第26話 悪くねぇ
目を開けた時──
俺の目の前には、焚き火が揺らめいていた。
暗闇の中、橙色の光がゆらゆらと揺れ
炎の影が地面に揺蕩っている。
焚き火の赤い光が、まるで生き物のように
俺の指先に温もりを伝えていた。
重たい瞼を、ゆっくりと押し上げる。
身体が鉛のように重く
指一本動かすのも、億劫だった。
ふと──肩に掛けられた小さな上着に気付く。
青龍のものだ。
俺が倒れている間に
奴が掛けてくれたのだろう。
「⋯⋯ちっ!」
舌打ちと共に、俺は無理やり上体を起こす。
全身が痛む。
身体の芯まで疲労が染み込んでいて
関節がぎしぎしと軋むようだった。
そして──
視界に映る光景に、思わず息を呑んだ。
桜の幹に寄り掛かるように
彼女を抱きしめたまま眠る時也。
その隣に、まるで護るように座る青龍。
俺は、その光景をしばらく黙って見つめた。
(⋯⋯この女、本当に目覚めるのかよ?)
俺は重たい身体を引き摺るようにして
ゆっくりと時也達に近付いた。
そして、その瞬間──
金色の睫毛が、微かに震えた。
「⋯⋯おい。おいっ!起きろよ──時也!」
俺は、時也の肩を力任せに揺さぶる。
「──ん⋯⋯
⋯⋯ぁ、⋯⋯アリアさんっ!」
時也の声が震えていた。
同時に、それは現れた。
深紅の双眸──
閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がり
闇の中で、まるで花が開くように
その鮮烈な色が浮かび上がった。
それは、炎の中で燦然と輝く紅の光。
炎のように鮮やかで
それでいて、冷たい月光のように静かな瞳。
俺は、その美しさに──ただ目を奪われた。
(あぁ⋯⋯。
お慕いしております──アリア様)
まただ──
俺の脳内で、あの〝上品な言葉〟が流れた。
一体、誰の記憶なんだ?
これは、俺の想いじゃねぇ。
なのに〝俺の声〟で〝俺の心〟の中に響く。
そして、その瞬間──
時也の瞳が驚いたように見開かれ
俺を見つめていた。
何かに〝気付いたような〟そんな眼差しだった。
だが、それはほんの一瞬のこと。
直ぐに俺から視線は外れ
時也はゆっくりと目覚めたアリアを抱きしめ
その黄金の髪を撫でて、頬を摩った。
その仕草は、どこまでも優しく慈しむもので⋯⋯
俺には、ただ
それを見ている事しかできなかった。
「⋯⋯⋯時也?
本当に⋯⋯お前、か?」
澄んだ声が響く。
それは、思っていたよりも静かな声だった。
でも、決して冷たい訳じゃない。
無機質なようでいて
しかし、想いが溢れそうなそれは
まるで──
硝子の中の炎のような声。
「⋯⋯はい。はい!
アリアさん⋯⋯良かったっ!
もう⋯⋯もう二度と!
貴女のお傍を⋯⋯⋯離れませんから」
時也の声が震えた。
鳶色の瞳から、また涙が溢れ出る。
そして──
「本当に⋯⋯良かった⋯⋯⋯⋯」
時也は、力尽きたように
アリアの胸元へ倒れ込んだ。
それはまるで──
〝使命を果たした〟かのような
安堵に満ちた倒れ方だった。
俺はそれを見ながら、ぽつりと呟いた。
「⋯⋯やれやれ。
こんなのが俺達の〝ご主人様〟かよ?」
情けねぇ。
ボロボロと涙を零しながら女の胸に倒れ込む男。
でも──⋯
俺は、無意識に口元を緩めていた。
涙を流しながら
それでも何処か嬉しそうに微笑むその寝顔に
〝悪くねぇ〟なって──
そう、想っちまったんだ。




