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皇帝暗殺  作者: 無銘、影虎
【第五幕】 The Explorer
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エピローグ

【スプリア/皇帝別宮】


 男は朝のまだ空気の冷たい時間に起床して、畑に向かう。

 野菜に水をやり、それぞれの成長具合を点検する。

 虫はついていないか、大きさは十分か。

 葉の色は青々しく輝いているか。


 キャベツを育てるのは自分の使命だ。

 命を使う、使命だ。

 よく実ってほしい。


 ひととおり畑を見回ると、ひとりの男が視界に入った。

 熊のような大男だ。傍には護衛を何人か引き連れている。


「陛下」


「もう〈陛下〉ではない。キャベツの世話人だ」


「ご挨拶に参りました。陛下が考案された四人の皇帝の分割統治。すでに機能しています。軍事的なことでいえば、戦略がたてやすく、機動性も申し分ない。なにより内政も整いました」

 皇帝の即位に秩序をもうけ、帝位継承で争いが起きないよう、皇帝をふたりにする。これは古代の執政官に似たしくみだ。大規模軍事と立法に関しては二人の皇帝は独裁ができない。さらにそれぞれに有能な人物の養子をとらせ、副帝をつける4人体制にする。皇帝が絶たれれば副帝が立つ。副帝補選に関しては3帝合意で行われ、直接の世襲を禁じる。これも皇帝独裁がかなわない仕組みだ。

「そうだろう。そもそもこの広大な帝国をひとりの皇帝が治めることなど不可能だ」


「ですが、正帝にしても、副帝にしても、軍人としては有能ですが、それだけでは心許ない側面もあります」


「それは織り込み済みだ。官僚制度をつくったのはそのためだろう。しくみが機能しはじめれば、問題はなかろう。いまからそのようなことでは、務まらぬぞ筆頭皇帝陛下」


「そう、やはり時間はかかるものです。そんな時になぜ退位されたのか。陛下がいらっしゃれば……」


 帝国の歴史上、生前で退位した例はひとつもない。

 〈ディオス〉はそれをやった。必要なことだったからだ。権力が穏便に移行される、その前例が。

 いずれにしろ退位したときにはディオスの命はあと数ヶ月だった。在位のまま死ぬことは許されない。

 ふたたび帝国に混乱を招くだけだ。


「くどいな。私はキャベツの世話で忙しいのだ」

 〈ディオス〉は言う。


「はい。そうでしたな。陛下、私に〈それなりの地位〉を与えてくださり、ありがとうございました。本日はあらためてそのお礼を。この不思議な出会いに感謝を」


「かまわぬ……〈僕はあなたを信じたんだから。そしてそれに応えてくれた。辺境の皇帝、小熊の百人隊長〉。ありがとう」


 それを聞いて皇帝マクシスは満面の笑みをたたえる。

「それでは」

 マクシスは一礼をし、親衛隊長カシウスとともに去っていった。


 ※  ※  ※


 元皇帝ディオスはスプリアの離宮に戻ると、皇妃ソニアと出くわした。


「またキャベツの世話ですか?」


「うむ。日が上る前に目覚め、準備をし、日の出とともに畑に向かう。昔、やっていたことだか、これがやりたかったことなのかもな」


「皇帝ともあろう人がすることですか」


「元皇帝だな」


「在位3年半、ずいぶん短い治世でしたね」


「命が許す限りのことでは、やれることは十分にやった。そう思いたい」


「ねえ、陛下。私の部屋でお茶でも飲まない? マールが東方から仕入れてきてくれたの」


「ああ、そうしよう」


 ※  ※  ※



【ソニアの居室】 



「あと一か月でしたか?」

 元皇妃ソニアは茶をすすりながら元皇帝に話しかける。

「そうだな」

 元皇帝も杯を手にして答える。


「短いのか、長いのか、わからねーな」

 ソニアは急にくだけた口調になる。

 とはいえ、寂しさの表情をたたえている。

 目尻には光るものさえ見える。

 そんな彼女を見るのはほぼはじめてだ。

 いつも、明るく、困難も不幸もユーモアに変えて笑い飛ばしてきた。


「そうだね……」

 元皇帝のほうはうってかわって満足げだった。

 しんみりとした雰囲気を嫌ったのかもしれない。


「お前が俺を呼んだ時はびっくりしたよ。皇妃になれ、なんてな」

 皇妃の口調が〈ガイウス〉の頃に戻った。

 

