表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜  作者: 佐倉井 鱓
寄りし影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/145

第54話 みんなで おしゃべり

「──撃てぇぇぇぇッ!!」


裂けるような絶叫が、茂みの奥から迸った。


それは命令というより、恐怖に駆られた悲鳴。

理性を失った人間が放つ、破滅の叫びだった。


茂みを掻き分け、四人の男が飛び出す。


焦燥に顔を歪め、震える手で銃を構え

恐怖のままに引き金を引いた。


──パァン! パァン! パァン! パァン!


狂気の連射音が森の静寂を裂き

残響が木々の間に鈍く響いた。


だが──ソーレンは、動かない。


彼の右手はなおも

血液の沸騰が止まぬ男の身体を

片手で掲げていた。


指先がわずかに締まるたび

骨が軋み、皮膚の下で血管が破裂する音が響く。


その男の顔は、すでに人の形を留めていない。


赤黒く膨張した皮膚の下では血管が浮き上がり

耳と目の縁からは乾いた血の筋が垂れている。


開いた口からは泡が粘り

〝死の臭気〟が静かに漂った。


ソーレンは

もう片方の手を前に緩やかに掲げた。


──キィィィィィィン⋯⋯!


甲高い金属音。


瞬間、宙を裂いて飛んだはずの無数の弾丸が

空中でぴたりと止まった。


時が止まったような静寂の中

銃弾だけが、ゆっくりと

細かく回転を続けている。


まるで──

見えぬ蜘蛛の巣に捕らわれた虫のように。


行く宛を失い

ただその場に縫い止められていた。


「……おいおい」


ソーレンは小さく鼻で笑った。

その声音は静かで、氷のように冷たい。


「順番を待てよな。

じわじわ、遊んでやるからよぉ……」


軽やかな調子の奥に

深い闇の底から響くような冷酷が滲む。


指先が、ひとひら風を払うように動いた。


──キィィンッ!!


宙に停滞していた弾丸が

一斉に軌跡を反転させ、風を裂いた。


「ぐあぁっ!!」

「ぎゃああああっ!!」


返された弾丸が男たちの足を撃ち抜く。

肉を裂く鈍い音、血の噴き出す匂い──


倒れ込んだ身体が地を転がり

悲鳴が森を揺らした。


「……ちっ」


吐き捨てるように呟き

ソーレンは手にしていた干からびた死体を

無造作に地面へと投げ捨てた。


乾いた音を立てて転がるその骸は

あらゆる水分を失い黒ずみ、皮膚はひび割れ

まるで枯木が崩れ落ちるように

関節が折れ曲がった。


その死体を容赦なく踏み砕きながら

ソーレンはゆっくりと歩み出した。


足音は驚くほど静か。

だが──その静けさこそが、死神の歩調だった。


「さぁ……

楽しい楽しい〝お喋りタイム〟といこうぜ?

お嬢さん達よぉ」


口元に、ゆっくりと笑みが浮かぶ。


それは愉悦でも、怒りでもない──

絶対的な支配の笑みだった。


その声が届くたび

男達の背筋を悪寒が這い上がる。

肌が総毛立ち、喉が凍りつく。


ソーレンは両腕を広げた。


──ギィィィィィ……ン。


再び、空間が歪む。


地に転がっていた男達の身体が

重力を裏切るように浮かび上がった。


「や、やめろ……!」

「う、あぁぁぁぁっ!!」


哀れな悲鳴が、虫の鳴き声のように掠れた。


男たちの両腕は無理やり頭上に引き伸ばされ

掌は互いに重ね合わされて絡むように

押しつけられた。


肉が軋む。骨が悲鳴を上げる。


──そして、磔にされた。

一本の木に、一人ずつ。


まるで

見えぬ十字架に、釘を打たれたかのように。


「い、いやだ……!助けてくれっ!」


叫びは──届かない。


ソーレンはレッグポーチの蓋を弾く。


パチン──

中から、無数のダガーが宙に浮かび上がった。


銀の刃が

微かな呼吸のように震えながら男達を狙う。


光を受けて冷たく輝き

まるで血を求める生き物のように刃先が揺れた。


四方に散らばったダガーが

磔にされた男達の目前で、ぴたりと静止する。


光を反射したその刃は

冷たい星のように静謐で

同時に、確実な死を約束していた。


「や、やめてくれ……!」

「いやだ……いやだぁぁっ!!」


歯が鳴る。

涙と唾がこぼれ、恐怖の臭いが漂った。


ソーレンは、ゆっくりと刃のその背後に立ち

氷のような声で囁いた。


「……さぁ。

誰から話してもらおうかな?」


琥珀の瞳が、闇の中で微かに光る。


その光は──

血と絶望を映す、神の審判のようだった。


「……お喋りタイムには

〝華やかさ〟がねぇとなぁ?

