表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇帝暗殺  作者: 無銘、影虎
【第五幕】 The Explorer
45/47

皇帝暗殺

【スプリア/皇帝別荘】


 皇帝ディオスの治世3年目。


 皇帝は属州スプリアにある皇帝保養所を拡張して、離宮を建設し、政務はすべてそこで行なっていた。

 皇妃や親衛隊もすべて共に移ってきた。

 一方で副皇帝のマクシスが帝都の北部にある重要拠点ヴィオラに居をかまえ、実質的な都となっていた。官僚制度によって細かく整備された新しい行政区画によって、ディオスが東部、マクシスが西部を管轄するかっこうになっている。

 帝都レムシアは商業の中心地として引き続き栄えたが政治の中心地ではなくなっていた。

 元老院はそのまま取り残されたが、現皇帝によって徹底的に骨抜きにされ、形式的な市民の代表となっていた。


 ディオスには世継ぎどころか子がひとりもいない。

 帝国の富国強兵政策の一環であった婚姻法ですら廃止してしまった。

 これによって独身や子のない女性が冷遇されることはなくなった。

 世間ではまず皇妃との仲を疑った。しかし、妾もいなかったことから、次に男色を疑われたが、これも即位前の愛人関係からすぐに否定された。子種については過去に夭折している子がいた。結局、即位後、健康問題、あるいは病によって不能になったというのがもっぱら世間では支持を得ている。

 また婚姻法の廃止は、子を産めなかった皇妃のためであるともいわれていた。


 世継ぎ問題においては、副帝マクシスがすでに養子となっている。

 マクシスには実子が数人いたが、かつての部下だった有能な兵士を養子に迎えており、ディオスの副官に任命されている。この副官が事実上の皇位継承者ではないかと考えられている。

 皇帝、副帝および最高学府の法学者との協議でこのような措置がされたというが、皇帝権力を強化するいっぽうで、世襲を制限するかのような対策がとられている。


 先の健康問題の噂もあり、皇帝が後継の準備に入っているというのが政界の見方である。

 事実、皇帝はスプリアに移った後、軍事をマクシスの養子である副官に任せ、内政に専念していた。


 ※  ※  ※


 一部のユスティア教徒がスプリアで騒ぎを起こし始めたのはそんなときだった。

 レムシア本国で迫害をうけたユスティア教徒の多くは各地に離散していた。

 彼らには「迫害こそが自分たちの正義の証明」という教義がある。

 スプリアにおいて皇帝は市民歓喜の声と共に歓迎されたが、ユスティア教徒の一部が市街で堂々と「反皇帝」の声をあげ、逮捕される事件が相次いだ。

 数年前、カルス皇帝時代に行われた史上最大の大虐殺を主導したのが、現皇帝ディオスであるのは帝国全土で知られている。

 ディオスは即位後、反発の強いユスティア教徒への差別政策を解除しているが、皇帝崇拝の慣習はそのままだった。皇帝権の弱さはそのまま政権の不安定さにつながるからだった。しかし、ユスティア教徒にしてみれば、史上もっとも妥協できない皇帝に違いない。

 帝都レムシアのユスティア教長老は水面下で宮廷と妥協点は見出せているが、その裏で地方の教徒に対する資金援助、扇動を行っているという情報も親衛隊は掴んでいた。


 ※  ※  ※


 晩秋のある夜、月の輝きが美しい、とても襲撃には不向きな夜に、それは起きた。


 この時、宮廷に賊を手引きしたのは市街の衛兵隊長、御用商人、小領主の三名。いずれもユスティア教徒である。ほか、その指示で動く宮廷関係者もいたが、襲撃班の多くは各地から集められたものだった。彼らは計画をたて、兵士であるものが一般教徒を訓練し、戦士に育て上げた。武器の調達保管も衛兵の監視を掻いくぐっている。すなわち、相当の期間を費やして準備されていたのである。


 異変の察知が親衛隊長に届けられたのは夜の9時。

 皇帝は自室で就寝中だった。

 皇帝は着替えたものの、武具をまとう時間はなく、数人の親衛隊に囲まれ、避難経路を移動した。


 親衛隊があわただしい動きをみせると同時に、一部で交戦の音が響く。ユスティア教徒の旗印「剣と天秤」のシンボルマークが振り上げられ、各所で声があがった。


「皇帝を捕らえよ!」


「正義の旗を!」


「裁きの剣を!!」


 宮殿の篝火から松明に火を移し、ユスティア教徒たちは宮殿内で威嚇、鼓舞する。


 人数は把握できていないが、少なくとも宮殿の三か所に人数が集中している。

 正門は開かれていない。堀のある難所の東西通用口から入ったと思われた。

 皇帝寝所は後宮ともいわれる場所にあるため、警備はもっとも厳重だったが、親衛隊の主力は複数箇所での交戦で手薄になっていた。


「皇妃を捕えろ!!」


 後宮の配置は宮殿内の人物しか知らないはずだが、手引きするものは中庭をつっきり、一直線に皇妃の寝所を目指す。ここを防御する親衛隊はおそらく皇帝救出に向かったのだろう。無人だった。


