第20話 野良犬と狩人
俺は、ただのガキじゃねぇ。
たしかに、ゴミ溜めで生きてた。
野良犬みたいに扱われてたし
実際にその辺の大人より
遥かに汚ねぇ生活をしてた。
だけど──
俺には、力があった。
それも
銃を持った大人にすら無傷で勝てる程の
圧倒的な力が。
親父を潰したあの日から
俺は自分の〝能力〟を理解していた。
それが何なのか
どういう原理なのかは、さっぱりわからねぇ。
けど、一つ確かなのは
俺が〝重力を操れる〟ってことだ。
──なら、試してみるか。
ソイツらが何者なのか
何を企んでいるのか
誰かに聞くより手っ取り早い方法がある。
俺がこの手で
ソイツらの身体に
直接聞き出せばいいだけの話だ。
⸻
夜の路地裏。
狭い通りの隅で、ターゲットに目をつけた。
街の人間面をして
昼間はのんびりと買い物をしていた男。
今も何処か
気を抜いたような歩き方をしている。
だが、俺にはわかる。
この男は
昨日までは確かに〝狩人〟の目をしていた。
獲物を追い詰める、狼のような目つきだった。
なのに今日はどうだ?
何処にでもいる善良な市民の顔をして
何食わぬ顔で通りを歩いてやがる。
「お前さぁ⋯⋯演技が下手すぎんだよ」
俺は背後から忍び寄り、男の肩を強引に掴んだ。
次の瞬間
重力を操作し、一瞬で地面に押し潰す。
「──ぐっ!?」
男は呻き声を漏らしながら
路地裏の床に沈み込んだ。
肺から空気が無理やりに押し出される音がする。
まるで大気が、何倍にもなったかのような感覚。
俺の〝力〟を使えば
人間の身体なんざ、簡単にペチャンコにできる。
でも⋯⋯すぐに殺しはしねぇ。
ゆっくりと、じわじわと潰してやるのがコツだ。
「な、何をする⋯⋯っ!?」
男は苦しそうに喘ぎながら、俺を見上げた。
その目は、ただの一般人のような怯えた目。
「⋯⋯は?」
俺は眉を顰めた。
この反応は、おかしい。
俺が知ってる──〝狩人〟の目じゃねぇ。
獲物を追う時の鋭い眼光も、戦う覚悟もない。
「何を言ってやがる。
てめぇ⋯⋯昨日までの、あの目はどこ行った?」
俺は男の腹に拳を叩き込む。
鈍い音が響いた。
「ひっ⋯⋯!?」
男は苦しげに身を捩り、顔を歪める。
何処からどう見ても〝ただの一般人〟だ。
俺が何かを勘違いしてるのか?
それとも、こいつの演技が上手いだけなのか?
「お、俺は何も、知らない⋯⋯!
誰か──誰か、助けてくれっ!」
はぁ⋯⋯白々しい。
俺は静かに舌打ちしながら、さらに力を加える。
「さっさと吐けよ。
お前ら、何者だ?
何を狙ってこの街に来た?」
「し、知らない⋯⋯!
やめてくれ、俺はただの商人だ⋯⋯っ!」
⋯⋯本気で言ってんのか?
俺は知ってる。
この男が、昨日まで明らかに
〝訓練された動き〟をしていた事を。
なのに──今のこいつはどうだ?
素人丸出しの怯えた目で
持ち金をばら撒きながら命乞いをしている。
「⋯⋯あぁ?おっかしいなぁ」
俺は男の腕を掴み
じわじわと骨が軋む程の力を加えた。
本当に死にかけたら、さすがに何か喋るだろう。
だが──
最後までこいつは〝吐かなかった〟
俺が何度痛めつけても
何を問い詰めても
まるで拳を振るった事の無い素人のように
泣き喚くだけだった。
「てめぇ⋯⋯プロ根性だけは立派だな」
男は既に気を失いかけていた。
ここまでやっても何も言わねぇって事は
本当に何も知らないのか?
⋯⋯いや、それは違う。
俺の中の〝違和感〟が、警告を発していた。
確かに、こいつは昨日まで〝狩人〟だった。
なのに、今日は違う。
一日でこんなにも変わるか?
まるで〝別人〟みてぇに。
まぁ、俺にも──こんな説明できねぇ力がある。
なら、世の中には
〝人間を駒みてぇに操る奴〟がいたとしても
おかしくねぇよな?
⸻
それから、俺は毎日ソイツらを追った。
街の人間面をしている時は、ダメだ。
あの〝狩人の目〟になった瞬間
その時を狙わなきゃならねぇ。
そうして数日後──
目をつけていた連中が、同時に動き出した。
彼らは街の外れへと向かい
森へ足を踏み入れた。
その空気が、一変する。
街の喧騒を背に
奴らの動きが一気に研ぎ澄まされた。
足音が消え
無駄な動きがなくなり
殺気が漂い始める。
明らかに〝闘いの準備〟をしている。
これは、ただの一般人がする動きじゃねぇ。
確信した。
今のコイツらは──〝狩人〟だ。
俺は森の中に紛れ、ターゲットを見定めた。
一人⋯⋯合流前の男がいた。
連中の中でも、それなりに動ける奴だった。
「⋯⋯よぉ。
お前にちょっと話があるんだが」
俺は気付かれないよう背後に回り込み
そいつの首をがっちりと掴んだ。
重力を操り、一瞬で膝を付かせる。
「悪ぃな?
