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紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜  作者: 佐倉井 鱓
蒼の戯れ

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第111話 翠緑に宿る強さ

「ねぇ?

今、ここに居る人達って⋯⋯これで全員?」


レイチェルの問いに

男は揺らぐ事のない笑みを浮かべたまま

気怠げに肩を竦めて返す。


「おや?

キミ、意外と欲張りなんだね⋯⋯?

お望みなら、後でたくさん集めてあげるよ」


その声音には、あくまでも余裕があった。


自分達が、絶対的な優位に立っていると

信じて疑わない者の口ぶり。


女だから──

可憐だから──

この程度で怯むはずだ、と。


(⋯⋯女だからって馬鹿にしてくれちゃって⋯⋯

こういう男、イラつくなぁ)


レイチェルの唇が、淡く笑みを浮かべた。

だがその奥には、怒りが煮え滾っていた。


その感情のすべてを、長い息と共に吐き出す。

吐息は静かで、熱く──決意に満ちていた。


「な⋯⋯っ!?」


突如、男達の間に走る驚愕の声。


レイチェルの身体が

その場で一回り大きくなる。


肉付きが変わり、肩幅が広がり

すらりとした四肢が

瞬く間に逞しい肉体へと変貌していく。


服の形が浮き上がるほどに、張り詰めた筋肉。

鋭く光る、琥珀色の瞳。


首に食い込んでいたワイヤーが

ギリギリと悲鳴を上げ

彼の首筋に僅かな裂傷を刻む。


だが──

そんなものは、この身体にとっては無意味だ。


腕をひと振りすれば

鋼のような力でいとも容易く引きちぎれる。


「ソ、ソーレンだと──!?」


男達の声に、恐れと混乱が混じり始める。


そう──

レイチェルは今

ソーレンの姿を完全に再現していた。


その目つき、その構え、その威圧。


内に渦巻く暴風のような存在感までもが

彼そのものだった。


「おら!

お姫様が、ダンスの相手をご所望なんだ。

とっとと来いよ、うすのろな王子様よぉ!」


バケツの上から

軽やかに地面に降り立つその所作さえも

粗雑で無骨──

だがどこか優雅な獣のような風格を帯びていた。


その言葉遣いも、声音も──

レイチェルの面影は跡形も無い。


「な、何故⋯⋯?

コイツ、もしかして──ボスと同じ能力か!?」


背中を凍らせるような声が

男達の中から洩れる。


(ボス⋯⋯?

ソーレンの居場所も気になるし

話を聞く為に、一人は残さなきゃ。

でも⋯⋯ソーレンのやり方は、嫌いなのよねぇ)


ソーレンの姿のまま

レイチェルは唇の端に笑みを刻んだ。


身体がふわりと浮かび上がる。


その掌をゆらりと掲げると

レッグポーチの中から

空間に無数のダガーが浮かび上がり

鋭い光を反射させながら宙に舞う。


重力操作──

それは本来、ソーレンだけが使える力。


だが、擬態によってその半分を再現した今

レイチェルにも、扱える。


(あぁ⋯⋯

意識が、ソーレンに引っ張られる⋯⋯)


(くく⋯⋯

さぁ、どうやって狩ってやろうかな?)


楽しげに目を細め、ソーレンの顔で嗤う。


腕を振るう──ただ、それだけでよかった。


空中に散ったダガーが、一瞬にして軌道を変え

男達の足を正確に狙い──


ズズッ──ガッ!


太腿、脛、踵。

鈍い音と共に、次々と足を貫いた。


悲鳴すら間に合わぬ速さで刃が突き刺さり

動きを封じる。


「が⋯⋯あぁぁっ!」


「足がっ、足が⋯⋯ッ!」


床に血が散り

よろめいた男達が次々と地に伏す。


逃げようにも、立つ事すらできない。

這うしか、ない。


だがその先に立つのは

ソーレンの姿をした──〝死神〟


「もっと、歌ってみせろよ⋯⋯

お姫様の為に、よぉ?」


彼の──否、彼女の瞳が妖しく輝く。


もうこの場に

男達の逃げ道はどこにも存在しなかった。


擬態のソーレンが

血に染まりかけた空間を、ゆっくりと歩く。


ゴツン、ゴツン、と──

重みのある足音が床を叩き

その一歩ごとに男達の呼吸が浅くなる。


静かすぎる空間に響く音が

まるで〝処刑台〟への

カウントダウンのようだった。


(血を見たくないなぁ⋯⋯)


その心の中で呟かれた声は

甘えた少女のものから

〝暴力〟を愉しみ、〝恐怖〟に美学を見出す

彼のものに染まりつつあった。


嗤う心のままに、獲物をいたぶる獅子のように

レイチェルの意識は

ソーレンのそれへと変質していく。


「⋯⋯はっ!

