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紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜  作者: 佐倉井 鱓
手は繋げずとも

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第126話 白き守護者

ソファに座りながら腕を組み

じっとティアナの仕草を観察していたソーレンは

静かに眉を寄せた。


アリアの手によって首輪をつけられたティアナは

まるでその意味を正しく理解しているかのように

きちんと姿勢を正し深々と頭を垂れた。


まるで──忠誠を誓う従者のように。


「⋯⋯なんか、この猫⋯⋯

今にも人間の言葉を話しそうな勢いだな?」


ソーレンがポツリと呟いた言葉に

リビングの空気が少し柔らかくなる。


レイチェルはその言葉にすかさず頷き

両手を合わせて

キラキラと瞳を輝かせながら叫んだ。


「ねー!賢すぎ!

もしかしたら──

前世の記憶がはっきりあるのかもしれないわね。

動きとか仕草とか絶対普通の猫じゃないもの!」


ティアナはソファの肘掛けに飛び乗ると

まるで〝当然〟とでも言いたげな顔で

人間たちを見下ろした。


背筋は美しく伸び

尻尾をふわりと巻き付けているその姿は

まさに気高い王族の如し。


「あ、首輪──これ、GPS付きなのね?」


レイチェルが、ティアナの首元

宝石の横にぶら下がった小さなタグに気付き

屈み込んでそっと指先で触れる。


彼女の指が触れた瞬間

ティアナは軽く尻尾を揺らしたが

嫌がる素振りはなかった。


「時也さんの携帯に連動⋯⋯

いや、私の携帯にしておこっか!

時也さん

またパニック起こしたら大変だもんね!」


「⋯⋯そうして頂けると、助かります」


時也は

どこか恥ずかしそうに頬を掻きながら微笑んだ。


普段のことならばともかく

機械類、とくに携帯電話には

未だ不慣れなのは自他ともに認めるところで

事あるごとに誰かの手を借りていた。


レイチェルがスマートフォンを取り出し

首輪のタグを読み取る準備をしていると

ソーレンが小さく鼻を鳴らした。


「お前、いつになったら時代に追いつくんだ?

