第54話 みんなで おしゃべり
「──撃てぇぇぇぇッ!!」
裂けるような絶叫が、茂みの奥から迸った。
それは命令というより、恐怖に駆られた悲鳴。
理性を失った人間が放つ、破滅の叫びだった。
茂みを掻き分け、四人の男が飛び出す。
焦燥に顔を歪め、震える手で銃を構え
恐怖のままに引き金を引いた。
──パァン! パァン! パァン! パァン!
狂気の連射音が森の静寂を裂き
残響が木々の間に鈍く響いた。
だが──ソーレンは、動かない。
彼の右手はなおも
血液の沸騰が止まぬ男の身体を
片手で掲げていた。
指先がわずかに締まるたび
骨が軋み、皮膚の下で血管が破裂する音が響く。
その男の顔は、すでに人の形を留めていない。
赤黒く膨張した皮膚の下では血管が浮き上がり
耳と目の縁からは乾いた血の筋が垂れている。
開いた口からは泡が粘り
〝死の臭気〟が静かに漂った。
ソーレンは
もう片方の手を前に緩やかに掲げた。
──キィィィィィィン⋯⋯!
甲高い金属音。
瞬間、宙を裂いて飛んだはずの無数の弾丸が
空中でぴたりと止まった。
時が止まったような静寂の中
銃弾だけが、ゆっくりと
細かく回転を続けている。
まるで──
見えぬ蜘蛛の巣に捕らわれた虫のように。
行く宛を失い
ただその場に縫い止められていた。
「……おいおい」
ソーレンは小さく鼻で笑った。
その声音は静かで、氷のように冷たい。
「順番を待てよな。
じわじわ、遊んでやるからよぉ……」
軽やかな調子の奥に
深い闇の底から響くような冷酷が滲む。
指先が、ひとひら風を払うように動いた。
──キィィンッ!!
宙に停滞していた弾丸が
一斉に軌跡を反転させ、風を裂いた。
「ぐあぁっ!!」
「ぎゃああああっ!!」
返された弾丸が男たちの足を撃ち抜く。
肉を裂く鈍い音、血の噴き出す匂い──
倒れ込んだ身体が地を転がり
悲鳴が森を揺らした。
「……ちっ」
吐き捨てるように呟き
ソーレンは手にしていた干からびた死体を
無造作に地面へと投げ捨てた。
乾いた音を立てて転がるその骸は
あらゆる水分を失い黒ずみ、皮膚はひび割れ
まるで枯木が崩れ落ちるように
関節が折れ曲がった。
その死体を容赦なく踏み砕きながら
ソーレンはゆっくりと歩み出した。
足音は驚くほど静か。
だが──その静けさこそが、死神の歩調だった。
「さぁ……
楽しい楽しい〝お喋りタイム〟といこうぜ?
お嬢さん達よぉ」
口元に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。
それは愉悦でも、怒りでもない──
絶対的な支配の笑みだった。
その声が届くたび
男達の背筋を悪寒が這い上がる。
肌が総毛立ち、喉が凍りつく。
ソーレンは両腕を広げた。
──ギィィィィィ……ン。
再び、空間が歪む。
地に転がっていた男達の身体が
重力を裏切るように浮かび上がった。
「や、やめろ……!」
「う、あぁぁぁぁっ!!」
哀れな悲鳴が、虫の鳴き声のように掠れた。
男たちの両腕は無理やり頭上に引き伸ばされ
掌は互いに重ね合わされて絡むように
押しつけられた。
肉が軋む。骨が悲鳴を上げる。
──そして、磔にされた。
一本の木に、一人ずつ。
まるで
見えぬ十字架に、釘を打たれたかのように。
「い、いやだ……!助けてくれっ!」
叫びは──届かない。
ソーレンはレッグポーチの蓋を弾く。
パチン──
中から、無数のダガーが宙に浮かび上がった。
銀の刃が
微かな呼吸のように震えながら男達を狙う。
光を受けて冷たく輝き
まるで血を求める生き物のように刃先が揺れた。
四方に散らばったダガーが
磔にされた男達の目前で、ぴたりと静止する。
光を反射したその刃は
冷たい星のように静謐で
同時に、確実な死を約束していた。
「や、やめてくれ……!」
「いやだ……いやだぁぁっ!!」
歯が鳴る。
涙と唾がこぼれ、恐怖の臭いが漂った。
ソーレンは、ゆっくりと刃のその背後に立ち
氷のような声で囁いた。
「……さぁ。
誰から話してもらおうかな?」
琥珀の瞳が、闇の中で微かに光る。
その光は──
血と絶望を映す、神の審判のようだった。
「……お喋りタイムには
〝華やかさ〟がねぇとなぁ?
