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紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜  作者: 佐倉井 鱓
蒼の戯れ

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第104話 蒼の邂逅

ソーレンとレイチェルは喫茶桜の門を潜り抜け

緩やかな丘の坂道を下って街へと向かっていた。


まだ朝の冷たい空気が名残を残しているが

日差しが徐々に暖かさを増し

通りには早くも活気が溢れている。


「じゃ、いってきまーす!」


元気よく手を振るレイチェルに

時也が柔らかく微笑んで答えた。


「はい。二人とも、お気を付けて」


その声に、ソーレンも軽く手を挙げて応える。


街へと続く丘を下りながら

レイチェルは鼻歌を歌い始めた。


ソーレンは、相変わらずだなと苦笑しつつ

歩幅を合わせてついていく。


「おい、何処に行く気なんだよ?」


ソーレンがやや気怠そうに尋ねると

レイチェルは振り返ってニコッと笑った。


「私のお気に入りのアクセサリーショップよ!

新作が出たから、見に行きたかったの!」


「⋯⋯うへぇ」


気乗りしない表情を見せるソーレンに

レイチェルは軽く舌を出す。


「付き合ってよ、ね?

せっかくのお出かけなんだから!」


「わぁったよ⋯⋯

面倒くせぇけど、行ってやるよ」


そう言いながらも

ソーレンは自然とレイチェルの隣を歩く。


街に近付くと

朝市の活気と人々のざわめきが混じり合って

賑やかな音が耳に届く。


通りには屋台が並び

パンの香ばしい匂いや

花屋のカラフルな花束が目を引く。


そんな中で──ふとレイチェルの足が止まった。


「⋯⋯あれ?」


視線の先に、一人の人間が歩いている。


腰まである艶やかな黒髪を緩く編み

それを揺らしながら優雅に歩く人物。


端麗な顔立ちは性別を超えた美しさを持ち

その空のように透き通ったアースブルーの瞳が

印象的だった。


黒いロングコートを羽織り

ゆったりとした歩調で

道行く人々を避けるように

品のある足取りで進んでいく。


レイチェルは無意識に

その人物を目で追っていた。


(⋯⋯わっ!すっごい綺麗な人──!)


感嘆の息を漏らしながら

思わずソーレンの袖を引っ張る。


「ね、ね!ソーレン!」


歩きながら小声で話しかけると

ソーレンも、ちらりとその人物に目をやった。


「すっごい綺麗な人だったね!

女性⋯⋯だったよね?」


レイチェルが少し困惑しながら問いかけると

ソーレンは眉間に皺を寄せたまま答える。


「ありゃ、男だよ。

なんか⋯⋯気色悪ぃな⋯⋯」


「こら!そんな事言っちゃダメでしょ?」


レイチェルが軽く頬を膨らませて抗議すると

ソーレンは面倒くさそうに肩を竦めた。


「あ?気配がって意味だよ」


レイチェルはその言葉に首を傾げた。


「気配?」


「⋯⋯あぁ。

何て言うか、寒気がするっつうか──

背筋がゾクっとする」


ソーレンは

あまり得意ではないというように口を歪める。


「見た目は綺麗だが、あの空気⋯⋯

普通じゃねぇ」


「でも、優雅な感じだったけど⋯⋯?」


レイチェルは、少し納得いかない様子で呟く。


その人物は街の賑わいに溶け込むように歩き

やがて路地へと消えていった。


しばらく見つめていたレイチェルだったが

ふとソーレンが小声で囁く。


「あの目⋯⋯

透き通ってるようで──

何も映ってねぇ感じだったな」


「え⋯⋯?」


「まるで〝抜け殻〟みてぇな、冷たさがあった」


ソーレンは無意識に拳を握りしめている。


それが不安の表れだと気付き

レイチェルは彼の手にそっと触れた。


「大丈夫だよ、ソーレン。

今日はデートなんだから

変なこと考えないで楽しもう!」


「⋯⋯おう。そうだな」


気を取り直したソーレンが微かに笑うと

レイチェルは満足そうに頷いた。


二人はアクセサリーショップへと向かい

街の喧騒に戻っていく。


しかし、ふとソーレンが背後を振り返ると

あの黒髪の人物の姿はもう見えなかった。


(⋯⋯何だったんだ、あの感じは)


