Girls have Fear
「はい、コレ。さっき獲ってきたヤツですけど。良かったら」
そう言って五味さんが持ってきてくれたのは、白い湯気とともに香辛料のいい匂いを漂わせる肉入り野菜炒めだった。白いきれいなお皿。その中に薄く切られた肉が色とりどりの野菜とともに盛り付けられ、香辛料の赤い色がその中で星のようにきらめいていた。
「これ、五味さんが作ったんですか?」
五味さんが頭をふるふると振った。じゃあ、誰がと聞く前にノールックで後ろを指さすと
「兄さんが。」と答えてくれた。
「兄さん」とは、店長のことだ。なんとこの二人は兄妹らしい。
そんな店長は今、私のちょうど後ろにあるベランダに出て電話をしている。今夜、ココに泊めてもらうことになった時、私の代わりに親に事情を話すと言ってくれたのだ。あ、もちろん、本来泊めてくれるはずだった空音には私から電話を入れてあるのであしからず。
五味さんが「ご飯をとってきます」と言って正面のキッチンの方に消えていく。五味さんを見送って私が早く食べたい誘惑と戦っていると、後ろから窓の開く音が聞こえた。
「先に食べててもいいよ」そうさわやかに告げながら、店長が持っていたスマホをポケットにしまう。キッチンから五味さんが「ァ、ごめんなさい。先に言っておけばよかったですね。」と言ってくれている。うぅ、優しすぎる。
店長がそのままキッチンに向かうのを見て立ち上がろうとしたが、「座ってて」と手で制されてしまった。そう言われれば座るしかない。大人しく、慣れない正座をして待っていると、二人が真っ白いご飯と、肉がゴロゴロ入ったスープを持って現れた。
「ありがとうございます」
私がお礼を言うと店長が「気にしないで」と言いながら、飲み物を注いでくれる。
「家出の理由を聞きたいところだけど」
店長の言葉に私はドキッとした。
それに気づいたのかはわからないけど、店長は優しそうな微笑みを浮かべると、真冬にはコタツに変身するだろう低めのテーブルの前にゆっくりと座った。
「まずは食べようか」
二人で手を合わせるのを見て、私も慌てていただきますをする。
では、遠慮なく。
私は花柄の箸を手に取り、カラフルな野菜の森の中からキラキラと輝く肉の塊を持ち上げた。黄金に輝く油がみずみずしいキャベツの白い芯の部分に落ちて、消えていく。私は湯気を立てるそれに息を吹きかけて冷ましながら、ゆっくりと口に放り込んだ。
あっつぅ---------い。けど、うっっっまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっい。
ヤバい、溶けている。肉が溶けている。とゆーか、肉柔らか。ちょっと濃いめの味付けっぽいけど、本当にうまい。ゴハンが進むなこれは。
ぁ、ちょっと行儀悪いかもだけどあれやっちゃうか。
私はそう考えると、周りを見回した。人の家でやるにはちょっと不味いし罪悪感があるがこの誘惑にはとても勝てそうになかった。私は一思いに、赤茶色い肉を白いご飯の大地の上にのせた。野菜炒めのお皿に残った汁を少しずつご飯に染み込んでいく。油をタップリ吸い込んだ汁がご飯という豊穣の塊みたいな大地に染み込んでいく。私はそれを確認するかしないかのタイミングで、箸をつかんだ。そのまま、ごはんと肉をまとめて掴み、再び口へ。
うまい。
計画通り。
私は思わず、そっぽを向いて悪そうな笑みを浮かべた。ふふっ。
ご飯の甘味が肉の濃い味を包んで、一つの完成形へと至った。数秒前に感じたちょっと濃いかなという感想はこの形態に至るための啓示であった。と思う。
行儀が悪いのは間違いないのだが、私の手は自分に意思ではどうにも止められそうもなかった。
「そうだ、アキさん。このお肉なんだかわかる?」
私が夢中で野菜炒めの肉丼(仮)を口に放り込んでいると、店長が思い出したかのように聞いてきた。
鶏肉…に近いとは思うけど、それよりも筋肉質な気がする。やわらかいは柔らかいんだけど鶏肉のそれより、牛とか豚とかの哺乳類よりな感じ。
「コカトリスだよ。」
マジか!
