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Girls have Providence

前を進む船から銃声がした。

 ライフルを撃ったのがヒマリなのか、五味さんなのかはわからないけど、どっちかなのは間違いじゃないっぽい。

 まあ、はずしたみたいだけど。

「釣るとかじゃないんですか」

 空音が聞いた。

 するとオヤジが船の下を泳いでいるリヴァイアサンを指さした。

 すぐに真顔で聞いてきた。

「こんなバカでかいのをどうやって釣り上げるんだ?」

 確かに。

 流石のヒマリたちにも、この3ⅿ近い怪物を釣り上げられるとは思えない。

 もし、できたとしても怪物が暴れた衝撃で船がひっくり返る。

 そうこうしている間に2発目の銃声が聞こえた。

 今度はさっきと違って命中したみたい。

 だけど、何かに弾かれたみたいだ。

 甲高い音がした。

 そう、ちょうど金属板にぶつかったような。

 リヴァイアサンの鱗に弾かれたんだ。

 いや、硬った!リヴァイアサンの鱗、どんだけ固いんだ!!

 弾丸弾くのもそうだけど、マジで金属みたいな音したよ!鉄並みに硬い鱗ってこと!?

 しかも

 噓だよね!

 リヴァイアサンがこっちに向かってきている!!

 おまけにメッチャ興奮しているみたいだし!!!


 あ、終わった。

 その時、隣にいた空音が半笑いで聞いてきた。

 ど、どうした!?

 くちもとが笑ってるけど、目頭に涙たまりまくってるよ!

「サカナにサカナったらダメだったか」

 あ、ダメだこりゃ。

 まったく面白くない。

 いや、空音のギャグなんて評価してる場合じゃなくて…!

