恐がりなホラーマスターの青年
老婆は謡う。
-お山の真ん中ひとつある
ちいさなお池にどぼんとひとつ
つづいてみんながどぼんどぼん
お山の真ん中ひとつもない
お山のお池が泡たて
ちいさなお池にどぼんとたくさん
それでもへらずにどぼんどぼん
お山の真ん中山になる
真ん中お山になりたくなければ
お山の真ん中いくんでね
ちいさなお池にいくんでね
おまえも真ん中お山になるんだよ
X県P市の山奥に小さな村があった。勘違いしないで頂きたいのは、その村は滅びたのではなく昨今の
市町村統合によって市に統合されただけであって、昔はV村現在はP市という表記になっただけである。
それでもその地域には未だにV村と書けば手紙はしっかりとどくし、住んでる人々も「V村だよ」と
よく言い間違える。
それだけ小さな村だった。
もともと外との連絡が途絶えがちなその村が、またぷつりと連絡が途絶えた。
村は崖と沢で丸く区切られていて、まさに陸の孤島となっている。元々は崖は一方にしかなかったそう
だが、大昔の大地震でそれは見事に大地から切り離されてしまったという逸話を持っている、そして掛
けられているのは比較的大きめの吊り橋だけ。
なんとか小型トラックが一方通行できる程度の吊り橋だった。
久しぶりに郵便物を運びに来た配達員が見たものは、吊り橋の奥に何台かの車と崩れ落ちた吊り橋。
ついでに電話線も切られてぶらぶらと崖に揺れている姿。
「あちゃあ」と配達員はヘルメットに手を当て、報告のために郵便局へと戻っていった。
その背後で、必死に声を上げて助けを呼ぶ人影に気づかないまま…。
「お願い!気づいて!気づいてぇ!!助けてぇええ!!!…あっ!」
地面に落ちて長らく放置させたような、果物が発酵したような酩酊感を伴う甘くて濃い香りが女性を
覆う。振り返ると農具を手に持った人々が崖際に半円状に女性を取り囲んでいく。
「いや、来ないで…いやぁぁ…」
初老の男性の口から、空気が吐き出される。とても甘い香り。男性は片目を閉じていて、その瞼が
ピクピクと蠢いている。瞼が何かでくっついているようで、にちゃあ…と音を立てて瞼が開く。
瞼に収められていた眼球は、見たことも無い激しい動きで周囲をギョロギョロと見回していた。
「アー…」
どっどすどすどどっ
やわらかいものに鋭いものが刺さる音と、甲高い悲鳴が混ざった。
村の中央にある集会場に煙が上がっている。その周囲の田んぼや、あぜ道車道にはうめきながら彷徨う
村人達がひしめいていた。村人達の口や体から香る甘い香りの中で、集会場からは微かに味噌汁の匂い
がした。
「ミソは最期で良いんだよね、トメさん」
「あー…うー…」
血しぶきが飛び散った、水色の手術着に短パンを履いた裸足の青年が鍋をのぞき込んでから後ろを振り
向く。
振り向いた先には、首もとに大量の出血後を残した野良着姿の老婆がいた。
「そう、あんがと。…このくらいかなぁ」
手元の自家製らしい味噌を味噌溶きに入れ、菜箸で優しく味噌を溶かしていく。隣にのろのろと老婆が
近寄り、濁った目で鍋の中をのぞき込み、数度頷く。
「うぅー、ああ゛~…」
「よし、出来た。あっ、トメさんしゃもじ何処?」
集会場の中にも、うめく村人達が何人かうろうろとしているのを、すりぬけながら、青年は小鉢に入れ
た不格好なきんぴらと味噌汁と漬け物をお盆にのせて畳敷きの部屋へと進んでいった。そこには昔なが
らのちゃぶ台と、中年女性がフラフラしながら立っていた。
「あれっ陽子さん、どうしたの?」
「じゃ、もぢ」
陽子と呼ばれた女性は、アザだらけの手にビニール袋にくるんだしゃもじを持ち上げて青年に見せる。
青年は表情を明るくしてしゃもじを受け取る。
「わざわざ届けてくれたんだ、ありがとう陽子さん。じゃあ俺ご飯よそってこよーっと、あ、ハエとか
たかりそうになってたら追い払っといてね」
「う゛ぁい」
数分後、彷徨う村人に囲まれた青年は、元気よく「いっただっきまーす」と叫んで食事をかっ込んだ。
それと同じくして、吊り橋にもたれるようにして倒れ、目を見開いたまま事切れていた女性が目を瞬か
せ、ゆらりと立ち上がった。
ぼたぼたと腹から自分の中身がこぼれるのを、ゆっくりと支えて歩き出す。村へとむかって。
間違えて短編小説で投稿してました…。
同名の連作を出しましたのでそちらをどうぞ。