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紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜  作者: 佐倉井 鱓
彷徨う紅

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第98話 永遠の夢と紅き檻

崩壊した家屋の中──

燃え盛る炎の音が鳴り響いていた。


瓦礫が崩れ落ち、木材が燻り

赤黒い炎が、狂気のように揺れている。


その中央に──アリアは静かに立っていた。


炎の中でも彼女だけはその身を焦がされる事なく

冷たく荘厳な佇まいを見せている。


その目前には──青年が一人、居た。


顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり

錯乱からか、歪な笑みを浮かべている。


震える両手を祈るように組み

地面にひれ伏していた。


「⋯⋯あ、あぁ⋯⋯!

なんて⋯⋯美しい⋯⋯天使様──」


戦慄に震えながらも彼の瞳には

まるで神聖なものを見たかのような

狂気が宿っている。


アリアは一歩ずつ

ゆっくりと青年に向かって歩み寄る。


その足元は歩を進める度に床が灼熱に焼かれ

木材が炭化し、黒い焦げ跡を残していく。


溶解した床には

じゅうじゅうと音を立てて炎が上がり

煤が舞い上がる。


青年の顔は、絶望と崇拝が入り混じったような

異様な表情だった。


恐怖と畏怖が織り交ぜられ

震える体を無理やり起こしながら

口元が引き攣るように笑う。


アリアは、その狂気を孕んだ男を冷たく見下ろし

溜め息のように言葉を漏らした。


「我が夫の魂を穢し⋯⋯

その安寧(あんねい)を──踏み躙った者」


アリアの声は、冷酷そのものでありながら

どこか哀しみを秘めている。


青年はその声を聞きながら、なおも震え続けるが

瞳からはアリアを見逃せない。


アリアは青年の首を無造作に掴み

そのまま強引に立たせた。


青年の喉元に当たったアリアの手から

異様な熱が伝わる。


「うっ⋯⋯あ゛、あぁぁぁぁぁっ!!」


首に焼けつくような激痛が走り

肉が焦げる音が耳を劈く。


喉から煙が立ち上り、火傷の臭いが漂う。


青年は悶え苦しみながらも

その深紅の瞳から目を離せない。


「貴様だけは──今は、逃がしてやろう」


青年の耳元で囁くように言うと

アリアは顔を近付けた。


冷たく、憎悪を孕んだ瞳が

真っ直ぐに青年の心を貫いている。


「街の者に伝えよ。

金輪際、何人たりとも──

あの丘に立ち入る事を禁ずる」


青年は息も絶え絶えに

なんとか頷こうとするが

首を締め付けられて上手く動かせない。


「桜を目に映す事も許さん。

破れば⋯⋯この街を塵にする。

何処に逃げようと──(みなごろし)だ⋯⋯」


アリアが手を離すと

青年の首には赤黒い手形が焼き付けられていた。


それは

火傷の痕であり──呪いの烙印でもあった。


アリアが一歩退くと

その場から

まるで陽炎のように炎となって姿を消した。


残された青年は、手形の痛みに耐えながらも

半狂乱になりながら街中へと駆け出した。


「天使が──天使に殺される⋯⋯っ

助けてくれ⋯⋯!天使が、来るっ!!」


街中で叫び続ける青年に

周囲の人々は訝しげに視線を送る。


だが、吹き飛ばされた街の一部や

青年の首に刻まれた火傷の手形が──

その異様な出来事を証明していた。


その後

街の者達は丘が見えないようにと高い壁を建て

二度と桜を見ぬようにした。


青年は〝天使に殺される〟と繰り返すだけで

廃人のように譫言(うわごと)を続けていた。


やがて、ある日──

青年は部屋の中で、無惨な姿で発見される。


壁際に凭れた──炭化した遺体。


頭部が弾け飛び

壁にはその弾けた飛沫の跡と──

〝大きな両翼を広げた〟形の焼跡が残っている。


その焼跡の中央に、血で書かれた言葉があった。


〝死の翼に触れよ〟──


人々はその異様な光景に怯え

決して丘に近付かないようにと誓い合った。


いつしかその丘は〝呪いの丘〟と呼ばれ──

桜の木々も、忌むべき存在とされていった。


絶対に禁に触れてはならない──

天使に殺される──


そうして人々は

永久に丘への立ち入りを禁じた。


その夜も──丘の上では桜が風に揺れていた。


誰も知らない。

その桜が、どれだけ愛された存在であったかを。


その愛が失われた絶望が

どれだけ深いかを──⋯



夜風が冷たく吹き抜け

桜の花弁がひらひらと宙を舞っていた。


