櫻塚 時也&雪音 〜名前の由来と解説〜
いつも
紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜をお読みくださり
心から、感謝申し上げます。
以下に
櫻塚 時也と、その双子の妹、雪音の
名前の由来と象徴を記述させていただきます。
お読みいただいて
双子の運命を感じてくだされば幸いです。
✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭
❀.櫻塚 時也 ──名の由来と象徴
「櫻塚 時也」という名は
一見して柔らかさと静けさを帯びながらも
その構造全体が
〝生と死の理〟を支配する家の宿命と
そこに生まれた〝不可視の者
〟称ではなく
家という制度と呪縛の中で
〝必要とされながら拒絶される者〟
としての宿命を
父の手によって皮肉にも刻まれたものである。
⸻
櫻 ──循環の象徴としての古字
「櫻」は、現代で用いられる「桜」とは異なり
旧字体を採用している。
旧字体の「櫻」は、単に花や春の象徴ではなく
〝循環と継承〟を表す古式の文字である。
木偏に〝嬰〟を含むことからも
誕生と再生の循環を象徴する。
すなわち、「櫻」という字には
〝朽ちてなお芽吹き、滅びても再び生まれる〟
という、永劫回帰の理が宿る。
この字をあえて旧字体のまま用いたのは
簡略化されぬ宿命・変わらぬ血脈
断ち切れぬ義務を示すためである。
櫻塚家においてこの字は
〝再生〟ではなく
〝繰り返される儀式〟の意を持つ。
つまり
死の鎮魂をもって
生の循環を維持する家を象徴している。
⸻
塚 ──鎮魂と境界の文字
「塚」は、埋葬・供養・記憶の標。
櫻塚家の名にこの字が組み込まれていることは
生者と死者の境を管理する一族であることを
示している。
それは神聖な役割であると同時に
常に死を近くに置くことを意味する。
つまりこの家では
〝死〟は畏怖の対象ではなく〝務め〟であり
〝存在理由〟である。
このため「櫻塚」という姓全体には
〝生を見送り、死を受け入れ、輪を廻す者〟
という象徴が与えられている。
櫻塚家とは、死と再生の循環の管理者であり
祈りと恐怖の家である。
⸻
時 ──生と死を繋ぐ、不可視の理
「時」は、生者が生きる上で
最も不可欠な要素でありながら
決して触れることのできない存在である。
誰もがその流れの中にあるが
それを止めることも
ましてや、見ることも、掴むこともできない。
つまり「時」という字は
存在していながら不可視であるもの
すなわち「理」を象徴する。
櫻塚家にとってこの字を名に持つことは
〝目に見えぬ力で世界を動かす者〟
としての証である。
⸻
也 ──〝なる者〟としての命令
「也」は、古語で〝なり〟〝なる〟を意味する。
この字が名の終わりに置かれていることは
〝存在そのものがその理に従属する〟
という宣言である。
つまり「時也」とは──
〝時(理)に也る者〟
世界において
必要不可欠な存在と成ることを意味する。
それは
〝人でありながら人であることを許されない〟
存在としての象徴である。
⸻
❀.父の皮肉としての命名意図
しかし、上記のように
この名は祝福などではない。
父からの皮肉であり──呪いである。
彼の父は、息子を
〝櫻塚家にとって必要不可欠な存在〟
として見ながらも
同時に〝災厄を呼ぶ者〟として恐れた。
だからこそ
〝必要ではあるが、見えぬものでいろ〟という
皮肉を込めて「時」という字を与えた。
それは
「お前はこの家にとって
欠かせぬ〝理〟ではある。
だが──決して人として認めぬ」
という断罪に等しい。
「也」という字がそれに続くことで
〝見えぬ理に従属し、姿を見せるな〟
という命令が完成する。
この名は
櫻塚という血に繋がり、体裁を保ちながらも
櫻塚の者として生きることを許されない者への
皮肉であり
同時に
〝存在しながら存在を否定される宿命〟を
形にしたものである。
⸻
❀.総括 ― 名の構造が示す時也の存在意義
「櫻塚時也」という名は
・「櫻」=循環(変わらぬ宿命)
・「塚」=鎮魂(死の管理)
・「時」=不可視の理(世界を動かす見えぬ力)
・「也」=成る者(その理に同化する存在)
という
家と理と皮肉が複層的に絡み合った構造である。
時也という存在は
家にとって不可欠な〝循環の核〟でありながら
同時に〝家そのものを壊しかねない理の体現者〟
として畏れられる。
したがってこの名は
櫻塚家という鎮魂の系譜が抱える矛盾──
〝理を護るために人を捨てる〟
を凝縮した象徴であり
時也という人物の根底にある
〝孤独と冷徹〟の理由そのものである。