前にヒマリが弁当に入れてきてたヤツか!?私は2m近いニワトリのお尻から蛇が飛び出したような見た目の怪物の姿と、さっきまで食べていたあのウマいの塊みたいな柔らかいお肉を脳内で比較してみる。
ダメだ。全然、似ても似つかない。
確かにニワトリに近くてより筋肉っぽいからニワトリっぽいコカトリスの肉だというのは理屈の上ではわかる。筋肉質なのもにニワトリよりも高速で山の中を走り回ってるからってのはわかる。
でも、わからん。
あんな化け物みたいなヤツがこんなにウマい肉と同じものだったなんて想像できない。
そしてやっぱりそれを弁当に入れてきたヒマリの神経は理解できない。怖いよ。ヒマリ。
そんなこんな考えているうちに丼の中身は消滅していた。
あれ、いつのまに。
自分でやった行動の結果なのに丼がなくなったという事実が受け入れきれない。あ、そういえばカロリーとか考えてなかったな。急に余計なことが気になってきたから、みそ汁でも飲むか。いったん。いったんね。
私がみそ汁の温かさが全身の染みわたっていくのも全神経を使って感じていると、五味さんがゆっくりと手を挙げた。俯いて恥じらいながら手を挙げるその姿がひどくかわいらしく見えた。まあ、本人には内緒だけど。
「それ作ったの…私です」
五味さんが!さすが元バックパッカー兼現役猟師。ハイスペックすぎる。お嫁さんに欲しい‼
それを伝えた時の五味さんの赤ら顔がまた可愛いんだよ!これが‼
そんなカワイイ五味さんを褒めて遊んでいると、いつの間にか食べ終わっていた。
あまりに満腹でついおなかをさすっている私を見て、店長さんが真面目な顔で言った。
「そうだ。アキさん。お食事中に悪いんだけど」
言いにくそうな店長が聞きたいことは、まあ、予想がつく。
家出のことだろう。まあ、さっき聞きたいって言ってたしね。
まあ、そうだよね。二人には話しておかないとね。
私は店長さんが話を切り出す前に、しっかりと座りなおして家出の理由を話始めた。
店長さんがリラックスした格好のままでイイと言ってくれたけど、さすがにそういうわけにはいかない。
私は話しながら、母に対する怒りを思い出さないように努めた。つい前のめりになるのを抑えながら、順を追って伝えていく。冷静に聞いてくれている二人の優しさにこたえるように。ゆっくりと説明していった。
私はなんとか話し終えた。
うまく伝わったか心配だった。
こないだ受けさせられた小論文のテストの点数が悪かったし、何より、自分でも整理がついていない出来事だったから。特に感情面で。
私の話を聞き終えた二人はしばらく考えていた。
先に口を開いたのは五味さんだった。
「私はお母さんと同じ意見です。」
珍しくハッキリと話した。
噓...ふざけるな。バックパッカーだったり、猟師だったりやってきた五味さんがそれを言う?
私はそっちだけズルいと感じた。さんざん自由にやってきた癖に。
「い、言いますよ。というか、自由にやってきたからこそです。」
その後の五味さんのセリフはどこかで聞いたことがある気がして、ろくに耳に入ってこなかった。確か、英語ができなくて苦労したとかそういう。
「ま、まあ、好きにやっていいと思います。大変だなとは思うけど結局何とかなってきたので。私はですけど。」
結局、好きにしてイイんかい。さっきまでの説教は何だったんだ?まあ、でも五味さんがなんとかなったのなら何とかなるか。そう思った。
「私もやってみたらって言いたいよ。結局、苦労するのは自分だし」
店長さんが突然そう言ってきた。
突き放された?
突然のことに驚いていると、店長は「失敗しなきゃ学ばないからね」とさらにつづけた。
怒られた?
そう思った。
気づいたときにはトイレに駆け込んでいた。
1時間ぐらいトイレで何もしなかった。
家出した挙句泊めてもらっておいてこの行動はあまりにも子供すぎる。そう思わないでもなかった。
私は単に甘えていることを認めたくなかった。それなのに自由だけを欲しがって。さんざん不自由だって喚いていたくせに、自由にしていいよって言われたとたん、突き放されたともって。それが怖くて。泣く。
なんとなくそれに気づいた。トイレの中で…だけれど。
自己嫌悪になった私が重苦しい横開きの扉をゆっくりと滑らせて廊下に出てくると、廊下人感センサーが切れたせいか真っ暗になっていた。
「お、お姉ちゃんは寝るとき、あそこのセンサー切っちゃうんです」
五味さんは皿洗いの手を止めて私の質問の答えてくれた。私は申し訳なくて、皿洗いの手伝いを申し出た。けれど、五味さんは微笑を浮かべながら、それを断った。さらにありがたいことにバスルームや寝室の場所とか使い方を丁寧に教えてくれた。
「あ、明日は早いですから」
最後によくわからないことが聞こえた気がするけど、何か用事でもあるのだろうか?
だったら早く寝てしまわないと。それで早く起きて、用事とやらが始まる前に、店長さんに謝ろう。泊めてもらっておいて、突然、トイレのこもった挙句に謝らないなんて最低のすることだ。
私は謝罪文を考えながら、髪の毛の手入れもそこそこに柔らかい布団の海に沈んでいった。
知らない天井だ。
先ほどからなんかギャル語っぽいのが聞こえるけど、無視しておこう。
とりあえず状況の整理だ。
昨日、布団に入ったのが1時頃。
そこからの記憶がないから寝たのは間違いない。
早めに起きて店長さんに謝ろうと思ったから、6時にはケータイのアラームをセットしたハズ。
まさか、鳴らなかったのか?
そう思って枕もとのケータイを開いて、驚いた。
なんと時刻は3時17分。
まだ、夜中じゃないか。
私はもう一度寝ようと布団をめくる。
ギャルっぽい影が何やら騒いでいるが気にしないでおこう。
まだ、夜中なのだ。
その瞬間ギャルっぽい何かが腕をつかんできた。
「ちょっとアキっちー。気づいてるっショー」
聞こえない。聞こえない。私はまだまだ寝たいのだ。
「まさか!?」
今度はなんだ?眠いんだよ。こっちは
「ウチが見えてない!?」
んなわけあるか!!
はっ、思わずツッコんでしまった。
ヒマリが安心したように目を輝かせて抱き着いてくる。
ウ、息がっ。とゆーか、ほんとに心配してたんかコイツ。
とゆーか、よく見ると格好がおかしい。メイクも(いつもよりは)ナチュラルめだし、ネイルとかしてないし、オレンジ色のド派手なジャンパーだし…
まさかっ?!
「アキ!海行こうよ!海!!夏といえば海っしょ!!」
今は冬だよ。ヒマリ。
まあ、でも海なら狩りじゃないし、気楽でいいか。
静寂の音がまた聞きたいのはそうなんだけど、今日はその前に店長の謝らないといけないし。
私は訳が分からないまま、布団の片づけを始めていた。
なんなんだよ、もう…。