おら、歌えよ──」


低く響いた声は、氷の刃のように空気を裂いた。


冷気を孕んだその音色が

森の闇を貫き、男たちの鼓膜を抉る。


ソーレンの指先が、わずかに揺らめいた。


宙に浮かんでいたダガーが

まるで目覚めた蛇のように動き出す。


銀の刃が斜めに傾き、光を反射しながら

ゆっくりと磔の男たちの頭上へと降りていく。


刃先は

震える掌の上にぴたりと照準を合わせた。


「い、痛ッ──!」


ほんのわずかに触れただけで、血が滲む。

金属の冷たさが皮膚を裂き、神経を貫く。


ソーレンは薄く笑った。


その笑みは、感情の欠片もなく

ただ──〝処理〟の延長に過ぎなかった。


「イイ声⋯⋯期待してるぜ?」


その声が落ちる。

瞬間、刃がゆっくりと沈んでいった。


──ズズズ……


皮膚が押し開かれ、肉が裂ける。


鈍い音とともに血が滲み出し

金属に絡んで赤黒く光った。


「ぎゃああああああああッ!!」

「痛いッ、痛いぃぃぃぃ!!」

「あが、あぁぁぁぁぁっ!!」

「や、やめろおぉぉぉぉっ!!」


〝四重奏〟の悲鳴が、森を揺らした。


それは風よりも長く

獣の遠吠えよりも生々しく響く。


血が滴り落ち

それぞれの足下の地に、紅い池を作る。


その中に落ちた刃先の影が

まるで踊る炎のように揺らめいた。


ソーレンは一度、大きく息を吐いた。

溜め息は、ただ冷たく──退屈だと言いだけに。


「……はぁ。(きった)ねぇ声だな?

まぁ、豚に歌えって言った

俺が悪かったんだよな?」


乾いた皮肉を零しながら

彼は一番端の男の顔を掴んだ。


「───ッ!」


掴まれた男は、反射的に目を見開く。


ソーレンの指は硬く、冷たかった──

だが、その冷たさは、氷の冷たさではない。


もっと粘りつくような

腐臭の気配が内側から滲み出るような──

死の温度。


まるで〝死神〟の鎌が

首筋に触れたかのようだった。


ソーレンは顔を近づけた。

呼気が頬をかすめる距離。

血と煙草の匂いが、互いの間で混ざり合う。


「なぁ……?教えてくれよ、赤ずきんちゃん」


囁きは甘く──

だが、耳の奥を這うように湿っていた。


「もう一人──

お仲間が来てんだろ?どこだよ」


「……も、もう一人……?」


男の声は掠れていた。

汗と涙と血が混じり、喉の奥で声が潰れていく。


「し、知らない……っ!

ここにいるのが……ぜ、全員だ──!」


恐怖に塗れたその瞳には、嘘の色はなかった。

だが、ソーレンの目は信じなかった。


琥珀の瞳が、わずかに細まる。


その視線は

獲物を弄ぶ獣のように冷たく光っていた。


「……そうかよ」


短く吐き捨て、ソーレンは手を離した。

指がひとつ鳴る。


──パチン


音が森に溶けた瞬間、空気が歪む。


──ゴォォォォ……ッ!!


世界の音が、一瞬で奪われた。

空気が──消えた。


男の身体が震え、声を出そうとする。

だが、声は出ない。


肺が潰れ、喉が裂けるような無音の悲鳴だけが

闇の中に木霊した。


「ぐぅっ……がっ……ぁ……っ」


声も音も奪われた世界で

男は喉を開き、もがきながら息を探す。


瞳が充血し、血管が破裂していく。

皮膚が激しく波打ちながら、赤黒く膨れ上がる。


耳、鼻、目の縁──

毛穴という毛穴から血が噴き出し

熱気と鉄の臭いが辺りに立ちこめた。


全身の血液が煮え滾り

肉が内側から膨れ、皮膚が薄く裂けた。


泡と血が唇から零れ落ち──

男は無音のまま、頭を垂れた。


──目を見開いたまま、声もなく。


「⋯⋯⋯ちっ!」


ソーレンは舌打ちをした。

さも、退屈そうに。


「……耐えねぇなぁ?クソが」


唾を吐き捨て、その絶えた顔を踏みつける。


赤黒い血が靴底に滲み

乾いた土に吸い込まれていく。


残された三人が、泣き叫んだ。


「ひ、ひぃぃっ!!」

「うあぁぁっ!助けてくれぇぇっ!」

「なんでも話す!!なんでも話すからぁぁっ!!」


ソーレンはそれらの声に耳を貸さず

ただ、ゆっくりと顔を上げる。


琥珀の瞳が猛獣のように光り、滑る。


その光は、夜空の満月のように

ただ〝静かな殺意〟のみがあった。


そして──次の標的を見定める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