 元皇帝は安心する。


「そうだね。でも僕には君が必要だったんだ」


「世継ぎを欲しがらない皇妃?」


「世襲は排除しなければならないんだ。いまはマクシス将軍もそれに同意してくれた。元老院の出世のしくみも、皇帝の世襲も、いまの帝国にとっては害悪だ。少なくても、この改革を実現するためには、ディオスには世継ぎがいちゃいけないんだ」


「わかった、わかった。何度も聞いたよ」

 ソニアは手を叩いて笑う。


「ソロンの街を頼むよ」


「ああ。まかせろ。でも領主はルキウスってやつが代官をするんだろ?」


「ルキウス様は体が悪い。何年ももたないかもしれないが、君が領主になってくれれば、領民も安心する。もしこの地が戦争になってもなんら問題がないからな」

 ここは属州のなかでも安定した地域。100年以上戦争に巻き込まれていない。だが、頼もしいことにはかわりない。〈永遠〉なんてものがないというのは、1000年続いたこの帝国が証明している。


「それじゃ、領主というより用心棒じゃねーか。はははは」

 ソニアは高々と笑い出した。


 (この豪快な笑い声を聞くと、安心する)


「一杯やるか?」

 元皇帝はワインを差し出す。

 ソニアはそれを受ける。


 それからふたりは冒険の日々を振り返る。

 かけがえのない日々だった。

 忘れられない人々との思い出も。


「これからどうする?」

 元皇帝は元皇妃に問う。自分の命はあとひと月。ようやく死を迎える。


「そうだな。まあ、〈赤い剣〉の訓練やったり、領主の真似事して暮らすさ。そんくらいだろーな」

 元皇妃は立ち上がって、皇帝のそばに寄る。


「でもよ。その前にやりたいことがあるんだ」

「何?」

「お前は俺に女をやらせるどころか、皇妃まで演じさせた」

「そうだね」

「責任とれや。もう終わったんだろ、お前の〈使命〉」


 ソニアは元皇帝に乱暴な口づけをする。


「お前のせいで、ほんとに女になっちまったじゃねーか」

「なんだよ、それ」


「ガマンしてたんだぜ」

「ガイウス、それは、僕もだ。君がとっても好きなんだ。ずっと前から」


「ふん! なんだよ。だったら言えよ! 俺だって俺だって……!!」

 ガイウスは元皇帝を力づくで押し倒した。


 ※  ※  ※


 【スプリア離宮】


 後日。


 スプリアの離宮にフィアナが訪れた。

 ここはソロンの街から遠くはない。

 とはいえ、馬車に乗らなくてはならない。


「やあ」

 ふたりきりなので遠慮なく演じないで答える。

「レリクス、まだ元気そうね」

「死ぬとは言っても、だんだん悪くなるわけではないみたいだよ」

「そうなんだ」


 あの日、暗殺の日。重傷を負った僕を助けてくれたのはフィアナだった。

 彼女は僕が覚えられなかった治癒の魔法が使えた。

 そうして僕は一命をとりとめた。

 なぜ彼女が、憎き皇帝ディオスを救ったのか。

 彼女にもそのときにはわからなかったという。


「あえていうなら、直感?」

 フィアナには昔から不思議なところがある。

 そう言われたらそうなんだろう。

 でもおかげで帝国の改革はやれるところまではできた。

 ユスティア教徒に対する対応は、暗殺未遂事件もあって、手をつけられなかったが、それも次代で解決するよう〈百人隊長〉には伝えてある。


「今日は、どうしたんだい?」


「うん。マールが昨日ソロンに来てね」


「そうなんだ。こっちにも寄ってくれればいいのに」


「なんか、ものすごく遠い所に旅に出るんだって。昨日もう行っちゃった」


「なおさら、挨拶もないというのは……」


「それでね、預かってきたものがあるの」

 フィアナが差し出したのは〈転生の短剣〉だった。

 少しだけ、魔力が戻っている。青白い光が見える。

 あの日、ディオスを刺した時に完全に消えたはずの魔力の光だ。


「なぜ……?」


「それは本人に聞いて」


 フィアナは短剣を鞘から抜くと、刃を水平にしてレリクスに向ける。

 すると刀身が輝きだし、その輝きは幻影のように人の姿に変わった。