携帯操作くらい、普通だろ。

下手すりゃそのうち猫にも追い越されるぞ?」


「ふふ⋯⋯

僕なりに、克服しようとはしてますよ」


時也は肩を竦めながらも、柔らかく笑った。


その言葉にティアナが

〝問題ない〟と言わんばかりに顔を洗い始めると

全員の口元に思わず笑みが広がった。



夜の喫茶桜──


誰もが静かな眠りに包まれている中

リビングのケージに設えられた

柔らかな毛布の上で

ティアナがゆっくりと瞼を開けた。


暗闇の中でも、彼女の蒼い瞳はわずかな光を拾い

耳は寝息の一つまでも聞き逃さない。


しんとした空気に混じって

微かに流れる異質な気配。


窓の外──何かがいる。


ティアナは毛布をそっと押しのけると

前脚をケージの鍵に添える。


まるで手のように器用に動かされた爪が

カチリと音を立てて鍵を外した。


細い身体が音も立てずに抜け出し

肉球が床を静かに歩く。


窓辺の桟に跳び乗ったティアナは

蒼い瞳を細める。


外には、気配がある──


空気の流れが不自然に押し戻され

草木の擦れる音が微かに乱れていた。


ティアナは口を開き、喉を短く鳴らす。


クラッキング──

敵意や獲物に反応した、捕食者の合図。


次の瞬間

ふいに背中を撫でるような感触があった。


ティアナの全身が跳ねるように反応し

ふさふさの尻尾がブワリと膨れ上がった。


「⋯⋯おめぇ、やっぱただの猫じゃねぇな?」


低く響く声。

振り向くまでもなく、ティアナは知っていた。


ソーレン。


あの、異様なまでに重い気配を

まるで消して近付く男。


敵ではないと本能が理解しているからこそ

ティアナは振り返らない。


ソーレンは窓の外を見据えながら

その琥珀の瞳を鋭く光らせた。


「⋯⋯ありゃ、ただの強盗だな。弱過ぎる。

ハンターですらねぇ」


彼の声に、ティアナは一瞬だけ視線を送る。


そして、ふっと視線を戻すと

背を伸ばし、再び窓辺にじっと座った。


その白い毛並みは

月明かりを受けて雪のように浮かび上がる。


ティアナの背中越しに

ソーレンは一歩、窓に近付く。


カーテンの隙間から覗くその先に

人影が僅かに確認できる。


明らかに不審な影は

夜の喫茶桜を覗き込んでいた。


「俺がやる。お前は、ここで待ってろ」


夜の静寂を裂くように

ふわりとティアナの白い影が宙を舞った。


窓の桟にいた彼女は迷いなく跳躍し

外に向かおうとする

ソーレンの頭頂部へと着地──


そしてそのまま勢いを殺さずに

後頭部を踏み台にして蹴り抜け

ソーレンがほんの僅かに開けていた扉の隙間から

外へと飛び出して行った。


「おまっ⋯⋯戻れって──!」


反射的に小声を上げたソーレンだったが

ティアナは一切の反応を示さず

白い影のまま夜の中へと消えた。


(⋯⋯やべぇ)


ソーレンは焦った。

この猫に怪我をさせるなど、あってはならない。


アリアに詰め寄られるのも

時也の静かな怒りを買うのも

どちらも想像したくもない。


(重力操作は⋯⋯間違いなく巻き込む。

体術にしろ⋯⋯

足元をチョロチョロされたら、かなわねぇっ)


そう判断した彼は

ひとまずティアナを戻すための

〝釣り餌〟を取りに中へと引き返した。


扉をそっと閉めながら

ちらりと外を一瞥したその時──



庭の奥、茂みの中。

三人の男達が闇に溶けるように潜んでいた。


「⋯⋯どうやら、気付かれてはなさそうだな」


「ボスに無断でここまで来たんだ。

不死の血を奪わねぇと割に合わねぇぞ⋯⋯」


「フリューゲル・スナイダーの連中には悪いが

今回は独占させてもらう」


彼らは密談を交わしながら

暗視スコープのついた銃と

捕獲用の注射器を確認していた。


だがその時──


ガサッ


小さな音に三人はピクリと肩を揺らす。


「⋯⋯ね、猫?」


茂みを掻き分けて現れたのは

一匹の真っ白な猫。


まるで白雪を纏ったような長毛が

月明かりに照らされ

透き通る蒼い瞳がじっと彼らを見据えていた。


その佇まいは

猫というよりも何か高位な存在のようで──


「⋯⋯おい。この首輪の飾り、見ろ」


「──ミッシェリーナの涙⋯⋯だと?」


「⋯⋯っ!

あれだけで一生暮らせる金が手に入る!

捕まえろッ!」


男達が手を伸ばすその刹那。


ティアナの蒼い瞳が

月光を受けて鋭く細められた──


瞬間、空間が歪んだ。


──コォン⋯⋯ッ


まるで水面のような揺らぎと共に

彼女の目前に四角い結界が形成された。


中に閉じ込められた三人は

騒ぎ立て、壁を叩き、喚く。


だが、外に音は届かない。


ティアナは尾を一度、地に叩きつけた。


──バシッ


結界がひとまわり、狭まる。


二度。

三度。


──ビシ⋯ギチ⋯⋯ッ


内壁がきしみ、圧縮されていく。


最後に

怒りを込めるように一際強く尾を打ちつけると

結界は圧壊しながら消滅した。


男達の姿は──どこにもなかった。


「ほぉ⋯⋯すげぇな」


扉を開け、猫の餌を手に出てきたソーレンは

その惨状に立ち止まり、息を漏らした。


「やるな、白いお姫様!」


ティアナの凛とした後ろ姿に

どこか畏敬の念を覚えつつ

ソーレンはそっと彼女を抱き上げた。


「でも、今度から一匹は残してくれよな?

情報ってのはやっぱ口から聞き出さねぇと⋯⋯

ま、猫に言っても〝無駄〟か」


その呟きに

ティアナはふっとソーレンを見上げたかと思えば


⋯⋯ガブッ!


「いってぇ!お前なぁ⋯⋯っ!」


思いきり彼の手に噛みついた後

ティアナは軽やかに腕を蹴って飛び降りると

悠然と屋内へ戻っていった。


「⋯⋯あの猫

やっぱ言葉わかってやがんだろ⋯⋯」


ソーレンは噛まれた手を押さえながら

どこか納得したように呟いた。


夜は静けさを取り戻していく──⋯

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