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紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜  作者: 佐倉井 鱓
手は繋げずとも

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126/223

第124話 空中運搬

「後、オススメなのが

こちらのGPS付きの首輪ですね!

迷子になっても、安心ですよ」


店員が棚を指差したのは

小さなタグのついた

美しい革張りの首輪の列だった。


控えめな光沢があり

装飾は最小限ながらも上品で

どこかティアナに似合いそうな

雰囲気を漂わせている。


時也は首輪の列をじっと見つめたまま

静かにその紫の一つを手に取った。


細く、しなやかな感触に

彼女の白い毛並みが思い浮かぶ。


(⋯⋯これなら

嫌がらずに着けてくれるかもしれませんね)


その後も店員の案内で

次々と猫用のアイテムを選び


トイレにケージ、食器、毛布

ウェットフードの箱詰め

爪とぎ用の台にキャットタワー

移動用のキャリーケースまで──


気付けば、買い物かごは幾つも増えていた。


精算を終えて、レシートの長さに驚いた頃

ようやく彼は事態の重大さに気付く。


(⋯⋯持ち運べませんね、これは)


彼は困ったように唇に指を添え

店のカウンターを見やった。


「⋯⋯あ、あの⋯⋯申し訳ないのですが⋯⋯」


おずおずと時也は着物の袖から携帯を取り出すと

先ほど優しく対応してくれた店員に差し出した。


「携帯の操作が⋯⋯その、苦手でして⋯⋯

〝ソーレン〟という方に

通話を繋げていただけないでしょうか?」


店員は一瞬

目をまん丸にして時也と携帯を見比べた。


だがすぐに柔らかな笑みを浮かべて

片手で受け取ると器用に操作し始めた。


「ソーレンさん、ですね。

かしこまりました。

──はい、繋がりましたよ?」


携帯を返されると、時也の耳元から

聞き慣れたぶっきらぼうな声が漏れた。


『⋯⋯あ?なんだよ?』


「あ⋯⋯ソーレンさん、すいません。

余りにも荷物が多くなりまして⋯⋯

手伝って貰えませんか?」


ペットショップのBGMの下

店員達や客、動物達の鳴き声の混ざる中

通話の向こうで溜め息混じりの声が返ってきた。


『⋯⋯あー⋯しゃーねぇな。

場所は?今すぐ行く』


「ありがとうございます。

えぇと⋯⋯今〝ペットの森〟という

お店におります」


『あそこか⋯⋯了解。待ってろ』


通話が切れた後、時也は静かに微笑み

もう一度カゴの山を見下ろした。


(⋯⋯これで、ティアナさんも

少しは居心地よくなりますね)


カゴの山をじっと見つめていた時也の背後で

不意にドアの開く音が小さく鳴った。


すぐに肩に軽く手が置かれた感触に

思わず、びくりと身を跳ね上がらせる。


「よ。」


低く抑えた、よく知る声。


振り返ると

ダークブラウンの髪を風に僅かに乱しながら

ソーレンが無表情で立っていた。


「ソ、ソーレンさん⋯⋯随分と、早いですね」


時也は落ち着きを装いながらも

どこか驚いた表情を隠せずにいる。


だが、その内心に返ってきたのは

彼にしか聞こえない

ぶっきらぼうな思考の声だった。


(文字通り〝飛んで来た〟んだよ。

レイチェルが一人だからな。

急いだ方が良いだろ?)


その声に、時也の口元がほのかに緩む。


「⋯⋯ありがとうございます」


「にしても、随分買ったな?

猫を飼うって──こんなに必要なのかよ」


「僕も、想定外でした」


肩越しに見える荷物の山を一瞥し

ソーレンは小さく鼻を鳴らした。


時也と視線を交わすと、二人は店員に軽く会釈し

荷物を抱えて店の裏手へと回る。


そこは物陰の多い路地裏で

見通しも悪く、人通りもない。


「じゃ──行くぞ」


ソーレンは先に

重たい荷物を重力操作で浮かせると

片手で時也の腰を持ち上げるように担ぎ上げた。


「え、ちょっ⋯⋯!」


「急いで戻るぞ⋯⋯酔うなよ?」


重力が一瞬で歪み、地面がふわりと遠ざかる。

次の瞬間には、空の風が肌を撫でていた。


ソーレンの背中越しに広がる街の屋根を

時也は片手で荷物を押さえながら見下ろす。


浮遊の感覚は軽やかで

しかし、地に足がつかないのと不安定さと

担がれている温かさに

どこか擽ったいような感覚があった。


(⋯⋯ソーレンさんの能力、やはり器用ですね)


時也は微かに笑みを浮かべながら

胸に大切に抱えた

小さな紫の首輪をそっと見下ろした。


真っ白な毛並みによく似合うその色が

きっとアリアとティアナの間に

静かな絆を結ぶのだろう。



ソーレンと時也が喫茶桜に戻ると

それほど混雑している訳ではなかったが

レイチェルが一人

店内をパタパタと駆けまわっていた。


慣れた動きで客席を行き来しつつも

どこか忙しない。


アリアと青龍は

硝子張りの特設席に座っていた。


アリアの膝の上では、ティアナが小さく丸まり

静かな寝息を立てている。


白い毛並みが陽光に輝き

その姿はまるで陶器の置き物のようだった。


「おかえりなさい!」


レイチェルが

小走りでソーレンたちの元に駆け寄ると

時也は軽く頭を下げた。


「レイチェルさん、ありがとうございました。

急いでティアナさんの生活環境を整えたら

すぐに営業に戻りますので」


「ふふ。はーい!

⋯⋯あれ?ソーレン

手伝ってきたんじゃなかったの?」


「運搬だけな。

あとはアイツの趣味で整えるだろ」


ソーレンが指をくいっと時也に向けると

時也は苦笑しながら

リビングの奥へと消えていった。


「ティアナさんは、アリアさんのご友人──

快適に暮らして頂かないと!」


奥のリビングでは

先ほど買い込んできた用品の山を

ひとつずつ丁寧に袋から取り出していく。


「では、まずは⋯⋯トイレからですね」


白い陶器に近いデザインの猫用トイレを開封し

ペットシートと高品質な砂を敷く。


場所は日陰で静かなリビングの隅。


きちんと通気ができるように

換気扇にも気を配る。


「お食事スペースは──

キッチン前は人の出入りがありますし

窓辺が良いでしょうか」


小さな木製のトレイの上に

セラミックの食器皿を二枚並べる。


その横に設置した給水機は

静音設計のものを選んでいた。


ベッドも柔らかく

白い毛に映えるラベンダー色の

クッションを備えた、円形のふかふか仕様。


猫の体温に合わせて温度調整できる

小型ヒーターまで組み込まれていた。


「⋯⋯あとは、おもちゃと、爪とぎ⋯⋯

こちらですね」


羽根のついた猫じゃらし

ネズミ型の自動おもちゃ

キャットタワーに爪とぎまで

すべて整えられていく。


最後に、柔らかな革張りでできた紫の首輪を

そっと掌に乗せた時也は、小さく息をついた。


「⋯⋯ふぅ。これで──

彼女が安心して暮らせる場所が、できました」


彼の声は静かに

新しい家族の為に整えられたリビングに

優しく響いた。

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