第23話 目醒めの時
青龍に鍛えられ
アリアを狙う奴らを倒しながら──
俺は着実に成長していった。
最初は、ただ〝圧し潰す〟だけだった俺の力。
無差別に重力を操り
相手を地面に押し潰す単純な戦い方。
だが、それじゃ通用しない相手がいる事を
青龍が俺に叩き込んできた。
力があっても、技術がなければ意味が無い。
圧倒するだけの戦い方はいつか必ず限界がくる。
青龍の言葉を
俺は何度も身をもって理解させられた。
だから
俺は力を精密により意のままに操れるよう
徹底的に訓練した。
最初は青龍に一方的にやられていたが
次第に互角に戦えるようになっていった。
青龍の拳を重力の壁で防ぎ
空間を圧縮させてカウンターを放つ。
跳躍する青龍の動きを見極め
足元の重力を瞬時に変えて──その勢いを殺す。
単純な力押しだけじゃなく
〝考える戦い方〟を覚えた。
その結果──
俺は、青龍と拳を交える度に
手応えを感じるようになった。
訓練以外でも、俺は成長を実感していた。
ある日、川で身体を洗っていると
不意に遠くから銃声が響いた。
バシュッ──!!
乾いた破裂音と共に、俺の背後の水面が跳ねる。
だが、重力の壁に弾丸は阻まれ
俺の肌には 一切の傷もつかない。
「はっ!
もう銃なんざ、かすりもしねぇよ」
何発か撃たせて、そいつの位置を確認する。
視界の端に、茂みの陰に潜む影を捉えた。
俺は水面を蹴り、一瞬で間合いを詰める。
「──っ、化け物が⋯⋯!?」
狙撃手の驚愕に満ちた声が耳に入る。
だが、その言葉が終わる前に
俺はそいつの周りを真空状態にして
窒息死させてやった。
これなら血も流れないし
武器も無傷のまま手に入れられる。
そんな日々が、当たり前になっていた。
俺は、俺の力を極めていく。
青龍は、それを鍛え続ける。
そして、ある日⋯⋯
とうとう〝その時〟が来た。
⸻
その日、いつもと変わらず森の中で訓練を終え
休憩していた俺と青龍。
焚き火の前に座り込み
青龍は静かに桜を見つめていた。
俺は疲労に肩で息をしながら
それを横目で眺める。
──その時だった。
ゴォォォォ⋯⋯ッ!!
突然、桜が大きく揺れた。
「っ⋯⋯!?」
俺は思わず立ち上がる。
地面が震える。
まるで
大地そのものが胎動しているような感覚。
桜の幹が、軋むような音を立てる。
枝という枝が、風もないのに揺れ動く。
咲き誇る薄紅の花弁が一斉に舞い上がり
空へと吸い込まれるように流れていく。
俺は、青龍と同時に桜を見上げた。
その時、青龍は確かに呟いた。
「⋯⋯主様っ!」
俺の隣で、青龍の瞳が震えていた。
それは、俺が知る限り
青龍が初めて感情を露にした瞬間だった。
俺は、何かを悟る。
──その時が、来たんだ。
桜の中で眠る〝主様〟とやらが、目覚める時が。
俺は宙に浮きながら、桜の異変を見下ろした。
地面が震え
桜全体が何かを生み出すように
軋みながら揺れている。
風が吹いていないのに
花びらが渦を巻くように舞い上がっていく。
それはまるで
〝何か〟の誕生を祝福するかのように⋯⋯
視界の端では、青龍が枝の間を駆けていた。
まるで飛ぶように、軽やかに
そして──必死に。
そう、必死に〝主〟のもとへと向かっていた。
やがて俺の耳に、震えた声が届く。
「お待ち、しておりました⋯⋯我が主様」
俺は、桜の幹を凝視した。
其処から、何かが生まれ出ようとしていた。
桜の幹の表面が、ゆっくりと割れていく。
光が滲み出し、細い亀裂が枝へと広がる。
そして──そこから白い指が現れた。
ゆっくりと、慎重に。
まるで長い眠りから覚めるように
手が幹を押し開く。
次に、腕。
続いて、背中が露わになった。
白磁のように滑らかで
何処か儚い曲線を描いている。
黒褐色の髪。
襟足が長く
背中へと流れるように広がっている。
樹液に濡れて光を帯び
動く度にゆるやかに揺れる。
その姿が徐々に顕になっていく度に──
俺は、言葉を失った。
〝主〟は──ゆっくりと、顔を上げた。
睫毛が僅かに震える。
閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がり
その奥から鳶色の瞳が現れた。
それは、まるで霞がかかったように朧げだった。
けれど、その視線は確かに青龍を捉えていた。
「貴方⋯⋯そんな、姿になってまで⋯⋯
僕を待ってて、くれたのですか?」
柔らかな声だった。
けれど、その声には深い悲しみが滲んでいた。
青龍が震えた。
幼い姿のまま、震える腐れ爛れた手を伸ばし⋯⋯
しかし、すぐに拳を握りしめる。
まるで、それが許されないかのように。
俺は、その様子を見ながら思っていた。
こいつが、青龍が〝主様〟と呼ぶ存在か。
今まで青龍に、比べられ続けた──相手。
何かにつけて
『我が主様はこうだった』
と聞かされ続けてきた相手。
どれ程の男なのか。
どれ程の〝強さ〟を持つのか。
─比べられ続けた奴の顔を見てやろう─
そう思った俺は、ふわりと奴に近付いた。




