表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜  作者: 佐倉井 鱓
彷徨う紅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/149

第99話 変わりゆくもの

ソーレンの腕の中で

レイチェルはまだ泣き続けていた。


アリアの過去

時也との別れ

その後の孤独な日々。


擬態によって覗き見てしまったアリアの記憶が

あまりにも哀しく、胸を締め付けて離さない。


ソーレンはただ黙って

震えるレイチェルの背を優しく撫でながら

その言葉を受け止めていた。


「⋯⋯その時のアリアさんは──

桜の木に、時也さんの遺体が吸収されたから

無くなったんだって事を

気付かなかったんだろうね」


泣き腫らした瞳を拭いながら

レイチェルがぽつりと呟く。


ソーレンは短く息を吐き、静かに頷いた。


「だろうな。

だから時也を奪われたって思い込んで

丘の立ち入りを禁じて⋯⋯

絶望の果てに──自分で自分を封印したのか」


ソーレンの声には、微かな苦味が滲んでいた。

その声音に、レイチェルはそっと顔を上げる。


「アリアの過去を聞いてて

いろいろ、合点がいったよ」


ソーレンは続けて

少しだけ視線を宙に泳がせた。


その眼差しには

かつて〝呪いの丘〟と呼ばれていた

この地を訪れた少年時代の記憶が

過ぎっているようだった。


「ソーレンは、この街の出身だったよね?」


レイチェルの問いかけに

ソーレンは、ふっと笑った。


「俺が野良犬って言われてたガキの頃

ここらは呪いの丘って呼ばれて

誰も近寄りもしなかった。

桜がある事も知らなかったしな⋯⋯

今なら解るが、あの寝物語のきっかけは

アリアが時也の桜を守る為──だったんだな」


「⋯⋯前、話してくれたもんね。

この街の子供達はみんな

この丘に入るなって、寝物語に語られてたって」


レイチェルの言葉に

ソーレンは少しだけ眉を顰めた。


「ま、俺には

そんな話をしてくれる奴が居なかったから

登っちまったけどな。

そのおかげで──青龍に拾われたって訳だ」


「呪いの丘だなんて呼ばれてたの

今住んでて思えないよね。

すごく素敵な丘だもの」


レイチェルの感慨に満ちた声が

少しだけ部屋の空気を和らげた。


「時也が生き返って、アリアの封印を解いて。

その時に割ったアリアの涙の結晶を金に換えて

──この丘に、喫茶桜を建てた。

それがきっかけで

この数年で呪いの丘の話はただの御伽噺になって

賑わってきたってこった」


ソーレンは、やや不満げに鼻を鳴らしながらも

その口元には少しだけ笑みが浮かんでいる。


レイチェルはそれを見て、小さく笑い返した。


「って言うか、街にあるあの湖って⋯⋯

アリアが墓荒らしを殺した時にできた

クレーターだったのかよ。

絶対に怒らせたくねぇな」


ソーレンのぼやきに

レイチェルは小さく肩を竦める。


「あの大きな湖がそうだったなんて

記憶を見なきゃ、知らなかったよ⋯⋯」


レイチェルは

思い出すだけで震えそうになる過去の一幕に

唇を引き結んだ。


ソーレンは少しだけその顔を覗き込んでから

ぐっと、レイチェルを抱き寄せた。


「ま、これで一つ謎が解けたって訳だ。

アリアがあんなに冷徹に見えるのに

時也には甘い理由もな」


「うん⋯⋯。

時也さんの事、本当に愛してるのね⋯⋯」


喫茶桜が立つ今の丘は

かつての〝呪いの丘〟ではなく

見る者全てを癒す〝桜の丘〟になっている。


それもまた

時也とアリアが紡いだ物語の続きなのだろう。


二人が守りたかったものが

確かに、ここに根付いている──


そう感じると

ソーレンは少しだけ安堵の息を吐いた。


そして、レイチェルを再び抱きしめ

これ以上泣かせないようにと

静かにその背を撫で続けながら

ぼんやりと天井を見上げて呟いた。


「時也の野郎

アリアの風呂の世話までするだろ?

どんだけ甘やかすんだよって思ってたが⋯⋯」


ふと、ソーレンの口元に苦笑が浮かぶ。


「あいつ──

自分が死んでた間のアリアの孤独を

埋めてんだろうなって、思えてきたよ」


その言葉に、レイチェルはハッとしたように

ソーレンの顔を見上げた。


「⋯⋯そうか、そうだよね。

時也さん──

アリアさんがどれだけ一人で耐えてきたか

全部知ってるもんね⋯⋯」


「まぁ──そうだろうな。

読心術できっとアリアの心の奥底まで知ってる。

普通の人間なら耐えられねぇほどの孤独を

何百年も過ごしてきたんだからよ」


ソーレンの声は少しだけ低く

普段のぶっきらぼうな調子が和らいでいる。


その横顔を見つめながら

レイチェルはそっと息を吐いた。


「ねぇ、ソーレン。

アリアさんがどれだけ時也さんを愛してたか

すごく分かった。

だけど⋯⋯その孤独を知った時也さんも

きっと、すごく苦しかったんじゃないかな⋯⋯」


「そりゃ、そうだろうよ。

自分のせいであのアリアが自分を封印したんだ。

あのバカ真面目な野郎が気にしないわけがねぇ」


ソーレンの口調は少し乱暴だけれど

その言葉には深い共感が含まれていた。


「だから──

時也はアリアを甘やかすだけ甘やかしてんだ。

アリアの孤独を全部取り戻すつもりでな」


「ふふ。

なんだか時也さんらしいな⋯⋯」


レイチェルはようやく、少し笑顔を取り戻した。


「おう。

アリアが拒んだとしても

あいつは無理やりでも甘やかすだろうよ。

あの二人は──それでいいんだ」


ソーレンは、しみじみとそう呟きながら

レイチェルの肩を抱き寄せた。


「だが⋯⋯

俺は甘やかされるより

甘やかしてぇんだけどな?」


そう耳元で囁くソーレンの声に

レイチェルの頬が、瞬時に赤く染まる。


「⋯⋯ソーレンって、そういう事言うとき

ちょっとズルいよね」


「なんでだよ?ただの本音だろ」


「ふふ!分かってる。

私もね、ソーレンには甘えたいの」


そう言ってレイチェルが照れながら微笑むと

ソーレンも少しだけ

赤くなりながら鼻を鳴らした。


「⋯⋯まぁ、なんだ。

時也とアリアを見てると

愛ってのは互いに支え合って

傷を埋め合うもんなんだなって──

ちょっとだけ、理解できた気がする」


「うん⋯⋯私もそう思う。

お互いに心を寄り添わせていけたらいいね」


ソーレンとレイチェルは

少しだけ温もりを確かめ合うように手を繋いだ。


そして、二人はしばらく無言で寄り添いながら

これからも共に在り続けるために

少しずつ心を重ね合わせていこうと決めた。


外からは夜風が静かに吹き込み

桜の花弁が、ちらほらと舞い込んでくる。


その光景に、二人は静かに微笑み合い

優しい夜の時間を共有するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