Girls have Reality
半年ほどが経った。
ある日、五味さんは一人で大使館に行っていた。その国の銃の所持ライセンス許可は下りたんだけど、その発行が遅れていたらしい。それだと銃が買えないから、狩りができない。そこで大使館に相談に行っていたみたい。
大使館は首都にあった。五味さんのいる街からだと山を越えていかなければ行けなかったから、朝になるまで首都に泊まった。流石の五味さんでも夜の山は危険すぎる。
結局、帰宅したのは朝の9時ぐらい。
五味さんが帰っても返事はなかった。
いつもなら誰かいるはずの時間。
商社マンの旦那さんと、行商と言いつつ老後の道楽に友人と賭け事をしているほうが長いオジサンがいないのはわかる。
だが、専業主婦のおばさんとまだ赤ん坊の子供二人とその母である友人がこの時間に全員揃って家にいないのは不自然。
その時、五味さんは懐かしい感じがしたらしい。
20歳の秋までは非日常で、半年前までは日常だった嫌な感じ。
五味さんはすぐに家を出た。
警察はそれまでの経験で信用できないし、大使館に電話するには確証がない。
すぐに五味さんは友人に電話した。屈強な男と女性とおじいさんの計3人の狩猟仲間がやってきた。そのうちの女性とおじいさんは銃を持っていたし、おじいさんに至ってはプロのハンターで現地では有名な人だった。
4人はすぐに嫌な予感を共有した。銃を持った二人が最大限、警戒しながら廊下を突き進んだ。
五味さんの中で嫌な予感がどんどん肥大化して、五味さんはその場から走って逃げたくなったそうだ。
二人がリビングの前まで来た。
嫌な匂いがした。
もうほとんど諦めに近い嫌な感じが五味さんを覆った。
血の匂いだ。
それもかなり濃い。
中を覗いた2人が英語で「覚悟しろ」と言ってきた。
4人はリビングに入った。
リビングでは4人が半分、血の中に沈んでいた。子供たちはいなかった。
五味さんはショックすぎて泣けなかったらしい。すぐに子供を探した。
子供はいた。
二人ともすぐに見つかった。
4歳の娘と目が合った。
そこには、娘の頭しかなかった。
身体のほうがぐちゃぐちゃになって近くに転がった。
二人目は廊下の奥で目が合った。
五味さんが見上げた時に…だけど。
二人目、3歳の娘は宙ぶらりんの状態で虚ろな目を五味さんに向けた。
その眼窩に入っているのは、いつものあどけない瞳などではなく粘膜に包まれただけの水晶体であった。
正確には娘は吊るされていたんじゃなくて加えられていた。
ワイバーンに。
その体躯は5m近かった。
長い首が廊下の奥から伸び、胴体は見えなかったらしい。
五味さんはワイバーンの片手で薙ぎ払われた。
気が付いたら病院のベッドだった。
消毒液の匂いが自分に染み付いた死に匂いをかき消して、五味さんは安心したらしい。
ワイバーンは森から出てきたと、五味さんも後から聞いたらしい。
何の予兆もなく森から現れたらしく、近所で何かきっかけになるような出来事もなかったという。
海外の話とはいえ、五味さんの家族同然の人たちは突然、命を奪われた。五味さんも死にかけた。
ワイバーンは日本にはほぼいない。それでもリヴァイアサンに殺されかけた私には、何かのきっかけがあればヒトはすぐ死ぬという現実が嫌というほど真実味をもって感じられた。
静かな世界に行きたくて狩猟を始めたかったのだが、その前に死ぬかもしれない。その現実が私を押し潰す。
親の説教とか何とかそんな日常系の現実じゃなくて、もっと厳しい本物の現実が牙を向いてきた。
受験だなんだじゃない。
人生の岐路に立つというのが比喩ではない世界。道を間違え、いや、間違わなくても人生が終わる世界。
私の目指す進路はそんな命がけなのか。
私はもうどうしていいかわからず、五味さんに話を聞かせてもらった感謝を伝えて五味さん宅を後にした。
店長に謝らないといけなかったが、とてもできそうにない。
私は五味さん宅でたまたま店長に合わなかったのをいいことに、私はすぐにその場を去った。朝と違って曇天だった。暗い。そんな天気ではあるけど、家にも帰れないから仕方がない。しばらく公園のブランコをキコキコと漕いで過ごした。
ダイジョブか?私。
謝罪一つできなのに、命のやり取り。
そんなこと、ホントにできるのだろうか。
それを見上げた私の鼻先を一筋の雨が濡らした。
「勝手に拗ねて出てって、ごめんなさい」
結局いつまでも拗ねてたところでどうしようもない。
そう思ったはいいのだがどうしていいかわからず、五味さん宅の前でウロウロとしていた。結局、帰ってきた店長が声をかけてくれて、何とか謝ることができた。
店長が帰ってこなかったらどうする気だったんだ。私。
私は五味さんの話を聞いたこと、ハンターにはなりたいが覚悟が決まらないことを話した。店長は静かに相槌を打ちながら、私の話を聞いてくれた。
「なら、私も話しておこうかな」
店長はそれが当然のことかのように言った。
「選択肢は多い方がいいからね」
店長はそう前置きすると、自分の過去を話してくれた。
