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紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜  作者: 佐倉井 鱓
手は繋げずとも

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第123話 命を飼う覚悟

猫がアリアの腕の中で

ようやく落ち着きを取り戻すと

それまで緊張で張り詰めていた空気が

ゆっくりと解けた。


全員が同時に安堵の息を漏らし

ようやく空気に温度が戻ったようだった。


「⋯⋯不思議な猫だとは思ってましたが

まさかの──転生者、でしたか」


時也は、アリアの腕の中に納まった白猫の背を

優しく撫でながら微笑んだ。


その猫は、さっきまでの暴れようが嘘のように

静かに目を閉じ、まるで幼子のように

アリアの胸に顔を埋めていた。


アリアの頬に刻まれた傷も

時也の引っ掻かれた腕も

ゆっくりと塞がっていく。


白猫に触れる指先は

血の跡を忘れさせるほど柔らかかった。


「あー、びっくりした!

前世は⋯⋯お友達だったんですね」


レイチェルが息をつきながら微笑むと

隣のソーレンが腕を組んで眉を顰めた。


「ソイツ、前世でも猫だったのか?」


その問いに

アリアは無言のまま視線を時也に向けた。


それを受け取った時也が

静かに頷きながら代弁する。


「⋯⋯いえ、人間だったそうですね。

雪のように美しい白い髪と、蒼い瞳だったと」


「今世では、人間ではなく

猫として生まれ変わったのですな」


青龍が静かに言葉を継ぐと

ソーレンは「へぇ」と短く息を吐き

ようやく納得したように肩の力を抜いた。


リビングの空気は穏やかさを取り戻し

再び時也がアリアを見た。


「⋯⋯アリアさん。

彼女のお名前は──どういたします?」


小さな沈黙の後

アリアは静かに言葉を口にした。


「⋯⋯今世でも、ティアナと呼ぼう」


その名を聞いた猫は、ふるりと尾を揺らし

アリアの腕の中で満足そうに目を閉じた。


「わかりました。

では、僕は開店直後の静かなうちに

ティアナさんの必需品を揃えて参ります。

アリアさんのご友人に

窮屈な想いはさせられませんからね」


そう言って立ち上がる時也の口元には

柔らかな笑みが浮かんでいた。


「ソーレンさん、レイチェルさん。

お店を、お願いいたします」


そう告げると時也は

血と爪痕でボロボロになった着物を見下ろし

少しばかり困ったように眉を寄せる。


「⋯⋯その前に、着替えてきますね」


音も立てず

階段を上がっていく後ろ姿を見送りながら

レイチェルが明るく笑った。


「ふふ!これから、家族だね!」


「猫の転生者って⋯⋯戦えんのかよ?」


不審げに眉を顰めたソーレンが

ティアナに向かって指を差し出す。


その瞬間──


ガブッ!!


「っっつぁあああっ!?

お前、遠慮ってもんが──ッ!!」


ソーレンの指に喰らいついたティアナは

目も開けず、耳すらも畳んで

本気で噛み付いていた。


ギリギリと牙が食い込む音に

レイチェルが顔を引き攣らせながら笑う。


「⋯⋯戦える

ってことで良いんじゃないかな?」



時也は二階から軽やかな足音で階段を降りると

リビングの様子を一瞥した。


ソファではアリアが静かに座り

白猫──ティアナを膝の上に乗せている。


その小さな身体を撫でる指は柔らかく

まるで過去の断絶を確かめるような

静かな慈しみに満ちていた。


「では、僕は買い物に行って参ります。

レイチェルさん

アリアさんのお着替えを用意しておきましたので

どうかよろしくお願いいたします」


キッチンで洗い物を終えていたレイチェルが

手を拭きながら振り返った。


「はーい!

気を付けて、行ってらっしゃい!」


時也は軽く会釈しながら

アリアとティアナを一瞥した。


アリアの深紅の瞳と

ティアナの蒼の瞳が

静かに重なっている様にふっと微笑んでから

時也は玄関を後にした。



街の中でも、比較的新しいペットショップ。


硝子の扉が開くと、鈴のような音と共に

温かな室内と小動物達の声が飛び込んできた。


犬猫の鳴き声、鳥のさえずり

観賞魚の水音、ふわりと漂う牧草の匂い。


(⋯⋯猫用品、こんなにあるんですね)


目の前に広がるカラフルな棚と商品群を見て

時也は一歩も動けずに立ち尽くしていた。


すると、奥から明るい声が届く。


「こんにちは!」


笑顔のまま駆け寄ってきたのは

二十代半ばほどの、女性店員だった。


「本日は、どのようなご用件でしょうか?」


「あ⋯⋯実は、野良猫を保護しまして⋯⋯

必要な物を、一から揃えようと思いまして」


「わっ、それは素晴らしいですね!

ありがとうございます!」


店員は笑顔をさらに広げて、一礼した。


「まずは、ご飯用の器と水入れですね。

セラミックのものや

滑りにくい素材のものがオススメですよ。

あとは、トイレと猫砂。

それから、ケージか寝床もあると安心です」


次々に指を折りながら

店員は丁寧に説明していく。


「ご飯も最初はお腹に優しい

ウェットタイプから始めるのが無難です。

おやつもありますが──

最初は環境に慣れてからの方が良いですね」


時也は頷きながら

忘れないようにメモを取り始めた。


「あとですね!

できれば一度、動物病院に

連れて行ってあげてください。

ワクチンや健康チェック、ノミ・ダニの駆除

それと、マイクロチップの確認なども大切です」


「まいくろ⋯⋯?なるほど、勉強になります。

ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそありがとうございます!

その子が素敵な家族と出会えて本当に良かった」


店員の温かな言葉に

時也は自然と微笑みながら深く一礼した。


そして、山のように並ぶ商品群の数々

ティアナのための品々に目を向けた。


彼女の新しい命での一歩にふさわしい生活が

今始まろうとしていることに

時也の胸も温かくなるようだった。


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