表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜  作者: 佐倉井 鱓
重力を司りし者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/40

第25話 夜闇に響く咆哮

「貴方には、野良犬ではなく⋯⋯

一個の強き──

そして、荘厳な存在として生きて欲しい」


時也は俺をじっと見つめながら、そう言った。

まるで、それが〝当然〟であるかのように⋯⋯


なんの疑いも無く

俺を〝存在〟として認めるように。


「〝ソーレン・櫻塚〟で⋯⋯いかがでしょう?」


その声が発された瞬間──

俺は〝何か〟になった。


〝何か〟に──〝なってしまった〟んだ。


訳のわかんねぇ感情が、頭と身体を駆け巡る。

熱いのか、冷たいのかも分からねぇ。


ただ、胸の奥が

何かに締め付けられるような感覚だった。


─これは、何だ?─


「時也様⋯⋯

櫻塚の姓は、どうかと思われますが」


青龍の低い声が、俺を現実に引き戻した。

その山吹色の瞳が、時也をじっと見据えている。


けれど、時也は静かに首を傾げた。


「何故です?青龍。

お前が拾って育ててくれた方なのです。

家族も同然でしょう?」


家族──?


俺は、息を呑んだ。


〝家族〟なんて言葉

一度も言われたことがねぇ。


〝仲間〟ですら、なかった。


〝居場所〟なんてものは俺には存在しなかった。


俺は、ただの──〝生きる為の獣〟だった。


なのに、こいつは

初対面の俺に〝家族〟と、そう言った。


「ですが⋯⋯」


青龍が口を開きかけるが

何か言葉を飲み込んだように押し黙る。


─家族も同然でしょう?─


俺は、思わず拳を握り締める。


なんでコイツは

こんな簡単にそんな事を言えるんだ?


俺みたいな

何処にも属さねぇ〝野良犬〟に⋯⋯。


──だけど。


俺は、生まれて初めて

〝生きていて良い〟と言われた気がしたんだ。


俺の存在を〝此処に有るもの〟として

認めてもらえたような。


そんな、初めての感覚だった──


「⋯⋯ソーレン、だけでいい」


俺は、そう呟いた。

声が震えていたかもしれない。


「俺は、ただの──ソーレンだ」


時也は、穏やかに微笑んだ。


その笑顔は何処か寂しげで

それでも──温かかった。


「姓はまた、後ほど考えましょうか。

では、改めて⋯⋯

よろしくお願いいたします。ソーレンさん」


俺は、その言葉を聞いて──

漸く〝ソーレン〟になったんだ。


「それでは──始めましょうか」


時也の静かな声が、冷たい夜気の中に響いた。


「あ?

始めるって⋯⋯何をだよ?」


俺は、(いぶか)しげに眉を寄せる。


その問いに、時也はふっと微笑みながら

そっと、アリアの結晶に手を添えた。


まるで、壊れものに触れるように慎重に

そして⋯⋯慈しむように。


「彼女を⋯⋯

アリアさんを起こして差し上げましょう」


その言葉と共に、時也は青龍に視線を向ける。


「青龍、護符(ごふ)の用意を──」


青龍は無言のまま、時也の前に(ひざまず)

ひとつの〝羽根ペン〟を捧げた。


それはまるで、炎のように淡く輝き揺れていた。

時也はそれを手に取り、目を細める。


その表情は

懐かしさと、切なさを滲ませていた。


「アリアさんの羽根で(こしら)えた僕の愛用品。

持っていてくださったんですね?」


青龍は静かに頷いた。

その姿は、何処か〝誓い〟のようでもあった。


時也は羽根ペンを手に持ち

渡された護符の紙に何やら書き込んでいく。


その筆致(ひっち)は迷いなく

まるで長い年月を超えて

今この瞬間を待っていたかのように

滑らかだった。


「どうやって、起こすってんだよ?」


俺は、結晶を一瞥する。


「この結晶は

俺の力でも割れなかったんだぜ?」


「ふふ。その為の──護符ですよ」


(いや、お前⋯⋯

俺の能力が、どんなんか知らねぇだろが⋯⋯)


重力の力ですら──

あの結晶に傷ひとつ付けられなかった。


時也は護符を手に近付くと

俺の胸に一枚

青龍の腕にも一枚と護符を貼った。


その瞬間──妙な感覚が走る。

まるで、内側から熱が溢れてくるような。


まるで

自分自身が別の何かに変わりつつあるような。


⋯⋯何だ?これは。


時也は最後の護符をアリアの結晶に貼ると

そっと、手印を結んだ。


次の瞬間──全ての護符が一斉に光を放つ。


まるで

月光そのものが具現化したかのような白い光が

周囲を包み込む。


桜の枝が、まるで無数の蛇のように蠢く。


幾本もの枝が先端を鋭く変え

絡み合いながら渦を巻く。


青龍の腕がみるみる黒曜石のような鱗に覆われ

巨大な爪へと変貌する。


闇に沈む獣の如き──禍々しくも神聖な姿。


そして──俺の身体が、熱い。

いや、熱いなんてもんじゃねぇ。


まるで〝生命を燃やしている〟ような感覚。


力が膨れ上がり

それが無理やり底上げされるような

そんな異様な感覚だった。


「時也様!

蘇られたばかりだというのに⋯⋯

直ぐ死ぬおつもりですかっ!!」


青龍の焦った声が、耳を打つ。


「このように一気に氣を流されては──っ!!」


しかし、その叫びを

時也は穏やかな声で遮った。


「⋯⋯青龍」


その声があまりにも静かで、優しくて──

だからこそ、異様だった。


青龍が息を呑む。

俺も、その場に立ち尽くす。


時也は、青白く光る護符の中心で

寂しそうに微笑んでいた。


「もう、僕は⋯⋯

彼女と〝同じ〟のようです」


その言葉に、青龍の瞳が見開かれる。


次の瞬間──

青龍の頬を、一筋の涙が伝った。


「────っ」


それは静かに落ちて、地面に吸い込まれていく。


けれど、その涙が乾くよりも早く

青龍は〝人ならざる咆哮〟を上げた。


「小僧!全ての力を出し切るのだっ!!」


その瞬間、俺の背筋が凍る。

青龍の〝覚悟〟が言葉の重みとなって伝わった。


その涙の理由は、俺には分からなかった。

だけど、言われた通りに俺は全力を出し切った。


重力が渦を巻く。

青龍の爪が唸りを上げる。

桜の枝が、大蛇のようにうねり──


全ての力が

結晶に貼られた護符の一点に収束する。


その瞬間だった。


「────っ!」


結晶に、一筋の〝亀裂〟が走る。


それは、ゆっくりと広がり⋯⋯

やがて、粉々に砕け散った。


光の粒が、夜の闇に溶けるように舞い上がる。


しかし、 俺は⋯⋯

その瞬間、膝から崩れ落ちた。


「⋯⋯くっ、あ、ぁ⋯⋯⋯」


身体が動かねぇ。

まるで、俺のじゃねぇみたいに力が抜けていく。


視界が霞む。

けれど、最後に見えたのは〝あいつ〟だった。


時也が

涙の海に濡れた〝彼女〟を抱き上げる姿が。


必死に、彼女の名を呼び続ける姿が。


そして──


俺の意識は

身体に纏わりつくタールのような疲労感に

引き摺り込まれるようにして沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