 私と空音が半狂乱になりながらドタバタやっていると、いつの間にか隣にいたはずのセクハラオヤジがいなくっていた。

「お前たち!」

 後ろから怒鳴り声が聞こえた。

「刺身にするのと、焼いて食うのどっちが好きだ!?」

 オヤジはライフルを組み立てながら、謎の質問をぶつけてくる。

 オヤジが揺れる船体をもろともせず、しっかりと迫るリヴァイアサンに向けて立つ。

 その腕の中で着々とライフルが組みあがっていく。

 オヤジは確認もせず、ボルトハンドルを操作して、弾丸を装填し、構えた。

 リヴァイアサンの創り出した白い線が海面を切り裂きながら、高速で迫ってくる。

 オヤジが、光学照準器をのぞき込み、トリガーに指をかける。

 海面を切り裂いたナイフのごとき巨体が、船に迫る。

 トリガーにかかった力が徐々に強まっていく。

 その様子を見ていた空音がオヤジに向かって力いっぱい叫んだ。

「煮物がいい!!!」

 オヤジがニヤリと笑った。

「こんなイイ肉を煮物か!」

 息を爆発させるように「はっ」とつぶやいて言った。

「贅沢な奴だ」

 オヤジの目に鋭い光が宿った。

 その時だった。

 リヴァイアサンが飛び上がった。

 海面が爆発し、飛沫が雨のように甲板に降り注ぐ。

 雨が甲板をたたく音が響く。

 リヴァイアサンが太陽の光を隠し、甲板に影ができた。

 その影をも雨がたたく。

 リヴァイアサンの牙がオヤジをかみ砕こうと迫る。

 オヤジはそれを見上げない。

 ただ、正面の狙いを定めたままで。

 ただ、引き金を弾く。

 オヤジの肩が少し揺れた。

 リヴァイアサンが後ろに吹き飛ぶ。

 着弾の衝撃でリヴァイアサン身体が九の字に曲がった。

 リヴァイアサンは海に落ちた。

 オヤジのライフルから薬莢が弾き飛ばされて、甲板をたたいた。

 金属薬莢の甲高い音が響く。

「おい、ボーと伝ってねぇで、タモかなんか持ってきてくれ」

 私と空音は慌てて、タモを取りに行った。

「煮物にするの、手伝えよ」

 オヤジはタモで沈みかけたリヴァイアサンの肉体を掬い上げながら、こっちを向いて豪快に笑った。

 案外、良いオヤジなのかもしれない。

「お、プリプリにいい肉だ。おめぇらのケツよりよっぽどいいな、こりゃ」

 そう言って豪快に笑った。

 前言撤回。

 現代社会の敵だ。このセクハラ老害オヤジは。


 その時だった。

 私の全身が何かの陰で覆われたのは。

 え

 私が振り向いたときには、それは目の前だった。

 リヴァイアサンだ。

 牙についた血の汚れまではっきり見えるほどの至近距離。

 しかも、さっきのヤツより一回りはデカい。

 思考が停止した。

 走馬灯すら浮かばなかった。

 だが、目をつぶった私に痛みは襲ってこなかった。


 いや、まあ、食べられてたらこんな話できないんだけど。

 気づいたら空音が私の上に救急セットをぶちまけていた。

「バカヤロー!怪我人だぞ!!気を付けろ!!!」

 オヤジが喚いていた。

 だが、よく見るとオヤジの抑えている腕には血が流れていた。

 私は慌てて体を起こすとオヤジの駆け寄った。

「なぁに、ちょっとコイツの歯が当たっちまっただけだ。」

 どうやらホントに当たっただけらしい。落ち着いた後、正常に戻った空音にも聞いたから間違いない。ハズだ。

 当たっただけで皮膚が裂けるのか。

 紙でも皮膚が切れるとはいえ、オヤジの傷はそんな浅いもんじゃない。

 その腕は傍から見てもわかるくらいには筋肉質。当然、皮膚もゴツゴツとして堅そうだ。

 にもかかわらず、結構ガッツリ切れている。

 オヤジはよくあることだと笑っているけど、ガーゼが真っ赤に染まるほどの怪我がよくあるなわけがない。

 ただ、このセクハラオヤジがうら若いJKに気を遣って軽めにいうとも思えない。

 ホントによくあることなんだろう。

(後でほかの猟師や五味さん、ヒマリにも聞いてみたが、ホントによくあるらしい。)

 私が生きているのはオヤジが私を助けるためにライフルの木製銃床(ライフルの後ろのほうの太くなっている部分。ストック。ちなみに私の相棒ミヤムラはこれが木製じゃなくてプラスチック製。)でそのリヴァイアサンをぶん殴ってくれたかららしい。

 その銃床は一部が欠けて、無事な部分にも無数のひび割れが走っていた。

 仮にも木製だから、そこそこ堅いはずのそれがボロボロになっていた。

 私は甲板に網でグルグル巻きにされているリヴァイアサンを見た。

 ナイフより鋭そうな牙。

 その牙についた血に含まれる油が太陽光を反射して真夏のプールの水みたいにキラキラと黒光りしている。

 割と筋肉質なオヤジの不愛想な肌がチョットかすっただけで裂けたのだ。

 私や空音の柔肌だったらひとたまりもなかっただろう。

 それこそバターの立てたナイフみたいに易々と肌にめり込んで、骨までかみ砕いてしまう。たぶん。

 私は改めてゾッとした。

 一発目の時は静かな世界を体験できなかった。

 それは至近距離で獲物に当たってから音が届くまでの距離の差が短すぎて同時に聞こえたからだけど、それだけじゃない。

 そんな余裕なかったからだ。

 二匹目が襲ってきたときなんて、思考すらできなかった。

 静かな世界を感じる前に死んでしまっている。

 ココはそういうことも起こりうる世界なんだと、その時初めて実感した。


 帰ってから五味さんにそのことを話した。

 すると「そうですよ」とやけにあっさり返されてフツーに驚いた。

 それはいつも緊張で言葉の冒頭が詰まり気味の五味さんには珍しいぐらいすらっと出た回答だった。

 まあ、色々な国に言って色々なモンスターと戦ってきた五味さんだ。そういうこともあるんだろう。

 だが、五味さんの話は思ったより日常に近かった。

 バックパッカーを始めたばかりの五味さんが五回目にたどり着いた国はそこそこ治安のイイ国だった。

 私的には治安がイイ基準にはならないと思うのだけれど、それまでの国では泊まったホテルのすぐ前で銃撃戦が始まったり、税関が金目の物を探してバックを漁ったり、一般人が勝手に検問所を作って警察が金を払ってたりする国ばかりだった。

 だから、その国は五味さんには天国に見えた。

 五味さんは森を背にして栄えた街にある家族の家に泊まった。

 その街は歓楽街から少し離れ治安も良く、死臭がしない海沿いの街だった。そこそこ発展していてバイクも車も通るが海の街特有のさわやかな雰囲気があちこちに残って、涼やかな街だった。

 五味さんはバイクで行商をしているオジサンの自宅に半ば無理やり泊めさせられたらしい。何でも五味さんが闘鶏(ニワトリを戦わせる。いわゆる賭け事)で勝てそうなニワトリを当てたかららしい。オジサンは五味さんの予想に乗り、賭けるニワトリを変えて無事に勝った。質に入れていた商売道具のバイクを取り戻し、上機嫌で五味さんを乗せて帰ったということみたいだ。貝と一緒に乗ったせいで五味さんはすっかり磯臭くなって大変だったらしい。

 家には専業主婦で気が強いが面倒見のいい奥さんと息子夫婦の孫が暮らしていた。

 3歳の娘と、1歳の息子、優しそうな旦那さんは商社マン。

 奥さんが五味さんより1つだけ歳上だった。

 奥さんは社交的で優しいが引っ張るときは引っ張る感じだったので、コミ障の五味さんとしてはありがたかったらしい。

 境遇も何もかも違うが、21歳の五味さんにとっては私にとっての空音のような感じだった。

 五味さんはこのまま一生ここにいようかとも思った。

 そんな五味さんの望みが無残にも消えてしまうとは、その時は誰も思わなかった。

 五味さんはそう言って話を区切り、お茶を取りに台所の暗闇に消えていった。


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