時也が眠る桜──


その根元でアリアは膝をつき

崩れるように地面に伏していた。


長い金髪が土に塗れ

震える肩が痛々しい程に揺れている。


周囲には

無惨に掘り返された土塊(つちくれ) が広がっていた。


桜の根元に作られた時也の塚が

無残にも暴かれ、土が撒き散らされている。


アリアは震える手で、丁寧に塚を直していく。


掘り起こされた跡に土を掻き集め

崩れた場所を手で覆いながら

絶望の色を、瞳に宿している。


「⋯⋯すまない、時也⋯⋯すまない⋯⋯」


掠れた声が、夜の静寂に溶けて消えた。


手の中に掬い上げた土が

冷たく、どこか虚しい。


嗅ぎ慣れた香り──


青年達からは確かに、この土の香りがした。

だが、肝心なものは無かった。


愛しい夫の遺骨が──何処にも、無い。


アリアの胸が締め付けられる。


夫を、時也を奪われたという現実が

心を何度も抉るようだった。


(⋯⋯これで⋯⋯全てを失った⋯⋯)


その実感がじわじわと体を蝕み

捩じ切れるように痛む。


時也を亡くし、双子とは共に在る事もできず

そして、今──時也の遺骨すら、失った。


アリアの頭の中で

不死鳥の嗤う声が絶え間なく響き渡る。


狂おしいほどの嘲笑が

アリアの心を何度も踏み躙っていく。


「全て奪い尽くしたお前に⋯⋯

私の絶望まで⋯⋯くれてやるものか」


拳を強く握り

声を震わすアリアの瞳が強い光を宿すものの

深紅の血涙が溢れ出した。


ぽたり──


紅い雫が地面に落ちると

瞬く間に硬質な輝きを帯び

紅い宝石となって転がった。


「⋯⋯ふ、ふふ⋯⋯

はは、はははははは──っ!!」


突然

アリアは顔を上げ、高らかに笑い始めた。


その笑いは狂気を孕み

夜の空気に不協和音のように響き

憎悪と絶望が混ざり合った哄笑だった。


不死鳥の嗤い声が一瞬止まり

警戒するようにざわめく。


アリアは、虚空を見上げながら笑い続けた。


「そうだ!お前には、もう何一つくれてやらん!

初めから──こうすれば良かったのだ!!」


声を張り上げ狂ったように笑いながら

アリアの瞳から次々に血涙が溢れ出し

絶え間なく頬を濡らす。


その涙が次々と地面に落ち

ボタボタと音を立てて

その一粒一粒が宝石に変わり続ける。


不死鳥の嗤い声が途絶え

泣きながら笑うアリアの姿に

苛立ちと焦りが滲み出していた。


アリアは瞳を細め

不死鳥の存在を感じ取りながら

狂気を帯びた笑みを浮かべた。


「永遠に貴様は、私から出られん⋯⋯。

私と共に──虚無に封じてやる!!」


その宣告に、不死鳥が焦燥の色を見せた。

今まで、一度も感じた事のない──焦り。


不死鳥の声が動揺に満ち

心の奥底で悲鳴を上げている。


アリアは両手を合わせ

祈りを捧げるように指を絡ませた。


瞳から溢れ続ける血涙が

足元で次第に結晶となり、広がり──


やがて、彼女の身体そのものが紅い光を帯び

まるで宝石そのものとなっていくようだった。


「さぁ⋯⋯永遠の虚無の中で

今度は〝貴様〟が、絶望するがいい──!」


祈るように両手を重ねたまま

アリアの唇が微かに動く。


不死鳥が醜く叫ぶが

アリアはその声に耳を貸すことは無い。


もう、不死鳥の嗤いは──届かない。


アリアの周囲に生まれた紅い宝石が

花々のように一つ一つ咲き誇りながら

彼女の身体を覆い尽くしていく。


その中で、ただ一つだけ──願いが零れ落ちた。


「⋯⋯時也⋯⋯

お前の来世に逢う事は──できん」


アリアの声が微かに震え、涙が一層溢れた。


「約束を破ってばかりだな⋯⋯私は。

娘達を──どうか、見守ってくれ⋯⋯」


最後に残った心の声が

時也への愛を刻みながら

紅い宝石の結界に封じ込められていった。


不死鳥は抵抗しようと暴れるが

アリアの意思がそれを抑え込む。


その紅い宝石は、まるで──深紅の牢獄。


不死鳥はその中で、初めて〝恐怖〟を覚えた。


紅い結晶が完全にその身体を覆い

丘の上は再び静寂に包まれた。


桜の根元に鎮座した、巨大な紅い結晶の中──


アリアは不死鳥に唯一敗北を与えたと

少しだけ穏やかな表情で

永遠の眠りにつくように瞳を伏せている。


それはまるで

愛と絶望を封じ込めた檻であり──

涙の形そのものだった。


そして、時也の桜が揺れ

花弁がひとひら、アリアの傍に降り注ぐ。


その花弁は、まるで涙を流すように

アリアの頬の上を滑り落ちていった。


紅蓮の如きその輝きが、月光を浴びて淡く揺れ

静かに永遠の夢を見る──⋯

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