ちょっとお前らについて聞かせてもらうぜ」
静かな森の中、風が枝を揺らす音だけが響いた。
俺の勘は当たってた。
狩人みてぇな目をしてる時に捕らえたソイツは
ちゃんと情報を持ってやがった。
それまでの奴らとは違う。
街の顔を被った連中じゃなく
本物の〝狩人〟の目をした獲物だ。
どれだけ殴りつけても
泣き喚くどころか睨み返してきた。
さすがに訓練されてやがる。
けど、問題ねぇ。
どれだけ耐えようが
どれだけ隠そうが──
所詮は〝人間〟だ。
俺の力の前じゃ、抵抗なんざ無意味だった。
時間を掛ければ、誰だって折れる。
じわじわと骨を軋ませ、血を流させ
呼吸すらままならなくなる程に──追い込む。
とうとう、そいつは根を上げた。
死の間際に、洗いざらい吐き出してくれたよ。
─奴らの獲物は〝一人の女〟だった─
俺は、その情報を聞いて
一瞬だけ笑っちまった。
笑うしかなかったんだ。
そいつの口から飛び出した話が
俺の想像を遥かに超えていたからな。
その女は〝不老不死の身体〟を持っている。
─不死者─
人間の枠組みを超えた存在。
それだけでも十分に価値があるのに
そいつの血には更なる秘密があった。
─その女の血を飲めば、不老不死になれる─
最初は、馬鹿馬鹿しいと思った。
けど、血塗れで半泣きになりながら
そいつは続けた。
「女の涙は、奇跡を呼ぶ宝石になる⋯⋯!」
なるほどな。
つまり──
そいつは金が詰まった宝箱が
人間の形をしているようなもんだ。
一滴の血が財宝、涙が宝石。
何処ぞの物語に出てきそうな
〝奇跡の存在〟って訳だ。
これを聞いて
連中が狩人にならないわけがねぇ。
寧ろ、連中が全員この街に潜り込んできた理由が
はっきりと理解できた。
金、力、名声──なんでも手に入る獲物。
こんなもんを見逃す手はねぇ。
だが、俺はコイツらとは違う。
連中は群れで動く。
獲物を仕留めた後も、分け合うことが前提だ。
そんな回りくどい事をする気はねぇ。
俺は──宝を独り占めする。
⸻
そっからの俺は
狩人狩りの日々を送る事になった。
森の中、街の外れ、路地裏。
奴らが動く場所に、俺は先回りしていた。
奴らは確かに精鋭だった。
訓練されているし
チームでの戦いにも慣れていた。
だが、俺の力を知らねぇ時点で
既に勝負は決まっていたのさ。
「⋯⋯さて、今夜の獲物は何匹だ?」
俺は一人、闇の中を歩く。
遠くで、金属の擦れる音が聞こえた。
狩人達が武器を手にしている。
殺気が微かに漂い
獲物の気配を探っているのがわかる。
今なら⋯⋯街の顔は剥がれている。
〝狩人〟の目になった瞬間──
それが、俺の狩りの合図だ。
俺は、そっと息を潜め
奴らの間合いに忍び込んだ。
そして──ひとりを狙う。
奴らの中でも、一番動きの早そうなやつ。
そいつを、仲間が気付く前に〝消す〟
「⋯⋯よぉ、お前。少し話そうぜ?」
背後からそっと囁く。
そいつが振り向いた瞬間、俺は力を込めた。
重力をその身に叩きつける。
地面に膝を付かせ
息を詰まらせるように圧をかける。
「な、に──っ!?」
奴の顔に、初めて感じるであろう恐怖が浮かぶ。
獲物を〝狩る〟側だった奴が
自分が〝狩られる〟側になった瞬間の顔。
あぁ⋯⋯いいねぇ。
この表情を見るのが、最高に楽しいんだよ。
「おい、聞かせてくれよ。
お前ら、何処に〝お宝〟を
追い詰める心算なんだ?」
言葉と同時に、骨を軋ませる程の重圧を加える。
奴は呻き声を上げ、必死に抵抗する。
だが⋯⋯無駄だ。
俺はもう何人も、こうやって〝解体〟してきた。
誰一人、俺の前では逃げられねぇ。
「さあ、素直に吐けよ?
それとも、お前も⋯⋯
〝じわじわ〟と楽しみたいか?」
夜の森に、悲鳴が響く。
けれど、この森では誰も助けに来ない。
狩人達が〝狩り〟をしていた筈の場所で
今度は狩人が〝狩られる〟番だ。
俺は、じっくりと奴らを追い詰めながら
一歩ずつ〝お宝〟へと近付いていた。