その過去を聞いて、私はまたどうしたらいいかわからなくなってしまうのだった。
店長は昔から銃の興味があった。同時に自分が女性だと思っていた。
別に女性でも銃とか刀が好きな人は多い。現に私の周りのハンターは女性のほうが多いくらいだ。五味さんとか、ヒマリとか。
ただ、当時は時代もあってこの二つは両立しなかった。少なくても店長はそう思っていた。特に元々男である自分が女になるには、フツーの女性よりも女らしくある必要があると思っていたらしい。
違和感はもともとあった。ただ、中学まではモヤモヤしつつも男性として過ごしていた。部屋はモデルガンでいっぱいだった。可愛いものはわざと遠ざけた。小学生の頃に集めたもののうち、少しでもカワイイ物はまだ幼い妹(まあ、五味さんなんだけど)にあげてしまった。銃や飛行機のプラモデルだけが残り、自室の床を埋めた。
高校2年の夏、新聞記事(だったはずと、店長もうる覚えだったけど)でみたトランスジェンダーの記事で正解を見た気がしたそうだ。
しばらくは誰にも内緒だった。床を埋めていたミリタリーグッズはお気に入りの物も含めて全て妹に渡した。妹は疑問を口にしなかったが、後日、店長の部屋の前には五味さんが親から貰ったカワイイフリル付きのスカートなどの洋服一式が置いてあった。
その話をしていた店長は「はあの子は昔から口下手だからね」と微笑ましそうに笑った。
その一年後、受験の年になった。とりあえず東京のそれなりに有名な難関大学に行くことにした。東京の学校を選んだのは、親にバレずに趣味の女装をするのに都合がよかったから。それに東京なら田舎と違って最新鋭のファッションに触れ続けることができる。難関大学を選んだのは、親が理由もない東京への進学を渋ったことと、そこまでしてどうして東京にこだわるのか聞かれたから。店長たちの親はそこそこの学歴で正社員になれば、どこでも幸せになれる本気でと信じ込んでいるタイプの親だったらしい。だから、難関大学に行くためなら東京へ行くのも仕方ないと妥協してくれた。
だけど、そこからが地獄だった。寝ても覚めても勉強のことしか考えられなかった。親知らずが痛んできても歯医者に行っている余裕がなく、胃に穴が開きかけて入院しても碌に心身が休まらなかった。朝起きて何もできず呆然としたり、寝る為に布団をかぶったら涙が止まらなかったりするという事がほぼ毎日続いた。
一番決定的だったのは、手入れをしている余裕がなく親の服と一緒にクローゼットに投げ入れたままになっていたお気に入りの服が虫に喰われていたことだった。東京への修学旅行中に周りの目を盗んで買ったもので、一番のお気に入りだった。虫食い穴はとても小さかったけれど、店長の心には大きな穴が開いてしまった。大学生活にはほとんど興味のなかった店長は、東京での自由なファッションライフだけが、過酷な受験戦争の中の唯一のモチベーションだったのに。
結局、近所の中流大学に入った。家には一浪する分の塾代やらもろもろのお金を援助する資金的余裕はなかったし、店長本人にも、それを支える親にも、受験という地獄にもう一年挑むだけの気力も体力も残ってはいなかった。
とりあえず正社員になれれば将来は安泰。親のゴールはそこだった。だから、とりあえず大学に行ってくれた方が良かった。むしろ、目の届く地元の大学のほうが安心とさえ思っていたらしい。
まあ、そんな訳で趣味のためのバイトをするほかは単位を落とさないための最低限の勉強しかしなくなった。
勿論やる気がないから、就職にかかわる活動以外は必要最低限をこなし、サークルも籍だけ入れて碌に参加しなかった。近所の飲食チェーンでのバイト以外は,街に出ていた。そこで、女性として女装店員によるメイド喫茶でバイトをしていた。
就職活動を始めてしばらくした頃、三歳離れた妹の五味さんが突然、海外に行ってしまった。
忙しくて見送りにも行けない。さらに両親はせめて長男である店長は家にいることを望んだ。そのため、実家から通える親戚の会社に入った。大企業の内定は蹴るしかなかった。まあ、店長は五味さんを恨んではいないらしいけど。
店長曰く、五味さんはいまだにそのことを気にしているらしい。
「まあ、あの子は優しいから」そう言って店長は嬉しそうな苦笑いというような複雑な顔をした。その笑顔はなんとなくだけれど、とても優しいものに見えた。
店長は家族経営だったその企業でただ黙々と仕事をこなした。ブラック気味の会社で2年ほど過ごした。親は正社員として働いていれば、そのうち幸せになれるという古臭い考え方で、深夜帰宅下手すれば朝帰りにもかかわらず、平然と早朝に出社していく店長を特に心配しなかった。
店長は突然、仕事を辞めた。親には内緒で五味さんのところに行ったらしい。五味さんは高校卒業と同時に銃の所持免許を取得、海外でもその国のライセンスを獲ってはモンスター狩りをしていた。
自由の旅だった。女装をして、ありのままの姿で過ごした。姉妹に間違えられると嬉しかった。
そう言って店長は恥ずかしそうに笑った。
本当に楽しかった。店長の顔にそうハッキリと書いてあった。