胸の奥に残った違和感を振り払うように

ソーレンはレイチェルの手を引き

無意識に足を早めた。


少しでも、穏やかな時間を守るために──


だが、その不安の影が薄れないまま

二人の背後に微かに漂っていることに

まだ気付いていなかった。



街の中心にあるアクセサリーショップは

朝から多くの客で賑わっていた。


大きな硝子張りの窓からは

煌びやかな光が差し込み

店内のショーケースに並ぶ

アクセサリー達が輝いている。


入り口近くには

カラフルなアクセサリーが所狭しと並び

奥の方には

少しシックなデザインのアイテムが

ディスプレイされている。


「きゃあ!かっわいい⸻!!」


入店するなり、レイチェルが目を輝かせて

ショーケースを覗き込んだ。


小さなペンダントトップや

繊細なリングが並ぶコーナーで

顔を綻ばせながら次々と眺めている。


店員も、その活気に自然と笑顔を浮かべて

接客に加わっている。


「⋯⋯目がチカチカしやがる」


一方

ソーレンは少し気怠げに店内を見回していた。


煌びやかな色合いや

キラキラした装飾品が苦手な彼は

自然と落ち着ける場所を求めて

ふらりと店の一角へ歩いていく。


そこには

メンズ用のシルバーアクセサリーが並ぶ

スペースがあった。


重厚感のあるリングや

シンプルながらも

洗練されたチェーンブレスレットが並んでいる。


「ふぅん。

割とこのショップ、センス良いじゃねぇか」


ソーレンが無造作に手を伸ばし

シルバーチェーンを手に取って眺めていると

急にレイチェルが横から顔を覗かせた。


「でしょ!?

ソーレンも気にいると思ってたのよ!」


その明るい声に、ソーレンの肩が僅かに跳ねた。


「⋯⋯なんだよ。

新作とやらは、もう良いのか?」


「うん!アレは、見たかっただけだから!」


レイチェルは照れ笑いを浮かべながら

楽しげにソーレンを見上げた。


その様子に少し驚きながらも

ソーレンは視線を外してぼそりと呟く。


「見るだけ?

買いたいもんあるって、言ってたじゃねぇか」


「うん!ソーレンにね!

昨日、ピアスのキャッチが

壊れかけてるの見えちゃったし──

泣いてばっかの私を支えてくれてるお礼に

新しいピアスを買いたかったの!

ねぇ、どれが良い?」


その言葉にソーレンは一瞬戸惑い

僅かに表情を曇らせる。


レイチェルが自分を気遣って

アクセサリーを選ぼうとしている事に

少し照れ臭さが混じった。


「⋯⋯俺のは良いから、自分の買えって」


レイチェルは口を尖らせて、不満げに抗議する。


「えー?

せっかくだから

ソーレンの欲しいの選ばせてよ!」


ソーレンはその言葉に曖昧な返事を返しながら

ふと視線を移した。


一つのアクセサリーが、目に止まる。


(⋯⋯これなら)


無意識に手を伸ばしかけて──途中で止める。


手を取るのを躊躇うように

拳を軽く握りしめた。


喉まで出かかった言葉が

何かに引っかかって出せない。


らしくなさに自分でも戸惑い

ソーレンは無理やり気持ちを振り切るように

顔を背けた。


「⋯⋯ちょっと、小便行ってくるわ」


レイチェルは、元気よく手を振って答える。


「はーい!」


ソーレンは少し乱暴にポケットに手を突っ込み

店内奥のトイレへ向かう。


胸にまだ燻るような感覚が残っているが

それを振り払うように歩を早めた。


一方レイチェルは、彼の姿を見送った後

再びショーケースに目を戻し

アクセサリーの並ぶ一角を

楽しそうに見つめ続けていた。


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