第55話 あそんだあとは おかたづけ
「……何でも話す、ねぇ?」
その声は低く沈み
空気を押し潰すように響いた。
「なら、もう一度聞くが──
もう一人は、どこだ?」
森の奥に漂うのは、血と鉄の匂い。
ソーレンの声は穏やかにさえ聞こえるのに
その抑えられた響きが、あまりにも冷たかった。
琥珀の瞳が、静かに光る。
血を映したようなその色が
磔にされた男たちの顔を順に撫でていく。
「……い、いない!本当だっ!
俺たちは五人で、あの店に行ったんだ!!」
縋るような叫びが、森に響いた。
涙と汗が混じり
顔はぐしゃぐしゃに崩れていた。
それでも──命への執着だけは、消えない。
「ほぉ……」
ソーレンは薄く笑い、首を傾げた。
「なら──ウチの店長様が間違えた⋯⋯
って、言いてぇんだな?」
男の喉が、ひゅっと詰まった。
ソーレンの唇がわずかに歪み
指先が静かに持ち上がる。
──パチン
軽い、小さな音。
だが次の瞬間には、音の意味を知る間もなく⋯⋯
──バチュッ!!
両脇に磔にされていた二人の男が
同時に弾け飛んだ。
空気を圧縮したような破裂音とともに
肉片と血が爆ぜ──
熱い紅が、濃い霧のように空間を染める。
臓腑が砕け、骨が散り
血飛沫が津波のように真ん中の男の顔を覆った。
「う゛……あ゛あ゛あ゛っ!!」
温かい血が頬を伝い、髪を濡らす。
粘ついた肉塊が肩に落ち
眼球がひとつ、足元で転がった。
男は歯を鳴らし、白目を剥き
尿の染みをじわじわと広げていく。
ソーレンは一歩、彼の前へ進んだ。
足元の血を踏みしめ、ゆっくりと背を屈める。
「お前は……素直そうな顔してんな?」
指先が、男の頬をなぞった。
血に濡れたその手は、妙に丁寧で優雅だった。
まるで母が泣きじゃくる子の頬を撫でるように。
「話してくれたら……考えてやるぜ?」
その声音は優しい──
だが、その優しさこそが
底知れぬ残酷の形だった。
その微笑みに
縮み上がった理性は完全に崩壊させられていく。
男は嗚咽を混じらせ
言葉を詰まらせながら必死に答える。
「ほ、本当に……此処の五人だけなんだっ……!
誰も……誰も、いないん、です……っ!」
恐怖に引き攣る喉が
裂けそうなほど掠れていた。
ソーレンの眉が、わずかに歪む。
(……ここまで怯えて、吐かねぇってことは
マジで時也の読み違えか……?だが──)
琥珀の瞳が細く光った。
「……なら
お前のアジトの場所、人数、教えろよ」
低く、重い声。
血の匂いの中で、彼の言葉だけが鮮明に響いた。
「見てみろよ──」
軽く顎をしゃくり、血に濡れた地面を示す。
そこには、破裂した二人の残骸が転がっていた。
「お友達みてぇに⋯⋯なりたくねぇだろ?」
その一言に、心が音を立てて──砕けた。
男は膝を震わせながら、声を絞り出す。
「こ、この先の……古いホテルの跡地だっ!
森を抜けて北東の地区の──!
十人⋯⋯いや、十二人だ!
残りは、夜明け前に合流する予定で⋯⋯っ
中に残ってるのは、銃と弾、それだけだ!!
頼むっ……ころ、殺さないでくれぇぇっ!!」
喉が潰れ、声が掠れても
それでも言葉を吐き続けた。
涙と唾が飛び散り、懇願の声は嗚咽に変わる。
ソーレンは、無言でその姿を見下ろしていた。
表情は、動かない。
琥珀色の瞳が、やがて再び静かに細められる。
その光は、憐れみでも怒りでもない──
何かを測るように、冷ややかに揺れていた。
「……お利口さん」
呟いた声は、ひどく穏やかだった。
だが、その柔らかさの奥に潜むものは──
氷よりも冷たい、残酷。
ソーレンの口元に、ゆるやかな笑みが刻まれる。
それは慈悲ではなく
死刑宣告を告げる笑みだった。
「話したっ!話した、からっ……!
頼む、もう……離してくれ!!」
男は涙と血に塗れ
喉を焼くような声で、無様に命乞いを続ける。
両肩は震え、足首からは失禁の跡が滴り落ちる。
「いいぜ……?」
ソーレンは軽く肩を竦め
僅かに後退りし、数歩、男から距離を取った。
その何気ない仕草が
男の胸に一瞬の希望を灯す。
──次の瞬間
ソーレンは地を蹴った。
音よりも速く、影が閃く。
──グシャァァァァッッ!!
轟音。
振り上げた鋼のように締まった脚が
槌のように男の頭部を薙ぎ払った。
骨が砕け、皮膚が裂ける。
脳漿が弾け、眼球が空を舞った。
血と肉片が花弁のように飛び散り
後方の木の幹にまで、べったりと、貼り付く。
「……ったく。汚ねぇな」
ソーレンは低く吐き捨てるように呟く声に
感情というものが一欠片も残っていなかった。
つま先についた肉片を、地面に擦り付ける。
その動作すら、どこか無感動で、無慈悲だった。
「お片付けは、ちゃんとしなさいって──
ママに教わったろ?」
淡々とした声。
だが、言葉の端に浮かぶ笑みが
血よりも冷たい。
ソーレンは、ゆっくりと拳を軽く握る。
その瞬間──
空気が、圧壊した。
弾け飛んだ肉片
砕け散った頭骨
飛び散った血痕や内臓
落ちた銃弾、裂けた布片、折れた刃──
あらゆる彼等の〝生きた証拠〟が
見えぬ力に吸い寄せられていく。
──ギリ……ギリギリ……ッ!
重力の檻に捕らえられた肉が
ぎちぎちと音を立てて潰れていく。
血と骨が混ざり、皮膚が擦れ、破片が絡み合い
ひとつの塊となる。
やがて、それは
ソーレンの掌に収まるほどの黒い塊となり
ぼろりと崩れ落ち、灰のように散った。
何も残らなかった──
森は再び、分厚い沈黙に包まれる。
「──ふぅ……」
息を吐き、肩を軽く回して、首を鳴らす。
ソーレンはポケットからスマホを取り出し
血の滲んだ指先のままで画面を滑らせた。
「……よぉ。
来てたヤツらは──お片付けしたぜ、ママ?
後は、子豚ちゃんのお家に遊びに行ってくるわ」
通話の向こうで、わずかに息を吐く音。
続いて聞こえたのは
呆れたような時也の声だった。
『……誰がママですか。だいたい、あな──』
だが、ソーレンは聞く耳を持たない。
小さく笑い、応答することもなく通話を切り
スマホをポケットに突っ込む。
血の香りを纏ったまま
彼はゆっくりと唇に煙草を挟み
森の奥へと歩き出した。
「さて──
次は、もう少し〝遊べる〟奴がいるといいが」
琥珀の瞳が月光を反射し、氷のように光る。
その笑みは、夜を裂く刃のように鋭い。
森の闇の向こう──
次なる〝お片付け〟へと続いていった。
──まだ、夜は終わらない。