 しかし、賊は中庭をさしかかったところで、返り討ちに合う。

 次から次へと中庭には武装した兵士たちが飛び出してくる。

 全員が赤いマントを身につけ、円形の盾と長剣を手にしていた。

 この兵士たちはすべて後宮の女官であった。

 その数48人。

 女性だけの特別部隊〈赤剣ルフス・グラディウス〉と呼ばれる。

 皇妃ソニアが秘密裏に組織していた特殊部隊だ。


 〈赤い剣〉はふだん女官として働くが、日々、地下で訓練を行っている。

 兵士化されたユスティア教徒に一歩もひけをとらないばかりか、見事な連携で防御陣を形成し、号令とともに打って出る。

 その号令をかけているのが誰あろうことか皇妃ソニアである。

 自らも勲章をつけた正規兵のようないでたち。

 ふだんから身につけているベールはしていない。


 そこにあらわれたのは、燃えるような赤い短髪。


 いったん、防御に引いたと見せかけると、不用意に前進したユスティア教徒の動きを逃さない。

「いまだっ! 前衛突撃!!」

 皇妃が剣を振り上げる。

 皇妃みずからも戦列に加わる。

 ほかの誰よりも鋭い剣捌き。


 「うぉおおおりゃーー!!」

 雄叫びをあげて次から次へと敵を屠る。

 そこには一切の容赦のない、歴戦の兵の姿があった。


 交戦は5分と続かず、後宮を襲撃したユスティア教徒は壊滅した。

「うぉおおおーーーーーー!」

 皇妃ソニアは剣を天にかかげ、勝鬨をあげたのち、側近のほうに振り向く。

「レア!!!」

「完勝です! 負傷者もほぼありません!」

 少し若くあどけなさの残る女戦士が答える。


「よしっ、陛下をお救いするぞ!!」


「おーーーーーっっ!!」


 女性たちの力強い声があがる。


 ※  ※  ※


 その時、皇帝の側を守っていたのは三人。

 親衛隊長のカシウスと若く腕のたつ二人。

 隠し通路に辿り着き、暗い通路を松明のあかりを頼りに進んでいた。

「陛下、ご無事で」

 ようやく落ち着き、カシウスが声をかける。

「うむ」

「申し訳ありません。まさかこのように簡単に侵入を許すとは」

「仕方あるまい。宮廷にも信者がいるのは、予測できたことだ」

 宮殿では信条調査を行なっていた。

 しかし、徹底はされなかった。

 かつて近衛騎士隊長時代のディオスが行った隊員処刑のようなことも行われていない。

 そこをつけ込まれた。

 カシウスの顔には自責の念がうかぶ。

「ここで死ぬるならば、それが余の運命だ」

 皇帝はこともなげに答える。


 そのとき、通路の向こう側から同じく松明の明かりが見える。

 出口にも親衛隊は配置されている。

 持ち場を離れることはいかなる非常時にも許されていない。

 カシウスは松明を捨て、剣を抜く。

 足音は六つ。

 倍の数だ。

「陛下、申し訳ありませぬが。私どもが相手しますゆえ、先にお駆けください」

 小声で皇帝に伝える。

「すぐに追ってまいります」


「皇帝、ディオスだな」

 松明の明かりから襲撃者の顔がのぞく。

 音の鳴る金属製の鎧をつけている。正規の兵士だった男たちかもしれない。

「いかにも。レムシア軍最高司令官ディオスである」

「お前が虐殺した同胞たちの無念を晴らし、お前の命を女神ユスティアに捧げる! 正義の刃を!!!」

 屈強そうな男たちがなだれ込む。

 カシウスが槍をさばいて、威嚇する。

「気をつけろ、こいつは四人がかりだ。あとの者はディオスをおさえろ!!」

 いう通り、カシウスに四人がつくと、まったく皇帝にケアが行き届かない。

 しかし、残るふたりの親衛隊も若いが直接、カシウスの薫陶を受けた者だ。

 盾と剣で守りながら、敵の残りには撃たせない。

 そこに隙ができると、皇帝は走り出した。

 この先に、もうひとつの隠し通路があり、それを抜けると市街に出る。

 しかし、おそらく賊はそこから入ったのであろう。

 皇帝はその脱出口を捨てて、別の道を行き、螺旋階段を駆け上がる。

 宮殿の屋上に出る。

 逃げられはしないが、避難の道になる。

 その間に、カシウスが戻れば体制が整うか、もしくは侵入者が親衛隊か〈赤い剣〉によって掃討される時間稼ぎになるだろう。そういう申し合わせもしていた。


 螺旋階段には侵入者の痕跡はなかった。

 上部から差し込む月明かりに照らされた石の段は乾いていて足跡もない。


 皇帝はゆっくりと歩みを進める。