おら、歌えよ──」
低く響いた声は、氷の刃のように空気を裂いた。
冷気を孕んだその音色が
森の闇を貫き、男たちの鼓膜を抉る。
ソーレンの指先が、わずかに揺らめいた。
宙に浮かんでいたダガーが
まるで目覚めた蛇のように動き出す。
銀の刃が斜めに傾き、光を反射しながら
ゆっくりと磔の男たちの頭上へと降りていく。
刃先は
震える掌の上にぴたりと照準を合わせた。
「い、痛ッ──!」
ほんのわずかに触れただけで、血が滲む。
金属の冷たさが皮膚を裂き、神経を貫く。
ソーレンは薄く笑った。
その笑みは、感情の欠片もなく
ただ──〝処理〟の延長に過ぎなかった。
「イイ声⋯⋯期待してるぜ?」
その声が落ちる。
瞬間、刃がゆっくりと沈んでいった。
──ズズズ……
皮膚が押し開かれ、肉が裂ける。
鈍い音とともに血が滲み出し
金属に絡んで赤黒く光った。
「ぎゃああああああああッ!!」
「痛いッ、痛いぃぃぃぃ!!」
「あが、あぁぁぁぁぁっ!!」
「や、やめろおぉぉぉぉっ!!」
〝四重奏〟の悲鳴が、森を揺らした。
それは風よりも長く
獣の遠吠えよりも生々しく響く。
血が滴り落ち
それぞれの足下の地に、紅い池を作る。
その中に落ちた刃先の影が
まるで踊る炎のように揺らめいた。
ソーレンは一度、大きく息を吐いた。
溜め息は、ただ冷たく──退屈だと言いだけに。
「……はぁ。汚ねぇ声だな?
まぁ、豚に歌えって言った
俺が悪かったんだよな?」
乾いた皮肉を零しながら
彼は一番端の男の顔を掴んだ。
「───ッ!」
掴まれた男は、反射的に目を見開く。
ソーレンの指は硬く、冷たかった──
だが、その冷たさは、氷の冷たさではない。
もっと粘りつくような
腐臭の気配が内側から滲み出るような──
死の温度。
まるで〝死神〟の鎌が
首筋に触れたかのようだった。
ソーレンは顔を近づけた。
呼気が頬をかすめる距離。
血と煙草の匂いが、互いの間で混ざり合う。
「なぁ……?教えてくれよ、赤ずきんちゃん」
囁きは甘く──
だが、耳の奥を這うように湿っていた。
「もう一人──
お仲間が来てんだろ?どこだよ」
「……も、もう一人……?」
男の声は掠れていた。
汗と涙と血が混じり、喉の奥で声が潰れていく。
「し、知らない……っ!
ここにいるのが……ぜ、全員だ──!」
恐怖に塗れたその瞳には、嘘の色はなかった。
だが、ソーレンの目は信じなかった。
琥珀の瞳が、わずかに細まる。
その視線は
獲物を弄ぶ獣のように冷たく光っていた。
「……そうかよ」
短く吐き捨て、ソーレンは手を離した。
指がひとつ鳴る。
──パチン
音が森に溶けた瞬間、空気が歪む。
──ゴォォォォ……ッ!!
世界の音が、一瞬で奪われた。
空気が──消えた。
男の身体が震え、声を出そうとする。
だが、声は出ない。
肺が潰れ、喉が裂けるような無音の悲鳴だけが
闇の中に木霊した。
「ぐぅっ……がっ……ぁ……っ」
声も音も奪われた世界で
男は喉を開き、もがきながら息を探す。
瞳が充血し、血管が破裂していく。
皮膚が激しく波打ちながら、赤黒く膨れ上がる。
耳、鼻、目の縁──
毛穴という毛穴から血が噴き出し
熱気と鉄の臭いが辺りに立ちこめた。
全身の血液が煮え滾り
肉が内側から膨れ、皮膚が薄く裂けた。
泡と血が唇から零れ落ち──
男は無音のまま、頭を垂れた。
──目を見開いたまま、声もなく。
「⋯⋯⋯ちっ!」
ソーレンは舌打ちをした。
さも、退屈そうに。
「……耐えねぇなぁ?クソが」
唾を吐き捨て、その絶えた顔を踏みつける。
赤黒い血が靴底に滲み
乾いた土に吸い込まれていく。
残された三人が、泣き叫んだ。
「ひ、ひぃぃっ!!」
「うあぁぁっ!助けてくれぇぇっ!」
「なんでも話す!!なんでも話すからぁぁっ!!」
ソーレンはそれらの声に耳を貸さず
ただ、ゆっくりと顔を上げる。
琥珀の瞳が猛獣のように光り、滑る。
その光は、夜空の満月のように
ただ〝静かな殺意〟のみがあった。
そして──次の標的を見定める。