⸻
この名に、本来の文字が持つ祝福の意味はない。
あるのはただ
〝必要なこと以外は、見えぬまま在れ〟という
父からの無慈悲なその命令通り
〝時そのもの〟として
可視化されぬ理に成り果てた者なのである。
⸻
❀.櫻塚 雪音 ──名の由来と象徴
雪 ──循環を拒む〝消滅〟の比喩
「雪」は櫻のような輪廻的循環の象徴ではない。
ここでの「雪」は
現れては消えることを本質にした現象として
用いられている。
可視の白/不可視への溶解──
雪は白く〝見える〟が、その存在は短命で
視界から消えることが前提。
名に「雪」を置くのは
現前(いま目の前にある)を約束しながら
〝持続を保証しない〟という
根源的な儚さの刻印である。
覆い隠す白紙性──
雪は地表の痕跡を一面の白に 〝消し込む〟
足跡も色も境界も等しく覆い、差異を無化する。
〝残す〟のではなく〝隠す、埋める〟──白。
冷たさ=関係の断絶──
雪は触れたものの温度を奪い
関係を冷却し、動きを止める。
温度を下げ、やがて動勢を鎮める方向へ働く。
したがって「雪」は
可視でありながら持続を拒む存在
痕跡を消す白
接触を凍らせる冷
という三重の意味を担う。
証でありながら、形を持たない〝痕跡〟
「音」は可視化できない。
見ることではなく
〝響き(現象)〟としてのみ把握される。
それは「いま・ここ」を告げるが
鳴った瞬間から消失へ向かう宿命を持つ。
存在の証明と不在の同居──
音は発生時にしか在らない。
鳴っている間だけ存在を指し示し
止めば消える。
証明(在る)と消滅(無)が同時に走る。
境界の提示──
音は距離・方向・広さを〝感じさせる〟が
それ自体は掴めない。
つまり、世界の輪郭を照らすが
〝輪郭そのものにはならない〟
沈黙の相──
雪は環境音を吸い、周囲を〝静かにする〟
名に「音」を置くことで
音がないこと(無音)までも
現象として示せる——ここに逆説が宿る。
よって「音」は、在ったことの証を残しながら
〝形としては残らない痕跡〟の記号である。
⸻
❀.雪音 ──
〝見えて消え、鳴って消える〟という二重の消去
「雪」と「音」が組み合わさると
〝可視の消失(雪)と可聴の消失(音)〟
が重なる。
二重の無常──
見えるが続かない、聞こえるが続かない。
目と耳という二つの感覚の双方で
〝持続不可能〟が本質になる名。
沈黙を鳴らす名──
雪は周囲の音を吸音し
世界を〝しん〟とさせる。
そこに「音」を置くことで
〝鳴らないこと〟すら名が鳴らすという
パラドクスが成立する。
痕跡の否定──
雪は痕跡を覆い、音は痕跡になりにくい。
記録ではなく、現象として発生し
記憶にのみ残る。
この名は
〝記録よりも忘却に傾く運命〟を帯びる。
雪音とは
〝世界から消されることを約束された現前〟
それが名の核である。
⸻
❀. 父の皮肉(命名という呪令)──
「在ってよい、ただし〝在るな〟」
時也に対して父が与えた呪
(必要だが〝見えるな〟)
に過激な形で実装されている。
可視性の剥奪──
「雪」は見える。
だが見る側が温度を上げれば、ほどなく消える。
つまり──〝見られた瞬間から、消える〟
可聴性の剥奪──
「音」は聞こえる。
だが持続せず、掴めない。
つまり——〝聞かれた瞬間から、消える〟
命名の命令とは
「雪」——痕跡を残すな、境界を消せ。
「音」——形を持つな、触れさせるな。
ふたつで
〝姿も手応えも与えるな〟
という呪詛が完成する。
雪音とは──〝現前する消滅〟である。
それは、存在の事実を肯定しながら
存在の痕跡を否定する。
冷たい、しかし正確な──父の呪である。
⸻
もし、櫻塚家の掟が無ければ
もし、父が掟に寛容であれば──
二人は〝厄災〟などと扱われずに
雪音が父を死に導き、家を絶やすことも
(櫻塚家が異能で栄えれば敵も増す)
時也が世界を破滅させることもなかったでしょう
父の呪詛が
二人を本当の〝厄災〟と完成させ──
己と世界を破滅させたのである。
✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭✿*❀٭
長い解説となってしまいましたが
お付き合いいただきまして
ありがとうございます。
今後とも
紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜を
お楽しみいただけたら幸いです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
あー⋯
櫻塚家(父)ムカつく⋯⋯
──佐倉井 鱓
(*´︶`*)ノ❀.*゜