この王子様は

どんな可愛らしい顔をしてくれるかねぇ?」


覗き込むように、男の前に立つ擬態のソーレン。


その琥珀色の瞳には

もはや情けなど一滴も宿っていない。


その冷徹な眼差しに晒されながら

男は思うだろう──


どうして、あの優しくて

可憐なエメラルドグリーンの瞳ではなく

この地獄のような眼差しに

睨まれているのか⋯⋯を。


だが、もう遅い。

彼らが触れてしまったのは──龍の〝逆鱗〟


ソーレンの逞しい腕が伸び

男の首をがっしりと掴み上げる。


まるで壊れかけた人形のように

男の身体が軽々と持ち上がる。


そのまま──圧迫が始まった。


「ぐっ⋯⋯ぶふぅ⋯⋯ッ!」


喉の奥から豚のような声が漏れ

その指先から⋯⋯爪先から⋯⋯

バキッ、ボギッという音と共に骨が少しずつ折れ

紙の如く捲れ──人間という形を失っていく。


「おいおい、どうしたんだよ?

身の程ってもんを

教えてくれるんじゃなかったのか?──あぁ?」


耳元で囁かれるその声は酷く穏やかで

それ故に一層──恐ろしかった。


「うあああああっ!」


焦ったように傷の浅かった一人が

よろよろと立ち上がり、大太刀を振りかざして

ソーレンの背後へと斬りかかる。


だが──


バシュッ!


刃が触れる直前、見えない壁に阻まれる。

刃先が止まり、音を立てて震える。


ソーレンの背中越しに振り返った

その瞳──琥珀色が、獣のように鋭く光る。


「⋯⋯ひっ!」


次の瞬間。


重力が男を

朝のフレッシュジュースの果物のごとく

圧し潰す──


ギリギリギリギリッ⋯⋯!


圧縮機の中に立たされたように

男の身体が捻れながら地面に押し潰され

バキバキと骨が悲鳴を上げ

内臓が破裂するような湿音が鈍く響いた。


床が血で染まり

肉と骨とが融合するように

男は床の一部と化した。


(そろそろ⋯⋯

ソーレンの擬態をやめなきゃ⋯⋯戻れなくなる)


冷たい意識が、自我を飲み込みそうになる。


レイチェルは焦りながら

しかし見事に軌道を変える。


ソーレンの姿が縮み始め

骨格が柔らかく戻り

硬質な筋肉が、しなやかな曲線を描く。


金色の髪がふわりと花咲くように揺れ

その流麗な美しさに


男達が一瞬で──絶望した。


「ひ⋯⋯っ! ア、アリア⋯⋯っっ!!」


震える声が、どこからともなく洩れた。


双眸が静かに、開く。

深紅の瞳が光なき空間を穿つように煌めいた。


「──散れ」


その一言は、まるで裁きだった。

美しさと死とを一つにした〝聖域の呪い〟──


その声が男達の耳に届く頃には

すでに紅蓮の炎が、彼らを包み込んでいた。


バシュ──ッ!


炎が噴き上がり、断末魔が室内に響き渡る。


喉を焼かれ

肺を裂かれ

皮膚が泡立ち


生きながらにして焼かれる痛みに

声すら出なくなる。


髪が燃え、瞳が溶け

ただ〝燃える〟という恐怖に塗れた者達が

火の中で崩れ落ちていく。


靡く金髪が、黒く

瞳が深紅から、再びエメラルドグリーンへ。


レイチェルは、いつもの姿へと戻っていた。


重苦しい沈黙の中で、ただ一人

這って逃げようとする男が残っていた。


血に濡れた手で地を掴み、必死に命乞いを叫ぶ。


「ひ!ソーレンの居場所を⋯⋯教えてやるっ!

だからぁ⋯⋯っ!」


レイチェルはその前に立ち

あどけない笑顔を浮かべた。


「うん!教えて?」


その声の純粋さに

男は一瞬、現実感を失いそうになる。


だが、今この光景を生み出したのが

その少女自身なのだと──

肌が痛みで告げていた。


「この部屋の⋯⋯真上の、部屋だ!

お願いだ⋯⋯!話したから、逃がしてくれ!」


「真上ね!あと、ボスって誰?

それも──教えてもらわないとね!」


「は、話す⋯⋯話すから!

ボスの名は、アライン・ゼー──」


ゴッ。


鈍い音と共に、男が目を見開く。

その口から、ブチィ、と肉の裂ける音。


「え──っ!?」


見開かれた目のまま

男は──自らの舌を噛み切っていた。


まるで〝自分自身でも驚きを隠せない〟

そんな表情だった。


血が喉に流れ込み、泡のように口元から溢れる。

身体が痙攣し、そして崩れ落ちていく。


その異様すぎる最期に

レイチェルは思わず息を呑んだ。


その時──


「レイチェル!どこにいる!?」


部屋の外から、確かに聞き覚えのある声──

ソーレンの声が⋯⋯微かに届いた。

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