「アンプロシウス!!」


「あー、久しぶり?じゃの、〈レリクス〉?」


「なんで……?」

「あー、びっくりしておるのか?」

「それは、そうだよ!」

「そうか、それほど驚いていないのか。残念じゃのう……」

「は?」

「わしは、もうこの世にはいない」

「どういうこと?」

「お前が短剣で皇帝になったのはだいたい知っておる」

「そうじゃなくて、もうこの世にいないってどういうこと?」

「それから、いろいろあっただろうこともだいたい知っておる」

「いまどこにいるの? この世じゃないところって?」

「えー、なんかたぶん、会話が噛み合っていない気がするのでやり直そうか」

「なんなんだ?」

「レリクスよ。わしは転生の剣にわしの魔力をすべてそそぎこみ、もう一度だけ使えるようにした」

「……」

「なので、もうこの世にはいない。この世でもあの世でもない、理想郷アヴァロンに戻るだろうよ」

「なんで!!?」

「まあまあ、〈湖の乙女〉はそちらに残ると言っているし、そこは寂しくはないじゃろう」

「なんなんだよ〈湖の乙女〉って!」

「そうか。わかっておるよ。たしかにあの時、わしがおぬしらに出会ったのは……」

「そんなこと聞いていないよ!!」


「レリクス、ごめん。このアンブロシウスとは会話はできないわ。ちょっと、聞くだけにしてくれる?」

 フィアナは剣を持ったままそう言った。


「つまりな。あと一度だけ、この剣を使ってほしいのじゃよ」

「どういうこと?」

「いま〈どういうこと?〉って言ったような気がするが、詳しくは吟遊詩人に聞くがよい」

 元皇帝はフィアナの顔を見る。

「そうね。吟遊詩人はどっかに行っちゃったし、それは私が代わりにやるわ。つまり、もう一度転生してほしいの。ルキウスさまにね……」

「ルキウスさまに?」


「それでな、お前が最後に転生するのは……」

 少し遅れてアンプロシウスがなんか言いはじめた。


「ルキウスさまとアンブロシウスは交流があった。あなたとの旅から帰ったあとよ」

 フィアナがさえぎって答える。僕がユリアヌスになる決断をしたあとか。

「それですべてを聞いたの。レリクスのこと。私には教えてくれなかったけど」

「……」

「ルキウス様は望んだのよ。あなたに託したいって。どちらにしろ、もう病気であと数日もつかどうかというところなの」


「ルキウスはの、じつは、望んだんじゃ、その、おぬしに……」

 アンプロシウスがなんか遅れて言いはじめた。


「あと、4年。僕がルキウス様として過ごして、なんの意味が……」


「それは自分で決めることじゃろうて」

 アンブロシウスの幻影は即座にそう言って、消え去った。


 ※  ※  ※


【ソロンの領主館】



「皇帝陛下、御足労いただき恐縮です」

ルキウスは恭しく頭を下げた。

 病状の進行はかなりひどいようだ。その体には肉感がなく、骨と皮だけになってしまったようだった。


「元皇帝だ」

〈ディオス〉は訂正する。その手にはカゴがぶら下がり、たわわに実ったキャベツが載っている。


「ははは、キャベツは苦手なんだよ。〈レリクス〉」


「僕がいない間に食べなかったのがいけないのでしょう」


「そうなのかな。たしかにキャベツを無理強いする君がいなくなってからは、あまり食べてないかな」


「ぜひ、あとで召し上がってください」


「うん。それで、君の冒険の話が聞きたいんだけど」


「ええ。ゆっくりとお話しします」


「生きる意味は見つけられたのかい?」


「それについては、よくわかりません。意味はあるようで、ないようです。結局のところ、日々を生き、やるべきと思うところに命をかけ、いまに至りました。〈意味〉は先にあるものではなく、のちになって振り返るものなのではないでしょうか」


「哲学者らしい答えだね」


「思考は重要ですが、経験はなににも変え難いです。なぜなら、人は人の中でしか成長しません。喜びも悲しみも、人とのつながりのなかにしかありません。思索と冒険はどちらも必要です」