 風がある。ひんやりとした空気が頬をなでる。


 月を見上げながら屋外に出ると、きらきらと輝く波のようなものが目に入った。

 少年時代、故郷の湖で見た月明かりの水面のようだった。


 〈暗殺者〉はそこで待ち構えていた。


 ※  ※  ※


 長髪を束ねていたが、長い毛が風に流れていた。

 見覚えのある貝のように尖った耳。

 軽装だが、右手には短剣を握っている。

 白い肌、美しい銀髪。

 その暗殺者の美しさに、皇帝は時がとまるのを感じた。


「これが、僕の運命だったのか」


 皇帝は永遠のような時間を感じたのち、言葉を発した。

 無意識に笑みが溢れる。


「なにがおかしい?」

 皇帝の思わぬ一言に、暗殺者の声音にはわずかに動揺のような色が混じった。

 だが、気強く美しい。


「ユスティア教徒だな」

「そうだ」

「復讐、か……」

「いや、天罰だ」


「なるほど。では、君の理想のために殺せ。自分はそうしてきた。多くの人間を殺してきた。皇帝ですら殺めて、いまの地位についた。奪ってきた者が、奪われることを否定はしまい」

 皇帝は手を広げた。


 女暗殺者はその挙動に怯む。


 皇帝は天を仰いで目をつむる。

 だが暗殺者が動く気配がない。


 皇帝は独り言のように続けた。

 それは即位の演説のような力強さだった。


「ただ、ただ、考え続けてきた――。


 故郷にいるただひとりの友のこと。

 女であり、異教徒であり、異民族であり、奴隷だった。


 彼女は美しかった。

 月明かりに輝く妖精の女王のようだった。


 それに比べれば、余は皇帝となったいまでもその光に届かない。


 正しさの意味におびえ、


 人生の短さにおびえ、


 大衆の醜さにおびえ、


 自らの手についた血におびえてきた。


 だが、後悔はない。


 いま、この死の淵に至っても考えることをやめなかったからだ」


 隠れることもない月が、この舞台を照らしていた。


「さあ、殺せ。これがあらかじめ定められた最期だ!」


 皇帝は正面に向き直り、暗殺者の美しい顔を目にとらえた。

 尊厳者という皇帝の称号にふさわしい堂々たる態度だった。


 しかし、その時、切先を向けて強襲したのは、親衛隊長カシウスだった。

「下郎があぁっっ!!」


 暗殺者は短剣を構え直す。


 瞬間、皇帝は二人の間に割って入った。


 皇帝ディオスは親衛隊長カシウスの剣に腹を刺され、暗殺者に背を刺された。


「陛下!!」

 カシウスは思いもよらない事態に動揺する。

 皇帝が倒れ伏したのち、暗殺者の姿が目に入った。

 カシウスは皇帝の体から剣を引き抜き、暗殺者に視線を向ける。


「やめろ、ルファス。その人は僕の大切な人なんだ……」

「な、なにをっ……陛下!!」

 考えられる限り、最悪の事態にカシウスは混乱していた。

〈ルファス〉――その名で呼ばれるのはいつ以来だろう。

 あの日、脱走奴隷だった弟を匿ってくれた時から、奴隷剣闘士である自分と農奴である妹を救ってくれた時から、そして皇宮に呼ばれ、親衛騎士隊長に選ばれた時から、なによりも守りたかった命。

 カシウスの目には涙があふれる。

 躊躇があってはならない戦士から逸脱した感情だった。


 直後、皇妃ソニアがかけつける。

「アルトリウス!!」

 その惨状を目の当たりにして悲鳴をあげる。


「ちくしょう!! ちくしょう!!」

 皇妃は剣を構えて突撃する。


「ルファス! とめろ!!」

 その時、皇帝の一喝が響く。


 反射的にカシウスが振り向きざまに皇妃の剣を受け止める。

「なにしてんだよ、お前!!」

 皇妃が叫んだ。


 ソニアが視線をずらすと、二人の背後で暗殺者の女が皇帝の体を抱き抱えていた。


「てめえ、何しやがんだ!!」

 ソニアはカシウスの剣を振り払うと、また駆け出す。

 カシウスも我にかえって皇帝の元に向かった。


 その時、暗殺者は手を前に出し、なにごとかを小さく呟く。

 とたん、二人の足は動かなくなった。


「魔法……!?」

 ソニアが呟く。


「そうか。君もアンブロシウスに習ったんだね……」


 フィアナの膝に横たわりながら、レリクスはつぶやいた。


 その紫色の瞳をたずさえた目から、一筋の涙がこぼれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