達のお話を聞いていただきたいです」
先程の声より、今度は落ち着いた
涼やかな声音が続く。
その声の主はもちろん
エリスとルナリア──櫻塚家の双子であった。
「「──ね、とと!」」
揃って響く、幼くも凛としたその呼びかけに
青龍は思わず足を止めた。
小さな肩がかすかに震え──
胸の奥に広がった温度が
薄く幼子の姿に滲んでいた。
隣で時也がふっと目を細め
柔らかい声で背を押す。
「行ってきなさい、青龍」
「……はい!」
その返事はわずかに俯きながらも
喜びを隠し切れぬ
どこか誇らしい響きをまとっていた。
⸻
リビングの中に青龍が一歩踏み込むと
双子がソファに並び座り
こちらへ向けて、満面の笑みを浮かべていた。
ルナリアは背筋を正し
エリスは小さく手を振って迎える。
深紅と鳶色──
左右異色の鏡写しの瞳には
幼さの奥に眠る確かな意志が宿り
その輝きだけで、部屋の空気が澄むようだった。
「もう!
待ちくたびれましたわ、とと!」
「私達、お父様とお母様と
前よりずっと長くお話できて──
少し⋯⋯手も、繋げました!」
「だから次は──
ととに聞いていただきたいのです!」
「ふふ……」
青龍は目元をそっと緩め、静かに歩み寄った。
「……左様でございますか。
それは──本当に、嬉しゅうございます」
柔らかな声音でそう答えると
双子の前に膝をつき
幼い視線に合わせるように顔を上げた。
⸻
その光景を──
二階の廊下からレイチェルとソーレンが
寄り添うように見守っていた。
欄干に身を預けながら
どちらも静かに息を潜める。
「ふふ……青龍、きっと嬉しいだろうね!」
レイチェルは袖で涙の名残を拭い
胸の底が温かく満たされるように微笑んだ。
「あぁ、だな」
腕を組んだソーレンが短く返す。
不器用だが、その声音には確かな優しさが宿る。
「なんたって──
〝櫻塚家〟が揃ったんだからな」
時也とアリア。
エリスとルナリア。
そして、彼らを支え続けた──青龍。
長い時を越え、幾度も絶望に呑まれながら
それでも諦めなかった者たちが
ようやく、同じひとつの場所に集っている。
静かで──
それでいて確かな光を放つ光景だった。
まるで、誰かが捧げ続けた〝祈り〟が
時を巡り、形となって紡ぎ直した奇跡のように。
それは──
永い旅路の果てに訪れた
あたたかな〝家族〟の始まりであった。