「言葉にゆるぎがないね。うらやましいよ。僕も世界を歩けたのなら」


「領主さまは大勢の人と関わっていらっしゃる。ソロンにいる人々と。この街を支えている。規模の大小に関わりなく、それは世界を見ることと同じだと思います。そして子どもたちに見てきたこと、感じてきたことを〈学校〉を通して伝えていらっしゃる。それはひとりの人生だけでなく、社会と過去と未来と〈つながる〉ことだったのだと、いまの自分は考えます」


「ほんとうに、見違えたよ、レリクス」


「どんなふうに使っても命は命です。ようやく、〈使命〉を見つけられた気がします」


「すばらしい。父上もどんなにか喜んでいるだろう」


「少しだけ、その使命に力を貸してください」


「それは私が望んだことだ。子どもたちに伝えてくれ、過去と未来を」


「はい……ありがとうございます」



 ※  ※  ※


 皇帝ディオスは、それからまもなく病のために亡くなった。遺言により、国葬などの華美なこと、記念碑の建造は禁じられた。

 

 ソロンの街の領主ルキウスとなったレリクスは、領地を前皇帝ディオスの皇妃ソニアに寄進し、代官としてひきつづき領地経営を行った。

 ソロン名物の平民や奴隷にひらかれる学校も再開された。

 文字の読み書きだけではない、数学、経済、文化、宗教、歴史に関しても充実した内容だった。

 とりわけ、ルキウスは哲学に多くの時間を割いた。


 答えのない、人生という旅の鞄につめこむ道具として。


 死があるから人生には意味がある。

 それを思いながら、決断をしていく。


 歴史の教訓

 思考の活力

 命の使い道

 不滅の記憶


 それらを語った。


 ある春の陽気のいい日。

 風にのってくる潮の香り。

 レリクスは、ふとその暖かさに眠気が誘われ、木陰で休んでいた。

 愛犬がそばで見守っている。

 「あとは頼んだよ、コンスタンティヌス……」


 「ゆっくりおやすみ、レリクス……」

フィアナがレリクスの頭を撫でる。

 「うん。旅に出るのかい?」

 「そうよ。私の地図を見つけるの。あなたのぶんまで」

「それは、必要ないよ。それは君の物語だ……」

 そう言ってから瞼を閉じた。


 ※  ※  ※


 酒場には大勢の客で賑わっていた。


 フィアナの旅は続いていた。

 レムシア帝国は滅びていた。

 あれから500年がすぎている。


 彼女は吟遊詩人の師匠から歌を習い、話術を習い、友人から経験と哲学を聞かされ、ふたりがいなくなったあとも世界をまわりながら、ひとりの少年の運命を歌にしてのこした。この世ならざる魔法使いとの出会い。この世ならざる妖精との出会い。この世にはにはない魔法と短剣。

 運命の悪戯に導かれた少年の心の旅。


 その唄は、


 堂々として孤独な、

 おかしくて悲しい、

 脆くて強い、

 苦しくて愛おしい


 まるで人生のような唄だった。




 -------------------------------------

 皇帝暗殺

 完



【感謝】


読んでくださった方、ありがとうございました!

はじめて最後まで書ききりました。

(これより前に載せたものはギャグ・パロディもので、気に入っているのですが、結末は考えているものの、続けようと思えば永遠続くので、早く終われそうなほうを優先しました)

『皇帝暗殺』は、本当はもっともっと短い話(1時間くらいのお芝居みたい)にする予定でしたが、どんどん長くなり、予定していない人物も出てきて……。

ああ、これが物語をつくることなのだな、と思いました。

やってみて、これは読まれようが、読まれまいが、誰でもやってみて損はない、いいえ、やったほうがいいと確信しています。物語をつくるとことは、人の想いに同調し、社会を見つめ、ふだん考えることのない事をたくさん考えるからです。きっと物語をつくる以外には体験できないことです、


後半、いつも一件だけ「いいね」をくださった方、当初、気づきませんでしたが、ありがとうございます。

やっぱり、やる気が出るものですね。

年内完結を目指していましたが、クリスマスに終えられました。


ちょっと駆け足過ぎたところ、誤字脱字が多かろうと思いますが、完結を優先しました。

これから時間のある時に手直ししていこうと思います。


まだまだ書きたいものがたくさんあります。

次はラブコメです(笑)。





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